《バカな……!》
プルートが絶句する。プルートが持つ鎌は朧を確かに捉え、朧の体を刃が割り入っていた。だが、これは攻撃が当たったと言っていいのか。
「ま、
血に濡れたように赤い刃は朧の口内に侵入し、虫歯一つ無い歯に止められていた。
朧は刃を噛み締めながらプルートに蹴りを放つと、プルートは刃を強引に引き抜いて距離を取った。
「真剣白
口の端から血を流しながら、朧はプルートに完全に向き直る。
「全く、あの
返事は期待していない質問に、プルートは鎌を構える事で返答とする。
《私はただハーデスさまの命に従うだけです》
「……使えね」
朧はそう呟くと臨戦態勢を取ろうとした。
「オーフィスどうしよ?」
しかし、腕の中のオーフィスをどうするかを悩んだ。
《こちらに渡していただけると助かります》
「成程。そうしよう」
プルートの言葉に頷いた朧は、オーフィスをふわりと上に投げた。
《なっ……!》
まさか投げるとは思わなかったプルートは絶句して釣られて上を見上げたが、その隙を突くように一足飛びに懐に朧が飛び込んできた。その手には大太刀へと
一秒に数回斬りつける霞桜の斬撃を、最上級死神であるプルートは手に持った鎌で
「せやっ!」
《――ッ!》
朧が霞桜を両手持ちにした瞬間にプルートが後ろに飛び退き、その直後に放たれた斬撃が一瞬前までプルートが立っていた辺りを
「切れ味が増してる……ってレベルじゃないなこれ」
攻撃が外れたので後ろに飛び退いた朧は、少し冷や汗をかきながら手の中の霞桜を見つめた。
元々通常の刃物の
「おっと」
霞桜を影に落とし込んだ朧は空いた腕で落ちてきたオーフィスを優しく受け止めた。
その瞬間、先ほどの仕返しのように、プルートが残像を生み出すほどの速度で、開いた距離を詰めて鎌を振り上げた。
「おい、オーフィスに当たるだろうが」
朧は視線に怒気と魔力を込めて撃ち出し、赤い刃を弾く。
しかし、すぐに刃を返した斬撃には対処が間に合わず、頬肉を浅く
《手こずらせてくれましたが……終わりです》
三度振るわれた鎌は朧の首に向けて正確に振るわれ、朧の命を刈り取ると思われた。
その時、朧の耳にオーフィスの寝言が聞こえた。
「朧……大好き」
好きとさえ普段余り言ってくれないオーフィスがあどけない寝顔で
その未だかつてない幸福に、朧に劇的な変化が起きた。
「――あはっ」
朧の口から短く笑い声が漏れると共に、朧の全身から黒いオーラが今までの比ではないほど噴出し、首筋を切り裂かんとしていた鎌を持ち主のプルートごと吹き飛ばした。
「あはっ、あはは、あははははは! 最っ高の気分だ! 俺も大好きだよオーフィ――スッ!?」
歓喜に震えて叫ぶ朧だったが、それを
「――気を取り直して。今ならようやくできるので、いい加減
《――ッ! させません!》
朧の言い回しから次に起こることを察したプルートが食い止めようと接近したが、朧とオーフィスを取り囲むように立ち上る黒いオーラに阻まれる。
「――
その言葉と共に立ち上るオーラは朧へと集まり、更に朧が今までため込んでいたオーフィスの『蛇』が服の袖や裾からぞろぞろと現れ、朧の姿を覆い隠していき、漆黒の球体が現れる。
その球体が弾けると、そこには変わらず腕の中にオーフィスを抱え、背中に大量の『黒』を纏った朧が立っていた。
「『
ついに
《たったあれだけの事で
人間であったら冷や汗を流していたであろうプルートの心境は、奇しくも朧がかつて一誠に抱いたものと似たものであった。
「その、たったそれだけの事が俺には与えられなかった。そういう事だ」
朧はそう言うとオーフィスを軽く上へ押し上げる。すると先ほどとは違い、オーフィスは一定の高さまでフワフワと昇って落ちてこない。
「さて、そろそろオーフィスも起きるだろうし、次の一撃で終わらせてもらうよ」
《いいでしょう。私も余り時間をかけるわけにもいきません》
朧が霞桜を引き抜き、プルートも赤い刃の鎌を構える。
霞桜の白刃がオーラに呼応して黒く染まり、赤い刃が怪しく輝く。
僅かな
それに対する朧の行動は一つだけ。手に握った霞桜を無造作に横に振るっただけであった。
しかし、その一閃は
正確に言うなら霞桜が辿った軌跡の延長線上にある景色が横一文字に切断された。
無論、その斬撃の
《ハーデスさま、申し訳ありません……》
最期の言葉を残した直後、霞桜の連撃がプルートを跡形もなく斬り飛ばし、主を失った赤い刃の鎌が、主の墓標のごとく突き立った。