時空管理局本局。
次元の海に浮かぶ、その途方もない惑星レベルの巨大な建造物は、球体状の本体からいくつもシリンダーが伸びたような形状をしていた。
SFに出てくるような、宇宙要塞を想像して貰えば早いだろうか。
クロノから、この本局にあるという「トレセン」に行くよう指示された拓海は、一人本局のメインフロアを歩いていた。
「一人で来るのは初めてだな………」
民間協力者という立場上、何度か訪れた事はある。
けれども、一人で訪れたのは初めてだ。
………辺りを見回すと、面識は無いが知っている顔がちらほら見える。
某通りすがりの仮面ライダー以降、違う作品同士を別の世界、つまる所のパラレルワールドという認識が広がった。
それが反映されているのか、このような場所に行くと、これまでテレビやネットで見たような人物の姿を見る事が出来る。
右手には、下半身が馬のケンタウロスの女性や腕が翼になったハーピーの少女。
下半身が蛇のラミアの美少女らに囲まれて楽しそうに話している、人間の青年の姿。
左手には、エビフライの入ったおにぎりを美味しそうに食べるお姫様がいる。
それを呆れるように見つめる猫耳の少女と、ニコニコと笑っている幼いエルフ。
そしてやけにボケーッとした少年の姿。
巨大な盾を持った色素の薄い少女が、白い服を着た少年と歩いているのが見える。
少年の手には、赤い紋章のような物がちらりと見えた。
帽子を被り鞄を背負った子供が、猫耳と尻尾の生えた少女を本物の猫のように撫でていた。
隣では同じような格好だが全体的に青い子供が、別の猫耳の少女と絵を描いている。
白衣を着た医者のような青年が、近い特徴を持つ派手な格好の青年と対戦ゲームで遊んでいる。
すぐ側に「私が神だァ!!」「ぶぅん!!」と叫んでいる見るからにやべーやつが居たが、完全に無視されている。
「………っと、見てる場合じゃない」
ここに来ると嫌でも気になってしまうが、今の拓海にはそんな物を気にしている時間はない。
………………
転送装置を乗り継ぎ、拓海がたどり着いたのは本局の一角。
目の前に広がる光景を前に、拓海は驚き、言葉を失う。
「ここがトレセンか………!」
時空管理局第3トレーニングセンター。
「トレセン」の通称で知られるそこには、拓海が見たことのないようなトレーニング器具が並び、
上を見上げると空中に浮いたステージの上で、魔導師達が組み手のように戦闘訓練を行っている。
前世で見た「ウルトラマン」のシリーズに登場した、宇宙警備隊の訓練施設。
そこに、イメージは近い。
万年人手不足の時空管理局は、新たな人材の育成に躍起になっており、いくつも訓練施設を持つ。
特にこの「トレセン」は、トップレベルの質と設備が揃っており、エリート魔導師の登竜門として有名だ。
そんな所で鍛えるのだから、間違いなく強くなれると、拓海は考えた。
「えっと、コーチは………」
その為にも、まずはクロノの指定したコーチに会わなくてはならない。
急いで飛び出してきたので、コーチの名前や特徴を聞かなかった自分を責めつつ、拓海はそれらしき人物が居ないか周りを見回している。
すると。
「ヘイ!たっくん!!」
「!?」
突然響く、今まで言葉しか言ってなかった自分の渾名。
声の質からして、女性の物だ。
「ヘイヘイたっくん!ヘイたっくん!!」
「だ、誰だッ!?」
どこぞの平成剣のように名前を呼ばれ、キョロキョロと相手を探す拓海。
そして、背後にただならぬ気配を感じ、振り向くと………。
「!!」
そこには、一人の女が立っていた。
美女に分類されるのだが、少しだけ馬面風味。
赤い瞳の輝く垂れ目に、銀に輝く長い髪は、前髪をぱっつんカットにしている。
頭には髪と同じ色のピンと立った耳が生え、尻の部分からは同色の毛の生えた尻尾が伸びている。
背は高く、体つきは全体的にがっしりしている。
乳房さえ無ければ、ロン毛の細マッチョ青年で通じるような、イケメンである。
………それだけなら、ガタイのいいコスプレ美女で通ったのだが。
「スシ食いねぇ!!!!!」
「なんで?!?!?!」
問題は、拓海がビュティ顔になってツッコミを入れる程の、それ以外の全てだ。
彼女は寿司屋を思わせる白い調理白衣と帽子に身を包み、
ロードランナーの上に皿に乗せた寿司を盛り付けていたのだ。
ロードランナーを回転寿司のレーンに見立てているのはなんとなく解った。
だが、何故そんな事をしているのか。
そもそも、これに意味はあるのか。
考えれば考える程、拓海は訳がわからなくなってくる。
「お前が高尾拓海か!クロノ執務官から話は聞いてるぜ!なんつーか、三日寝込んだカレーみたいな仕上がりだな!」
「か、カレーて………」
そして、この変人こそがクロノの言っていたコーチらしい。
たしかに変人ではあるが、拓海が予想していたのは「銀魂」に出てくるような、あくまで意志疎通が成り立つレベルでの変人。
だが、こいつは度が過ぎている。
同じジャンプのギャグ漫画でも「ボボボーボボーボボ」に出てくるような、意志疎通すら厳しそうな変人だ。
「アタシは「ゴールドシップ」!お前を最強の魔導師にする女だ!よろしく!」
「こ、こちらこそ………」
随分変わった名前だなと思いつつ、拓海は変人こと「ゴールドシップ」の差し出した握手に答えた。
スッと、広げた両者の手が交差した様を見て、ゴールドシップが一言。
「ハト」
「………うん」
まあ、確かに影絵で使うようなハトの形にはなっている。
が、ここでする事じゃないだろうと、拓海は心の中で突っ込んだ。
口に出さなかったのは、まともに突っ込み続けるのは無駄だと、本能で察したからだ。
「それじゃあ、早速特訓に出発だ!アタシについてこい!」
「は、はい………」
寿司を片付けて、ルンルンと聞こえそうなステップを踏みながら、何処かへ向かうゴールドシップ。
特訓の場所に向かうのは解るが、拓海は正直「こんなんがコーチで大丈夫なのか………?」と、不安がっていた。
「(………でも珍しいなぁ、馬の耳に尻尾なんて)」
それともう一つ。
拓海は当初犬耳か何かだと思っていた、ゴールドシップの耳と尻尾。
だが近くで見てみると、それは犬と言うよりかは、馬のそれに近いと考えた。
「リリカルなのは」と同じ原作者の「DOG DAYS」からのゲストか?とも考えたが、あの作品は犬耳か猫耳だけで、馬耳のキャラクターなんて聞いた事もない。
「(馬耳………さしずめ「ウマ娘」って所か?)」
………拓海が、その悲惨な前世を終えた時代は、2020年である。
故に、拓海はそこから先の時代を知らない。
だから、拓海にはゴールドシップの事は勿論、彼女の出典元である「ウマ娘プリティーダービー」の事も、まったく知らないのだ。
そもそも、今は2004年。
まだ擬人化ネタはファンの二次創作がメインであり、「ウマ娘」はまだ企画すら存在していない。
ゴールドシップのモデルとなった競走馬・ゴールドシップに至っては、産まれてすらいないのだ。
………………
ゴールドシップに連れられて拓海がやってきたのは、ドーム状の白い部屋。
広さはかなりある。
「ここは………?」
「アタシ達は「カンヅメ」って呼んでる、この中では外よりも時間が遅く流れてて、ここでの一日は外では二日になるんだ、原理はしらねーけど」
ゴールドシップの説明を聞き、某バトル漫画の「精神と時の部屋」のような物かと、拓海は納得した。
そんな拓海の目の前で、ゴールドシップは首から下げていたペンダントに触れる。
これが、ゴールドシップのデバイス「ステイゴールド」だ。
光に包まれ、次の瞬間ゴールドシップの頭にはヘッドギアと帽子が装着され、その身体深紅のバリアジャケット………早い話が勝負服………に包まれた。
そしてステイゴールドは、ゲーム演出でいつも振り回している金色の巨大な錨のような姿になった。
「アタシの頭に乗った風船、これに一撃を食らわせて割れ」
ゴールドシップは、どこから出したのか帽子の上に赤い風船を装着した。
「………それだけ?」
「以外と難しいぜ~?」
ゴールドシップは、挑発するようにステイゴールドを構えてみせた。
なるほど、クロノが推すだけの事はあり、強者のオーラのような物を感じる。
変人だけど。
「………よろしくお願いしますッ!」
拓海も、ストレイジを構える。
相手が強ければ強い程、特訓のし甲斐がある。
こうして、言葉の救出の為の特訓が、幕を開けた………。
【レジェンド列伝】
・ゴールドシップ
原典:ウマ娘プリティーダービー
「ウマ娘」と呼ばれる人類の亜種の一人。
モデルとなった競走馬ゴールドシップに、勝るとも劣らない破天荒な性格で、面白い事が大好きな自由人。
その一方で、落ち込んでいる仲間を励ましたり、理不尽に晒される仲間の為に怒る等、面倒見のいい兄貴分のような一面も持つ。
通称「ゴルシ」。
【転生者名鑑】
・ジェラシーマスク
アメコミヒーローのような風貌をした転生者。
デバイスを持たない上に、転生者としても次元犯罪者としても三下だが、独学で飛行魔法を習得する等、魔導師としてのポテンシャルはまあまあある。
生前、好きになった女性にことごとく振られ続け、童貞のまま死んだ事。
狙っていた原作ヒロインにも相手にされなかった事から、酷く嫉妬深く、他人の幸せを許せない。
・転生者特典:はい論破
催眠術の一種であり、自分の言う事に説得力を持たせる。
これを使われた相手は、ジェラシーマスクが言っている事がどれだけ滅茶苦茶な事でも、完璧な正論に聞こえてしまう。
が、相手が一度それが正論でないと認識したり、使う側の精神が乱れると効果が無くなってしまう。