翌朝、俺は焚き火の側で目を覚ました。
焚き火の火はすでに消えていて、炭だけが残っていた。
やっぱり、夢じゃなかったか……
実は夢なんじゃないか、ホントはちゃんと家に帰ってて恐ろしい二日酔いが俺を出迎えてくれるんじゃないかと思っていたが残念ながら現実のようだ。
「ん……いてて」
固い地面の上で寝たからか体が痛い。簡易ベッド的なものを作った方がいいだろうか。……まぁ、作れればの話だけれども。
ぐー……
「……腹が減ったな」
俺は槍を持って川に向かう。でも、入る前に水分補給だ。
「……飲めるかな?」
川の水を手で掬ってみる。見た感じは透明、変な匂いもしないただのきれいな水。でも、もしかしたら、飲めない水かもしれない。いや、ここは異世界。生前の世界の常識なんて通用しないかもしれない。
覚悟を決め、掬った水を一気に口にいれる。
味は……しない、至って普通の水……ミネラルウォーターに近いか?
ごく……っ
飲み込む。冷たい水が食道を通り、胃に落ちるのを感じる。……さぁ、飲んでしまった。後は何事も起きないよう祈るしかない。
昨日と同じように腰までの深さで立って魚を待つ。……川の水が昨日より冷たいから早めに魚をとって上がりたい。
「んッ!!」
30分ほど待ってようやくやって来た魚に槍を投げる。急いで槍の元に行き、川底に刺さった槍を抜く。
昨日のものより小さいが魚が獲れた。よく見れば違う種のようだ。
魚が獲れたので急いで川から出る。まだ環境を整えていない状況で異世界の風邪にかかるのは怖いからな。
とりあえず、昨日と同じように串焼きで魚を頂く。あっ、頂くで思い出した。俺、昨日いただきますしてねぇや。やっべ、あの世のじいちゃんに叱られる。
「いただきます」
手を合わせ、今から俺の血肉になってくれる魚に感謝する。異世界に行っても挨拶と感謝は忘れてはいけない。ウルクの粘土板にもそう書いてある。
ただ、やっぱり小さいからか微妙に腹が満たされない。どうしようか? 川には入りたくないしな……
よし、今日は森に行ってみるか!
俺は石の斧、ナイフ、余った蛇皮を丸めたものを持って森に入った。
◇
やっべ……迷っちゃった。
京都行くノリで意気揚々と森に入って多分一時間。俺は迷った。
原因はお前らクローンか! と、言いたくなるほど同じ木が生えていることだ。ヘンテコな形の木でもあれば目印になるのだが、そんなものはなかった。
頼むよ、もっと個性を出せよお前ら。杉の木でも、もうちょっと個性あるぞ?
アピールの足りない木に活を入れるため俺は木を蹴った。……くそ痛い、そういえば裸足だったわ
「いた……」
爪先の痛みをこらえていると頭に固いものが落ちてきた。足元に転がったそれを摘まむと太い方のドングリみたいな木の実だった。
摘まんだ木の実を軽く振ってみるとカラカラと音がする中身はあるようだ。
少し指先に力を込めるとパキッと音をたて木の実が割れ、中からマカダミアナッツのような実が出てきた。
同時に非常に香ばしい匂いが嗅覚を刺激してくる。
食おうか?
いや、待て毒があるかもしれんし、ここは保留しようか。
いやいや、待て俺はなんのためにこの森に入ったんだ? 腹を満たすためだろう?
いやいやいや、待てそれで死んだら元も子もないだろう?
いやいやいやいや、待てどうせ一度は死んだ身、今さら死を恐れてどうする、それに男は度胸何でも試してみるもんさと、旧約聖書にも書かれている。
そんな自問自答に3秒費やし、俺は木の実を食うことにした。
でも、なんかあったら怖いので一気に食わずにちょっと齧ることにする。
「……いただきます」
片手で拝み、木の実を齧る。
食感は見た目通り、ナッツに近い。味は……何か、しょっぱいな、塩バターピーナッツみたいだ……
「酒が欲しい……」
もう完全に味が酒のツマミのそれなのでつい呟いてしまう。この世界じゃお酒は何歳からか知らないが無性に酒が飲みたい。
だが、今は堪えよう。まずは、安全な環境を。次に安定した環境作りを目指すんだ。酒はそれまで我慢だ。
まぁ、酒を抜きにしてもこの木の実はもっと欲しいな。そのまま食べても良いがしょっぱいから塩の代わりに魚にかけてら絶対合うな。
ただ、どうやって獲ろうか? もう一回、蹴る? 辞めておこう、足の指が折れる。
「お?」
何かないかと、周りを見れば5メートル程の倒木がある。良いことを思い付いた、これで寺の鐘突くみたい木を叩けば木の実獲れんじゃね?
早速、担いでみる。ちょっと重い……? いや、おかしいここは普通担ぐとこまでやって、「って出来るかーい!」と一人でノリツッコミするところなのに担いじゃったよ、担げちゃったよ……なんなのこの体はスペック高くない?
多分アレかな……獣人は身体能力が高いよっていうことなんだろうか? まぁいいか、木を突くとしよう。
いっせーの……(倒木を引く)
せっ! (倒木で木を突く)
こういった丸太を使う際はこのような掛け声でやらなければならない。重大インシデントに繋がる可能性があると、古今和歌集に書かれているからだ。
おお……! 落ちてく落ちてく、木の実がたくさん落ちてくる。これは、小腹が空いたら、いくらでも摘まめるな……!
◇
「うまうま」
収穫した木の実を蛇皮で作った即席の袋に入れて、食べ歩きながら森を散策する。
いまだに迷子のままだが、美味い木の実があるのでちょっとしたピクニック気分だ。
「……ん?」
昨日、一泊した場所に戻ることを諦め、適当に歩いていたときだった。木々の向こうに開けた場所があるのを見つけ、そこへ向かうことにした。
森を抜けるとそこは川だった。これはラッキーだ。この川に沿って歩いていけば、あの一泊した場所にたどり着けるだろう。
ただ、どっちだろうか? 上流か下流か、迷うなぁ……よし、アレをやろう。
足元に落ちていた木の枝を一本垂直に立てるとパッと手を離す。すると、枝は上流側に倒れた。
……上流か、嫌な予感がするが俺の勘は当たらないから別にいいか。
上流に向け、足を進めた。
◇
「ん……?」
体感で15分程だろうか、川に沿って歩いていると見たこともないような物が見えた。
白っぽい色と黒っぽい色の縞模様の物体が川の側に鎮座していた。
なんだろうか、これは? 生き物だろうか? とにかく近づいてみるか……
見つけた物体に近づいて観察してみる。
よく見れば、太く長い物体が丸まっているようだ。触ってみると表面は少しでこぼこしていて、スベスベしている。押してみるとかなり固い、まるで岩だ。
試しにナイフや斧で突っついたり、叩いたりしてみたが歯が立たないし、石が欠けた。
「……ん?」
急に自分の足元が暗くなった。太陽が雲にでも隠れたのかなと思い、上を見上げると
デ、デカァァァァァァァイ!! 説明不要! ……って、言ってる場合じゃない、早く逃げないと……!
逃げよう。
そう思い、足を動かそうとしたが足がすくんでしまい動けない。
動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け……!
必死に足を動かそうとしていると蛇がチロチロと舌を出し入れしながらゆっくりと顔を近づける。
そして、象でも丸飲みできるんじゃないかと思えるような大きな口を開けた。
「う、わぁぁぁああぁぁッ!!」
叫びながら足を動かす。少しだけだったが、踵が足元の石に引っ掛かり尻餅をついたおかげで食われずにすんだ。
「ひぃ、ひぃ……!」
足に力が入らないので四つん這いで逃げる。非常に惨めだ。
当然、こんな逃げ方ではこの大蛇からは逃れられないだろう。しかし、何故かこの大蛇、遊んでいるのか食おうとせず頭をぐいぐいと押し付けてくる。
くっ……殺せ……! 殺るなら、一思いに殺ってくれよ……! 性格悪いだろ、お前……!
ぐいぐいと尻を押され、とうとう川まで追い詰められる。
こうなったら、川に飛び込み、流れにのって逃げるか……!?
一か八か、飛び込むことにする。このまま大蛇に弄ばれて食われて第二の人生を終了するのは嫌だからな。
震える足に活を入れ、川に飛び込んだ。すると、大蛇は俺に噛みつこうとしてきたが川の流れに乗っている俺を捕まえることはできなかった。
ふはは……! これが我が逃走経路よ……!
どんどん離れていく蛇の姿を見て勝ち誇る。後はどこか適当な場所に上陸してまた探索しよう。
川に落ちた葉っぱのように流されながらしばらく流された。
◇
お、あの辺良さそうだな
良さげな上陸ポイントを見つけたので川底に足をつける。
「へ、ぁ……!?」
川底に足をつけた途端、足払いをかけられたように転んだ。驚きながらも、もう一度足をつけようとしてもまた転んでしまう。
この川、何か変だ……! 水面近くと底の方とで流れの速さが違う……!
体感的には底の方を流れている水の速さは5倍ほどありそうだ。こんなの普通じゃ考えられない!
と、思ったがここは異世界。俺の短い人生で培った経験やら常識が通用しない世界。こんな事もあるさ。
人は失敗を重ねる生き物だ。なら、今回の事は忘れずに次に活かそう、そうしよう。
……ところで、俺はいつまで流されれば良いですか? 心なしかだんだん加速しているような気がするんですが?
「え……?」
この川がどこに繋がっているのか気になり、下流の方を見てみれば森が途切れていた。なんなら、川と地面も途切れていた。
つまりどういう事かというとこの先は
「う、うおぉぉぉぉぉぉッ!! 」
腹の底から声を出しながら、ひたすら水を掻いた。が、努力虚しく体はどんどん滝の方へ流されていく。
そして、ついに────
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
川の流れの勢いのまま空中へ放り出され、落ちる。
……ああ、終わった。終わってしまった。前世も最後はあっけなかったが今回の人生もあっけない終わり方だなぁ……この世界に来た瞬間を生まれた日とするならば、享年一日と数時間か……短すぎて草生えるわ。
ただまぁ、短い人生ではあったけど濃い人生だった。
頭と背中に強い衝撃を感じると同時に俺は意識を落とした。
◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「おや?」
大きな窪地にある滝壺のほとりにてヘルメットのような被り物に厚手のコートという変質者として通報されそうな格好をした人物が悲鳴を聞いて、上を見た。
直後、目の前の滝壺に何かが落ちる。数秒経って浮き上がってきたものを見て人が落ちてきたと気づいた。
「また、誰かが落ちてきたようですね」
コートの人物は驚くことなく、右手に嵌めた手袋を取った。
そこには、手はなく。人間の手と同じ形の固まっている触手の塊だった。
コートの人物は触手の塊を解いて、触手を滝壺に浮いている人物に伸ばし、引き上げる。
「……ほお、獣人の子供ですか。珍しいですね。……ふむ、気絶していますね。風邪をひいてしまうかもしれませんし、診療所に連れていきますか」
コートの人物は手袋を嵌め、獣人の子供を抱き抱えると何処かへと歩いていくのだった。
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