碇シンジの復讐と救済の物語   作:ヒーローズ

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プロローグ2

西暦(A・D)2004年 11月 ゲヒルン

 

 ゲヒルン。

 

 後に解体されてネルフとなるその組織は、この頃からゼーレに目を掛けられていることもあって、この世界の最先端の技術が集結している。

 

 しかし、その所長室には現在、とある人物が怒鳴り込んで来ていた。

 

 

「おい、碇。どういうことだ?これは」

 

 

 そう言って目の前の席に座る男──六分儀(・・・)ゲンドウに書類を叩きつけた男の名は冬月コウゾウ。

 

 ゲンドウの妻であった碇ユイの師である人物であり、現在はこのゲヒルンの副所長的なポジションに居る人物だった。

 

 

「どうもこうもない。その書類に書いてある通りだ」

 

 

 ゲンドウはそう言って顔の前で腕を組むポーズ(浴に言うゲンドウポーズ)を取っていたが、その腕は震えており、それはそのまま彼の怒りを現していた。

 

 そう、彼の目の前に存在する書類。

 

 それには碇シンジの親権を碇ゲンドウから取り上げる旨が記された書類と碇家からの絶縁状とそれに同意した旨が書かれた書類だった。

 

 これにより、碇ゲンドウは旧姓である六分儀ゲンドウへと戻っている。

 

 しかし、彼にとって碇の姓はユイとの絆の証であった為に、この事に対してゲンドウは怒りを抱いていた。

 

 

「ならば、なぜ大人しく同意などしたんだ?お前、碇の姓には拘りがあっただろう?」

 

 

「・・・不毛だからだ。ここで私が親権を改めて主張しても、シンジを他人に預けている時点で既に不利だ。それに向こうは私をよく思ってはいない。下手をすれば、暗殺してくる可能性がある」

 

 

 碇コウイチロウの率いる碇財団がゼーレと袂を分かっている事はゲンドウも当の昔に知っている。

 

 そして、現在のゲンドウはそのゼーレ側の人間だし、妻であるユイと違って直接碇の血を引いているわけではないので、はっきり言って碇財団からすれば目障りに存在でしかない。

 

 加えて、このゲヒルンはゼーレからは重要視されていても、後のネルフのような警備システムは持っていないので、暗殺をされる可能性は十分に存在している。

 

 ユイと会うためにまだ生きねばならないゲンドウとしてはこんなところで死ぬわけにもいかず、やむ無く親権破棄と六分儀姓に戻ることに同意したのだ。

 

 

「・・・なるほどな。しかし、これはあれに乗せる際に面倒になってくるぞ?」

 

 

 冬月は計画に支障が出るのではないかと、暗に問う。

 

 彼らの計画において、ある意味で一番重要な要素を持つ存在は碇シンジだ。

 

 何故なら、ユイを目覚めさせなくてはならないのだから。

 

 本来ならばゲンドウがシンジの親であるということもあって、その点は比較的簡単に済むのではないかと見なされていた。

 

 しかし、現実はシンジはゲンドウの手元を離れてしまっており、簡単に呼び出すことは出来なくなってしまっている。

 

 しかも向こうから嫌われている以上、こちらから碇家に会談を申し出たとしても門前払いされるだけだろう。

 

 これは彼らの計画に重大な支障を残す可能性があった。

 

 

「・・・問題ない」

 

 

 だが、その現実をもってしてもなお、ゲンドウは慌てる様子はない。

 

 

「どう問題ないんだ?彼と初号機が居なければ、我々の計画が成就する可能性は絶望的なんだぞ?」

 

 

「ここで焦っても仕方がない。今は他の土台を整えることを優先する。シンジの事はその後で何とかすれば良い」

 

 

「むっ。それはそうだが・・・」

 

 

 冬月は言葉に詰まる。

 

 確かに現状でこちらから打てる手はない。

 

 ゼーレのバックアップを受けているとは言え、こちらは一研究所なのに対して、向こうはかつてゼーレの一部であった日本を始めとした東アジア一帯に影響力を持つ財団。

 

 敵に回すにはあまりによろしくないし、下手をすればこちらが逆に潰される可能性がある。

 

 

「今は耐えるときだ。じきに権限などが強化されてから、誘拐なりなんなりすれば良い。所詮は子供だ。どうとでもなる」

 

 

「・・・そうだな」

 

 

 冬月はゲンドウの意見に同意する。

 

 確かに相手は子供だ。

 

 それもつい半年前まではゲンドウが預かっていた少年。

 

 それを考えれば、この先、付け入る隙は幾らでもあるだろう。

 

 

「分かった。この件に関しては俺からはこれ以上追求はしない。元々、お前のことだしたな」

 

 

「・・・」

 

 

 冬月の言葉にゲンドウは沈黙をもって返す。

 

 ──その後、本来の職務を再開した2人であったが、この時、彼らにはある誤算があった。

 

 それはシンジがただの子供ではなくなっていたこと。

 

 更には彼らの企みをよく知ってしまっていたことだ。

 

 そして、これらの誤算は彼らの計画に多少の支障どころではないものを残す事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦(A・D)2005年 1月 京都 碇邸

 

 シンジの訪問から5ヶ月が経ち、2005年の年が明け、使徒襲来まで丁度10年と迫った頃、碇邸は1人の来客を迎えていた。

 

 

「──久しぶりだな、コウイチロウ」

 

 

 コウイチロウに対して、気安くそう言う初老の老人。

 

 彼の名は雨宮ショウタ。

 

 コウイチロウの学生時代からの親友であり、現在は国会議員として働いており、セカンドインパクト後に大打撃を受けた日本経済の建て直しを二人三脚で行っている人物だ。

 

 そして、あと10年もすれば首相になるのではないかと目されている人物でもある。

 

 

「なんの用だ?ショウタ」

 

 

「いや、お前がユイさんの息子を次期碇家の当主として認定したと聞いてな。1度見てみたいと思ったんだよ」

 

 

「ほう。して、お前の視点から見てどうだった?シンジは」

 

 

「今年4歳と言うからまだ将来は分からないが、少なくともこのまま行けば素晴らしい人間になるだろうな。少なくとも、うちの孫より将来性があるし、バカ息子とは比べるべくもないな」

 

 

 ショウタはシンジの事をそう評価する。

 

 ショウタの孫である雨宮ソウタはシンジより5つ程年上であり、今年小学3年生となる少年だった。

 

 そして、将来、シンジロウの後を継がせる為の教育を施しており、本人もそれを了承していたのだが、その芯の強さはシンジには到底及んでいないとも感じていたのだ。

 

 まあ、まだどちらも一桁な年齢のために将来はどうなるか分からなかったが。

 

 ちなみにソウタの父親であり、シンジロウの息子でもある雨宮カズシゲに関しては、とある一件で完全にシンジロウを怒らせており、既に次期後継者から外されている。

 

 

「そうか。お世辞など滅多に言わないお前が珍しいな」

 

 

「あれだけ芯の強そうな目を見せられたらそう思わざるを得ないさ」

 

 

「・・・そうだな。シンジは私の自慢の孫だ」

 

 

 コウイチロウはそう言いながらも、その芯の強さの根底を知っているがゆえに、複雑な感情を抱かざるを得ない。

 

 しかし、それを表情に出すわけにもいかないので、彼は話題を切り換えた。

 

 

「ところで、お前は碇財団が反ゼーレを唱えることには未だに反対か?」

 

 

「・・・前も言ったが、完全に反対はしない。俺もあの狂信者達にはうんざりとしているしな。しかし、うちの親ゼーレの連中を宥めるのは大変だったな」

 

 

「・・・」

 

 

 コウイチロウはショウタの言葉を聞きながら目を瞑る。

 

 実は碇家は反ゼーレでは纏まっていても、日本政府の方はと言えば、必ずしもそうではない。

 

 ゼーレと繋がっている人間も多いし、中にはその力を利用して日本の再建を考えていた者も居るので、その方針に真っ向から逆らうような碇財団のゼーレ脱退はそういった人間たちの不孝を買っており、ショウタの派閥にもそういう人間が居たので、それを宥めるのは本当に大変だったのだ。

 

 

「それはすまなかったな。だが、ゼーレ脱退の今も間違っているとは思っておらん」

 

 

「お前も頑固だな。まあ、終わったことを言っても仕方がないが。それより最近、政界の間でゼーレが手を伸ばしてきているんだが、何か知らないか?」

 

 

「なに?」

 

 

 コウイチロウはショウタの言葉に少しだけ目を見開く。

 

 10年後への下準備のために今のうちから使徒戦の当事国である日本の政界に手を伸ばす。

 

 それは予想していないわけではなかったが、コウイチロウの想定ではもう少し後になると思っており、ゼーレが自分の想定より遥かに早く動いたことには流石に驚いていた。

 

 

(シンジから聞いてはいたが、思ったより早いな。これは早めにショウタに伝えておいた方が良いかもしれぬ)

 

 

 そう思ったコウイチロウはショウタに自分と碇財団が考えているこれからの計画を今伝えることにした。

 

 

「実はな、ショウタ。その事に関してなんだが──」

 

 

 コウイチロウは5ヶ月前にシンジと話したことをショウタへと伝える。

 

 

「それは・・・本当なのか?」

 

 

「ああ、本当だ。少なくとも、裏死海文書に記された使徒が来るのはまず間違いない」

 

 

「いや、幾らなんでも・・・」

 

 

 ショウタは半信半疑だった。

 

 幾らゼーレが狂信者とは言え、そこまで大それた事をするとは到底思えなかったからだ。

 

 なにしろ、バレたらすぐに“人類の敵”認定がされるような案件だったのだから。

 

 

「それで仮に本当だったとして、俺に何をしろと言うんだ?」

 

 

「政府内でのゼーレの影響力を極力抑えてくれ。なにしろ、使徒戦はこの国が舞台だからな。政治関係を完全に向こうに抑えられると面倒なことになる」

 

 

「なるほど。だが、相手がゼーレとなると、骨が折れるな」

 

 

 ショウタはその苦労を想像したのか、眉をしかめる。

 

 ゼーレという組織は世界規模の組織だ。

 

 東アジア一帯の経済は完全に碇財団が握っているが、それは経済だけの話。

 

 政界に関しては盤石だとは言いがたい状況だった。

 

 

「そこは何とか頼む。事は我々だけの問題ではない。文字通りの意味で人類が滅亡するかどうかの話だ」

 

 

「・・・分かった。引き受けよう。ただ、条件がある」

 

 

「なんだ?言ってみろ」

 

 

「孫娘とその母親をお前に預けたい」

 

 

「孫娘?お前に孫娘なんて居たか?」

 

 

 コウイチロウは首を捻る。

 

 ショウタに孫娘が居たなどという話は初耳だからだ。

 

 

(いや、それ以前に“その母親”というのはどういう意味だ?まるで、母親が複数いるみたいな・・・!?)

 

 

 そこまで思ったところで、コウイチロウはだいたいの事を察する。

 

 

「・・・なるほど。カズシゲの愛人の娘といったところか」

 

 

「察しが良くて助かる。どうもセカンドインパクトの混乱期に出会って子供を孕ませたらしくてな。その娘はシンジ君と同い年だ」

 

 

「分かった。その代わり、約束は果たして貰うぞ」

 

 

「ああ、もちろん。命懸けでやるさ」

 

 

 2人はそう言って立ち上がり、握手を交わした。


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