縁を伝って、よじ登る   作:並木

40 / 68
39話 破滅の一歩

 

 五月。フットボールフロンティアへの出場を申し込み、無事受理されたことにサッカー部の面々は喜んだ。去年とは違い、今年は学校も約束通り許可してくれたのだ。

 今日の練習が終わり、部員は口々に大会出場への喜びを言葉にする。これまで出れなかった分、三年の喜びが最も大きかった。

 

 「しゃあ! 目標はやっぱ打倒帝国だな!」

 

 「打倒帝国じゃなくて、フットボールフロンティア優勝だろ」

 

 「実質一緒じゃん」

 

 部灰(へぱい)平良(へら)が話している。(かなえ)は部灰の言葉に強く賛成した。

 叶が育てた照美が、叶の人生の集大成が、前世の叶を葬った影山率いる帝国学園を倒せば、叶の復讐は成就する。

 二度目の人生は、当初考えていたよりも大事なものがたくさん出来た。無論、娘の体を奪った罪と前世の最期、そして影山らへの恨みを忘れた日などないが、それでも人殺しをして母や照美に迷惑をかけたくはないと叶は考えていた。

 

 「亜風炉くん、理事長から話があるそうです」

 

 なよなよした男性教師がサッカー棟に入る。コイツは誰だと長考し、影の薄い顧問だと叶は思い出した。

 

 「はい、すぐ行きます」

 

 照美はすれ違い様に叶の頭を一撫ですると、顧問に着いて行く。叶が文句を言おうとしたときには、照美はすでにサッカー棟の外に出てしまっていた。

 

 「話ってなんでしょう?」

 

 「さぁ? 大会についてじゃね?」

 

 十分ほどして、封筒を抱えて照美が帰ってきた。

 

 「照美ー! さっきのなんだよー!」

 

 「……? 何のこと?」

 

 照美はきょとんとした顔だ。

 

 「……何でもない」

 

 叶は不機嫌に言った。よく考えれば、「お前さっきオレの頭撫でたよなぁ!?」と怒るなんて馬鹿みたいだ。

 

 「亜風炉。それで何の話だったんだ?」

 

 「大会に備えて、特別強化合宿を行う……みたいなんだけど……」

 

 平良の質問に、照美は困ったように言う。

 

 「特別強化合宿ぅ? 夏休みに?」

 

 「それだと遅くないですか?」

 

 不思議そうな阿保露(あぽろ)に続けて、在手(あるて)が疑問を口にした。

 

 「ううん、来週の月曜日からフットボールフロンティアの終了──優勝するか、敗退するまでなんだそうだけど…………」

 

 「それって五月から七月、八月くらいまで行かね? 学校はどうすんの?」

 

 「特別授業をするそうだけど……、ごめんね、急なことでボクもよく理解出来ていなくて」

 

 照美が封筒を開ける。十六枚の書類が出てきた。

 

 「ボクたちの両親からは許可を貰ったって。後はボクら自身がサインをして、提出をするだけ」

 

 叶は書類の一番上、照美の名前が書かれたものを見る。たしかに照美の両親の筆跡で、二人の名前が書かれていた。印鑑も見覚えあるものだ。

 

 「急な話で悪いけど、今週の木曜日までには決めて、参加するならサインしてボクのところに提出して欲しいな。要項はプリントにまとめてあるから、読んでおいてね」

 

 照美は言って、叶以外に書類を配って回る。

 

 「我が師は?」

 

 「叶ちゃんは……マネージャーだから、特別強化合宿の対象にはならないみたい……」

 

 「我が師の強さがわからん者の主催する合宿だと? 下らん、オレは行かない」

 

 「それが……。合宿に行かないと、大会への出場は認めないって……」

 

 「なんだよそれ! 実質強制じゃねぇか! 女子のいない合宿なんてやる気出ねえよ!」

 

 部灰が叫んだ。出右手(でめて)は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 「せっかくだし行ってこいって。んで、優勝してくれ。それに元から女子は出れないし気にすんな」

 

 「師匠……」

 

 弟子にそう言って、叶は行くように促した。

 

 「結果を残させたいのでしょうが、やり方が強引では……?」

 

 「うーん……他の友達や阿里久(ありく)と会えないのは残念だけど、ちゃんと勉強もやらせてくれるんなら、オレは良いかなー」

 

 「アポロン、お前大して成績良くないだろ」

 

 「成績悪くても勉強の大切さはわかるんですー」

 

 疑念を漏らす在手に対し、阿保露は楽観的な意見を口にした。成績を馬鹿にした荒須(あれす)に、阿保露は唇を尖らせて反論する。

 

 「今週の土日は部活を休みにするよ。必要なものを揃えて、合宿の間、不便が無いようにしてくれ」

 

 照美は小さく息を吐くと「解散」と続けた。

 

 「叶ちゃん。二日間とも空けておいてくれないかな。しばらくお別れになるから、二人で出掛けたいんだ」

 

 「おっ、叶姉ちゃんとのお別れが悲しいのか?」

 

 叶はニヤニヤと照美をからかう。

 

 「……うん」

 

 「オレもだぞ!」

 

 素直に頷く照美が可愛らしくって、叶は彼に飛び付いた。シルクのように肌触りの良い彼の金糸の髪を撫でる。

 

 「はい、おしまい」

 

 「ちぇっ」

 

 照美に手を頭から離されて、叶は不満げな表情を浮かべた。

 

 「今はみんなもいるからね。……もう少ししたら、再開していいよ」

 

 「よっしゃぁ!!」

 

 叶は周りに早く帰れと念じた。それが見透かされたようで、照美から軽く怒られた。

 

 

 

 

 

 

 土曜日。叶は照美の買い物に付き合っていた。いつも一人で走って行くときとは違い、バスで(ふもと)の街に行く。美容にうるさい照美の買い物は一般的な男子中学生のものより多かった。それが三ヶ月分だから尚更だ。

 

 「今こんないっぱい買わなくても良くないか? それとも外出を認めないとか書いてあったのか?」

 

 「極力控えるようにとはあったよ。それに、向こうのお店にいつも使っているものがあるとは限らないからね」

 

 「そういや、どこで合宿すんの? お前らから会いに来れなくても、オレから会いに行ける距離なら……」

 

 「ごめんね、世宇子中の近くではあるらしいけど……詳しい場所までは聞いていないんだ」

 

 照美が謝るのに苛ついて、叶は照美の持つ荷物を奪ってやった。そのまま荷物持ちに徹する。

 

 「叶ちゃん、寂しい?」

 

 「寂しい」

 

 叶は素直に言った。照美は「ボクもだよ」と笑った。

 

 「合宿までするんなら、学校のためにも絶対勝たないとなー」

 

 「そうだね。絶対優勝してみせるさ。叶ちゃん、キミに勝利を捧げるよ。だからそのときは──」

 

 キザっぽくそこまで言って、照美は言葉に詰まったようだ。顔を(かす)かに赤くして、「何でもない」と誤魔化す。

 

 「捧げられてやる」

 

 叶は冗談っぽく言って笑った。

 

 「ボクがいない間のダメージを防ぐために、明日は叶ちゃんのヘアケアとか爪のケアをするからね」

 

 「一応お前が鬱陶しく言うことはちゃんとやってんぞ。リンスとか、体にベタベタクリーム塗るのとか、歯間ブラシとか、ハンドクリームとか。オレ本当は全部やらない派だけど」

 

 「せめてリンスと歯間ブラシは言わなくてもやってほしいんだけど……」

 

 「あ、その辺やってくれるなら頭も洗ってほしいな。小五ぶりに一緒にお風呂入ろうぜ」

 

 「寮生活だからダメだよ」

 

 「寮の風呂じゃなくて、サッカー棟にシャワールームあんじゃん」

 

 「いくら叶ちゃんが小さくても二人は狭いよ?」

 

 「狭くてもいいよ。そっちも嫌なら、さっき看板に温泉の広告あったぞ。五千円で九十分、貸切家族風呂って」

 

 「うーん……」

 

 照美は返事を渋った。

 

 「あ! 照美が恥ずかしいなら水着着ても良いぞ! なんならお前の頭も洗ってやる! 背中も流すぞ!」

 

 「……叶ちゃんも水着着るよね?」

 

 「着ないぞ? 風呂で水着って何か嫌じゃん」

 

 叶は事も無げに言う。

 

 「……。他にしたいことはない?」

 

 「うーん、春休みぶりに一緒に寝たい」

 

 「あ……うん、まあ、それなら、いい、かな」

 

 やけに言葉に詰まった様子で照美は呟いた。

 

 日曜日。綺麗になった自分の爪と、良い匂いと手触りになった髪に叶は満足した。昼寝も人の体温のおかげで安眠出来た。心なしか、よく眠れて背が少し高くなった気がする。照美には気のせいだと言われた。

 

 「うーん……よく寝れた、ありがとなー! 母ちゃんが出張してから、お前と一緒じゃないと良く寝れないんだよなー、ホームシック?」

 

 「かもしれないね」

 

 「家帰っても母ちゃんいないから意味ないのにホームシックか。マザーシックの方が正しいんかな?」

 

 「……。叶ちゃんが眠っている間におまじないをかけておいたから、きっと安眠出来るよ」

 

 「ホントかー? おまじないって、女子みてぇ。ま、ありがとな」

 

 叶は笑った。だから、複雑な気持ちになりながらも照美も笑った。

 叶の母・季子(きこ)の出張。それが意味することは、叶と彼女以外の人物では大きく違う。

 叶にとっては季子は長期出張で海外で頑張っている。叶以外にとっては、季子は天国にいるという事実を酷く婉曲して言っているのだ。

 

 「叶ちゃん」

 

 「うわあ!? もう、なんだよ……」

 

 照美は叶を強く抱き締めた。叶は戸惑いながら、背骨を折らないように気をつけて彼を抱き締め返す。

 

 「合宿、頑張れよな」

 

 「うん」

 

 「オレのこと忘れるなよ」

 

 「うん。叶ちゃんこそ」

 

 「明天名(あてな)にオレを尊敬するよう言っとけよ」

 

 「……。うん」

 

 「それと、これ」

 

 叶は照美から体を離す。彼の買い物に付き合って入った雑貨屋。そこでこっそり買ったプレゼントを叶は渡す。蜂蜜色のミサンガだ。

 

 「海外の有名占い師オススメとか書いてあった。切れたときに夢が叶うか、または……なんか、夢が離れていくって書いてあった」

 

 「離れていく……というのは叶わなくなってしまうということかな?」

 

 「多分? でも、そんだけ効果は強いみたいだぞ! 高かったし!」

 

 叶は慌てて言った。

 

 「ボクたちならきっと大丈夫さ。ミサンガが切れたときも、夢が叶う方だよ」

 

 照美は笑って、「叶ちゃん」と呼んだ。叶がそうするのより遥かに優雅な動きで靴下を脱ぐと、綺麗な足首を(あらわ)にする。

 

 「ボクにそれ、結んでほしいな」

 

 「うん。お前の方が器用だし、上手く出来ると思うけど」

 

 「叶ちゃんが良いんだ」

 

 「……おう」

 

 出来るだけ綺麗に結べるよう、叶は最大限集中してミサンガを結んだ。

 

 「これと一緒に、叶ちゃんの思いもグラウンドに連れて行くよ。もちろん決勝戦のときだって、優勝するときだって一緒さ」

 

 「決勝の前に叶う方で切れててくれた方が良いけどな」

 

 照美の言葉を聞いて暖かくなった胸を自覚しながら、叶は照れ隠しにそう言った。

 

 「ねえ、叶ちゃん。絶対に勝つから、そのときは──」

 

 そこまで言って、照美は顔を赤くした。

 

 「……なんでもない」

 

 「なんだよー、教えろよー!」

 

 叶が言っても彼は答えてくれず、叶は不機嫌になった。

 

 「優勝したら言うよ」

 

 「……わかった。じゃあそれまで待ってるから、絶対優勝しろよな!」

 

 叶は照美の両手を握って言った。照美は柔らかな笑顔で、「もちろんさ」と自信溢れる返事をした。




フットボールフロンティア編が五月~七月の終わりor八月上旬から中旬と仮定。(四月開始だと雷門の一年組が腐るのには早すぎるため)
エイリア編が九月いっぱいまでとして、世界編がさらに一、二ヶ月。
とイナイレ無印の時系列を考えたところで、世界編のカタールとの試合(フィールドは日本)の気候が思い切り真夏だということを思い出し、ということは世界編はどれほど遅くても九月には開始していないと……と考え、そもそも推定夏に北海道で車埋まるレベルの積雪と雪崩がある世界なので、細かい時系列について考えるのをやめました。

というわけで、地の文で今は◯月みたいな感じで時期について書いてある文は、多少疑問を持っても軽く読み流していただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。