縁を伝って、よじ登る   作:並木

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内容薄い&視点変更が多いです。


46話 レガリア

 

 準決勝。世宇子中と狩火庵(カリビアン)中の試合を(かなえ)は会場まで見に行った。

 試合開始から(わず)か十分も経たず、狩火庵中の試合続行不可能により世宇子中の勝利。まるでサッカーを汚すような試合で、叶は目を反らしたくなった。

 

 「こんなことをさせるために、サッカーを教えてきたんじゃないのに……」

 

 俯くと、叶は小さく呟いて、世宇子の控え室に特攻する。

 警備員を洗脳し、彼らに(こころよ)く迎え入れられた。洗脳をすることに罪悪感は無かった。すでに一人の人格を変えてしまったのだ。二人も三人も同じだろう。

 

 部屋に神のアクアが入った容器は無かった。グラウンドの方に持っていったのだろう。叶は照美たちが来るのを待つ。

 

 「照美たちは?」

 

 「はっ、確認します。……。普段と別の経路からスタジアムを出ていった模様です」

 

 「……」

 

 避けられてしまった。叶は落ち込み、そして今の彼らと真正面から話さずに済むことに安堵した。

 会場を出たところで、影山の部下が叶を捕らえようと待ち構えていた。叶は彼らを容易(たやす)く振り切り、ここ一週間ほど宿泊しているホテルへと帰った。

 

 

 

 数日後。叶は木戸川清修と雷門の試合を観戦していた。

 

 武方三兄弟は去年より格段に強くなっていた。彼らの攻めと、実際に見ていないからあまり詳しくはないが強いらしい千羽山の守りを組み合わせれば最強なのではないか。後は、三兄弟と他のチームワークも必要か。叶は世宇子以外のFF総合ドリームチームをぼんやりと考えた。

 少なくとも、トライアングルZはゴッドノウズにも及びそうなほど強い。雷門のトライペガサスも、ザ・フェニックスもだ。

 新しく木戸川に入ったドレッドヘアのDFもなかなかに筋が良い。

 世宇子と狩火庵の試合が腐ったステーキなら、雷門と木戸川清修の試合は上質なコース料理だ。この不快感の口直しに相応(ふさわ)しい。叶は雷門を応援しながら、このように熱い試合を世宇子のみんなにさせられなかったことに落ち込む。

 

 円堂がゴールキーパーの役目を放棄して飛び出す(たび)に、叶は息を飲んでしまう。壁山や風丸らの緊張感は叶の比ではないだろう。

 ディフェンダーたちがゴールを守り、円堂が必ず点を取る。互いの信用が無ければあの行動は許されない。

 羨ましいと叶は思った。そして、固い絆で結ばれた円堂たちのチームなら必ず世宇子に勝ってくれる。世宇子のみんながあのまま優勝して、取り返しのつかないことにはならないだろうと安心した。

 

 そして、影山がサッカー部のみんなを閉じ込めている場所を探す方法を考えながら、叶はスタジアムを後にした。

 

 (叶。亜風炉さんには悪いけど、照美くんのために叶が危ないことはしないで?)

 

 「うんわかったよ、母ちゃん」

 

 (私を殺したのと同じように、照美くんたちも見捨てるのね)

 

 「…………ごめんなさい」

 

 再び照美の匂いをスタジアムから辿る。やったことはないが、多分使えそうな千里眼能力を使ってみる。道行く人々を洗脳して、人海戦術を使う。

 色々思い付いた案は季子(きこ)の声に霧散した。生温い諦念が叶を抱き締めていた。

 

 試合が終わり、スタジアムからはポツポツと人が消えていく。徐々に失せていく活気に物寂しくなりながら、運営スタッフに声をかけられるまで、叶は何をするでもなくただ座っていた。

 思い出したようにスタジアムを出ると、叶は近くのビジネスホテルに待機させている元研究員の男を回収しに向かう。

 

 「──神のアクアについては以上です。プロジェクトZについてですが……」

 

 「ありがとう。あのクソ野郎、とことん照美たちを自分の野望のためだけに利用するつもりなんだな……」

 

 「申し訳ありません」

 

 「オレの足が届くところは全部探したけどさ、照美たちどこいるかわかんないもん。世宇子の近くの山は全部見たのに。もうどうしようもないよな。守たちが勝ってくれるのを願うよ」

 

 「お力になれず、申し訳ありません」

 

 「オレ、本当ならさ。雷門を十割応援するんじゃなくて、雷門と世宇子を四:六くらいで応援出来たのかな」

 

 「申し訳ありません」

 

 叶は(うつ)ろにぼやき、男は神のアクアの研究に加担していて申し訳ありませんと謝り続けた。

 異様な雰囲気だが、叶の超能力による偽装で周りの意識は向かないようになっている。不審がる者はいなかった。

 年が離れた、顔立ちに血の繋がりを感じさせない二人が並んで歩くのも、周りの人々には特にどこもおかしくないこととして処理されているだろう。

 

 「ご飯好きなのに今味わかんないし、帰ってきた母ちゃんはオレを否定してくるし、大好きな照美たちはあんなになっちゃったし、オレ、生きる意味あるのかなぁ?」

 

 「尊い叶様が存在すること自体が生きる意味です」

 

 「洗脳状態のヤツに聞くんじゃなかった。まあ素面(シラフ)のヤツに聞いたらオレがおかしい子だけど」

 

 叶は舌打ちをした。

 叶の洗脳は永続だ。男の中の優先順位が高いところに、本来関わり無い叶が一生居続けることになる。

 そのことに、叶は最初は罪悪感があった。最も、影山の悪事に加担して、照美を害した人間相手なのだから微々たるものだが。

 でも、男の記憶を読んだことで、季子は帰ってきた。そこだけは感謝してやっても良いだろう。

 

 「クソ理事長がな、影山さんがお呼びだとか言ってオレを無理矢理連れてこうとすんの。寮母さんとメイは庇ってくれるからまだ良いけど。だから寮を離れて、ホテルとか野宿とかネカフェとか漫喫とかをグルグル」

 

 叶は内容の薄い愚痴を続けた。

 実家に帰るわけにはいかない。照美の家に近いから、彼の家族とすれ違い、照美の話になっても困る。まして、亜風炉家なんて尚更だ。

 

 「申し訳ありません」

 

 「うん。本当だぞ」

 

 少し歩くと、“プロジェクトZ”について知っている人物で影山の元部下だと紹介して、叶は鬼瓦に男を引き渡した。

 

 「情報については信頼出来ます。影山の死刑に役立てば嬉しいです」

 

 「私が知ることであれば、全てお話する所存であります」

 

 「小さい嬢ちゃん、気持ちはわからんでもないが、あんまりそんなことを大っぴらに言うもんじゃないぞ。……その男、やけに嬢ちゃんにペコペコしてるが、本当何があったんだ? とりあえず、アイツについて知っていることがあるなら、話を聞かせてもらうぞ」

 

 鬼瓦は部下に男を連行させる。中に先行(さきゆき)がいなかったことに、安心して叶は息をついた。

 

 決勝の前に雷門に行きたい。守は良く思わないだろうが、オレの知る世宇子の選手の情報を全て与えてやろう。

 叶は決心して、照美たちを裏切る行為に今更震え、覚悟が決まるまでカプセルホテルの小さな個別スペースに籠っていた。

 

 

 

 

 

 

 叶との試合のあと、あれが夢だったのように世宇子イレブンは健康だった。怪我は消え、残ったのは叶への恐怖だけ。

 それもフットボールフロンティアで格下の相手を打ちのめし、自信を歪んだ形で取り戻すことで無くなりつつあった。

 故に、彼らはあれは夢だったのだと。茶髪の鬼に手も足も出なかったのは、悪夢だったのだと都合よく片付けた。

 

 それを現実として受け止めている一人。世宇子のMFのヘラは苛立ちに壁を殴り付ける。物に当たるのは悪い癖だが、直そうと思わなかった。

 ヘラは叶が嫌いだ。叶個人というよりは、自分より上の者が、自分を一番にしてくれない者が、天才が嫌いだ。

 天才ならせめて凡人を馬鹿にしてくれ。そうすれば素直に恨めるんだから。天才なら努力をしないで、天から(たまわ)れた才能に胡座(あぐら)をかいていてくれ。だって、努力されたら凡人は追い付けないじゃないか!

 そんな妬み僻みは神のアクアによってかき消され、叶との試合によってぶり返した。

 

 叶が女子だから、大会に出られないから。だからまだ余裕ぶって優しい先輩を演じられた。

 今は無理だ。性別なんか、大会で優勝する栄誉なんか、あの強さがあるなら叶にとってどうでも良かったのだ。それを知ると、かろうじてあった優越感すら去ってしまった。

 

 総帥に選ばれたオレたちは特別な人間だと思っていた。

 違った。叶はもっと特別で、特別強い選手が父親で、特別な特別だった。

 

 「うむ、我が師をこちらに引き入れるにはどうするべきか……」

 

 「オレの話も聞いてくれなかったしね。阿里久(ありく)の国語力がないのは知ってたけど、神と人じゃあそこまで会話が通じないなんて」

 

 「やっぱり無理やりでもいいからここに来てもらおう。神のアクアさえ飲ませれば、叶ちゃんもボクと一緒にいてくれるさ」

 

 デメテル、アポロン、アフロディ。

 叶に特に好意的な三人の会話を聞いて、ヘラは嫌な気分になった。

 アイツが来たら……ただでさえ総帥はオレたちを見てくれなくなったのに、総帥の視界に阿里久しか入らなくなる!

 

 「無駄話はやめろ。まるでボクたちがそんなものに興じるただの人間みたいだろう」

 

 焦りながら最もらしい理屈を作ると一喝して、何を見たいわけでもなく目を(すが)めながら、ヘラは廊下を歩く。

 

 「……ヘラ。オレたちはどこで──。何でもない」

 

 「オレたちは間違えてなんかない!」

 

 途中すれ違ったポセイドンにヘラは強く言った。ポセイドンは叶との試合の後から、ずっとその巨体に似合わぬ迷子のような雰囲気を醸し出している。

 

 部屋に入る前に聞こえた、アフロディが叶を勧誘しに行くという内容の会話は聞かなかったことにした。怪我をしたいのなら勝手にすれば良い。雷門ごとき、十人で事足りるのだから。

 

 

 

 

 

 

 雷門と木戸川清修の試合の数日後。照美は雷門中に足を進めていた。

 思い浮かべるのは愛しい少女の姿。それだけでさらに足取りが軽くなる。

 照美は叶を愛している。周囲が軽い気持ちで言葉にする俗的な汚い愛情ではなく、もっと神聖で慈愛に満ちた感情だ。

 

 照美は叶を幸せにしたかった。“フットボールフロンティアで優勝する”という幼いころからの約束を守ったら、きっと叶は喜んでくれる。

 照美は叶を笑顔にしたかった。母親が死んでから、それを忘れたにしろ無意識下で理解してしまったのだろう。叶が満面の笑みを浮かべたことはない。でも、きっと、ボクが強くなればあの顔をいつでも見れるはずだ。照美は深く信じ込んでいた。

 照美は叶を救いたかった。守りたかった。だから神に──絶対的な存在になりたかった。

 神の裁きによって、叶を苦しめるものを、彼女が悲しむ出来事の全てを無くしたかった。

 

 照美だけが叶を満たしたかった。離れた街(稲妻町)の友達なんて叶には必要ない。照美と、照美が認めた世宇子のみんなが居ればいい。

 

 きっと自覚はないのだろう。叶は昔から近くを勢い良くトラックが通ったときや、帝国学園の話題が出たとき、体を震わせたり顔を真っ青にすることがあった。

 理由はわからないが叶のトラウマらしい帝国学園の選手に圧勝して。総帥の元で力を手に入れて。女子の叶を大会に出せる権力の後ろ盾まで得た。

 

 だから、叶を幸せに出来ると思っていた。

 叶のトラウマをああも無惨にやっつけたのだから、叶を守る力を手に入れたのだから、叶よりも強くなれたのだから。

 現実は違った。酷く拒絶されてしまった。照美は考えて、再び叶をこちらに勧誘することを決めた。

 

 叶は自分の隣にいるべきなのだ。あれほどの力を、共に総帥のために振るおう。二人で神になろう。

 大丈夫。十年来の幼馴染なのだ。誰かが割って入れる隙間などない。互いの全てを把握している。何か誤解があったみたいで叶は怒っていたけど、もう一度、ゆっくり話せばわかってくれるはずだ。

 歪んだ思考で照美は幼馴染を想う。

 

 「叶ちゃん、待っててね」

 

 照美は言って、彼女を迎えに行く前に、敬愛する影山が最も排除したがっている雷門中に棄権を薦めに行った。

 影山が鉄骨より惨い方法で彼らを排除しにかかるかもしれない。さすがにそれは可哀想だという、神らしい慈悲だ。

 もしかしたら神の言葉は矮小な人間には理解出来ず、怒らせてしまうかもしれない。そのときは見捨てれば良い。特別でない人間の代わりなんて、いくらでもいるのだから。

 

 照美は忘れ物がないか確認する。ラミネート加工された、手の平サイズのカードがあることに安堵した。見るたびに心が弾むそれに、折れや汚れがないか確認しながら眺める。

 これがあれば叶は照美の頼みを聞いてくれる。照美は確信して微笑んだ。




ちょっとアフロディがヤンデレっぽくなってしまった……。一応、アフロディと叶の間に恋愛感情はありません。

周りは何もしていないのに勝手に傷付く叶。能動的に叶を傷付けようとしたのは、世宇子との試合前の、
影山「お前の父親が祖母を暴行してプロ辞めさせられたの知ってる?」
くらいです。それもせいぜい、軽く揺さぶれたら幸運程度なので、悪意や敵意というほどのものではありません。

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