縁を伝って、よじ登る   作:並木

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エイリア編のプロローグみたいな話。
ジェミニストームが雷門中に襲来(アニメ基準なのでFF決勝戦の日)から、2日~3日程度後の話です。
ちょっとだけアフロディが可哀想です。


脅威の侵略者編
50話 後悔


 

 「父さん! テレビ見て! また新がハットトリックを決めたんだ!」

 

 「父さん! へへっ、(あらた)のスーパープレイの真似。かっこいい?」

 

 「ほら瞳子(ひとみこ)。あの選手がお兄ちゃんの一番好きな選手の──」

 

 「父さん! オレ、大人になったら新みたいに強いサッカー選手になるんだ!」

 

 「本当に留学して良いの? ……ありがとう! オレ、頑張る。絶対凄い選手になるから、見ててね! 父さん、瞳子!」

 

 「父さん──」

 

 赤髪の少年が、血に(まみ)れ表情もわからぬ顔で言う。

 

 「──痛いよ父さん。なんで、助けてくれないの?」

 

 そして、吉良(きら)星二郎(せいじろう)は布団から飛び起きた。寝汗が気持ち悪い。呼吸は荒く、寝起きと言うのに疲れきっていた。

 ヒロトとの幸せな日々をフラッシュバックし、最後には壊される。それは息子が死んだ日から、吉良が定期的に見る悪夢だ。

 

 なぜヒロトが死んだのか。

 海外でのサッカー留学中、ヒロトは交通事故によって殺された。運転手が政府の要人の子供であったことで罪は揉み消された。運転手がヒロトの救護より事故の隠蔽を優先したことで、ヒロトは見殺しにされた。

 吉良はあの日からずっと続く問いを考える。

 誰が悪い?

 まずは運転手。そして彼を育てた親。その親のような人間を抱え込んでいた某国政府もダメだ。ろくな追及も出来なかった日本政府だって許せない。留学を許した吉良すらも罪人。無責任にヒロトの憧れとなり、彼を死地へ導いた古会(ふるえ)新も同罪だ。

 

 「待ってなさい……ヒロト。必ずやハイソルジャー計画を成功させ、あなたを殺した世界に鉄槌を下して見せますとも」

 

 吉良は言って、この悪夢を見たときの対処療法──息子の生き写しのごとくそっくりな少年・“ヒロト”に会いに行った。

 古会新の子供が“ヒロト”たちと同年代であることを思い出し、吉良はその顔も名前も知らない子供にも憎悪の念を向けた。

 

 

 

 

 

 

 病院の待合室。(かなえ)は紙のように顔色を白くし、パステルカラーの椅子に座っていた。

 待合室のテレビはニュース番組を映す。

 

 『ドーピング!? 世宇子中の強さは偽物だった!?』

 

 という見出しから始まり、次回は影山零治についての特番を行いますとアナウンサーが言って、番組は終わった。

 ニュースで照美たちが映し出された時間は決して短くなかったが、彼らよりも影山への糾弾の方が多かったのは、叶にとってせめてもの救いだ。

 

 『次のニュースです。全国の中学校にエイリア学園と名乗る宇宙人の襲来──』

 

 「阿里久(ありく)さん、阿里久叶さーん!!」

 

 「は、はいっ!!」

 

 とても気になるニュースだったが、途中で看護師に呼ばれてしまった。叶は名残(なごり)惜しくテレビの方に耳を傾けながら、慌てて看護師に着いていった。

 

 「面会時間は最大三十分。基本飲食物の受け渡しは禁止。ここまではよろしいでしょうか?」

 

 「はい」

 

 「では、ただいま10時13分ですので……10時43分までが面会時間となります。ご注意ください」

 

 叶は今、この病院に世宇子イレブンとの面会に来ていた。

 政府の要人や一部著名人も使う病院で、怪しい人物やマスコミは完璧に遮断される。セキュリティは万全だ。

 面会は原則患者の家族のみ。いくら付き合いが長いからといって、血も戸籍の繋がりもない叶は面会出来ないはずだが、照美の母がかなり無理矢理面会のチャンスを取り付けてくれたらしい。

 

 それを聞いて、やはり、息子の照美を守れなかったオレは彼女に恨まれているのだろうな、と叶は思った。

 

 「あの、面会の前にトイレ行って良いですか?」

 

 「かしこまりました。トイレはあちらの突き当たりの右手にあります。お手洗いの時間は面会時間に入れないので、ゆっくりしてきてくださいね」

 

 看護師はお茶目に言って、叶を送り出した。

 叶は本当に(もよお)していたのと、緊張で残っている気がするのを出して、さらに狭い個室の中をグルグル回り、悠長に普段は気にしない髪を整え、目の下の薄い皮膚を温めて少しでもクマを薄くし、唇を軽く噛んで少しでも血行を良く見えるようにした。

 

 「大丈夫ですか? 具合が悪いのならまたの機会にしても……」

 

 「……。いえ、大丈夫です」

 

 「あの……すみません。療養の都合上、亜風炉照美くんたち十一人の方と、目戸(めど)宇佐(うさ)くんたち五人の方にお部屋が別れているんですけど、どちらの方にお見舞いでしたか? あの、……他の看護師たちには私がこれ聞いたって言わないでくださいね」

 

 「両方です。先に目戸先輩たちの方に行きます」

 

 叶は楽な方を先に選んだ。

 

 (叶の弱虫。あの人の子供なんて信じられないわ)

 

 叶の中の季子(きこ)が言った。

 彼女は叶の一挙一動に文句を言う。でも母の言うことだから正しいのだろうと叶は受け止めた。

 

 「阿里久さん、久しぶりー!」

 

 「先輩。お久しぶりです!!」

 

 病室に入ると目戸と安芸(あき)が元気良く言った。机の上にはUNOが散らばっている。誰かわからないが、結構な枚数負債を押し付けられ負けたようだ。

 

 「オレたちは全然元気だよ。……つい最近までアイツの息がかかった病院にいたから、解放感がすんごい」

 

 「アイツって影山ですか?」

 

 「そうそう! いやー……あそこは本当酷かった! 飯はまずいし、雰囲気暗いし、看護師さんがトイレや風呂まで監視してくるし!」

 

 「……あー。うん? 何で病院に?」

 

 「いやーちょっとな。アイツら……ヘラたち止めようとしたらボコボコにされた」

 

 「…………」

 

 「そういえば阿里久先輩、大丈夫でしたか? アイツの……影山に、何かされたりは……」

 

 「……ないよ。わたしは大丈夫」

 

 「良かったです! 手紙を出したかいがありましたぁ!!」

 

 安芸は笑って言った。

 

 「手紙?」

 

 「手紙っていうか……メモ書きっていうか……?」

 

 「怪文書?」

 

 叶の疑問に、黒野(くろの)経洛(へらく)がこれまた疑問形で返す。

 

 「さっき言った通り、監視が酷くて変な単語だけの手紙しか出せなかったんだ。一応、『アフロディたちが変な薬で洗脳されていて、それをしたのは影山。阿里久さんも危ないから逃げてくれ』みたいな内容を書いたつもりだったんだけど……」

 

 「……先輩。あれじゃそうは読めませんって」

 

 「そうだよなぁ……」

 

 位家(いか)の指摘に、目戸はしゅんとした様子で言った。

 

 「……。大丈夫ですよ。わたしは何もありませんでした」

 

 「そうか。なら良かった!!」

 

 「あ、これ、お見舞いの品です」

 

 叶はスーツケースを開けた。

 

 「出来るだけクラスは合わせました。同じクラスの人に貰えなかったのは、同じ教科担任のクラスの人から貰いましたし。みんな──特に受験生の目戸先輩の勉強が遅れないように、オレ……あっ、わたしからのプレゼントです」

 

 部活体験や寮生活の(つて)で集めた、彼らが“特別強化合宿”で授業を受けていなかった期間の、全教科のノートコピーとプリントを叶は渡した。

 

 「おっ、ありがとな! 本当助かる!」

 

 「えー……あっ! オレは治療に専念するので、勉強は、その……体に毒だし……」

 

 目戸と安芸が正反対の反応をした。それから少し雑談すると叶は看護師に()かされて病室を出た。

 

 (叶はあの子たちのために何もしてないのに、心配してもらえたのね)

 

 季子が言う。叶はそれに異論なかった。

 

 続けて照美たち十一人との面会。となったところで、叶は彼らのいる病室に入れなくなった。

 

 もう一回トイレに行って、ただ洗面所で立ち尽くし、無意味な時間稼ぎを繰り返す。意を決して病室の扉を開けた。

 

 「ぁ……叶ちゃ……」

 

 力なく照美が叶の名を呼ぶ。叶が入ってきたことに気付くと、病室の空気は凍り付いた。

 

 「……あのね、叶ちゃん。ボク、ボクたち、本当に取り返しのつかないことをしてしまったと思ってるよ……。どうしてあんな甘言(かんげん)なんかに乗ってしまったんだろう……」

 

 照美が何か言っている。叶は手短にスーツケースを置くと、

 

 「ノートとプリント。それから期末テストの問題も。極力同じクラスのヤツにコピーさせてもらった」

 

 それだけ言って、叶は(きびす)を返す。

 

 「待って……!!」

 

 「何?」

 

 照美の呼び掛けに、叶は目に力を入れて振り向いた。睨んでいるように見えたかもしれない。

 

 「あのな、前にも言ったよな? オレたちはこれで終わり。最後の義理としてお前らが普通の生活に復帰出来るように、最低限は果たした。これで十分だろ?」

 

 「……。ごめんなさい」

 

 「謝れなんて言ってねぇよ。あのな、さっきから思ってたけど……それ、どこまで演技なんだ?」

 

 「ぇ? ど、どういう──」

 

 「そのまま」

 

 叶は冷たく言った。

 照美相手にここまで冷たく接したことはあっただろうか? 叶は自分の記憶を辿る。あの試合のときですら、ここまでではなかった。

 

 照美は痛そうな、辛そうな顔をした。

 普段の叶ならすぐさま駆け寄って、頭を撫でて優しい言葉をかけて慰めたり、怪我をしていたのなら彼をおぶって保健室に連れていったりしていただろう。元気づけるためには色んな優しい言葉をかけていただろうし、おやつだって四割くらいあげた。

 そして、その行動の裏には、照美への愛情がしっかりとあった。

 

 おかしいな。何も感じない。

 叶は思って、足を廊下の方に動かす。

 

 代わりに、こう思った。

 オレもお前もみんなも、サッカーにさえ関わらなければこうはならなかったのに。

 叶は大切な人を傷付けたサッカーが、少し嫌いになった。

 

 照美は力なくベッドから出ようとして、コロリと床に落ちた。立ち上がろうとして、どういうわけか力が入らなかったらしく、腕の力だけで数歩分這うと叶の細い足首をか弱く掴む。

 

 「……やめてほしいんだけど」

 

 「叶ちゃん……」

 

 「聞こえなかったか?」

 

 「……っ」

 

 照美は息を切らして床を見たまま何も言わない。

 

 「…………じゃ、…………ない……」

 

 「何? 言いたいことがあるならハッキリしてくれ」

 

 「演技なんかじゃないんだ……! ボクは…………」

 

 譫言(うわごと)のように言葉を紡ぐ照美。

 

 「そうか」

 

 顔も合わせずに言って、叶は病室の外に出た。

 

 (照美くんが可哀想じゃない。叶は酷い子ね)

 

 季子の声。

 可哀想なのだろうか? 叶にはわからない。けど、季子が言うならそうなのだろうと叶は思った。

 

 「あらっ! もう良いんですか?」

 

 外で待っていた看護師が驚いた様子で確認する。

 

 「はい、最低限の用は済んだので。それに、オ……わたしが入ったらちょっと雰囲気悪くなっちゃったし……」

 

 「……色々あったみたいですからね。大丈夫ですよ、当院で心の方の治療もしっかり行いますし、それにきっと時間が解決してくれます」

 

 看護師の言葉に、叶は曖昧に笑った。

 確かに時間は解決してくれるだろうが、叶はそこまで悠長に生命活動を続けるつもりはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 面会の日の午後。叶は世宇子中の廊下を歩いていた。

 肩をいからせ、目と眉を吊り上げ、口はへの字にキツく結ぶ。視界に映る全てを睨み、理事長室に入った。

 

 「二年一組の阿里久叶です。職員室が閉まっていたので、こちらに転校に関する書類を貰いに来ました」

 

 「キミは……。サッカー部のマネージャーだったかね?」

 

 「はい」

 

 叶はうんざりして答える。理事長は顔を青ざめて俯くと、言った。

 

 「すまなかった! 今回サッカー部に起こったことは、全てを私の未熟さが招いたことだ! 私は昔……この学校を創立する資金を影山さんに出してもらう対価に、(きた)るべきときまでサッカー部を設立させないという契約を結んでいた……! 三年前に彼の指示で“サッカー推薦制度”を作り、そして今年、サッカー部に関しての全権を彼に譲ると……っ、その結果がこれだ……!」

 

 彼は勢いよく頭を下げ、机に額をぶつけて、真っ赤になった箇所をしばらく手で押さえると、次は注意してゆっくりと、さらに深く頭を下げた。

 

 「それで、書類は貰えますか?」

 

 叶は彼の事情なんてどうでも良かった。興味がない。理事長がサッカー部の現状を悔やんでいようと、結果だけが全てなのだから。

 むしろ、「こんな事情がありました、だから許してください」、「罪悪感を減らすためのゲロ袋になってください」と言われているようで、気分が悪い。

 

 「……すまない。私は把握していないから、担当の教員が戻ってきてからでないと……」

 

 「そうですか。いえ、まだ転校するって決まったわけじゃないんですが……迷ってるからこそ、考えるのは早い方が良いですから」

 

 サッカー部のドーピング問題で運動部や推薦入試狙いの生徒はピリついている。そこでさらに、「サッカー部のマネージャーが死んだ」と聞けば、照美たちの学校生活が危ういと叶は考えた。

 「サッカー部のマネージャーが転校したらしい」、「付き合いのある世宇子の生徒からの連絡にも音信不通だ」、の方がまだマシだろう。

 だから、夏休みの内に書類上だけでも転校しようと叶は考えた。

 

 理事長は気まずそうな顔をして、何も言わなかった。

 彼が深呼吸し、何か言おうとした途端──

 

 「な……なんだこれは!? 地震か!?」

 

 校舎がガタガタと揺れる。理事長は立ち上がると、火事場の馬鹿力で、叶を理事長用の立派な机の下に放り投げた。

 

 「……」

 

 突然の事態に叶は呆然とする。

 揺れが収まると、理事長室は滅茶苦茶になっていた。本棚からは本が雪崩(なだ)れ、理事長を潰すギリギリの位置でシャンデリアは落ちて割れ、トロフィーや盾もケースから落ちて砕けている。

 

 叶は呆然とする理事長を肩に担ぎ、途中会った教員や生徒も担いで慌てて外に出る。

 夏休みということもあり生徒の数は少なく、それ故に被害も少なかった。火を使う料理部や科学部から、火の手が上がることもなかった。

 

 教師、生徒は自然とグラウンドに集合していた。

 叶は周りを見回す。一番酷い怪我の者で膝を擦りむいた程度のようだ。

 

 「阿里久さん! 無事だったのね!!」

 

 ルームメートのメイが叶に駆け寄った。彼女の後ろにはみんなで避難したのだろう、科学部の見覚えある面子(めんつ)が揃っている。

 

 「地震……? でもケータイで警報なかったし……?」

 

 「みんな……あれ見て!!」

 

 その声に叶は瓦礫(がれき)の上を見上げた。

 校舎の門だったものを足蹴(あしげ)にして、おかしな格好──叶が見たことある中ではプロトコル・オメガが一番近い──をした異様な雰囲気の男女が十一人立っている。

 

 「我々は遠き星エイリアよりこの星に舞い降りた星の使徒である。我々はお前たちの星の秩序……サッカーに従い、力を示すと決めた。サッカーはお前たちの星において、戦いで勝利者を決める手段である。サッカーを知る者に伝えよ。サッカーで我々を倒さぬ限り、お前たちはこの星に存在出来なくなるだろう」

 

 中央の、角が立った緑のメレンゲのような髪型の少年が言った。舞台の上で話すような発声の仕方だ。中学生くらいの年に見えるが、宇宙人だから実際はどうだろうかと叶は考えた。

 

 「サッカーで決着着けないと……宇宙人に地球が侵略されるってこと!?」

 

 誰かが叫んだ。

 

 「その認識で(おおむ)ね正しい。我々が勝利したなら、この建物──お前たちの言うところの学舎を破壊する」

 

 「も、もしお前たちが負けたら?」

 

 後輩の少年が聞いた。宇宙人は鼻で笑って返す。

 

 「それはあり得ない。……少しだけ時間をやろう。我々と戦い負けるか、棄権──逃亡か。どちらかを選ぶことだな」

 

 「き、棄権したら、うちの学校は見逃してもらえるんですか!?」

 

 「敵前逃亡する弱者。つまりは敗者とみなし、破壊する」

 

 同級生の女子が聞く。彼女は宇宙人の返事に恐怖して震えた。

 

 「どうする?」

 

 「どうするって……どっちみち壊されるんなら、棄権の方がマシでしょ……。それにうちのサッカー部──」

 

 そこまで言った別の同級生が、叶からの視線を感じると、気まずそうに口をつぐんだ。

 

 「……見てください! 木戸川や雷門もこの宇宙人たちと戦って、学校を壊されたみたいで……。雷門ですら何人も怪我させられて、入院したって……」

 

 ノートパソコンを開いて、生徒の一人が言った。

 

 「理事長! 今すぐ棄権しましょう!」

 

 「…………。だが──」

 

 「──オレが出る」

 

 理事長が返事する前に叶は言った。

 

 「待ってよ。アンタがちょっと……いや、凄く運動神経が良いのは知ってるけど、さすがにそれは認めらんないよ」

 

 「そうよ阿里久さん。残念だけど、建物は直せば元に戻るけど、怪我は元に戻るとは限らないのよ」

 

 陸上部の先輩とメイが叶に言う。

 

 「照美の戻ってくる場所が、戻ってきたいときに無くなってたら困る」

 

 「でも人数も……」

 

 「問題ない。オレが十一人になる」

 

 叶は分身する。周りは地球人も宇宙人も関係なく、驚きに目を見開いた。唯一メイだけは、まるで予想していたかのように表情を変えない。

 

 「人数はこれで問題ないだろ? 大丈夫、絶対勝つ。心配ならオレが試合してる間みんなで安全なところまで逃げててくれ」

 

 「阿里久さん!!」

 

 メイが叶の腕を掴む。

 

 「私……、デュプリよりは役に立てる」

 

 ゆっくりとメイは言った。伝える言葉を必死に選んでいる印象を叶は受けた。

 

 「……。ごめん。これはオレの我儘(わがまま)だから、メイを巻き込めない」

 

 「それでも……」

 

 メイは食い下がったが、叶は拒否した。

 

 「理事長。試合して良いですよね? 不安なら逃げてください」

 

 「……あ、ああ。生徒は先生の誘導に従って地下シェルターに避難しなさい!」

 

 「お前は逃げないのか」

 

 宇宙人が退屈そうに聞く。

 

 「宇宙人にはわからんだろうが……二度も生徒を危険に晒すわけにはいかんのだ。せめて、負けたときには私も罰を受けよう」

 

 「そうか」

 

 興味なさそうに宇宙人は理事長を見下した。

 理事長の他にも、メイを初めとして何人かの生徒が残っている。中には地下シェルターへの移動を拒否して、野次馬根性丸出しで宇宙人の姿をビデオカメラで捕らえる者もいた。

 

 「試合の前に、お前らの名前を教えろ」

 

 「地球にはこのような言葉がある。親しき仲にも礼儀あり、と。ましてや我らは今初めて顔を会わせたのだから、名前を聞くなら、まずそっちが名乗るのが礼儀というものだろう」

 

 そんなこともわからないのか、といった調子で宇宙人は言った。

 

 「(ごう)()っては郷に従え、という言葉もあるけどね。地球に入ってきた宇宙人さん?」

 

 そう言ったメイを、宇宙人は睨み付ける。

 

 「オレは阿里久叶。そこの分身どもは……個体識別がいるなら、叶Aとか、叶1とかそんな感じで呼べ」

 

 「お前たちの星の言葉で言うなら、我々はエイリア学園。我がチームはジェミニストーム。そして、我が名はレーゼだ」

 

 「あっそ。んじゃ、試合始めるぞ」

 

 叶と分身のフォーメーションは、2-3-5。照美たちと戦ったときと同じ、攻撃的なものだ。

 

 ジェミニストームは4-4-2。バランスのとれたフォーメーションだ。

 FWはリームとディアム。

 MFはグリンゴ、レーゼ、パンドラ、イオ。

 DFはギグ、ガニメデ、カロン、コラル。

 GKはゴルレオ。

 

 ボールは叶チームから。

 レーゼたちはこれまでの学校との試合と同じくわざと動かず、ゴールに向かう叶をただ見送った。妨害はなく、叶は全力疾走で三秒ほどかけてセンターサークルからゴール前に向かう。

 

 「流星光底(りゅうせいこうてい)──っ!!」

 

 叶はボールを頭上に蹴り上げた。ジャンプしてでんぐり返しの要領で空中を回り、着地の前にX字に空間を足で切り裂く。宇宙のような亜空間を開き、そこに向けてビーム状のシュートを打つ。

 

 ジェミニストームのキーパー・ゴルレオは欠伸(あくび)をした。片手を口を覆うために使い、もう片方の手だけを前に出し、力なく構えた。半目開きで体は脱力している。

 それでもゴルレオはもっと真面目にやらないといけない、とは思わなかった。だって、木戸川清修も優勝校の雷門も、全てのシュートを完封出来たのだ。

 

 少しの時間のあと、フェイントのようにゴルレオの目前で亜空間が開く。ワープしてきた、打ったばかりの威力を保つシュートが飛び出してきた。

 

 「なっ…………!?」

 

 予想以上の威力が手に伝わる。今からでは必殺技の発動は間に合わない。ゴルレオは慌てて両手を構えた。

 叶はそれも見ずにゴルレオに背中を向け、最初の位置に戻る。

 

 「……。ゴール!! 叶のシュートがジェミニストームに炸裂ゥ!!」

 

 いつの間に用意したのか。放送部の部長がマイクを構えて叫んだ。

 

 ボールはジェミニストームからだ。

 

 「……っ!! ワープドライブ!!」

 

 レーゼの必殺技で叶は抜かれ、慌ててレーゼが現れるであろう場所にいる分身にテレパシーで指示を出す。

 

 「真クイックドロウ!!」

 

 分身はボールを奪い、叶にパスを回した。

 

 「星影散花(せいえいさんげ)!!!」

 

 叶はハーフウェイラインでボールを蹴りあげる。ジャンプし、滞空して体を逆さに捻った。そのまま空中で、空に向かいシュート。

 ボールは大気圏外に消えた。そして、宇宙のエネルギーを蓄えると、彗星の尾を伸ばして、隕石を思わせるパワーでゴルレオの元へ降り注ぐ。

 

 究極奥義の流星光底ではなく威力の低い星影散花の方にしたのは、こちらの方が消耗も少ないからだ。

 

 「ブラックホール!!」

 

 ゴルレオはパーにした右手と、丸めた左手を合わせる。両手を離してブラックホールを生み出し、シュートを吸収しようと試みる。

 

 「…………!!? まさか!?」

 

 ゴルレオの表情が歪む。レーゼが憎々しげに叶を見た。叶は(こころよ)く思う。流星光底よりも弱い星影散花でもゴールを破れた。

 

 試合再開。叶はジェミニストームのボールをスライディングで奪うと、ライトニングアクセルでドリブル。ジェミニストームの選手が追い付けない速度でゴールに目一杯近づくと、次はノーマルシュートを叩き込んだ。

 

 「ディフェンスは──!」

 

 レーゼが指示を出すも、間に合わなかった。言う途中で叶がシュートを打つ。

 

 「ブラックホール!!!」

 

 切羽詰まった声でゴルレオは叫ぶ。ただのシュートがゴルレオの必殺技を打ち破った。ゴルレオの必殺技はこれしかない。ノーマルシュートですら破られた以上、打つ手はもうなかった。

 

 「ディアム」

 

 「はっ、レーゼ様」

 

 「……“アレ”を使うぞ」

 

 「……。かしこまりました」

 

 レーゼとディアム。二人は試合が再開すると、叶にボールを奪われる前に喉が割れそうな声で叫ぶ。

 

 「「うぉおぉおおおぉぉ!! 模造化身レプリカ!!」」

 

 それは叶の化身・慈悲の女神エリニュスのパワーを薄め、分身用に仕立て上げた化身。つまりは叶の分身専用の化身であるはずだった。




エイリア編のヒロト(グランじゃない方)と、アレスのヒロトは完璧に別人だと判断しています。
この小説(というか、個人的なエイリア真ヒロトの解釈)の真ヒロトは、赤髪の品行方正な好青年です。

作中の描写は少ないですが、悪霊季子は叶が日常生活のちょっとした動作をするたびに、「ふーん、そんな風に普通にいられるなんて、叶は照美くんたちが大事じゃないんだぁ」とか、「あんな薬飲んで、もしかしたらもうあの子たち普通に暮らせないかもしれないのにねぇ」とか言ってくるので、叶はかなり参っています。
もっとも、実際に悪霊が叶に憑いたわけではなく、叶の自己嫌悪の部分が季子の声をしているだけなので、叶の自業自得感はあります。

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