それとブログにて2年生編のメンバーを公開しました。
第1球 再び始まる
4月、入学式の日。
新入生が参加する行事に全く関係の無い在校生は、既にグラウンドで練習を始めていた。
「新入部員何人来るかな?」
「最低でも2人入ってこなきゃキツいんだよね」
「2人は入ってくるでしょ、腐ってもベスト16だよ?」
「ここより設備の良い高校が15校あるって事だし、そっち行きそうだけど……」
練習時間の短くなる連合チームではなく、小倉北として再び県大会に出場したい。
その想いを持っている海崎と内川の2人は、今年の新入部員の数を心配していた。
いくらベスト16といっても、部員は少なく設備も整っているとは言いづらい。
昨年の快進撃はマグレと称され、全く部員が入ってこない可能性だってゼロではないのだ。
「ほら、そんなシケた顔すんな! 心配しなくても新入部員連れてきたぞ」
「本当ですか!? よかった……って」
「……それで全員ですか?」
「ああ、そうだぞ」
監督が入学式終わりの新入部員を引き連れてきたが、その体の後ろに居たのはたった4人だけ。
「4人だけっすか」
「えー、少なくないですか? これでも地区予選勝ったチームなのに」
近くに来た田村と早川も、この人数には不服なようだ。
「去年は3年の活躍で勝てたと思われてるからな……博多工科との試合でそれを印象付けちまったしな」
「あー……だから先輩方の居ない小倉北には期待してないと」
「多分な」
全国出場を目指さずに身内だけで楽しく野球をやりたい、そう思ってベスト16の高校に入部してくる選手は居ないだろう。
つまり、小倉北は有望な新入生に尽く見限られたという事だ。
「……でも、4人いれば大会には出られますよ……?」
「瀬奈っち! そうだね、まずはそれを喜ぼう!」
「うん、新入生の子達は入部してくれてありがとう」
何はともあれ試合が出来る人数は揃った。
数少ない小倉北を選んでくれた1年生達に、先輩である彼女達は礼を言う。
「んじゃ自己紹介よろしく! 名前とポジションな」
「はっ、はい! 九十九杏里、ポジションはサードです! これからよろしくお願いします!」
――よし、サードが来てくれた。後は外野守れる子と投手が理想だけど……。
「北村椎奈、ショートです。これからよろしくお願いします」
「榊怜奈です、ポジションはキャッチャーとファースト。よろしくお願い致します」
「よろしく〜」
埋まっていないポジションはあと1つ、センターだけだ。
最低でも外野経験のある選手であって欲しいと、全員がまだ自己紹介をしていない最後の1人に期待を込めた目で見る。
「松野楓です、ポジションはセカンドを守っていました。これからお願いします!」
「これで全員だ、んで早速なんだが……岩城」
「は、はい……」
何を言われるのかは予想が付いてないが、自分にとって悪い事を言われるというのは直感で分かった。
息を呑んで監督が喋るまでの間を耐えると。
「今年からライト守ってもらえるか?」
「へっ……? ライト、ですか?」
「そう。志賀をセンターに回して、岩城がライト。そうすればポジション埋まるだろ?」
「そ、そうですね……」
志賀をセンター、岩城をライト、そして九十九をファーストに。
すると全ポジションが綺麗に埋まる。
「実力を見ないで決めても良いんですか?」
「外野を2年にしたかったんだよ、同い年の方が何かと楽だろ?」
「確かにそうですけど……瀬奈はそれで良いの?」
「……出番があるなら、どこでも」
ここで拒否してスタメン落ちするより、苦手な守備を頑張ってコンバートする方がマシだと彼女は思った。
「そんで松野と北村! いきなりで悪いけど、投手の練習も頼むわ」
「へ? 投手ですか?」
「ウチ今海崎しか投手いないからな……急造でも居ないよりかはマシって考えだ」
「助かります、流石に7試合前後を1人で投げ切るのは……」
いくら頑丈な選手だったとしても、全試合完投なんてすれば体のどこかがおかしくなる。
未来ある若者を潰す訳にはいかない監督は、急造ではあるが2人の投手を追加しようと考えた。
「球数制限の導入とかありますもんね〜」
「導入はまだだけどな、てかアレはエース酷使の対策にはならん」
「そうなんすか? じゃあどうやればいいんすかね」
「日程キツイのが1番の問題だろ、試合は週1か2にすれば解決しそうだけど」
先発で完投した投手が中1日で再び完投、という例も少なくない。
それを改善する為に1週間での球数制限の導入が話に上がっているが、監督はそれでは改善出来ないと断言した。
「中3日くらいあれば、高校生なら余裕で回復出来ますね」
「だろ? まあ若くても連投するのは良くないんだが……私の頃はエース1人で全試合投げ切るのが当たり前だったからな。今の時代にそんな事やって、海崎を壊す訳にはいかないからな」
――そう、私のようにな。
監督は寂しそうな顔をしていたが、部員達にサングラスの下の表情を読み取られる事はなかった。
「さあ投手育成の時間だ! まずは普通にマウンドから投げてみてくれ」
「はい!」
「……ふぅ」
松野はショートなので肩や運動神経には自信があり、いきなりマウンドに立たされても平気な様子だ。
それとは対照的に北村は初めての投球に緊張している様子。
「田村と榊! ボールを受けてやってくれ」
「りょーかいっす」
「……分かりました」
田村は正捕手の座を守れた事で安心しているのか、普段と変わらない様子で防具を身につける。
一方でファーストに回された榊は若干不満そうな顔をしながら、マスクを手に持ち歩き出す。
監督が見守る中、急造投手の育成が始まった。
松野も北村も始めてなので構えたコースには投げられないものの、良いボールは投げられている。
――松野は結構球速出そうだな、ならカーブとか覚えさせるか。北村は……どちらかというと技巧派に育ちそうだからチェンジアップやツーシームかな。
バラけた場所に投げられるストレートを受け続ける捕手2人。
どんなボールでも両者共に良い音を鳴らして捕球している。
「まずは制球出来るようになるまで投げ込みだな、それが終わったら変化球覚えてもらうぞ」
「はい、何個かですか?」
「そうだな……多分1つ2つだな」
「分かりました! 早くコントロール付けようね、椎奈ちゃん!」
「う、うん……」
勢い良く同意を求めてきた挙句いきなりちゃん付けをしてきた松野に、北村はかなり押されている。
「やる気十分だな」
「肩は強い方なのでそこそこ良い球は投げられる自信はありますし、それに出番が貰えるので……」
「人数カツカツだからな、2人が居なかったら終わってたぞ」
「少しでもチームの力になれるよう、頑張ります」
高校入学して早々投手をやれと言われても、1年生から試合に出られるどころか主力として期待されている。
そんな待遇を受けて喜ばない2人ではない。
「よーし、じゃあ1日50球くらい投げ込んでもらうか! そこから段々球数増やしたり、インターバルもやったりとかするか」
「分かりました! 一緒に頑張ろうね椎奈ちゃん!」
「……うん、負けないよ」
来年には二遊間を組む事を考えると、未来の相棒とも言える相手だ。
その相手と今年は同じ投手のライバルとして関わっていく事になる。
――さてと、あと心配なのは岩城か……。
元々守備力に不安のあった岩城は、ファーストと比べると広い守備範囲を求められる外野に回ってどうなったか、監督は心配で仕方なかった。
小走りで2年生の元へと向かう。
「瀬奈……予想以上に守備苦手なんだね」
「フライの処理危なっかしいな。まぁ外野に飛んでくる打球ってスピン掛かってるからしょうがないか」
「……ごめんね」
「けどまだ初日だし、これから鍛えていこう!」
予想通り岩城はかなり苦戦していたようだ。
素直な軌道で向かってくるライナーや平凡なゴロなら何とか捕れるが、スライスする打球や距離感の掴みにくいフライは全くと言っていいほど捕れていなかった。
「岩城、まずは捕らないでいいから打球の行方を確認する所から始めよう。ずっと打球を見続けたら多少は感覚が掴めてくるはずだから、実際にノックを捕るのはそれが終わってからにしよう」
「は……はい!」
「私達の動き、近くで見とく? 少しは参考になると思うし」
「……2人ともありがとう」
経験者である白土と志賀、特に志賀は守備が上手い方なのでプレーを見るだけでも勉強になる。
今日のところは実際に打球を捕りにいかず、打球の軌道や2人のやり方を見て終わった。
「そろそろ撤収だ! 急いで片付けろー!」
「あれ、終わるの早いんですね?」
「ベスト16まで行ったのにグラウンド共用だからな……」
「そ、そうなんですね……」
未だにグラウンドはサッカー部やソフトボール部との共用だ。
県立高校で予算に余裕が無いし、1度結果を出したから野球部だけ特別扱いしろとは口が裂けても言えない。
そんな状況に部員達は不満はありつつも、テキパキと片付けを済ませていく。
「去年もだけど、今年は全員野球で勝ち上がっていくぞ! 明日からはもっと厳しくいくからな、しっかり体を休めとけよー」
『はい!』
「んじゃ解散!」
『ありがとうございました!』
年度が変わってからの初めての練習は終わった。
今年はどれだけの成績を残せるのか。