歌を響かせ、紫雲の彼方へ羽ばたいて   作:御簾

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大☆遅☆刻

戦闘描写難しいです。次回は日常編予定。


第16話 デュランダル移送作戦

「という訳で、今日は永田町まで行くぞ。」

「『色々』、用事ありますもんね。」

「ええ。叔父様の忘れた『荷物』を届けないといけないから。運転は奏なんだけど…本当に大丈夫なの?」

 

 大丈夫だっつーの、と片手をひらひら振って奏はバイクに跨った。サイドカーを追加し、そこに竹刀袋を抱えた翼が乗る。本体は奏が運転手、響がその後ろに乗るといった具合だ。

 奏の運転を知らない翼からすると、不安でならない。時々この青のバイクを乗り回しているのは知っているものの、出発する姿も帰ってくる姿も見たことがない。いつの間にか免許を取得していた奏の運転。それが如何なるものなのか、まだ誰にも分からない。

 ちなみに奏と翼が過ごす弦十郎の家では、時折バイクを磨くトップアーティストの姿が見られると言うが、それはまた別の話。姉の残したそれを愛おしそうに撫でた奏は、エンジンを始動させる。

 

「そんじゃ行くぞー。荷物落とすなよ、翼!」

「事故だけは起こさないでよね…」

 

 弦十郎が立てた作戦とは、広木防衛大臣が会談している最中にデュランダルを移送するもの。仮にアメリカが狙っていたとしても、情報を得るのは難しいはず。そう予想した彼は、秘密裏に装者達に輸送を依頼。

 より確実性を増すために三人全員を動員し、真昼の街を突っ走る──そんな荒唐無稽な作戦だ。だがデュランダルを狙う者が、白昼堂々攻撃を仕掛けられるとも思えない。人混み、大量の車。木を隠すには森の中と言うが、まさしくその通りだ。

 

「あれ、意外と安全運転。」

「そうね。奏はもっと荒いと…」

「よーしお前らが私のことをどう思ってるかは分かったぞ。」

 

 ヘルメットを被りながらもインカムで会話する三人。真昼の街は、大勢の人で賑わっていた。昼休みだろうか、数人で連れ立って歩くサラリーマン。休日故かやたら目に入るカップル。楽しげに談笑している家族。そして、こちらを見つめる白銀の少女。

 その視線に最初に気付いたのは響だった。過去の経験から人の視線に敏感だった彼女は、自らに向けられる好意的ではない視線を感じ取る。初めは考えすぎかとも思ったが、バイクで数キロ走っても離れないその視線に怪しさを感じて二人に報告する。

 

『すみません、誰かがこっちを見てます。』

『お友達になりに来たのかね。』

『響、場所とか方向、分かる?』

 

 ええと、とヘルメットを振って周りを見る響。街の外周に近付くにつれて少なくなっていく人出の中、変わらずこちらを見つめる視線がある。それを、ただ感じ取る。

 疾走するバイクの後部でヘルメットを外し、靡く髪も気にせずに響は目を閉じた。外界からの情報を遮断し、向けられる視線一つ一つに意識を向ける。全て遍く精査し、その中に一つだけ発見した。どこか懐かしい、数日前に感じたようなその視線。嬉しいような悲しいような、羨ましいような妬むような、そんな視線を。

 

「──まさか、」

「なんかあったか?」

 

 奏の腰に回した手はそのままに、響は首のみを動かして後ろを見る。自分の予想が正しければ、恐らくその視線の主はすぐ傍でこちらを監視しているはず。

 果たしてその判断は、間違っていなかった。響が振り向いた先、出発してから暫く後からずっとこちらを追いかけている車の助手席。反射した光でうまく見えないが、確かに見間違えようもないその銀髪に響の背筋が凍る。

 

「奏さ──」

 

 口を開いた彼女の警告は、間に合わない。ちょうど差し掛かったのは廃工場地帯だ。数年前に閉鎖され、無人のまま放置されているそこで、三人の乗ったバイクの真下が突如爆発する。正確には爆発したのではなく、アスファルトの下の土壌が吹き出したのだが。

 サイドカーとの接合部が吹き飛び、ボディに傷を付けながら跳ね上げられたバイクの上で、奏と響が聖詠を唱えてギアを纏う。空中で両手を振り、腰を捻って姿勢制御。ヒールをめり込ませて着地した響と異なり、奏はバイクから降りることなく着地。衝撃で俯いたままの彼女に駆け寄った響は、先日と同じ雰囲気を感じ取った。

 

「あのう…」

「──響、翼んとこ行ってろ。」

 

 はい、と頷いて響は大破したサイドカーの元へ向かう。

 

「──ッ、翼さん!」

「私は、間に合わなかった…みたいね。」

 

 デュランダルの入った竹刀袋を抱え、翼は頭から血を流して倒れていた。サイドカーに足を挟まれているのか、その動きは緩慢で、見るからに痛々しい。響にデュランダルを手渡すと、彼女はそのまま気を失う。

 慌てて響は翼を引っ張り出し、建物の陰に凭れ掛からせる。頭部外傷、右足の裂傷。腕も痛めたのか、顔を顰めていた。翼ほどの装者が、対応もできない?

 響は考え込む。二人に比べて明らかに劣ると自覚する己の頭脳を限界まで酷使し、トンチキな発想ですら貪欲に取り込んであらゆる可能性を思考する。

 

(吹き飛んだ時、何が起こっていた?)

 

 思い返すのは衝撃の瞬間。跳ね上がったバイクとサイドカーは、耐えきれなかった接合部が砕け散ってそれぞれ別方向に吹っ飛んだ。インパクトが伝わったのは確かにバイクの下側から。しかしそれは僅かにズレ、サイドカー寄りの場所だった。

 ならば接合部のみが砕けた理由は?あえてそこを脆く作っている筈がない。そして、劣化という線も有り得ない。毎日メンテナンスを欠かしていないなら、尚更に。

 

(あれは、翼さんを狙ったものなのか?)

 

 向ける視線の先、珍しく感情を顕にして激昂する奏が、ネフシュタンの少女と激しい戦闘を繰り広げている。背後にあるのは大破したバイク。破壊された痕跡から見ると、少女の仕業だろう。

 そこで響は思い出す。少女との初交戦時、彼女が持っていた杖のことを。自由自在にノイズを操るその杖は、彼女の意のままにノイズを出現させることも出来た。

 

(まさか、ノイズの仕業?)

 

 ノイズに存在するなんたら障壁。翼の説明によると、自分が攻撃する時以外はこちら側の攻撃を受けないとか。それを利用して、地中に出現させたあと攻撃させたなら?突然現れたノイズの分、同体積の土が盛り上がってくるはずだ。一体ならまだしも、数体、数十体なら?数が増えれば増えるほど、巻き上げられる土の量は増えるはず。

 むしろそれ以外は有り得ない。ルートも決めていないこの作戦において、事前に爆弾などを設置するなど不可能に近い。ノイズを出現させることが出来るソロモンの杖ならば、追跡中であっても攻撃が可能だ。

 

(じゃあ、あの子はどうやって私たちの作戦を知ったの?)

 

 自分たちへの攻撃はノイズによるものである─そんな仮定のもとに響は思考を続ける。襲撃の方法はそうとして、なぜこの日と分かったのか。ダミーの情報として、数日後に移送作戦を決行する案も流していたというのに。

 

 考える。考える。

 

 ハッキング。有り得ない。かの天才、櫻井了子が作り上げたファイアウォールは完璧だそうだし、彼女に並ぶ手腕のハッカーがいるとも思えない。

 では潜入。無理だろう。まず髪の色が特徴的すぎる。銀髪など彼女ぐらいしか見たことがない。それによしんばウィッグを着用していたとしても、あの日聞いた声は忘れられない。身長、体型。ある程度は変えられるかもしれないが、完璧な偽装は不可能だ。何より不審者がいるならば慎次が見落とすはずがない。

 ならば、と考えた時。

 

『──ん!響くんッ!』

「し、司令!」

『すまない、こちらの作戦が読まれていたようだ。』

「そう、みたいですね…」

『だが何故だ…この作戦は俺と慎次、了子くんを始めとした一部職員しか知らないはず…』

 

 とにかく弦十郎には自らの無事と翼の負傷を伝える。それまで翼の護衛として控えるよう伝えられた響は、己の考えを整理し始めた。一部職員しか知らない作戦を嗅ぎつけ、戦闘前から翼をリタイアさせる方法。()()()()()()()()()()()かのようなこの襲撃。

 何かを掴んだかのような、そんな感覚を覚えた。その瞬間、響は目を閉じる翼に駆け寄り、首元のペンダントを手に取る。赤い円筒状のそれは、昨日メンテナンスに出したばかり。曇りなく輝くそれを、彼女は穴があくまで見つめていた。

 

「まさか、これは…」

 

///

 

「うらァ!」

「はッ!効かねえって、言ってんだろ!」

 

 一方、奏と少女の戦いは熾烈を極めていた。高まるフォニックゲインを粒子として撒き散らし、奏はその槍を振るう。対する少女は、回転し貫通力の上がった槍を交差させた鞭で受け止め、そのまま押し返す。

 完全聖遺物に届かんとする撃槍を、本来のポテンシャルを無理やり引き出してなんとか圧倒するネフシュタン。対等に見えるその戦いは、心理的余裕という面で見れば奏の圧倒的有利のまま進んでいた。

 

()()()()()()()()()()、ピーピー喚いてんじゃねぇ!」

「テメェいっぺん死んどくか?」

 

 一瞬の睨み合いは、少女の軽口で崩れ去る。無惨に大破し炎上するバイクを背に、奏の撃槍は唸りを上げながら突き出される。ガードは間に合わず、そのまま右腕を抉っていく槍。少女は、左手をコンパクトに折って鞭を振るう。大ぶりではなく、手首のスナップだけで放たれた一撃は奏の脇腹を抉る。

 少なくない血を流しながら、互いを食い合うように戦う二人。廃工場の建物をいくつか崩壊させながら、最後に向かい合うのは建物の間、少し広い空間だった。

 腰だめに槍を構え、その腹をぶち抜かんと狙う奏。

 右手を庇うように後ろに下げ、腰を落として鞭を握る少女。

 

「やっぱなぁ…」

「お前は…」

 

「「気に入らねぇ!」」

 

 踏み込んだのは奏。少女は突き出された槍を()()()逸らす。右腕は負傷させた。反撃の手段は残っていない─そう判断した奏は、さらに一歩踏み込んで左手を振りかぶり──

 

「貰ったァ!」

「んな…ッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。ネフシュタンの鎧、その固有能力である再生能力の事を、奏は思考の隅に追いやっていた。ならばと振り上げた右手は左手の鞭で絡め取られ、動きを止められる。

 

「ま、お前も動けねぇだろ。これ。」

「ちっくしょ…!」

 

 奏と少女。聖遺物のサイズが違うとはいえ、ここまで接近すれば後は本人の筋力次第。鍛え上げられた奏のパワーは、ネフシュタンを以てしても敵わない。絡め取られた腕を逆に利用し、彼女は千日手へと持ち込んだ。

 

「こいつで…」

『響くんッ!』

 

 通信機を唸らせるのは、弦十郎の叫び声だ。首だけを捻って後ろを見ると、その瞬間、竹刀袋からデュランダルが飛び出した。眩く光るその名剣は、それが起動した証である事を示していた。

 そんな剣を奪わんと動く少女を、奏は無理やり力で抑え込む。ぎしり、と軋んだのはアーマーか、それとも己の骨格か。いくら地力が違おうと、いくら瞬間的なパワーが優ろうと、一度起動した完全聖遺物はフォニックゲインを必要としない。徐々に押される奏は、遂に少女に押し負けた。

 

「ぐっは…ッ、逃げろ、響ィ!」

「今回はお前じゃねえ!その剣がお目当てでなぁ!」

 

 奏の拘束から離れた少女は、呆然とする響…ではなくその眼前に浮遊するデュランダル目掛けて走り出す。鞭を振りかぶり、黄金の剣を確保しようとした彼女の動きは、金縛りのような感覚とともに止まった。

 

「行かせるかよ…!」

「なん、だこりゃあ…!」

 

 『影縫い』。本来ならば二課の誇るNINJA、緒川慎次の持つ忍術の中の一つだが、奏と翼はそれを習得している。翼ならは小刀を投げる技だが、奏は槍を用いてしか使えない。それ故に奏は好んで使わないものの、少女が目を離した隙に槍を影に打ち込んだのだ。

 身体が幾重もの鎖によって縛られているかのような、そんな感覚に苛立ちながら少女は少しずつ身体を動かし、デュランダルへと近づいて行く。

 

『響くん!』

「響!それ持って逃げろ!早く!」

「邪魔すんじゃねぇ!」

 

 槍を砕き、自由の身となった少女はデュランダルへ向けて飛び出した。鞭によって絡め取ろうとしたその動きは、空振りに終わる。

 

「は?」

「よし!これで…ッ、ぁ?」

 

 デュランダルを抱えて飛び退いたのは、復帰した響。輝く剣を握り、背を向けて走り出そうとした彼女の動きは、突然止まる。握った剣をだらりと下げ、その場に棒立ちになった響。チャンスを逃すまいと近付く少女は、異様な空気を察知する。

 

「なんだ、お前…何をしようとしてる!?」

「ゥ、ア…、あぁ!っ…ぐぅぅぅぅ…」

 

 半身を黒く染め上げ、頭を抑えてよろめく響。手に握るデュランダルは光量を増やし続け、直視できない程の輝きを放っていく。響の放つ威圧感は膨れ上がり、本能的に危機を察知した奏は翼を庇う。

 

「うぅぅ、アァぁぁぁぁぁ、ッ、ア゛ぁ゛!」

 

 彼女が振り上げた剣は、計り知れない光と共にエネルギーを放つ。黄金の光の中で、廃工場は爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「っつ…くそ、なんだよあの力…」

 

 誰かが去っていく気配。

 

「奏さん!しっかりしてください!奏さん!」

 

 誰かが叫ぶ声。

 

「あっぶ、ねぇな…」

 

 誰かが、私の上にのしかかる。

 

「かな、で…」

 

 




次回、第17話!
「目指すもの」

会いに来なさい、翼。

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