んじゃ後編、行ってみようか!
「カ・ディンギル、とは何だ…」
「こんな時に了子さんが居ればねぇ…まだ連絡付かないのかよ?」
「ええ。電話しても留守電に繋がるだけ。全くの音信不通ね。」
「GPSも反応無し。何があったんだか…」
「そもそも了子さんってどこに住んでるんですか?僕も知らないんですけど。」
「「「「えっ」」」」
「うぅむ…」
頭を抱えて悩むのは二課の大人たちと、奏と翼。さらっととんでもない情報が出てきた気もするが気にしない。
「最後に確認されたのは、仮称『フィーネの屋敷』か。」
「はい。ちょうど、司令が一人で勝手に出ていった日ですね。」
「あー、アレだろ?アイツ。えーと…」
「雪音クリスね。彼女を追っていたのですか?」
「ああ。だが彼女は…全て一人で解決するつもりらしい。」
あの時感じたのは、不退転の覚悟。少女には不釣り合いなまでのそれは、生半可な気持ちでは曲げることが出来ないだろう。最近では響と未来の部屋に居るらしいが、それでもノイズの出現警報が鳴り響く度に一人で出撃しているようだ。
「あんな戦い方じゃ身体、壊しちゃうわ。」
「あおいの言う通り。なるべく彼女のサポートをすべきてはないかと思ってな。通信機は渡してあるから、二人にはクリスくんの援護、または彼女との共同戦線を任せたい。」
いつになく真剣な彼の顔。そこには理由がある。
クリスが攫われた時、真っ先に飛び出したのは弦十郎だった。少女が攫われて、みすみす見逃せと言うのか。そう叫んでいた彼の姿を、翼はよく覚えている。結局、彼がバルベルデまで行くことは叶わずクリスはそのまま行方不明となった。つまりはクリスへの負い目だ。
「俺には…戦う力が無い。だからお前たちに任せるしかない。すまない。」
心底から悔しそうに拳を握り、彼は頭を下げる。自分よりも年上の男性に頭を下げさせる趣味は二人には無く、慌てて頷いてみせる。
「任せてください。私も、奏も、共に戦う
「ま、翼がそう言うならしょうがねぇな。…まったく、どいつもこいつも事情持ちで嫌になっちまう。」
「それは…」
「────お客様のお出ましか?」
司令室の入口に視線を向け、奏は突然ガングニールを起動させる。槍は形成せずとも、両手を構えてそちらを睨む。未だ開かぬその扉に不審感を抱いたのか、翼が近づいて行く。
「どうしたの奏、ここには誰も…」
「そこを退け、翼ァ!」
奏の叫びが、彼女の命を救った。
扉の向こう側から突き出た
「翼!…慎次!応急処置だ!」
「了解しました!」
「なんだなんだぁ!?」
「言ったろうが。
表情は消え、両手を合わせて槍を形成。室内戦でも取り扱いやすいようにショートスピアとし、奏は扉の先を見やる。
「──流石は、天羽奏。」
「昔っから野生のカンはあるんだよ。悪いな。」
「
「──は、私の正体を理解して尚、そう言うか。」
「んじゃこう言えばいいのか?フィーネ。」
「そう。それでいい。私の名は櫻井了子などでは無い。フィーネ、終わりの名を持つ者である。」
ざわり、と空気が蠢いた。そんな気がした。気を失った翼と職員を守るように立つ弦十郎は、こちらに背中を向ける奏の存在感が一回り大きくなったような錯覚を得る。
「ってことは、お前が全ての元凶なんだな。」
「そうかもしれん──」
びゅん、と音が鳴った時には、朧気なフィーネの身体の輪郭に槍が突き刺さっていた。ノーモーションでの投擲。的確に胸元をブチ抜いたまま、ガングニールは廊下の壁に突き立つ。
「悪いな、もうテメェの顔見たくねぇわ。──紫羽をやったのも、テメェって訳だもんな。」
「ふ、はは。迷いなく人を殺すか、天羽奏。」
「黙れよ。人間やめてるくせに。」
ゆらり、と立ち上がるのはフィーネ。その身に纏うは、黄金の鎧。カラーリングこそ違えど、その形状は見間違えるはずもない。
「ネフシュタンまで使って、本気かよ。」
「この身をネフシュタンと同化させるまでには至らんかったがな。」
クリスが使い、フィーネが奪い去ったそれ。持ち主を巻き込んだ再生能力を持つ不滅の鎧、ネフシュタンを携えてフィーネは奏の前に立ちはだかる。
完全聖遺物と、聖遺物の欠片。どちらが勝るかは一目瞭然であるはずなのだが、奏には原因不明の出力上昇がある。文字通りの限界突破は、クリスの操るネフシュタンと同等のパワーを発揮するに至っていた。
「ってことは痛みもあるって訳だ。えぇ?」
「──ふ、は。この程度で、私は止まらぬ。」
「その割にはフラフラしてんなぁ。」
槍を回収せんと奏はフィーネとの距離を詰める。再生による痛みが存在するのは、クリスと響の会話で確認済みだ。フィーネが人間である以上、再生時の痛覚は避けては通れない道である。
「言ったであろうが。私は止まらぬと。」
「……キッめェな!」
殴りかかった奏は、直感を頼りに上体を反らす。喉元のあった場所を通過するのは、こちらも再生した鞭だ。涼しい顔でそれを振り回すフィーネは、痛みを感じている様子が無い。
「ほんとに人間やめてねぇかよ──っと!」
「無論。私の意識が覚醒した段階で、
「この肉体…?何言ってんだお前。」
投げ返された槍を掴み、そのままバックハンドで叩きつける。片手を犠牲にそれを防いで、フィーネはそのまま奏を廊下へ放り投げた。背中を強打──するはずもなく、奏は両手を突いて倒立。足を大きく回してフィーネの顔面に爪先を抉り込む。奇しくもその技は、翼が使う逆羅刹と同じであった。
「こんだけやって、まだ効かないとか…マジかよ。」
「私は、私であることを捨てた。『櫻井了子』という人間こそ居れど、『櫻井了子』の魂は既に無い。」
「オカルト方面の話はゴメンでね。」
話はスルー。いつの間にか生成したスピアを回して握り直し、奏はフィーネに向かって突き進む。その突進を避けようともせず、フィーネは
「今になって痛くなりました、なんて言わないよな?」
「いいや、狙い通りだよ。」
「言ってろカスが。」
戦闘中に口が悪くなるのは奏の悪い癖だ。紫羽を失ってからはそれが顕著になっている。スピアを構えて奏はフィーネを睨む。まだ何かを隠している…そんな確信めいた予感があったから。
「ふはは、弱い犬ほど何とやらだ。」
「──殺す。」
だん、と音を立てた時には、奏の姿はフィーネの眼前にあった。容赦なく叩きつけられたスピアを防いだフィーネは、そのままエレベーターシャフトへと落ちていく。
「呆気ねぇな…」
くるりと背を向けて奏が歩き去ろうとしたその時。
『起動せよ。』
「…まさか、まだ生きてッ!」
聞こえた声に反応し、振り向けただけでも僥倖だった。
突然本部が振動し、エレベーターシャフトから音を立てて何かが上昇していく。内側からそれを見ることは出来ず、奏はただ司令室へ向かうことしか出来なかった。
●
「ふへぇ…」
時は少し遡る。だらしない顔をしながら床に転がるのは雪音クリス。豊満な胸部装甲を揺らしながら、彼女は昼寝に勤しんでいた。ぶっちゃけ暇人である。ノイズの出現が分かれば飛び起きるものの、それ以外はこんな感じで惰眠を貪っている。
「うまぴょい…はっ!?」
尻尾と耳を生やして髪を下ろした自分が、響と同じかそれ以上の食事を食べる──そんな恐ろしい夢(クリスの意見であるが)を見た彼女は、顔を若干青くしながら跳ね起きる。なんだあの恐ろしいまでの食事量は。おぞましいものでも見たかのような反応であった。
「夢かよ紛らわしい!…ふわ、ぁ…ったく、昨日のは何時だったんだよ…眠くてしょうがねぇじゃねぇか…くぁ…」
寝不足の原因は深夜に現れたノイズ。的確に深夜を狙ったノイズの出現は、まるで1人で戦うクリスを嘲笑っているようだった。
「ねみ…い…ぐぅ。」
ここ数日、信頼出来る友人たちと出会えたことで安心したのだろうか。クリスはひとしきり唸った後にまた眠ってしまった。
「ん、お、わぁぁぁぁぁぁ!?」
だがそんな平穏は一瞬で崩れ去る。リディアン付近で発生した局地的地震(大本営発表)によって叩き起されたクリスは、眉間に皺を寄せながら部屋の隅で震えていた。地震は初めてであった。子猫のように身体を丸くして頭を抱える彼女だったが、振動が収まったところで部屋の中心に仁王立ち。
「へ、へへ。あたし様はこんなの怖くねぇからな。」
無論嘘である。足は産まれたての小鹿のように小刻みに震え、青い顔をしながら脂汗を垂らしている姿は到底余裕があるようには見えなかった。
「なんだよさっきの…」
「クリスちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「響、早く!」
「んん!?」
しょぼしょぼした目を瞬かせ、クリスは部屋に飛び込んできた二人を受け止める。その胸は豊満であった。ガイアのような包容力、そしてまるで低反発クッションであるかのような柔らかさ。宇宙の真理、その一部を悟ったかのように真顔で黙り込んでしまった響と未来。
無言で胸を抑える二人だったが、しばらくすると我に返ったように叫び始めた。キラリと光る涙が見えたような気もするが、クリスには何のことか分からなかった。
「違うの!学院の中にノイズが出てきて…」
「クリスちゃんも早くシェルターに…」
「──ああ、そうか。」
「え?どうしたのクリスちゃ…ッ!」
「響、クリスちゃんを連れて早く──」
目の前で騒ぐ二人。行くあてのない己を引き取って部屋に置いてくれた、命の恩人だろうか。この国には一宿一飯の恩、という言葉があるらしいから、そのぐらいは働かねばなるまい。
二人の間をすり抜け、部屋を飛び出して彼女は駆ける。通り抜ける時、響の泣きそうな顔が目に入った。悪い、と呟いて彼女は走り続ける。
「カ・ディンギル…月を穿つか、フィーネ…!」
屹立する塔を見上げてクリスは赤いギアを纏う。時々こちらを援護しにやって来る青とオレンジは居ない。正真正銘、たった一人だけの戦場だ。誰を襲うわけでもなく蠢くノイズは、彼女の到来を待っていたかのように動き始める。
「やっぱりあたしは一人なんだ。誰かと一緒に、なんて考えちゃいけなかったんだ。そう、あたしは、どこまでも、一人。」
ガトリングを形成して横薙ぎ一閃。
「高嶺の花には誰も届かねぇ…一輪で咲き誇るんだ。」
ミサイルを放って、校舎へ向かおうとしたノイズを撃破。
「だから、あたしは──ッ!」
「いいえ、貴方は何者にもなれないまま、ずっと一人なの。」
「ようやくお出ましか、フィーネ。」
ぎろりと睨むのは銀の少女。
何処吹く風と佇むのは金の美女。
「あたしは…あんたのこと、母親だと思ってたんだ。拾ってから今まで、どっかでそう思ってたんだよ。なぁフィーネ。あたしのこの思いは、間違ってるのかよ。」
「ああ。間違っている。」
「お前を娘と思ったことは、一度もない。」
「……そうか。」
けたたましい音を立てながら、構えるガトリング砲がノイズを粉砕する。文字通りの面制圧。一筋だけ、銀のラインを頬に付けながらもクリスは進む。響のように一直線ではなく、翼のように流麗ではなく、奏のように苛烈でなく。彼女はただ無感情に、全てを粉砕していく。
「一人でもよくやるものだ。──だが、私には届かない。」
振るわれた鞭を避けることは出来なかった。
「うっぐ…げほ!」
「そこで座して見ているが良い。私の悲願が成就する瞬間をッ!」
カ・ディンギル。二課本部のエレベーターシャフトを用いた巨大な荷電粒子砲は、ただ月を破壊するというフィーネの野望のために作られた。
「させっかよ…」
「何故。何故立ち上がる。無駄と分かって何故。」
「無駄だって、分かってないよ。あたしは、あたしの母親の仕出かした事、あたしが仕出かした事、全部ひっくるめて背負っていくんだ。」
『クリスちゃんが、今したいことって何?』
『ああ、お母さんに…』
『だったら!最短で、最速で、真っ直ぐに!』
『うん。そうだね。』
『『想いをぶつけてしまえばいい!』』
「あたしは、あんたを止める。これがあたしのしたいことだ。」
「──ほう。」
「頭の中ぐちゃぐちゃだ。何がしたいのか、もうわっかんねぇ。でも、フィーネがあたしの母親みたいなのは確かなんだ。だから、あたしは
迷いはある。でも、ここで止まってはいけない。
「フィーネ!あたしと戦えよ!」
「断る。私にその理由は無い。」
「──怖いのか。」
精一杯の挑発。口の端を釣り上げ、いつもの挑発的なクリスに戻ってから。彼女はフィーネを、煽ってみせる。プライドだけは一人前どころか無駄に高い女だから。
「なんだと?」
「来いよ。近接戦ならそっちのが有利だろ?それとも何だ、私に近接戦で負けるのが怖いっての?」
「ふ、ははは。ははははは。ははははははははは!」
顔を覆ってフィーネは笑う。
「怖い?馬鹿め。貴様など路傍の石にすら及ばん。」
「その割にはあたしから距離取ってるように見えるなぁー???」
ぶちん。
「貴様など怖くないといっておろうが!!ええい鞭など不要ッ!!」
「クリスッッッッ!!ブチ殺してくれるッッッッ!!」
「あっ、やべっ」
憤怒に染まった顔を向け、鞭を引きちぎったフィーネはクリスに突っ込んでくる。
「素直じゃないなぁ、フィーネ。」
対するクリスは好戦的な笑みを浮かべる。
決して冷や汗などかいていない。
決して。
「誰が素直じゃないだ貴様ァ!」
「聞こえてんのかよ…」
「ようやく戦場から引きはがせたと思ったのに!」
「えっ」
「あっ」
次回。
「クリスちゃん!お待たせ!」
「待て、何だそれは」
「これが、私の、シンフォギアだぁぁぁぁぁぁ!」
「さよなら。」
第23話、「母娘」
翼(私、どうなったの?)
奏「お前ずっと寝てんじゃん」
響「あれ?無印のシナリオって…」
未「そもそも奏さんが生きてるからね。」
弦「かなり変化してないか。」
ク「あたし、丸くなってねぇか…」
フ「私はこんなにポンコツじゃない…」
慎「僕の諜報能力舐められてませんか。」
朔「なんで全員集合なんだよ。」
あ「気にしないの。小さい男は嫌われるわよ。」
紫「そうそう、もっと余裕を見せなさい。」
ん?