私はピンシャン!マリアよ。
今回も概ね元ネタ通り…え、まさか、このドレスって。
それでは、第4話。よろしくね。
第4話 こんにちは、キャロル
わたしのパパは、錬金術師だ。わたしは、そんなパパの助手をしている。助手と言っても家事のほとんどに、使った器具の洗浄や片付け。小間使いみたいだけど、パパが錬金術以外になんにもできないからこうするしかないんだよね。そろそろ自分の身の回りぐらいは片付けられるようになってほしいな…
あ!そういえば、最近パパは村で流行している病気への特効薬を作ったんだ!治療法もわからないその病気は、罹ったと分かれば村の皆から白い目で見られるし、家に閉じ込められてそのまま…なんてことも多いんだ。だから、この薬があれば皆を助けることができる!
そう、思っていた。
「異端者を殺せ!」
「自分でまいた種を自分で拾ったくせに!」
「偽善者!私の娘を返してよ!」
どうして。
「おい、この娘はどうする。」
「放っておけ。何も出来んだろう。」
「…なら、」
どうして?どうしてパパが磔にされたの?どうしてみんなを助けようとしたパパがこんな目に遭うの?どうしてみんな、こんな事をするの?
「おっと、暴れるなよ嬢ちゃん。」
「なかなか、イキがいいじゃねえか。」
どうして、どうして─!
「誰か、助けてよ…」
●
「…あん?」
初めに気づいたのは、今まさに磔にされた人物を燃やそうとしていた男だった。彼が松明を掲げると、その時緑の光を見た。
空中に現れた小さなそれは、みるみるうちに巨大化し、人が一人通れる程の大きさとなる。男の動きが止まったことに気づいたのか、周りの人間も空を見上げた。
「なんだ、ありゃ。」
そして、緑の渦は一際強く輝くと、光を吹き出した。光の粒子が飛び散る中で、人々は。
「てんし、さま?」
宗教とは縁遠かったキャロルですら、そう呟く。
「あ、あの!」
しかし少女の行動は、村人たちによって妨害される。すぐさま服を掴まれ、地面に投げ出された。下手人は誰でもない誰か。彼らがこの行為を許容している以上、悪人というものは存在しない。
故に、父を呼ぶキャロルを引き倒した男は、誰にも咎められることは無い。あまつさえ彼女に向けた憎々しげな表情を、突然現れた少女には喜色満面に一変させてみせた。己が求めた救いの姿。その存在へ。それは権力者に媚びへつらうような表情ではなく、純粋な崇拝だった。
人間とは物事を己にとって都合よく解釈する。例えば、流行病とその特効薬。例えば、魔女狩り、その処刑時に現れた天使。それら全てを、己の行いが正しいからだと肯定するために。つまりこの男、眼前の少女は異端者狩りを主導した己を褒め称えるために出現した、そう考えたのである。
「おお、天の遣い…異端者へ裁きを下しに」
「何をしているの?」
ゾクリ、と。己が求めた救世主は、しかし塵芥を見やるような眼差しをこちらに向ける。男は、審判を
「家族と引き放たれる娘、磔にされたその父、そして、それを許容する村。」
つらつら。決して視線は磔の男性から外すことなく。たった今現れたばかりの御使いは、まるで書面を読み上げるかの如き淡白さで状況を確認していく。
「もう一度聞く。何を、しているの?」
キャロルと、磔の男性─その父親にとっては、まるで理解を超えた出来事で、ただ呆気に取られるだけであった。しかし、他の者─村の人々にとって、その言葉一つ一つは、罪状を読み上げられているように感じられた。
己の行いは肯定されるはずであった。
ここにおいて男は、致命的なまでの…もはや取り返しのつかない思い違いをしていた。
ひとつ。白服の男は異端者を狩れとは言ったものの、その後の事は一切何も言っていなかったこと。
ふたつ。『天使』の出現は、決して必然ではないこと。ただ偶然現れたに過ぎないのだから。
みっつ。彼らが『天使』だと思い込んでいるのは、決して御使いなどではない、普通の
故に、
「答えろ。」
「そ、それにつきましては御使い様も存じ上げていらっしゃるかと…」
「言いなさい。」
ただひたすらに、己の無力さを実感させられる。ただ
「こ、この者の処刑を、行っておりました。」
「この者は、村に病を蔓延させ、あまつさえ己の作り上げた薬でその病を治療して見せたのです。」
「これは自作自演、そうでしかありますまい。そう考え、我々はその男を裁判に掛けました。」
次々と出てくる、告白。一度誰かが口を開いてしまえば、人間とは呆気なく話し始めるのだ。堤防の切れた濁流のように。
「ある日白服の男が現れ、こう言ったのです。」
『彼は異端者だよ。魔女と言ってもいい。間違いない。この僕が言うのだから。』
「きっと彼は高位の聖職者であったのでしょう。われわれは…」
「もういい、黙れ。」
みし、と。彼らはハッキリと耳にした。人々は、何かが軋み砕ける音を聞いた。周りを見回してみると、仲間も同じように見回していた。
「今のは…」
「あぎゃあああああ!」
叫んだのは、誰であろうか。
その声の主は、青紫色に変色した自分の指を抑えて地面を転がる。それを皮切りに、次々と叫び出す村人たち。ある者は同じく指を抱え、ある者は足を抱える。
動物は、本能的な恐怖には逆らえない。故に彼らは、正気を保つために無意識領域下で自傷した。
「な、に。これ…」
「もう、大丈夫。」
それを為したであろう少女は、ゆっくりと降下し男性の縄を解く。自由になった両手足を擦りながら、男性は駆け寄る娘を腕に抱いた。もう二度と感じられないかと思っていたその温かさに、視界が滲む。
しばらく2人で抱き合った後、彼らは少女を見る。先程までとは打って変わって、異国の装束に身を包む少女を。
「あなたは、天使、なの?」
「あー、違う、かも?」
あはは、と気まずそうな彼女を見ると、自分と年齢が変わらないのではないかと感じてしまう。精神的に成熟しきっているだろう立ち振る舞いに、まだ5、6歳ではないかと思わせるその肉体。
アンバランスな目の前の少女は、頭を搔く手を止めて伸びをした。んー、と声を出し、両手を高く上げる。目覚めて数分。そんな勢いで、彼女はそこに立っていた。
「君は…何者なんだい。」
「人に名前を尋ねる時はまず自分から。よく言うでしょ?」
片目を閉じ、ウインクしながら彼女は言った。それもそうか。言われてみれば確かにそうだ。己の名を明かしてもいないのに、相手の名を知ろうなど無礼にも程がある。男性は名乗ろうとして─周りを見て止めた。
「ここでは少し
相手は首肯。どうやら受け入れてくれたらしい、と安心して彼は己と娘が住む家まで歩き出す。先導は、彼の意志を汲んだキャロルと、その隣を歩く少女だ。自分は少し、野暮用がある。
2人には先に行くよう言いつけて、彼はのたうち回る村人たちを手当していく。このまま捕まったり、などとは考えない。なぜなら、彼らにその意思は残っていないから。
「…我々は、何をしていたのだ。」
「さて。彼女の考えていることは、きっと私達には分からないのだろう。まるで天使だったからね。」
「ああ、そうだ天使様だ…天使様がいたんだ…」
うわ言のように繰り返される、『天使』という言葉の数々。その言葉に男性は顔を顰めた。おそらく彼女はそんなものではない。もっと違う何かがある。そんな漠然とした予感があったから。
一通りの手当を終えた時には、日が暮れてしまっていた。これは帰ったらキャロルに怒られるだろうな。そう考えながら男性は村を出ようとした。
「あの、すみません。」
「…はい?」
しかしその寸前、か細い女性の声が彼を呼び止める。振り向くと、そこに立っていたのは
「これ、あの…病気が、治ったから。」
「…ああ、良いんだよ。私は対価を求めるために治療した訳じゃないんだ。これは君が持っておきなさい。」
「いいえ。私からの感謝と…謝罪です。」
無理やり押し付けるようにしてそれを男性に預け、少女は駆けていく。決して質素ではないそのドレスは、きっと一張羅だったのだろう。しかしこの村はお世辞にも豊かとは言えない。ならば誰の物なのだろうか。
そこまで考え、男性はふと思い出した。数年前、まだ村人たちと交流があった時のこと。村長の娘の誕生日パーティーと称して無理矢理会場に引きずり込まれたことがあった。その時、
「感謝と、謝罪、か。」
流行病で消えゆくばかりだった自分の命が救われたことに感謝しない者はいない。村長の娘に薬を与えたこともあったかもしれない。故に、感謝されるのは分かる。
しかし謝罪とは?彼女は何か自分にしただろうか。答えは否。処刑に反対する者であったならば、彼女は家に閉じ込められたはずだ。村長の娘であれば影響力は決して小さくない。故に処刑断行派だった村長は彼女はを家に閉じ込めていた。
ならば彼女は何らかの手段を用いて脱走して、自分にあの一言を告げるためだけにここまで来たのだろう。そして謝罪とは、暴走した父親を止められなかった己の弱さを恥じて言ったのかもしれない。
「…キャロルには、少し大きいな。」
試しに広げてみるが、キャロルには大きかった。背が伸びると何れ着るだろうし、保管しておいて損は無いだろうし、害も無いだろう。
「そろそろ帰るとしよう。」
キャロルがエプロンをつけ、腰に手を当ててぷんすか怒る姿を想像し、男性は笑みを零した。
「さて、キャロルは何をしているのかな。」
●
「…で、村人の手当をしていた、と。」
帰宅した男性を待ち構えていたのは、想像通りのキャロル…ではなかった。歴戦王のオーラを放った彼女を見るなり、男性はすぐさま確信した。
『あ、これはアカンやつや。』
と。故に彼は小一時間にわたる説教を甘んじて受けいれ、ただ俯いていた。実年齢は既に二回りほど異なっていても、中身はしっかり大人びていた。
さて、キャロルの説教も一段落し、食後のティータイムに入る。これからは、自己紹介の時間だ。
「さて、私の名前だったね。」
「私は、イザーク・マールス・ディーンハイム。そこの娘と同じく、錬金術師だ。」
「私は…響歌。ただの響歌です。」
そして最後の一人が、その名を口にする。
「私は…キャロル・マールス・ディーンハイム。」
「イザークさんに、キャロルちゃん。」
「よろしく、お願いします。」
「あ、突然ですけど私を雇ってください」。
「「唐突!?」」
むにゃ…シェム・ハを、崇めよー…はっ!
む、シェム・ハである。
そろそろ作者がメンタル逝きそうとかほざいておったぞ。
書け。
次回。「響歌・マールス・ディーンハイム」
およ、響歌の様子が…?