今回で過去編は終了らしいですよ。少し演出を変えたとのことですから、気になりますね。
では第7話。どうぞ!
「キョウカ、留守番よろしく。」
「はーい。」
どうもこんにちは、キョウカ・マールス・ディーンハイムです。今日も今日とて実家の建設に忙しい日々を送っております。いや、確かに言い出しっぺは私だけどさ。何もここでひたすら作業させ続けるなんて酷くない!?みんな資材集めに行くって言って数日は帰ってこないしさ!
ま、私には秘密兵器があるからいいもんね。これ、キャロルが作ってくれた『ファウストローブ』なるもの。何これ。ただの服じゃん。そう言ってしまった私は悪くないと思う。だって見た目は
「おお、便利だ。」
「えーと、今日は土台を完成させたいし…」
すると、私の知覚範囲に複数の話し声。山中の広い範囲を占領しているから一般人でもやって来たのか。違う。これは
彼らは、あのアダムの手下なんだとか。最近ではアダムがこちらに来た時、彼は本気でこちらを潰しにかかっているようだ。前に比べて目つきが鋭くなったし、取り巻きも攻撃してくるようになった。
「…どうしよ。」
幸い、分散してやって来てはいないようだ。しばらくここで待って、話し合いで解決するならばお引き取り願おう。錬金術は、争いごとに使うべきではないのかもしれないと。私は最近そう思うから。
「む、小娘一人か。」
「…何か用?」
「…貴様でも良いな。おい小娘。我々と共に来い。でなければ殺す。」
ほらまた出た。最近の勧誘活動は物騒なんだから。アダムの方針転換で、『従わねば殺す』がモットーになっちゃったんだよね。しょうがないから腰掛けていた丸太から降りて、錬金術師たちの前に立つ。争いごとに錬金術を使うのは良くない。でも降りかかる火の粉は払わないと、こっちが怪我をしてしまう。
「殺すのは勘弁してほしいなぁ。」
///
キョウカはローブを纏う。青いドレスに身を包んで、自分よりも年上の錬金術師たちと対峙する。恐れる必要はどこにもない。なぜなら、己の師は錬金術においては権威と言っても過言ではないからだ。
「ごめんなさい…っと!」
故に、裏打ちされた技量はそのまま自信へと変わる。
鎧袖一触。そんな言葉がふさわしいほどの一方的な戦いが幕を開け、そして終結した。あまりにもレベルが違いすぎるのだ。幼児のかけっこにプロ陸上選手が混じっているようなもの。勝負の結果は見えていた。
風を操り、炎の渦を巻き起こす。それだけで半分が戦意を喪失した。土で壁を作り、逃げられぬように囲う。右腕に纏わせた水を螺旋に回転させて地面を叩けば、それだけでさらに半分が逃げ出そうと暴れ始めた。
「き、貴様ら!小娘一人に何を手間取っている!やれ!殺せ!」
「もういいでしょう。諦めなよ。」
「図に乗るな小娘がぁ!私は、パヴァリアの…っは!?」
突如、相手の錬金術師の動きが止まる。こめかみに手を当てて滝のような汗を流す彼は、顔面蒼白のまま逃げ出して行った。どうしてだろうか、首を捻るキョウカ。その原因は、時間を置くことなくやってきた。
「久しぶりだね、キョウカ・マールス・ディーンハイム。」
「アダム…なんで貴方がここに。」
白い貴族服に身を包み、同じく白い帽子を被った長身。かつて幾度となくキョウカたちを勧誘したその男が、いつの間にかキョウカの眼前に立っていた。どこか抜けていた雰囲気は消え失せ、今はただキョウカを冷たく見据えている。あまりの変わりように、彼女は冷や汗を一筋。
今までとは次元の違う威圧感に気圧されながらも、キョウカは不敵に笑ってみせる。
「まだ私を勧誘する気なの?」
「まさか。興味はないよ。君にはね。」
「どういう事かな?」
「イザークを
「…随分物騒な事言うね。急に中身でも変わった?」
「いいや、私は昔からアダム・ヴァイスハウプトだよ。完璧、奇跡。それらが嫌いな、ね。」
そう言うアダムの表情は、まるで氷の彫像。感情というものが抜け落ちた、
「達成しなければならないものができてしまったのさ。仮に同じ高みに至れる者がいるならば、それはイザークのみ。だから殺すのさ。今ここで。」
「…私が、それを許すとでも?」
キョウカの心中は激しく燃え盛る。アダムが氷ならば、こちらは炎。
「ああ、目印になるかな。
「だったらここで死になさいっ!」
背面で風を破裂させながら、同時に風を纏う。ファウストローブをはためかせ、ロケットスタート。(表面上は)予備動作が一切存在しないその動きは、キョウカの精密制御能力と相まって初見殺しと名高い。飛翔しながら右腕に水を絡みつかせて回転させる。左腕には蒼炎を生み出して二撃目の準備も忘れない。
「これで…!」
「ふむ。無能と言われる私でも、なんとかなりそうだね、これは。」
キョウカが飛び出すと同時にアダムは片手を上げた。途端に収束するエネルギー。瞬く間に彼の服は消滅し、周囲は自然発火を始める。あまりの熱量にキョウカは右手の水を放って冷却材代わりとする。距離を離すまでの間に、その水は蒸発していたが。
「何を…」
「これが私の錬金術さ!食らうといい!黄金を!」
彼の手に生成されたのは、眩く輝く火球。地上において存在するはずのないその熱量が、今キョウカに向かって放たれる。
「こんの…周りの被害もっ…!」
「さあ、無残に死に果てろ!
避けるか?いいや後ろにはシャトーがある。避けてしまえば今までの時間が水の泡だ。自分の家を守らないという選択肢は、
条件反射で土壁を生成しながらキョウカは思考する。これまでにないほどに高速で回転するその頭脳は、残酷にも一つの結論に行き当たった。
防御不能。己も知らぬ理論から繰り出される一撃を防御する術はなく、それ故に彼女の明晰すぎる観察眼はそう結論づけた。しかし、キョウカは諦めない。家族を守る、そんな約束を。記憶の奥深く、手を伸ばしたくても届かないような遥か彼方で交わした約束。それは彼女の心を縛り付け、彼女の原動力となる。
「まだ、諦めるもんか——!」
待て、然して希望せよ。そのような格言がある。
ある日以来、沈黙を続けていた胸元の赤いペンダント。この時代では到底再現不可能なそれが、強い光を放った。
「なんだ!それは!」
「これが私の——」
答える声は、炎に飲み込まれる。
●
『———ろ。』
「うぅ…」
『——きろ。』
「ダメだよ…キャロル…それは食べ物じゃ…」
『起きろと言っている!この馬鹿者がッ!』
炎に飲み込まれた。そう思ったのに。固く瞑った目を恐る恐る開くと、キョウカは真っ白な何処かに横たわっていた。自分は死んだのだろうか。最後に何か口走っていたような気もするが、変なことを言っていなかっただろうか。急に心配になってきた。
いてもたってもいられず、彼女は立ち上がって辺りを見回す。ただただ白い、明るすぎない程度の空間がただ広がっている。まさか、ここは天国と言われる類の場所なのでは?キョウカは訝しんだ。
『…とことんまで親にそっくりだな貴様…』
『こちらの私は、そこに救われたのだろう。』
どこか懐かしい声。見回しても誰もいないし、やっぱり何もない。ついに幻聴すら始まったのかと自分の頭を何度か叩いて、頰を抓ってみた。痛い。どうやらまだ生きているようだ。確認を終えたキョウカは、声の主を探そうと歩き出す。
『待て。…待てと言っているだろうが貴様ァ!』
『話を聞かないのも親そっくりなワケダな。』
「その声!…キャロル?」
ようやく声の主その1を特定するキョウカ。しかし他の二人の声がわからない。どこかで聞いたことのあるような声だ。
『やっぱり無理じゃないの〜?』
『当然だ。
「…うーん、サンジェ?」
『『『当てた!?』』』
「そりゃ、お姉ちゃんですから。」
えっへん、と豊かな胸を張る。イラっとした雰囲気が伝わってくるが、キョウカは敢えて無視。家族の中でも随一の大きさなのだ。肩が凝る?知らん。大きいことはいい事なのだ。大英帝国を見るがよい。
『では簡潔に話そうか。キョウカ…いいや、響歌。』
『全くこいつは…んんっ。今、貴様は何をしていたか覚えているか?』
「…アダムの、攻撃を…」
『あの無能、やっぱりクs…』
『あー!言っちゃダメ!それ以上は!』
『黙れ貴様ら。…それで、だ。一つだけアレを防ぐ方法を授けてやる。いいな?』
『一度しか言えないから、しっかり聞くのよ。』
「わかったよ。」
賑やかな声は鳴りを潜め、一転して纏う空気は真剣そのもの。感じる想いは、四人分。
『このペンダントは、誰のものか分かっているな。』
『立花響のガングニール、それがラピスの輝きを内包しているの。』
『あ、ラピスはまだ知らなくていいからねん?』
『私たちがこうしていられるのも、ラピスに残った思念の残滓があればこそ、というワケダ。』
「えっと…つまり?」
『
キャロルらしき声がそう言うと、手元に赤い光が収束して行く。やがて見覚えのあるペンダントとなったそれは、いつにも増して強く輝いていた。
「ギアを、纏う…私が?」
『ええい、いいからさっさとしろ!こうしている間にも時間は過ぎているのだ!』
『私たちが貴方と話していられるのも、あと少し。』
言われるがまま、そのペンダントを握りしめる。やがてそれは、眩い黄金の光を放つ。
『あーしたちはそろそろかしら?』
『お前がいらん事を話すからだ。いい加減にしてほしいワケダな。』
『二人とも落ち着け。…キャロル。』
『気安く呼ぶなッ!全く。』
『
『貴方の父のように、全てと手を繋げると言い切れるかしら?』
『こちらのあーしたちを救ってくれたのには感謝してるわ。』
『だが、お前は救われない。こうしている間にも記憶を失っているワケダ。』
『『『『それでも、家族を守るのか?』』』』
「…愚問。」
棒状に形を成す光を握りしめ、彼女は俯いていた顔を上げる。その瞳に宿るは決意の光。まるで、彼女の本当の父のように。いつも最短距離で真っ直ぐに駆け抜けた彼女のように。
「確かに、色々忘れてしまってる。でも、この思いだけは忘れない。」
「『家族を守りたい』。きっと、もう覚えていない私の決意なんだ。」
一歩、踏み出す。
「だから、力を貸して————」
●
「シ・ン・フォ・ギ・アアッ!!!!」
「なんだ!それは!」
アダムの放った火球は、キョウカを飲み込む寸前で静止する。それどころか、若干押し返してすらいる。彼からは決して見えないその場所で、彼女の右腕
撃槍、ガングニール。かつて父から受け継いだその力。三例確認された中でも、最も初期に戦ったそのギア。天羽奏の撃槍にそっくりなそれは、マリアのように穂先を開いて火球を受け止める。黄金の光を纏った槍は、巨大な穂先から特に強い光を放った。
「キャロル…」
熱を感じた。ファウストローブが解けていく。誰かが、身体を包んでくれた。
「サンジェルマン…」
右手のギアが、一際輝く。誰かが、槍に手を添えた。
「カリオストロ…」
前腕部を覆う鎧から、何かが伸長していく。誰かが、背中に寄り添って。
「プレラーティ…」
父のギアに似たそれは、槍へとインパクトを伝える。誰かと一緒に、背中を押してくれた。
「これが!
「馬鹿な!黄金錬成が…!」
「撃槍、だあああああああああああ!!!!!」
その日、ある古代遺跡近辺がガラス化して吹き飛んだ。以来、その場所は
爆心地に、一人の少女の身体を埋もれさせながら。
●
「……っく…が、は…!」
熱い。
「まさか、これほどとは…」
身体全体が、熱い。
「貴様、アダムゥゥゥゥ!!!」
誰かが、さけんでいる。
「姉さん!しっかりして!姉さん!」
だれかが、よんでいる。
「■■■■姉さん!」
「■■■■!」
「目を開けるワケダ!■■■■!」
「待て!逃げるなァァァァァァァ!!!!」
「キャロル!■■■■…!」
「父さん、どうすれば!」
「…私たちの技術では、恐らくこのまま…」
「そんな!」
「どうにかしてほしいワケダが!」
「…………氷で、包もう。」
「キャロル?何を…」
つめたい。ああ、すこしましになった。
「それなら、私が治療法を見つける。どれだけ時間が掛かっても!」
だんだん、眠たくなってきた。
「だからその時まで…おやすみ、姉さん。」
「ああ…ありがとう、きゃろ…る——」
「必ず、助けてみせる。」
『やれやれ、仕方のないやつめ。』
●
「司令、これを…」
「ぬうっ!?これは!」
「どこからどう見ても、人間よねえ…」
彼女が目覚めるまで、あと————
ようやく我の出番であるな。
では、取りかかるとしよう。
次回、新章開幕。第8話、「わたしのいばしょ」
あやつも喜ぶだろうさ。