夢現ノ怪異   作:小豆 涼

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無いなれ、無しなれ

夢を見る。

 

その風景は、まちまちである。

 

ある時は日本家屋。

ある時は屋根裏部屋。

 

しかし共通点があって、それはどこか懐かしさを感じるところだ。

 

まるで時代を超えたかのような錯覚。

夢なのにどこか夢でないような感覚。

 

その日見た夢は、日本家屋だった。

 

広い、畳の部屋。

と言っても、ここは全ての部屋が畳だ。

縁側があって、大きな屋敷なのだ。

 

まるでプロモーションビデオのように、その部屋を色んなアングルで見ている自分がいる。

今回はどうやら男の子らしい。

 

屋敷はとても広くて、庭には雪がチラついている。

寒さは感じない。

 

だがとても懐かしいと思えた。

 

そして、俺は木造の蔵に用事があって行った。

古めかしい蔵は、木材がやせ細って、所々から陽の光が漏れていた。

 

木製の古い階段梯子を登って、木箱を取りに来たのだった。

その木箱を開けると、一体の日本人形が入っていた。

 

おかっぱで、白い肌だ。

目はギョロりと大きく、ひな祭りのお人形さんというより、こけしを人形にしたようだった。

俺はこの人形を知っている気がした。

 

言うなれば、座敷わらしに近いのかもしれない。

俺のそんな概念が形を成したような感じだ。

 

はたと気がつくと、あのだだっ広い畳の部屋にいた。

着物を着た女性が、1人。

 

「坊っちゃま、よろしくお願いします」

 

と。

その後ろ姿について行くと、ひとつ襖を開けた。

 

そこには、さっきの日本人形が裸でいた。

俺が着いて行った女性と同じ背格好の女性が、その日本人形に着物を着せ、おめかしをしている所だった。

 

女性達は、口々に「あら、坊っちゃま」とか「あとはよろしくお願いします」とか言いながら、忙しく手を動かす。

 

そうして、着物を着せ終わり、お化粧が終わると、俺の後ろに正座するのだ。

 

俺は分かっていた。

これからすること、そして、それが意味することを。

 

「では、よろしくお願いします」

 

女性にそう言われて渡されたのは、口紅だった。

よく見る、キャップを外してくるっと回して塗るタイプだ。

 

ここだけやけに時代感が狂っているのをよく覚えている。

 

心臓が張り裂けるほどに緊張していた。

ここで失敗するとどうなるか、察していた。

おれは、この人形に気に入られなければならない。

 

恐る恐る、口紅を人形の口に滑らせる。

 

塗れないのだ。

まるで、クレヨンで描いた線の上に、水彩絵の具を塗るように。

弾かれるのだ。

焦った。

このままではまずい。

起きては行けないことが起きる。

 

そんなことが頭をよぎったが、俺は見てしまった。

その日本人形の顔を。

 

目が、虹彩が、黄色いのだ。

瞳孔はどこまでも黒く、果てしない闇。

 

背筋が凍った。

女性たちの気配はない。

俺と、この日本人形しかいない。

 

そして、この広い部屋で、目の前にいる日本人形の口が開いた。

 

「ナイナレナイナレ、ナシナレナシナレ…」

 

酷く、低い声だった。

例えるならば、無理やり音声のピッチを下げた様な。

とても耳障りな、恐怖を掻き立てる声。

 

「ナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレ」

 

止まないのだ。

辺りは暗くなり、俺は逃げていた。

しかし、声はすぐ側から聞こえる。

日本人形は、浮いてる様にすーっと近づいてくる。

 

その手には、大きな裁ち鋏を携えている。

 

「ナイナレナイナレナシナレナシナレナイナレナイナレナシナレナシナレ」

 

そんな話。

それだけの話。

 


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