「・・・これは・・・」
暗い場所にいた。
何もかもが無く、僕だけがいると解る黒い空間。
『・・・』
「!」
『グルル~』
「・・・や、だ」
そこに突然、何かの気配がして、キョロキョロと周囲を見渡して気配の正体を探ったけど、何もなく、次の瞬間に、何処からともなく、獣の唸り声が上がる。
とても、嫌な声。
『グァアア!!』
「!?い、痛い!やめて!」
そして、獰猛な獣が飛び掛かって来るような鳴き声が響くと、僕の足から順番に痛みが走っていく。
「やめてぇ!やめてよぉ!痛い、痛いよ!」
『ガァアブッ』
「!!!!!!!!!?」
どんなに“やめて”と叫んでも、やめてはくれず、とうとう、心臓を食われ、頭も噛み砕かれる感覚がしたところで全部が終わった。
◇◆◇◆◇◆
ガバッ
「!?」
ガバッと勢いよくベットの上で、飛び起きた僕は、汗を拭った。
ギュッ
「・・・また、見ちゃった・・・せっかく、頑張って寝ようと思ったのに・・・」
そして、僕は自分の膝を抱えた。
さっきまで見ていたのは、当然、夢なんだけど、あの夢は、あの日、ロキ様に更新して貰って、僕自身の事が解ってから見るようになってしまった夢だった。
だから、寝るのも怖いし、あの魔法を使うのも怖くなった。
あのまま、使い続けていたら、何時か、夢のように食われて、僕が僕じゃ無くなるんじゃないかと思ってしまった。
そう思ってしまったら、怖くて、散々、世話になった魔法だけど、使うのが怖くなった。
◇◆◇◆◇◆
「・・・四葉?」
「・・・アイズさん」
その後、再び寝直すなんて出来る筈もなく、仕方がなく僕は中庭に出て、まだまだ、夜と言って良い時間帯だったけど、気分転換に刀の素振りをしていた。
そこにやって来たアイズさん。
「おはよう」
「・・・おはよう、アイズさん。・・・何処かに行くの?」
「・・・ダンジョンに行こうかなって」
「・・・」
よく見れば、アイズさんはフル装備で背中には筒型のバックパックまで持っていた。
「・・・僕も、一緒に行って良い?」
「・・・じゃあ、サポーター、やってくれる?」
「うん。【テイクアウト】」
だからという訳じゃないけど、僕は、彼女に着いていくことをお願いしてみた。
条件はあったけど、OKをくれ、僕は、早速、【幻書の術】に放り込んでいた羽織と剣帯を取り出して、剣帯を腰に巻いて、刀を鞘ごとそこに差すと羽織を羽織った。
「・・・アイズさんのバックパック、預かる」
「うん・・・本当に四葉のその魔法、凄く便利だね」
「うん」
そして、アイズさんからアイズさんのバックパックを預かって、それを【幻書の術】に放り込むと僕等は、門番の人達に挨拶して、そのままダンジョンへと向かった。
◇◆◇◆◇◆
「やぁあ!!」
ザァン
「ガッッ!?」
「・・・」
ザァン
「ガッッ!?」
そして、二十階層。
僕等は、ここまで降りた。
今は、何度目かのモンスターの一段との戦いの真っ最中。
僕は、飛翔している蜻蛉型のモンスター、“ガン・リベルラ”を刀の餌食にして、真っ二つにした。
そして、アイズさんも複数の“ガン・リベルラ”達を同時に斬り裂き、灰へと変えた。
「・・・」
「ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
続けて、アイズさんは、そのまま前進して、残る最後のモンスター、雄叫びを上げる、毛むくじゃらの“バグベアー”に襲いかかる。
それを見て、僕は、刀を鞘に戻して、【幻書の術】から二つの袋を取り出す。
一つは魔石を、もう一つは、それに入るドロップアイテムを入れた。
当然、ドロップアイテムの中には、入らない物があるから、それは直接、【幻書の術】に放り込んだ。
「アイズさん、魔石とドロップアイテムの回収、終わったよ?」
「・・・」
「アイズさん?」
そして、最後のバグベアーから出た魔石とドロップアイテムを回収して、アイズさんの傍に行くと、アイズさんは困った顔で代剣であるレイピアを見下ろしていた。
「剣、使い辛い?」
「うん・・・まだ馴染まないし、力を入れると壊れそうで」
「・・・それは、辛いね」
「・・・うん」
どうやら、思った以上に代剣が使い辛いらしい。
「剣、返ってくるの明日か明後日くらい?」
「・・・うん、明日には返ってくるよ」
「そっか、それは、待ち遠しいね?早く、迎えに行かなきゃね?」
「・・・うん」
だから、そういう時、普段使ってる手に馴染んだ武器にたいして、有り難さとか、恋しさとか、色々思うんだと思う。
僕だってそうだし。
「・・・どのくらい、魔石とか貯まった?」
「えっと」
そして、アイズさんに聞かれ、僕は一度、目を瞑って、意識を集中させる。
「袋、二つともパンパンだよ?袋に入らなかったドロップアイテムもそれなりに有るけど、まだ、入れるには余裕はあるよ?」
「・・・そう」
そうやって集中する事で、脳内で【幻書の術】の中身が解る。
それで、袋に入ってる魔石とドロップアイテムと袋に入らなかったドロップアイテムをざっと見て、その報告とまだ余裕があることを、アイズさんに僕は言った。
すると、それを聞いて、アイズさんは、少し、考えるそぶりをした。
「・・・そろそろ、帰ろうか?」
「うん、わかった」
そして、アイズさんは、帰ることを決断。
もちろん、僕に異論は無いから、頷いて答え、アイズさんと共に上層に向けて足を進めた。
◇◆◇◆◇◆
「あっ」
「・・・」
それから、二十階層をぬけて、ちょうど中層の入口とも言っても過言じゃない十三階層を、更に上層に向かって歩いてると不思議な一団が目に入った。
「・・・あれ、何してるの?」
「・・・怪物祭の準備だと思う」
その一団と言うのが、巨大なカーゴを引きずっている人達の事で
「もんすたぁ、ふぃりあ?って何?」
「四葉、知らない?」
「うん」
「そっか・・・んと、怪物祭は年に一度開かれる、お祭りで、闘技場でダンジョンから連れてきたモンスターをガネーシャ・ファミリアの調教師がテイムするイベントがあるの」
「・・・じゃあ、あの人達、そのイベントで使うモンスターを捕獲しに来たってこと?」
「・・・うん、そうだと思う」
「・・・それって、大丈夫なの?」
「・・・うん。別のルート行こう?」
「う、うん」
その彼等の目的は、お祭りで使うモンスターを捕獲する為で、僕は、ちょっとだけ、不安に思った。
本当に大丈夫なんだろうか?って
その不安が取り除かれることなく、僕は、アイズさんの案内で、とりあえず、別のルートで上層に地上に向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆
「・・・」
「・・・」
そして、僕等が地上に戻った時、すっかり、夜になってしまっていた。
僕等は、バベルの換金所で換金をして、シャワーと夕食を済ませ、ホームに帰ると、朝と同じように門番の人達に挨拶して館内に入った。
入った後は、夜中にこっそり脱け出す時、並に息を殺し、気配を殺しながら、神経を研ぎ澄ませて、こそこそと人目を避けながら廊下を進んだ。
もちろん、物音も一切、鳴らさずに。
「アイズ、四葉」
ビクッ
「「!?」」
が、人の気配を感じたら、迂回したりしながら、確実に自分達の部屋までの道のりを進んでいた僕等の背に声がかけられた。
その瞬間、僕とアイズさんの肩は同時に震え上がった。
「何処へ行っていた・・・と聞くまでもないな」
「「・・・」」
「二人で行っていたのか?」
恐る恐る、後ろを振り返ると、そこには目を若干細めたリヴェリアさんが立っていた。
リヴェリアさんは完全武装な僕等を頭の天辺から足のつま先まで、その視線を走らせた。
ギュッ
「!?よ、四葉」
「・・・」
思わず、僕は、アイズさんの足に抱きつくようにして、その陰に隠れた。
そんな僕にアイズさんは、狼狽えたような声を出した。
「はぁ~、一応、パーティーを組んで行ったことは、褒めるべきなのか・・・二人共、ダンジョンに潜るなとは言わん。だが、遠征が終わった後だ、体は十分に休めろ」
「・・・うん」
「・・・はい」
「全く、調子を取り戻したかと思えばすぐそれか。四葉、お前も、黙ってダンジョンに行く癖をなんとかしろ」
「「・・・ごめんなさい」」
リヴェリアさんは、それと色んなモノを引っくるめた大きく溜め息を一つついて、言った。
最後の言葉には、ものすっごく呆れた感じが混じっていて、僕等は自然と謝罪の言葉を口にした。
「ううっぷ・・・あれぇ、アイズたんに四葉たんとリヴェリア、何しとるん・・・おえっぷっ」
「!?」
そこに通りかかったロキ様。
その足もとは、かなり覚束ない様子で、顔色も果てしなく悪いし、何よりあの魔法を使わなくても解るくらいの強烈な酒臭さを漂わせていた。
思わず、本当に失礼な行為だと思うけど、慌てて鼻と口を両手で塞いだ。
「それはこちらの台詞だ・・・いや待て、近寄るな、来るんじゃないっ」
「うちは水飲みに来ただけやぁー・・・うぷっ。あー、頭いったい・・・声あんま出さんといてー」
ロキ様が何でこんな状態なのかと言うと、ヘファイストス様の所にヴェルフの事を聞きに行った日の夜、ロキ様は“神の宴”とやらに出かけて行った。
その宴から、帰ってきてからずっと、フィンさん達が止めるのも聞かず、自棄酒をして、宿酔。
二日酔いならぬ、三日酔いになるまで飲み続けたロキ様。
その原因は、何でも宴の席には、ある女神が参加しており、その女神を馬鹿にしようとして、逆にやり込められたらしく、それが悔しくてたまらなくて、お酒を飲まずにはいられなかったとのことだ。
・・・なんと言うかだ。
「で、何やっとるん?」
「・・・アイズと四葉がまた黙ってダンジョンに潜っていた。この時間までな」
「あー、そういうことなぁ・・・」
そんなロキ様はリヴェリアさんから、話を聞き、ちらりと横目でアイズさんと僕を見た。
「よぉし、お転婆アイズたんと四葉たん。うちらに心配をかけると罰や、明日は付き合ってもらうで?」
「・・・?」
「フィリア祭や。うちとデートしよ?拒否権は無しやからなー」
ロキ様は、酒気を漂わせながら、にへらっと頬を緩めて、笑い、僕等が何かを言うより先に、“拒否権は無し”と言った。
「息抜きにはちょうどええやろ。うちも行く予定やったし。リヴェリアもどう?」
「・・・私は遠慮させてもらおう。あのような祭りの空気には、どうも馴染めん」
「残念無念やなー・・・あたたっ・・・じゃあ、アイズたん、四葉たん、明日は朝集合なー。一人でどっか行ったらあかんでー」
「わかりました」
「わかった」
「私も行くが・・・アイズ、四葉、先程と同じことを繰り返すが、ほどほどにしろ」
「うん・・・」
「ごめんなさい・・・それと、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。アイズ、四葉」
そう先取りして言われてしまえば、断るなんて出来る筈もなく、僕等は、ロキ様とリヴェリアさんにそれぞれ別れを告げて、その日は解散となった。