平沢進氏の楽曲「狙撃手」をもとに執筆した単発小説です
批評、感想、誤字指摘など大歓迎です。

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あらすじにも書きました通り、平沢進氏の楽曲「狙撃手」をもとにした小説です。
なお、中身は構想10分制作3日の小説なのでどうかご容赦ください。


狙撃手 

17:00になりました。市民の皆様は安全に注意しご退社ください…

 

 

社内のスピーカーと、窓に映る広告塔が同時にアナウンスを告げる。デスクを立つ者はただの一人もいない。今や全国の社会人において、時間外労働に徹することは義務に等しい。

規律を破り定時退社する者は、すぐに職場から居場所を失うだろう。それが社会のルールだ。この会社でも、それは変わらない。

 

「おい、カイノ君?」

「はい?」

齢20ほどの若い社員は、上司によって不意に呼び止められた。

「この資料さ……データおかしくない?」

「いえ、サーバのAIが整合性を保証しているはずですが」

カイノはこともなげに答えたが、しかし上司も調子を崩さずに言葉を返した。

「それ、多分古いデータだな。昨日更新されたんだよね、そのデータ。そういう事だから、修正しといて」

「…はい」

 

カイノは不満を隠し、その場を後にした。なんとも言えない疑念を抱きながら。

 

「……って事で、俺資料直してたんだけど。なんかおかしい気がすんだよなあ……」

「おかしいって、何がさ」

夕食の時間になってもなお、カイノの不満は尽きない。話に付き合っている同僚のツキウラは苦笑いしつつも、話を聞くことはやめなかった。この職場では、面白い話は貴重な笑いの種だ。

カイノにはどうも納得がいかなかった。彼の使用したデータは確かに信頼できるもので、政府の発表した情報に基づくものだった―それがなぜ、間違っているなどと言われたのだろうか?

 

ツキウラはそんなカイノの言い分を一通り聞いた後、ゆっくりと返事を返した。

「…じゃあもし君が間違ってないんだったら、政府のデータが―」

「おい馬鹿っ!!」

思わずカイノはツキウラの口を無理やり押さえていた―周りの糾弾するような、恐れるような目つきが二人に突き刺さる。いつの間にか、辺りは静まり返っていた。

 

「あーその、すみません」

ツキウラは渋々口を開いて謝罪した。周りは何事もなかったかのように食事を再開する。

カイノはほっと胸をなでおろし、それからツキウラを小突いた。

「お前なあ、滅多なことを言うなよ」

「ごめんよ」

「……まあ、ツキウラ」それから、カイノは声を細めて言った。「言いたいことはわかるぜ?けど…さ、おおっぴらに言えるもんじゃないだろ」

「……どういう事?」

こいつ意外に常識知らずな野郎だな、と思ったが、不満を話す上で説明しないわけにはいかない。カイノは理由を話すことにした。

「いや……今、出てるらしいじゃん、狙撃手がさ」

 

「狙撃手?」

ツキウラは不思議そうにその言葉を繰り返した。

「最近噂になってる、国のエージェントの事だよ。知らないのか?……とにかく、狙撃手っていうのは」

カイノは続ける。

「政府とかの考えに反する人間とか、革命主義者(テロリスト)とかを秘密裏に殺すのが仕事で、あまり不用意な事言うとそいつに撃ち殺されちまうんだってよ。だからみんな角が立たないようにしてるのさ」

「……ぷぷっ」

 

ツキウラは噴き出し、やがて声を上げて笑い始めた。カイノは顰蹙したように眉をひそめて、

「……何がおかしいんだよ?」

「ハハハッ、いやあそんなことあるわけないじゃん!あったとしてもボクたちには気付けやしないよ、あーおっかし……アハハ」

「そんなに笑うことかよ……」

 

まだ馬鹿笑いし続けるツキウラの姿は、どうやら狙撃手云々の話を本気で信じていないらしいことを良く表していた。こいつは外見だけじゃなく中身まで子供じみてるな、とカイノは思った―しかし良く考えて見れば、こういう話は確かにおいそれと信じられるものではない。

いや、こんな変な話を信じている自分のほうが子供なのでは?と一瞬考えたが、その瞬間ガグォーンという音が食堂に鳴響いた。昼食時間の終了を示すチャイムだ。ツキウラは笑いを何とか押さえ込み、オフィスへと急いでいく。

「あ、おい待ってくれよ!」

カイノも彼を追って、オフィスが繋がる廊下へと走っていった。

 

 

ガグオーン、ガグオーン……

チャイムが響く。短い間隔で二回鳴るという事はつまり、退社を急かすチャイムだ。

(((はあ、終わった………)))

 

口と顔には出さないが、カイノも含めた社員全員の心は喜びと安堵に満ちている。今日もまた、平穏無事に一日を過ごせた―吊るし上げられないで良かった。

最初に席を立ったのはツキウラだった。そのまま振り返ることもなくエレベーターへ乗り、帰り支度を始める同僚たちに会釈する。そのままの態勢で降りていった。

 

「…俺もそろそろ帰るかな」

直帰していくツキウラを目で追いながら、カイノはそうひとりごちた。ツキウラを運んで戻ってきたエレベーターに乗り、素早く1階のボタンを押す。エレベーターにはカイノしか乗っていなかった。

「うーん…」

カイノは壁にもたれかかり、気難しい顔で天を仰いだ。

夕方の資料の話は何だったのだろうか?何故わざわざ前年度の穀物生産量が今日にまでなって修正されていたのだろうか?退社直前になり、半ばやけになって上司に質問をぶつけてみると、彼は困ったようにこう言っていた―あまり考えないようにしなさい、そんな事は。

 

それはたしなめるというよりは、警告するような口ぶりだった。カイノは、自分の抱いた疑問が褒められるようなことではない事をなんとなく理解した。きっと上司はこう言いたかったはずだ。

「深入りするな」と。

 

確かにこれは忘れてしまった方がいいな、とカイノは考えた。自分のクビが飛ばなかっただけまだ良かったのかもしれないと、自分の幸運に感謝した。

「生体認証を開始します…社員カイノの退社を確認しました。気をつけてお帰りください」

 

防犯AIの合成音声と同時に、プシューと音を立ててドアが開いた。カイノは開いたドアから外へと足を―

ズドンッ! 

「っ!?」

突如轟いた銃声に、カイノは思わず走り出した。走った先は、ビル前の細い路地。狭いところなら見つからずにすむだろうという考えだった。そして考えどおり、銃声は一発きりで止んだ。

「……何だよ、どういうことだよ…!?」

うわごとのように呟きながら、必死にコートのポケットをまさぐる。端末を取り出して、保安警察に助けを―呼べない!ビルの前だと言うのに、都会だと言うのに、電波は圏外表示だった。

「…………」

カイノは背中にぶわっと冷や汗が噴き出すのを意識した。まさか、本当に狙撃手だというのか?じゃあなんで―サッ!

 

「はっ!?」

一瞬の内に、赤いレーザーサイトがカイノを捉えていた。咄嗟に身を伏―ズドンッ!

「ぎゃああああッ!!!」

カイノは右足に、今まで体験したこともないような激痛を経験した。弾丸がふくらはぎに命中し、筋組織と骨を引き裂いたのだった。

「あ…あ……あっ」

カイノは恐怖にかられながら、今自らの右足を粉砕したそのレーザーサイトの光を目で追っていた。

呼吸ができない。目前に迫る死の予感を全身に感じ、肉体がこわばる。恐怖が心を支配する。自分が失禁したこともよくわからなかった。

 

ふと、カイノは二棟ほど遠くのビルに立つ人影を見た。そこから、レーザーサイトの光は伸びているらしかった。真夜中でも目立つ真っ赤なフォーマルスーツに身を包み、無骨な狙撃銃を両手に構える人影。その背格好は、そしてネオン看板の灯に照らされる顔つきは、()()()()。あまりにも、よく似ていた。

思わず、叫ぶ。赤い光がこめかみを照らしたことにもかまわずに。

「ツキ―」

ズドンッ!

銃声が響く。一人の人間が落命した音が。

路地裏に倒れているのは、今や人間ではなくただの死体である。明日にはこの死体は片付けられ、カイノの死もまた事故死として片付けられるだろう。

 

「……」

ツキウラは狙撃銃にセーフティをかけ、スコープの倍率を等倍に戻した。仕事は終わった。

屋上を後にしようとすると、彼の前にぬっと軍服姿の男が現れた。

「ご協力感謝します。報酬は口座に送金されました」

「どうも丁寧に、ありがとうございます」

「こちらこそ。では、失礼します」

それだけ言って、男はさっと姿を消した。それは実体ではなく、小型カメラから投影された虚像(ホログラム)だった。

 

「…あー、つかれたぁ……」

ツキウラは腕を伸ばし、また小さく欠伸すると、さっさと階段を下りていった。

ビルの出口には、再び静寂に包まれた街が広がっていた。

 

 

 



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