【pkmn】灰銀の少年【旧作】   作:夜鷹ケイ

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―――登山中の6つの危険は覚えたか?


025:お山を登る為の下準備

 ニビジムでゲットしたばかりの「グレーバッジ」を眺める時間も惜しむように突っ走ろうとするレッドを、シャツの首根っこをひっつかむことによって制止させた。

 どう、どう、落ち着け。その姿はさながら馬ポケモンであるポニータやギャロップに向けるようなものではあったけれど、長年の付き合いのおかげで功を為したのか。赤き暴走列車はその足の動きを一瞬にして鎮火してくれた。グライスとしてもオツキミ山で一晩明かすことに対して乗り気なので、今更明日にしようかと予定変更をかける野暮なことはしない。

 なだめるために、また一言で止まってくれたレッドを褒めるように、グライスは幼馴染の頭を撫でる。頭を撫でるという行為は、昔から変わらないグライスの習慣のようなものだ。

 よーしよし何か悲しいことがあったのか言ってみ? ぽんぽん。なんだなんだ、なんか楽しいことでもあったのか? そりゃ良かったなァ。ぽんぽん。呼吸するかのように相手の感情に寄り添って。さして言うほど昔ではない時間にしろ、良いことがあったり、悲しいことがあったり、大人でも子どもでも関係なく当たり前のように頭を撫でていた。

 レッドは無口で何を考えているか分からない子どもとして有名だったから、大人も子どももあまり近寄って来なかった。その自覚はある。むしろ、目の前でそのようなことを投げかけられ続けたのだから嫌でも自覚はするというもの。あのグリーンですら無口で考えていることが分かんねぇと匙を投げかけたことのある無口っぷりだったが、それでも母や越してきたというグライスはめげずにレッドに付き合ってくれた。

 それゆえ、頭を撫でられたのはグライス以外だと母親ぐらい。普通の少年のように甘やかしてくれて、逆を返せば、母親以外でレッドという人物を見てくれたのはグライスだけだったのである。

 そこから友好関係は一気に広がって、今では対等のライバルであるグリーンやブルーもいるのだが、それまでは“本当に”一人きりだった。あの頃もグリーンから言わせてみれば、無言でずっと見られるのは恐怖以外の何物でもなく、考えていることが分からず疎遠であることが当然。置物のように思った頃もあったけれど、今ではすっかり打ち解けて目を見るだけで大抵のことが分かってしまうようになったのも恐怖だが。マァその恐怖は嬉しく受け入れようと言ってくれた時の喜びたるや。レッドが思わず喜びのあまり粉砕した公園のベンチは、今でも伝説となっていた。

 

 レッドのほかにも、マサラタウンには「第一世代」と呼ばれる対象の少年少女たちは他にも居た。第一世代の子どもたちは同じ日に旅立ったので、今はマサラタウンに行っても会えないが。

 お察しかもしれないが、その第一世代と呼ばれる少年少女は全員で「4人」である。そこに己が含まれることに「背景である自分が何故!」とグライスはやや不服だったが、幼馴染たちのお揃いだね発言にコロッと手のひらクルリしたのは余談。

 ポケモンたちとの種族の垣根を越えて強くなることへの執着ぶりをポケモントレーナーとなったことで、更に開花させたレッドの才能は「戦う者」だ。喧嘩、演武、乱闘。ともかく、ありとあらゆる武においてレッドは最強の座に君臨することの出来る可能性を秘めたる存在であるというものである。

 その才能が影響してか、レッドは他者を傷つけないようにするために「他人との距離をとる」方法を選ぶ。わずか一桁の齢で、その選択肢しか選び取れなかったのは彼の母親の入院事件と関係があったのだろう。最初に傷つけてしまったのが、己の異常性に気づきながらも普通に接してくれた母親であったことや変わらぬ愛情を注ぎ続けてくれる姿勢に、きっと彼は耐え切れなかったのだ。

 

 同じようにグリーンはオーキド博士の孫という役を与えられて持ち得る知識の限りをエンターテインメントのように披露することを強要され続け、その頭脳に宿した知識量が異常であることが分かると、外の人々は簡単にグリーンのことを「化け物」と呼び、恐れを為した。上っ面を取り繕って、ただただ賢いだけの少年を、人間たちの社会から疎外しようとしたのだ。

 当然ながら人間不信を拗らせたグリーンは、それでも祖父の仕事には尊敬の念を抱くから図書館や研究所に引き篭もっては外界との関わりを断ってきた。学校へ足を通わせようとも、彼が本当の意味で交流をとった人間はおらず、少しずつ子どもの純粋な部分は黒く歪み始める。悪戯小僧と化したグリーンは生来の賢さを惜しげもなく駆使し、人の嫌がると言うか、弱点を的確に突き始めた。グリーンが嫌がっても今まで誰も何も聞いてくれやしなかったから、幼いながらに味方が居ないのであれば敵を排除するしかないと思ったのだ。

 

 そして、ブルーは人よりも慎重で臆病な性格の壁を利用されて女の子たちの標的となった。彼女たちは口を揃えて「誰でも良かった」なぞと宣ったが、その根性も理論も、欠片ほども理解が出来ない。出来るはずも、なかった。縮こまるばかりの彼女へよく声をかけたのは単なる気まぐれなんかではなく、「同じ人の輪」の中にありながら「何処か違う雰囲気」があると察したからである。

 そう言った子どもたちは総じて話しやすかった。―――そう、多くの大人たちへ不安を抱かせるグライス・エトワールへ与えられたリハビリテーションの一環とも言える。単純に、与えられた命令を遂行する人形のように、自分の為だったのだ。

 ある日、ブルーにはその旨を伝えたことがある。

 それでも救われたことに変わりがなく、側に在ろうとしたグライス・エトワールの心も真実だった。過去の己を、人形のような存在だったと自負する心を隠したが、彼女は聡い。きっと、グライスの本音も見破って、未だ殻へ引き篭もる深層心理をそうっとしておいてくれている。

 

 異なる境遇ではあったけれど、同じ人物に救われた仲間であり、心の底からの友であり、対等のライバルとなれたのは、グライス・エトワールのおかげだ。だからこそ、兄貴分と慕うのだけれども本人たるグライスはそれらの好意を受け取る立場に非ずと己を律する。転生者であることも踏まえて、自分の存在がなくても彼ら彼女らは前に進めた未来があることを知る者だからだ。

 それでもまァ、だからこそ。

 

 

―――『特技:甘やかす! なんで!』

 

 

 グライスは「普通の少年」を演じた。きらきらと輝く白銀のどや顔を披露してみせたのだ。かつての己の人格が、ネガティブまっしぐらに突き進むグライス・エトワール少年の心をじんわりと溶かした。ポジティブシンキングというか、ひたすら前向きであることが、かつての己の長所であったことを此れほど有り難く感じたことはない。

 まさしくお兄ちゃん気質を持ったやんちゃなガーディの顔を、オーキド博士たちが望む無垢な少年の記憶を掘り起こすことが出来たのだ。微睡みに揺蕩うような少年の心を揺さぶり起こし、転生者の顔を強く強く招き入れた。そのおかげで、ただの少年だった心は砕けて生まれ変わり、今のグライス・エトワールが完成したとも言えるだろう。

 あっけらかんとした様子は、何も考えていない証拠だ。本能のままに生き、理性を投げ捨てでも己に素直に生きる。計算しての行動ではないことは明らかだったので、子どもたちも心を開くのは早かった。たった一つのつながりから、輪を広げていくことが出来て今があると言おう。

 

 

「……にしても、流石はレッドだったな。攻撃をさせたら絶品じゃねぇっすか。」

 

 

 昔を思えばかなり成長したもんだ。

 自他共に成長ぶりを認めながらグライスはジム戦の感想を言った。

 

 グライスのジム戦は本人が言うほど危なげなくなく、むしろその逆で精密に計算された戦い方だった。というのが、多くのトレーナーたちの見解である。しかし、本人が訂正するように「遊びのようなものだ」とは、言われてみれば納得出来る節はとても多く、確かにそうだと思った。

 そのバトルスタイルは、とりわけレッドたちの知る彼のバトルスタイル。何度も繰り返したシミュレーションゲーム越しに、故郷でよく遊んだもの。そうして、遊びの中で培ってきたものを、そのまま活かしながら、大人と子どもの構図を作り上げたのである。

 

 レッドが4体で戦ったところを、マッスグマ1体で切り抜けたのであればもう立派なものだろう。なにせ、ポケモンの交代すらさせなかったのだ。

 その腕前から「もうバトルに慣れたのだろう」とジム戦が終わってから再戦があるのだと信じて疑わなかったレッドに、雰囲気から何を望まれるのか感じ取ったグライスは「お前らとはもうちょっとあと」と笑った。ぐぬぬと唇を結んだレッドをなだめるように肩を抱き寄せて、よしよしぽんぽんとする。ほ、ほだ、絆されてなるものか! と抵抗するレッドだったが、ポン3回目にはもう抵抗がなくなって、もっと撫でれ、撫でれと頭を押し付けられたことにはニッコリ笑顔しかなかった。

 

 ちら、とレッドは帽子のつば越しにグライスの横顔を覗き見る。褐色肌が視界の合間に微笑みをかたどるから、帽子のつばをぐっと引き下ろしてその手を甘受した。

 オツキミ山でのキャンプに賛同したものの、心配性なグライスは予定をよく変更することがある。それは、天候のくずれ具合や同行者たちの体調だったり、荷物や食糧の具合だったり、そう言ったものに気をかけながら進もうとするからだ。どうしてだか冒険慣れしているとも言える姿勢には幼馴染たちもついていく。

 タウンマップを開き、道順を確認する。ニビシティのジムリーダー・タケシの言葉を頼って、進むべき方向からその先を見据えて考えるのだ。

 

 ぼそぼそと小声でつぶやかれる独り言は、頭の中を整理するための行動だった。

 本人からそう聞かされてからは不思議に思うことはない。グライスの言葉は大抵正しいから、幼馴染たちは次第に自分たちで準備したもの以外では、彼の言葉の中で自分が大事だと思ったものを用意すればよいのだと思うようになっていた。

 たとえば、手持ちに技マシン・フラッシュがなかった場合の想定。もしも、手持ちのポケモンたちの誰かにフラシュを覚えさせることが出来なかった・覚えられなかった等の状況下にある場合には、懐中電灯や電池などを購入する必要がある。また、フラッシュを覚えたとして、ポケモンたちへの負担を軽減するためにも、電気タイプの電気エンジンのような食事や休息場のような役割を果たす道具の準備が必要であるだとか。故に、此れは普段のそれの延長線上のものだ。

 グライスは必要な荷物やおそらく途中で立ち寄るであろう場所への対策として、自分のポケモンたちの状態を確認してからレッドへ懐中電灯や技マシン「フラッシュ」の有無を問うた。「それなら」と先ほどのおつかいで顔を合わせたオーキド博士の助手から受け取った技マシンを見せると、ピカチュウに覚えさせるように、と提案する。

 

 疑うべくもなかろうが、しかし、疑問はある。

 どうして? と首を傾げれば、グライスは同じように首を傾げながら己の考えを答えた。

 

 

「ん? オツキミ山の中では光が差し込まない場所もあるんだ。その場合、人工的な灯かりよりも、ポケモンの技の方がそこで暮らしてるポケモンたちを驚かせずに済むからな。」

 

 

 にぱっと笑ってタウンマップを数度指で叩く。

 タケシの言うようにまずはオツキミ山を目指すつもりでの道順を組み立て終わったようだ。理由が理由なだけに野生のポケモンたちが生息する通路を通り抜ける予定なのだろう。それならば、とレッドは迷わずリュックから技マシン・フラッシュを取り出して、おもむろにピカチュウの頬へと押し付ける。ぶにゅうっと赤くて丸いほっぺたが技マシンに押し潰されるのに、ピカチュウは吃驚した表情で尻尾を逆立てた。

 

 

「ぴかっちゅっ!?」

 

 

 技マシンの使い方が分からずピカチュウの赤いほっぺたに押し付けたレッドの格闘は子どもの行動そのものでほわっと和んだ。しかし、ぶにぶにと柔く押し込められるディスクの感覚に膝の上で抱っこされていたポケモンは鳴く。嫌がるピカチュウの頬から電撃が弾けるものだから、同じことをされたらどうなるかを考えて、慌ててそんなことをしたら痛いだろ、と止めた。

 オーキド博士から教わった図鑑のディスク差し込み口を示し、そちらへとディスクを入れてみるとポケモンにしか聞こえない周波数の音が発せられると説明文があらわれる。ピカチュウがどこかぼんやりした様子で耳をピンと立てる仕草に、確かにそのようだと少年たちは顔を見合わせた。

 しばらくすると、ピカチュウが動き回るようになったのでレッドは図鑑からディスクを抜き取ってカバンの中へしまった。図鑑は新しく覚えた技をお知らせすべく、ピコンと高めの音を鳴っている。

 

 

「え、今ので覚えたん?」

 

 

 ポケモン図鑑には新しく覚えた技としてアップロードされたようだが、覚えたかどうかなんて分からなかったのでレッドも首を傾げた。そんな二人の様子に、ピカチュウだけは元気に手をあげて尻尾をブンブン振って主張をしている。

 

 

(……まァ当の本ポケがそう言うのだから、信じるか。)

 

 

 レッドのピカチュウの言動は、信ずるに値するものだ。

 

 オツキミ山などの自然洞窟以外では、道路と言うだけあって人の手が加わった自然なので、そこらへんでは懐中電灯を使った方がいいだろうし、どの道、補充はするつもりではあった。しかし、フラッシュを覚えてくれているポケモンを連れ歩くだけで、そう言ったものの補充の数がやや少なめで済むのは有り難いのである。そうしてグライスは登山中の6つの危険をレッドに確認しながら山登りの準備を進めた。


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