全になるエンタングル   作:飯妃旅立

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5.Entangleanedge

 

 

 

「まぁ、殺すのはよしとけよ。俺と違ってソイツぁ臆病が過ぎる。栄誉ある殉職なんざ、誰も信じねえぞ」

「……誰かな、君は。エルフの子供? おかしいな、逃げだしたのかな?」

「あぁ、今、逃がしてきた。総勢百余名……この建モンにいたのはそれで全員だと思うんだがな、合ってるかい?」

 

 ピタリ。佐島老人の動きが止まる。

 車椅子に座る彼の背後。いつからいたのか、蒸気暖房の筒へ寄りかかるようにして、少女がいた。少女だ。童女とも幼女とも言い表せるくらいの少女が、不敵な笑みを浮かべている。

 挑発的な笑みから放たれた言葉は到底容認できるものではなく、佐島老人は少しだけ目を閉じ、溜息を吐いた。

 

「ふむ。……なんてことをしてくれたんだ、と言っておくよ。確かに、逃げている。ボクの感知範囲内にいない……これは、一大事だ」

「おうさ。そんでもって、そこに転がってるソイツ。もういないぜ」

 

 靄のように掻き消える竜司の身体が水蒸気となって部屋に散っていく。

 そんなわけがない、と佐島老人は思う。何故なら、今の今まで会話が出来ていた。背後にいるのがエルフである時点でなんらかの異能を扱えるのだろう。推測するに分身や造形、そして幻術の類。

 だが、ああも受け答えが出来て、明確な人格を感じ取り得る幻術など。そんなの、あまりにも強力すぎる。

 

「……あぁ、君は、ハイエルフなんだね。いた、いたよ。過去にも一人だけ。マナを操るに飽き足らず、マナの生成までやってのけるエルフの純血種。人間の血が混じっていないというのは、そんなにも隔絶した能力を齎してくれるのかい?」

「さぁ、どうだろうな。なぁ迎博士。アンタのが、エルフについては詳しいだろう。夥しい数を殺して、人間との違いを探して、エルフにならんとしたアンタのが」

「先ほどの立原竜司クンの言葉は、そのまま君の言葉だと思っていいのかな」

「まさか。ついさっきまではアイツの言葉だよ。俺ならアンタに、自首しろ、なんて言わないさ」

 

 背後を向いたまま、佐島老人は少女と問答をする。

 その表情に先ほどまでの余裕はない。ただ、疑問と──狡猾な光が。

 

「では問おう。ボクがどうして迎博士足り得るのか。処刑されたはずの迎満三は、どのようにしてボクとなったのか」

「そりゃ俺がミネイになった理由と同一だ。異能だよ。魂を、次なる肉体へ移し替える異能。自らが生成したマナであればあらゆる異能に届き得る自在さを魅せるハイエルフの異能。再度言おう。アンタのが詳しいだろう、迎博士。エルフについても、ハイエルフについても」

「それでは再度問うよ。誰かな、君は。エルフの少女、ミネイではなく──誰だ、君は」

「峰威鉄」

 

 うん、と。佐島老人は頷く。

 だと思ったよ。そう呟いて、車椅子ごと振り返った。

 

「では、三度目の問いだ。君はここに何をしに来たのかな。己を殺したボクに対し、何をしに来たのか、教えてくれるかい?」

「アンタを殺しに来たんだ。嬉しいだろう、復讐だ」

 

 佐島老人の手にあるものは、拳銃。

 ミネイの手にあるものも同じだった。

 

「あの時と同じ方法で、殺してやる」

 

 

 

 

 さて──ようやく、そもそもの話をしよう。

 

 迎満三。峰威鉄。

 この二人が出会った事件について。

 

 かつて、峰威鉄は現在の立原竜司と同じく異能犯罪を追う刑事であった。異能を扱うエルフの犯罪者たち。それらを追っている内に、犯罪者の家族らから失踪者が出る、という事件に行き当たる。

 片親を失い、子を置いて働かざるを得なくなった家族から、子供が消える──。

 当然警察が動く事態になる。異能捜査課が出来る事の方が少ない。失踪事件、あるいは誘拐事件として調べ尽くされていく。

 けれど、結果は得られなかった。

 忽然と、この鋼鉄と蒸気の都市からその姿を消してしまっている。その間も増えていく失踪者に、異能が絡んでいる可能性を考え、異能捜査課に声がかかった。その時点で失踪者は30人。あまりにも、ようやく、である。

 

 さて、この奇怪な事件に、けれど峰威鉄の鼻はすぐにその芳香を捉える事となる。

 

 それは何か、大規模な異能の行使の気配。異能捜査課に配属される者は、決まってそういうものに鼻が利く。自身は扱えずとも、どこかおかしいと気が付ける。

 その奇妙さが、その建物にはあった。

 見た目はただの小ビル。けれど、一度足を踏み入れたのなら、そこは異界に等しい気配に満ち、どこぞから子供のすすり泣く声の聞こえる"施設"に一変した。

 一体幾つの異能がこの施設を隠すために使われているのか、定かではない。一体幾人のエルフがこの施設の維持のために使われているのか、定かではない。

 ただ、確かなのは。

 ここがこそ、巨悪の住まう居城であるのだという事だろう。

 

 威鉄とて、単身攻め入るのは危険と断ず事が出来ていた。ベテランだ。一歩引く、という選択を取り得る刑事である。

 しかし、出来なかった。

 振り返れど、そこに扉は無く。周囲の景色までもがぐにゃりと曲がり、靄のように消えて行く。

 幻術だ。けれど、幾層にも重なったそれは、あまりにも強力で。

 まるで導かれるようにして、威鉄は歩を進めるしか出来なかった。それしか道が残されていなかったのである。

 

 その最奥にて辿り着くは、幾人かのエルフと、幾人かの人間を従えた佐島老人。

 ああ、けれど、佐島老人に名を問うた威鉄に、破顔して答えた名は「迎満三」であった。

 驚く威鉄に、何の躊躇も、何の問答も無く、拳銃を向ける佐島老人。パーカッション式リボルバー。その引き金は、双方が何を言う前に引かれた。

 弾丸は正確に威鉄の胸を貫く。同時、威鉄より放たれた弾丸が、佐島老人の腰を貫く。"そうなるだろう"と踏んでいた直感は、良くも悪くも当たってしまった。

 どちらが致命傷であるかなど一目瞭然だろう。零れ落ちる命の赤に倒れ伏す威鉄を前に、佐島は余裕を崩して追い打ちをかける。威鉄の身体を踏みにじり、何度も何度も銃弾を入れた。その間、自身が何者であるかを高らかに語り、そしてその計画を、自慢でもするかのように話すのだ。

 今は次なる肉体を探している段階だ、と。

 

 次第に冷たくなっていく威鉄の身体。

 それを前に、佐島老人はある命令をエルフ達に下す。

 

 ──"治療してあげるんだ。生き返らない程度にね。"

 

 ……威鉄の身体から死因が発見できなかったのは、ただこれだけの理由である。

 彼の死因は異能ではない。胸や腹などを貫かれ、全身を打撲し、心臓と脳が活動を停止した事。それが死因。けれど死体となった彼を、エルフ達が異能によって治療した。

 元通りの身体となった威鉄の死体は、その施設と全く関係の無い所に放り出される事となる。隠蔽のされていない彼の死体はすぐに見つかり、その死は異能……エルフの手によるものとされた。

 

 たったこれだけの事実は、けれど語られる事のない真実。

 

 でも、あるいは。

 全てを知っていて、全てを見ていて、たった一つの希望を、もっとも的確なタイミングで放った者がいたとしたのなら──それは。

 

 

 

 

 発砲は同時だった。老人とも、幼子とも見えぬ素早い動きの鏡合わせは、僅かばかりに老人が勝る。あらかじめ老人が握っていたのか、幼子が重さに負けたのか。あるいは、人を殺す、という点における躊躇の有無か。

 弾丸が正鵠無比に幼女の薄い胸を貫く。ミネイより放たれた弾丸を軽々と避けた佐島老人は、それに飽き足らず、幼子の周囲の空間に向けて銃を連射する。当然背後の壁や蒸気配管に弾痕が開いていくが、佐島老人に気にした素振りは見受けられない。修理にかかる資金も、あるいはこの建物自体も、佐島老人にとっては然して意味のあるものではないのだろう。

 

 対し、ミネイ。

 佐島老人の放つ弾丸、これまでに無数と放たれたそれに、すべて当たり、すべてが靄となって消えて行く。幻術だ。同じくエルフの血液のあるらしき佐島老人に対しても、絶対の優位性を以て展開された幻術が彼を欺く。

 穴の開いた壁や配管から噴き出してくる蒸気が更に佐島老人の視界を奪い、ミネイの姿を覆い隠す。しかし、どうしてだろう。初めの発砲以外、ミネイから佐島老人へ弾丸が放たれる事は無い。ミネイは飛来するそれを躱すばかりで、反撃をしない。

 違和を覚えたのは佐島老人だ。けれど佐島老人はそれを無視した。

 無視して、ある命令を下す。

 

「殺せ」

 

 ただ一言。

 それだけで──部屋が、爆炎に飲み込まれた。

 

 異能だ。異能の炎だ。

 佐島老人だけを避ける異能の炎が、部屋全体を灼いていく。美麗な絵画も、重厚な調度品も、部屋に張り巡らされた配管の全ても。

 当然大規模な誘爆と衝撃が部屋全体を襲う。襲う、が……無傷。それもまた異能による防護だ。佐島老人の使うモノではなく、彼に付き従う、彼に付き従わせられているエルフ達によるもの。逃がされ、しかし逃げなかったエルフによる、人間では到底成し得ない埒外の事象が、たった一人の幼子を殺すためだけに使用される。

 

 あぁ、けれど。

 けれど、そんな爆炎の中に──佐島老人は見た事だろう。

 ゆっくり、歩き、近づいてくる童女の姿を。

 

「やれやれ……流石はハイエルフだ。ここまでの事をして、死なないか。ふふ、今この一瞬で、一体どれほどの損失が起こったと思っているんだい?」

「知らねえなぁ。アンタの持ち物なんだ、価値はゼロになるんじゃあねぇのかい?」

「なるほど、確かに大犯罪者の所有物は曰くの方が付きそうだ」

「自分で"大"なんて付けちゃぁ世話ねぇな」

 

 拳銃が構えられる。あの時と同じ。先ほどと同じ。

 けれど一つだけ、違う所があった。

 

「……煙草?」

「おうさ。ちょいと若僧刑事からくすねてな。流石にこの姿じゃあサマにはならんが」

「ふむ、今更な上、どの口が、とは言われると思うけれどね。身体に悪いよ、煙草は」

「違いねえや」

 

 だから、と。

 ミネイは、いつの間にか咥えていた煙草を、ポロっと落とす。

 それはクルクルと回転し、床に落ちた。それだけ。床に焦げ目がつくことさえない。当然だ、今も尚爆炎の燃え盛る室内において、火のついた煙草にどれほどの意味があろうか。

 

「もしかして、燃やすつもりだったのかい?」

「ああそうさ。盛大にな」

「それは残念だったね。この爆炎は幻術でもなんでもない、本物の炎だ。防護の術がかかっていなければ、この部屋もボクらも吹き飛んでしまう程の火力。知っているかい? マナの混じっていない蒸気の力なんか、素のままの火薬や爆薬に十歩も百歩も劣るという事を。熱を出すための石炭も、液体燃料も、蒸気のためなんかに使うよりよっぽど良い使い方があるって事を。ふふ、君らはボクを迎博士と言うけれどね、今現在ボクがそう名乗らないのは、アレがボクにとっての汚点であるからだ。蒸気的特異点(SteamSingularity)。マナ粒子なんてものを発見してしまったせいで、科学の発展は何百年も遅れたんだよ。本当はもっと、効率的で、安全で、何よりも自由な技術が存在する。君程度が知っているような火薬の威力なんて目じゃないんだ。だから──」

 

 饒舌に語って、いつかいた教え子に説くように酔って、けれど、ふと気が付いた。

 佐島老人は、ミネイの足元に目を向ける。そこには"靄"があった。

 

「……靄?」

「あぁ、もうすぐそこまで来ている。よぉく見えているようで何よりだ」

 

 靄、否、蒸気だ。部屋中を踊り狂う爆炎を全く意に介さずに、床へ満ちていく。

 その白煙はミネイの足元を浸し、尚も増え続ける。

 

「まさか、()()()()()()()()!?」

「そりゃあ簡単だ。ここは最下層さ。この都市の最下層。この、巨大で、膨大な蒸気機関であるこの都市の、一番下の、根底の、最も大事で、最も危ない部分」

 

 ボイラー、さ。

 

 

/

 

 

 この都市は巨大な蒸気機関だ。

 根底部、根幹部にある燃料庫とその直上にある超巨大ボイラー。それを取り囲うようにして人々が住み着き、それぞれの機構の隙間を縫うようにして道や家々が立ち並ぶ。都市を配管が通っているのではなく、配管に都市がくっついている。それが鋼鉄と蒸気の都市の正体だ。

 人々は避暑を求めて高さを選んだが、この構造であるが故に蒸気から逃げ得る事は無い。どこへ行っても、どこまで逃げても、必ず傍に蒸気がある。配管がある。それは効率ゆえに、それは限界故に。

 

 この都市は巨大な蒸気機関なのだ。

 巨大な、一つの、蒸気機関と見做し得るのだ。複合ではなく、一つと。

 

「……いったいどんだけ死ぬのか。いったいどんだけ路頭に迷うのか。……いったいどんだけ、持ってた幸せを手放さなけりゃならんのか。想像だにしないが……」

 

 燃えていく。煙草一本だ。火のついた煙草一本が、火気厳禁であるここに落とされた。

 濡れていく。水の広がる速度は高い。水の出所は巨大な鉄壁。この都市がここにあるべきための巨大ボイラー。その壁に、小さな穴があけられている。

 満ちていく。蒸気だ。ミネイの小さな掌に、マナ粒子の含まれた蒸気がぐるぐると集まっていく。その小さな手を灼き、制御を外れた蒸気が周囲に満ちる。

 なれば、その、元々蒸気のあった場所。

 ボイラーの中からは、蒸気が急激に減っていく。急激に、急激に減って──水位が低下していく。

 

「そういうワケだ。エルフの異能だってな、部屋丸々潰されて平気、ってワケにゃいかねえさ。そんなの使われてみろ、捕まえられないだろうよ。初めからそこにいなかったってだけさ」

 ──"正気か、君は。お前は。この都市が全て吹き飛ぶぞ"

「あぁ、そのためのエルフ達だ。ある程度は奴らが守ろうさ。それが大災害に対する英雄的行動になるかどうかまでは知らないがね」

 ──"警察が、民を傷つける事を良しとするのかい"

「俺ぁ辞めたんだよ、刑事。なんせ殺されちまった。殉職って奴さ。そんで、起きてみりゃあエルフのチビと来た。恨みは溜まってるぜ、アンタにも、人間にも。復讐って奴さ、さっき言ったろ?」

 ──"ボクが言えた義理じゃないけど、言っておこう。この狂人め"

「死人だ、そりゃ狂いもする」

 

 めらめらと、なんて遅さではない。

 じわじわと、なんて億劫さもない。

 

 一瞬だった。

 ミネイが何を思うとか、走馬灯がどうとか、そういう事の一切合切を脳裏に浮かべる暇なく、それは起きる。

 

 爆発だ。爆発だ。爆発だ。

 そう、ボイラー爆発──。

 

 

/

 

 

 被害は甚大だった。

 異能犯罪者たるエルフ達の異能とて、決して万能ではない。むしろ程遠く、合図はされていたとはいえ、これほど巨大な爆発を受け止めるには無理があった。

 死傷者多数。突然の事態に一切の理解の追いつかぬ人間たちが、多く、多く傷付いた。傷付き、死んだ。それを少ないと表す事が出来たのは、万能に程遠きエルフ達の尽力故ではあるのだろう。

 

 エルフ達の英雄的行動は確と人間達の目に映った。けれど、返ってきた反応は恐怖と嫌悪。彼らが犯罪者としてのレッテルを剥がされるには、あまりに時が経っていない。たった数年前なのだ、彼らがテロリストであったのは。

 誰かが歩み寄る、などという感動的な譲歩は起こり得ない。誰もが自分の事に必死で、誰もが隣人の事に必死だ。

 

 そんな、淀み、血臭漂う地上に降り立つは、車椅子に乗った一人の老人。

 佐島老人、その人だ。

 彼は言う。"この爆発はエルフの仕業で"、"そこにいるエルフ達も、仲間である"と。

 

 今まで自身の事にのみ注力していた人間達が一斉にエルフらを睨む。その現象に、エルフらは理解しただろう。この佐島老人もまたエルフであり、同時に、エルフにとっての仇敵……迎満三であるのだと。

 けれどもう、どうしようもなかった。

 もとより立場の弱いエルフが人間を説得できるわけもない。何より彼の老人の()()()()は強力で、物理的事象に長けた異能を多く有すテロリストたちには何も術が残されていなかった。

 

 逃げる。

 逃げ場などないと分かっているが、逃げる。逃走だ。エルフ達が取った選択は、結局、この都市からの逃亡であった。

 ミネイの言葉など何の意味もなく、ミネイの行動など何の意味もなく、ミネイの齎した被害だけが、全てを抉った。

 

 彼女は、大量殺人犯として名を歴史に残す事となったのだ。

 

 

/

 

 

 ──"……月並み以下な幻術だね。酷く稚拙だ。立原竜司クンや確保していたエルフらを逃がした君が行う所業にしてはあまりにも杜撰な展開と評価せざるを得ないよ"

「そうかい? これでも一晩考えた茶番なんだがね」

 ──"なら、脚本家になる夢は諦めたほうがいい。これに満足する客はいないよ"

「でもまぁ、十分な成果は上げたさ」

 ──"何?"

 

 ボイラー室に火をつけた煙草を落としたのも、ボイラーに穴を開けたのも、その中の蒸気が抜けだし、水位が低下したのも、すべて幻術だ。

 けれど今、ミネイがボイラー室にいる事は幻術ではないし──。

 

「見えるかぃ、これは。幻術通しても見えるかどうかはわからねぇが」

 ──"それは、なんだ"

「お、良かった良かった。見えてるか」

 

 ミネイの小さな小さな手。その、先ほどまでは蒸気の渦巻いていた所に、それはあった。

 

 紺碧に揺る水晶。林檎二つ分くらいの大きさの水晶が、くるくると童女の手に浮いている。

 それは未だ、少しずつ大きく成り続けているようで。

 

 ──"マナ粒子……? いや、しかし"

「流石だ迎博士。そう、これはマナ粒子さ。人間の身体より発され、エルフが異能を扱うにあたって使用するマナ粒子。それを極一点に集めた結晶体。なぁよ、このマナ粒子、いったいどこから集まってきたと思う?」

 ──"都市全体、か"

「そうさ。アンタがコレを発見する以前の蒸気技術は、不安定さの塊。出力もそこそこな未成熟の技術だった。マナ粒子あってこそこの鋼鉄と蒸気の都市は機能するが、これが無ければ動かなくなるモンが一体いくつあることか」

 ──"先ほども言ったけどね。ボクはマナ粒子の発見を、自身の最大の汚点だと考えている。……君が今しようとしている事を当ててみせよう"

「ああ」

 ──"この都市からマナ粒子を完全に排除し、都市機能を殺す"

「それだけじゃない」

 ──"……マナ粒子は人間から発せられる。人間がいる限りマナ粒子が消えることは無い。まさか、人間を全て殺すつもりかい?"

「それこそまさかだ。それをするくらいなら、さっきのを幻術じゃなく本気でやってるよ」

 

 回転し、膨張する水晶は光を帯び始める。淡い、波打つような光だ。それはあるいは、生き物の脈動のようにさえ見える。

 鼓動を一つ経るたび、大きくなって。鼓動を一つ経るたび、光も強くなる。

 

 ──"なれば、エルフから、異能を奪うか"

「正解」

 ──"……ハイエルフ。確かにその名の通りであれば、エルフらを統治するのも頷ける。けれどそんなことが、本当に可能なのか?"

「さぁな。俺も教えられた身だ、真実は定かじゃねえさ。だがよ、あのテロリスト共は自業自得として、人間がエルフを迫害する歴史……そして、アンタみてぇなのがエルフを有用と思うのは、思ってしまうのは、確実に異能を帯びる血のせいだ。んじゃ、それを無くすのが手っ取り早いだろ」

 ──"能力が同じになれば、迫害は消えると?"

「迫害は知らねえが、異能に目が眩む奴は居なくなるだろ。異能がなくなんだからよ」

 ──"どうだろうね。見た目の違いというのは、埋められぬ穴だよ"

「そこまで世話するつもりはねぇや。でもま、これでお前も死ぬだろう?」

 

 佐島の額には大きな脂汗。緊張だとか、図星を突かれて、ではない。

 単純明快。

 

 ──"なんだ、知っていたのかい? これは参ったね、それを知った上で、か"

「教えてくれたよ。アンタの傍にいる奴が。アンタの身体が死病に冒されてて、だから次なる身体を探してて、今は異能による延命治療でなんとか保ってる、ってな」

 ──"彼女か"

 

 水晶が一際大きく脈動する。

 その大きさはミネイの顔くらいにはなっていて、放つ光もあまりに眩い。

 

 ──"先ほどの幻術にあった異能犯罪者たちを都市の防護に当たらせたのは、空気中のマナ粒子までもを集めやすくするためか"

「おうさ。流石に蒸気機関に繋がってねぇマナ粒子まで拾うのは無理だからな。出来るならこんな大層な事せずにとっととやってる。あいつらがボイラーの爆発の幻術と共に防護術……つまり、繋がった膜状の異能を使ってくれんだ、集めるにゃもってこいだろう」

 ──"異能を扱うのは、異能犯罪者たちだけでは、ないだろう?"

「ああ、だからちゃんと奪ってきた。あらかじめな。街に隠れてた奴らからも──子供たちからも」

 ──"なるほど……わざわざ街で、使う必要のない規模の幻術を使っていたのは、そういう事か"

「最初からンなこと考えてたわけじゃねえけどな。ま、お前の疑問に答えてやるつもりはねぇさ」

 ──"……そろそろ、話すのも、キツくなってきたよ。君、人を殺した経験は?"

「アンタが初めてさ。俺を殺したんだ、その借りを返すだけだがね」

 ──"そうか。なんとも、不本意な、幕引きだけど"

「とっとと死んでくれ、迎満三。感慨も影響も心残りさえ明かせずに、無念のまま」

 ──"ああ……──"

 

 幻像が乱れる。音声もだ。双方を繋いでいたミネイの幻術。それが消費していたマナ粒子までもが、この水晶へ吸収された証。

 

 水晶は更に成長を続ける──。

 

 

 

 

 

 

 

「……君だね。彼に、僕の事を教えたのは」

「はい」

 

 ミネイの幻像が途切れた、佐島老人の部屋。

 車椅子に座り、けれど力なく身体を崩したその身に、近づく影があった。

 毛先の赤い、エルフの女性。紺碧に揺る瞳が静かに佐島老人を見つめる。

 

「娘です」

「……そうかい。成程、確かに……ボクが見つけた、ハイエルフは、君しかいなかった。正確には、君の、お母さんになるのかな。君もまた、ボクと同じように……我が子へと転生した、のだから」

「彼の身体を、治した時に」

「唯一の隙は、そこか……。まったく参ったね、余計な事を、したか」

「延命も、転生も、消えます」

「ハイエルフとて、耐えられないかい。君の子の行うアレには」

「全てを託しました」

「成程……それは、無理そうだ。ボクが見つけた、ボクの見つけた、最も美しく、最も強い力を持つエルフ……その全てを、持っていかれているのなら、あぁ、無理だね。ボクにも……わかるよ」

 

 佐島老人の、その洞のような瞳が閉じられていく。

 女性は、そんな佐島老人へ──ソレを向けた。

 

「復讐、かい」

「子に業は継がせません」

「彼は背負うよ」

「魂は存在します」

「自責と事実は、別だって? それは、なんとも、酷い話だね……」

「さようなら」

「あぁ……おやすみ」

 

 渇いた音が響く。

 誰もいない部屋に、老人が一人──倒れた。

 

 もう、ここには何もない。

 ただそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 さて──ミネイ。

 最下層、ボイラー室にその姿はない。燃料庫にも、そこへ続く廊下や階段にも、その姿は見当たらない。

 

 突然マナ粒子が消え、今まで動いていた蒸気機械の類の一切が動かなくなった、あるいは出力の低下した混迷の都市。そのどこにも、やはり彼女の姿は見えない。佐島老人の住んでいたビルの階下に取り残された竜司のそばにも、突然独りにされ、突然変わってしまった全てに困惑するネコメのそばにも、いない。

 

 彼女は──。

 

「痛っ、アチチッ、ぅ、ふぅ、酸ってなこんなに熱いモンか……」

「直に、慣れます」

 

 結晶化した強酸降り注ぐ都市の外。

 荒れ果てた土地に、いた。

 

 その傍らに、毛先の赤い女性の影を携えて。

 

 

 

第一部 / 完


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