時を求めたら始まりの日でした   作:Syu21

9 / 14
基本思いついた事しか書けない見切り発車スタイルなので、投稿期間が空くという事は悲しいかなそういう事です(瀕死)
ゲーム二週目しながらやろうと思ってたのに、この小説のイレブン君が一向にデルカダールから出てくれないので進捗早めて頑張ります。



噛み合いの悪い心理戦

  

 そして話は前回の、ホメロスと会った冒頭に戻る。

 確かに未来を変えに来たけど、一体どうして次から次に、厄介な事が起きるのだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 話を戻して早速ですが、誰かここから助けて下さい。無事かと聞くから頷いたのに、返ってきたのが沈黙だなんて出会って早々なんたる地獄。割り込んでおいて酷すぎるだろう。

 

 肩も治すに治せないし、思考もとっくに限界だ。倒れていいならすぐ倒れるし、ハイになる日も多分近い。⋯⋯ってなんだこれ。

 僕は一体こんな所で何をしてるんだ?

 

「貴様、見ない顔だな」

「きさっ⋯⋯い、いやぁその⋯⋯」

 

 その上いきなり「貴様」呼ばわり。もうイヤだ、誰だこいつをこんなにしたのは。今時礼儀も知らないだなんてグレイグの業が深すぎる。

 その辺の魔物よりよっぽどモンスターしてるじゃないか。今まで隣で何見てたんだよ。

 

「つい数時間ほど前に、ここへ来たばかりでして⋯⋯」

 

 とはいえ黙秘も怪しまれるので、仕方なく当たり障りのない言葉を述べる。黙ったままに睨んでくるけど、応える元気は無いので無視だ。

 

 ちなみにそんなホメロスが一体どこから現れたのかというと、どうやら上層と中層を繋ぐ階段脇のスロープから、戦闘中だった僕達目掛けてそのまま強引に飛び降りて来たらしい。

 ここまでの言動といい発想といい、彼は限度というものを知らないんだろうか。

 

(本当に生きてるんだよな、あの人⋯⋯)

 

 密かに渋面を作りながら、改めて吹っ飛ばされた男の方を見やる。なんなら「死ね」とまで言われていたし、騎士らしからぬ暴言にはマスクの彼もさぞ驚いたに違いない。

 

 ホメロス曰く生かしてあるとの事だけど、よくもまぁあそこまで派手に蹴り飛ばしといて「殺してない」なんて言葉が言えたものだ。殺る気満々の間違いじゃないの?

 

(相変わらずだなホメロスも⋯⋯)

 

 大胆な行動に呆れつつ、けど何とか思考を切り替えて先の自分の発言を反芻する。

 

「知略のホメロス」とはよく言ったもので、彼の繰り出す様々な戦略にはこれまで何度も手を焼かされてきた。詰めが甘いのが玉に⋯⋯というかもはや瑕でしかないけれど、その執念深さは折り紙付きだ。

 尋問なんてさせたらまず面倒臭いに違いない。

 

「なるほど、旅の者か」

「そうです」

 

 疑われる事がないように、いかにも人当たりのよさそうな作り笑いで二つ目となる質問に答える。

 

「ここへは何をしに?」

「観光に来ました」

「観光?」

「はい。デルカダール城を一目見たくて」

 

 嘘を混ぜるのは骨が折れるけれど、理由が魔王討伐なだけに仕方がない。

 悟られてしまえばその時点で詰みだ。

 

 というかこれって僕からすると、ただ敵のレベルが盗賊から騎士(但し魔王側の可能性あり)にはね上がっただけなんじゃ⋯⋯?

 その辺のチンピラから急に魔王の片腕だなんて、いくらなんでもお腹いっぱいなんですけど。

 

「用件はそれだけか?」

「はい、それだけです」

「ここまでの移動手段は?」

「馬です。とても器量が良いんですよ」

「ほう? それは一度お目にかかりたいものだな」

「ええ、機会があれば是非」

 

 さて、ここまではどうにか対応出来ているものの、これ以上続くとさすがに不味い。

 何が不利って僕の名前だ。まさかホメロスに会うとは思っていなかったから他に偽名は一つもないし、かと言って用意するだけの時間を彼がくれるとも思えないし。

 

(ちょっと厳しいな⋯⋯)

 

 追い詰められていく感覚に、怪我も相まって冷や汗が流れる。

 最悪の場合は戦うけれど、余計な接触を避けるに越したことはない。ましてや剣をまみえて戦うなんて、それこそただの「繰り返し」だろう。

 

 それに過去に行く事を決意した時、僕はグレイグと約束をした。

 ──例えホメロスが魔王側でも、救える限りは救うって。

 確かに僕から言わせれば、ホメロスは殺したいほど憎い相手だ。これまでしてきた行いだって、そう許される事じゃないだろう。

 

 ⋯⋯けど、それでもやっぱりグレイグにとってホメロスという男は、例え自分を犠牲にしてでも救ってやりたい「唯一無二の盟友」らしい。

 散々悪事を働いたとはいえ、大事な仲間が命を懸けてまでも救いたいと思う人間だ。僕の復讐心なんかで斬る事は出来ないだろう。

 

 それが仮に、平和な未来への近道だとしても。

 

(これが正念場か⋯⋯)

 

 逃げたい衝動を抑えつつ、唯一冷静な頭で切り抜ける為の手段を探す。

「知ってる」僕が諦めた時、今度こそ本当にホメロスを救える人間はいなくなるだろう。見送ってくれたグレイグの為にも、そんな結末は避けなきゃならない。

 

「道中で対峙した魔物の種類は?」

「『いっかくうさぎ』や『おおきづち』、あとは『スライム』に『ズッキーニャ』です。その他にもまだ何匹かいましたけど、主に戦ったのはこの辺りでした」

「ふむ、なるほど」

 

 そんな決死の覚悟を決めている僕の裏腹で、いかにも興味の無さそうな反応を示してくるのがこの男。「煽りのプロフェッショナル」ことホメロスさんだ。

 すました顔がまぁなんとも憎たらしい。

 

「それなりに長旅だったと見受けるが、ここまでどの程度で来た?」

「そうですね⋯⋯大体三日という所です。あまり土地勘には強くなくて」

 

 現に今してるこの尋問だって、大した興味もないんだろう。回りくどさに嫌気がさして、肩がじくじくと痛むのを感じる。

 

 グレイグには悪いけど、やっぱり僕はホメロスが苦手だ。だって村は燃やすしカミュ怪我させるしグレイグ妬むしベロニカの幻覚見せてくるし。⋯⋯って鬼かこいつは。本当にろくな事をしないな。

 

「そうか、それはご苦労だったな」

「いえ⋯⋯お気遣いありがとうございます」

 

 ここまで素直に応じたものの、流石に我慢の限界だ。尋問の多さに痺れを切らし、不快感を見せつけるべく顔の中心に眉を寄せる。

 それから数秒睨んでみたものの、ホメロスが怯む様子は一切見受けられなかった。うーんしぶとい。

 

 むしろ企むような笑みすら向けられて、気味の悪さから反射的に半歩後ずさる。睨まれて笑うって何? もしかしてそういうタイプの人なの?

 

「して旅の者よ。貴様、先程城を見に来たと言っていたな」

「⋯⋯はい。そうですけど」

「もう既に見終えたのか?」

「いえ、これからですが⋯⋯」

 

 すると全く訳の分からない事に、ホメロスは今更になって最初の質問を繰り返してくる。

 

 とはいえ失言をしたつもりもないし、話の筋だってちゃんと通した。勇者と疑う原因なんて、どこにもなかった筈なのに。

 

(気付かれたか⋯⋯?)

 

 どこがボロだか分からないけど、ホメロスのあの表情を見るに何かあるのは間違いない。

 カミュを確実に助けるためにも、ここは死んでも隠し通さなければ。

 

 最悪を考え戦闘態勢に入っておくと、一体何を思っているのか、ホメロスから凄まじい言葉のカーブを投げつけられる。

 

「その割に、随分と回り道をしているようだな」

「⋯⋯は?」

 

 彼の放った発言は、今までで一番意味が分からなかった。

 ただ一つ確実に言える事があるとすれば、間違いなく、奴は今内心で僕を馬鹿にしているんだろう。

 

 それについては後でボコボコにするからまぁいいとして⋯⋯今この男なんて言った? あまりにも変化球すぎてちゃんと聞き取れなかったけれど、確か回り道がどうとか何とか⋯⋯。

 

「あの⋯⋯」

 

 話の流れで聞き返そうとすると、ただでさえ憎たらしい笑みを、今日一番とも言える程に深いものにするホメロス。

 まさかその気味の悪い笑顔に第二形態があるとは⋯⋯。

 

「こんな人のいない開けた道で満足に城にも向かえず、それどころか無力な兵士の助太刀とは。どうやら貴様、余程賊には向いていないらしい」

「え⋯⋯それ、って!」

 

 そして嘲笑うようにして放たれた言葉に、僕は数秒考えてから、ようやく自分が皮肉を言われている事に気が付いた。

 理解した途端瞬時に怒りが湧いてきて、片側の口角だけが自然と激しく吊り上がる。

 

 どうやら、僕は相当な思い違いをしていたらしい。

 

(やってくれたなこいつ⋯⋯!)

 

 入り組んだ現状を認識すると同時に、拳にまでも力が入る。最初からおかしいと思ったんだ。入ってくるタイミングといい、まどろっこしい質問といい。

 

 ──まるで何があったかを知ってる上で、僕という人間を試しているような。

 

(こいつっ⋯⋯初めから全部見てたな⋯⋯!?)

 

 え、もしそうなら本気でタチ悪くない? 

 しかも遠回しに「観光もままならない盗賊以下の無能」って僕を馬鹿にしてきてるよね? いやほんとどういう神経してるんですか? 

 あまりの意味不明さに笑ってしまうんですけど。寝不足も相まってむしろ楽しくなってきたんですけど。

 

 しかもこいつ絶対僕が勇者だって分かってないし。よかったーホメロスが生粋のアホで。

 いやまぁあれだけの会話で気付かれても怖いけど。

 

 それにしても⋯⋯えぇ? 仮にも僕助けた側だよね? なのになんなんだこのホメロスの図々しさは。

 じゃあまさか、さっきから何かと呼んでくる「貴様」っていうのも意図的って事? ⋯⋯いや怖! どんな思考回路してるんだよ!?

 

(なんて奴だ⋯⋯)

 

 しかも状況を知っていたって事は、これまでしてきた僕への質問も、せいぜい盗賊の仲間かどうかを確かめるための判断材料にしか過ぎなかったんだろうし。

 

 これじゃ何も知らずに嘘まで混ぜて粘った僕と、ただ引き合いに出された馬くんがあまりにも切なすぎるじゃないか。

 覚悟を決めた僕の身にもなってくれ。

 

「⋯⋯はは。本当、随分といい趣味してますね⋯⋯!」

 

 笑いつつ、怒りを含んで皮肉を返せば何ともないように鼻で笑われた。煽りのバーゲンセールとも取れる目の前の奴の反応に、更に強く拳を握る僕は悪くないだろう。

 一発ぶん殴るだけならきっとグレイグも許してくれるはずだ。

 

「ふん、何を言う。悪いのはこんな時間にこんな所で道草を食っていた貴様の方だろう?」

「へぇ⋯⋯?」

 

 それじゃ何か? まるで僕が好きこのんで、自分からこんな所に来て盗賊と夜な夜な殺り合っていたと? いやそんなわけあるか!

 人を変人殺戮者に仕立て上げるのもいい加減にしろ!

 

「別に迷ってた訳じゃないですけどね? 街を見ようと思って散歩してただけですし」

「ほう? それにしては随分と人騒がせな散歩だな? てっきり景色を見て歩くのが主だと思っていたが、まさか旅人界のそれが、道中賊とやり合う事だとは知らなんだ」

「あはは、ええまぁ、そんな所ですかね⋯⋯!」

 

 こいつっ⋯⋯! ふつふつと湧き上がる怒りの感情を抑え、どうにか無理やり笑顔を保つ。最も、笑顔の方向性は百八十度変わってしまったけれど。

 

 大体誰が好きでこんな面倒事に巻き込まれるっていうんだ。今すぐに寝たい衝動もあって、気を抜くと本当にぶん殴りかねない。

 いっそ不敬罪で奴を地下牢に幽閉するのはどうだろう。

 

(いや待て落ち着け、耐えれば帰れる⋯⋯!)

 

 今にも背中の剣に手を伸ばしたくなる衝動を押し止めながら、ひたすら脳内でそう自分に言い聞かせる。

 非常に腹は立つけれど、ここで乗ったらそれこそ負けだ。

 ようやくあと少しで終われるんだから、今はカミュと睡眠を最優先に考えないと。

 

「一応聞いておくが、貴様本当に、このドブネズミ共との面識はないのだろうな?」

「ドブ⋯⋯えぇ、無いです。断じて」

 

 なんだか少々気になるワードがあるけれど、そこに触れるのはこの際やめておこう。面倒な事この上ないし。

 

「そこの兵士は我がデルカダールに仕える者で間違いないが⋯⋯寝ているのは何故だ?」

「⋯⋯えっと」

 

 言いながら、僕の方を睨みつけてくるホメロス。その視線が辿る先は、もちろん爆睡している後ろの兵士だ。

 どうやらあの場を見てたと言っても、本当に僕と賊がやり合う直前からだったらしい。

 

 核心を突かれた事で多少の焦りはあるけれど、後ろでいびきまでかかれてしまっては弁明の余地もないだろう。⋯⋯仕方ないな。

 

「その、少し色々と足手まといでしたので。邪魔にならないよう、彼には申し訳ありませんが眠って頂きました」

 

 罪悪感こそあるけれど、まぁ邪魔だったのも真実だ。

 これなら一応辻褄も合うし、返答としては悪くないと思う。

 

「ほう? 我が国の兵士を足手まといとは、余程腕に自信があるらしいな?」

「別にそういうんじゃないですよ。現にこの通り手負いですし」

 

 それにあなたも見てたんでしょ? 半ば投げやりに言って斬られた肩を目で示せば、当然切れた傷口が視界に入る。

 この程度なら『ベホイミ』で十分完治するだろうけど、時間が経ってしまったので痕まで消えるかは分からない。

 だから早く治したかったというのにこの男ときたら。

 

「自ら下した相手を逆に利用されるというのも情けない話だな」

「⋯⋯ええはい、全くその通りです」

 

 なおも皮肉をこぼされて、怒る気力もなくなった事からその言葉だけを肯定する。噛み付いたって利益はないし、対応するだけエネルギーの無駄だ。

 

 ⋯⋯とはいえ、まぁホメロスの非難は最もだろう。外道な考えをする悪党には慣れていた筈なのに、それでも考えが甘かった。

 何ならホメロスが介入してきたのも、もしかしてそれが原因かもしれない。

 

「兵士の件で気を悪くしたのなら謝ります。すみませんでした」

 

 なんにせよ、部下の悪口を言った事は確かだ。また責められても面倒なので、先手を打つべく反省の意を込めて頭を下げる。

 けど不思議な事に、目の前の彼はさほど気にしてないらしい。

 

「構わん。むしろ弱者を弱者と言って何が悪い? 紛れもない事実だろう」

「えっ、あ、いやまぁ⋯⋯」

 

 だから、頼むからそういう返しに困るような事を言うのはやめてくれ⋯⋯! 

 早いとこ切り上げて終わらせたいだけなのに、これじゃまるで僕がお前に同意しているみたいじゃないか。

 

「それにそいつはグレイグの管轄している部下だからな。足手まといで当然だ」

「あー⋯⋯」

 

 なるほど、通りでホメロスの目付きがここ一番に悪い訳だ。とはいえ触れると絶対ろくな事にならないので、ここは「観光もままならない無知な旅人」の肩書きを存分に使わせて頂くとしよう。

 

 それにしてもグレイグ、君は一体いつからホメロスをこんなモンスターに仕立て上げていたんだ。鈍感もここまで来ると流石に罪だと思う⋯⋯まぁ僕も人の事言えないらしいけど。

 

(⋯⋯う、わ)

 

 なんて呑気に考えていた所で、突如足元がふらつき初めた。見えていた視界が徐々に色を失って暗くなり、次第に身体の自由が効かなくなる。

 

 過去に何度も経験したけど、ここまで酷いのも久しぶりだろう。出血のせいで血が足りていないらしい。

 

「っ⋯⋯」

 

 耐えられなくなり、思わずその場に片膝を着く。

 肝心のホメロスからは目を離してしまっているけど、見えた所で動けないようじゃ意味も無い。

 

 それでも何とか顔を上げようとするけど、気力は殆ど残っていなくて。

 

(限界か⋯⋯)

 

 ふらつく視界を右手で覆い、逡巡した後に回復呪文の使用を決める。出来れば手の内を見せずに終わらせたかったけれど、こうなった以上背に腹は変えられないだろう。

 治療中にホメロスが斬ってくる可能性もあるけれど、とはいえ構っていられるほどの余裕はなかった。

 

 意識を右手に集中させて、それを傷口に持っていく。

 

「――じっとしていろ」

「え⋯⋯?」

 

 ⋯⋯けれど、唱える筈だった回復呪文は、いつの間にか更に近くまで来ていたホメロスによって遮られてしまった。

 何をするんだと目だけで睨めば、すぐに癒しの力を肩に感じて。

 

 ──信じ難い事に、彼は僕に治療を施そうとしていた。

 

「『ベホイミ』」

「っ⋯⋯!」

 

 そしてホメロスが呪文を唱えると、次第に淡い緑の光が僕の左肩へとあてられる。

 その呪文は疲労を回復させる効果こそ無いものの、出血によって尽きかけていた、僕の体力を取り戻すのには十分すぎるくらいのもので。

 

「どうして⋯⋯」

 

 過去の彼からは考えられないような行動に、驚愕から目を見開いて理由を尋ねる。

 するとホメロスも聞かれるだろうと踏んでいたらしい。『ベホイミ』による集中を切らさないよう、目線だけをこちらに向けて横から短く返される。

 

「彼を助けて貰った借りを返しているまでだ」

 

 勘違いするなよとどこかで聞いたような言い回しまでされてしまい、想定外の事に僕は思わず黙り込んだ。

 

 ホメロスの行動ももちろん意外だけれど、それ以前に僕が見てきたかつての彼は、果たしてこんなにも人間らしかっただろうか。

 憎む感情や嫉妬心においては確かに誰よりもそうだったものの、どこかそれとはまた少し違う、言い様のない謎の違和感。

 

 少なくとも過去において、僕が彼にこの感情を抱いた事はなかった筈だ。

 

(⋯⋯これが、グレイグの言っていたホメロスなのかな)

 

 真剣な顔つきで治療を施してくれるホメロスを見ながら、不意にそんなことを考える。

 グレイグが話すホメロスの姿はいつもにわかに信じがたくて、その都度みんなで首を傾げていたけれど。

 

 それでも今はほんの少しだけ、彼がホメロスを信頼する理由が分かったかもしれない。

 

「処置は施した。時期に痛みも落ち着くだろう」

「はい」

 

 その後ホメロスの言う通り、数分もすればすぐに痛みから解放されて、治療を終えた彼に倣い僕もその場に立ち上がる。特に痕も残らなかったようで、肩を回してもなんら異常はなかった。

 

 多分ホメロスもグレイグ同様、部下や仲間の応急処置には慣れているんだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 治してくれた事に感謝して、彼の目を見ながら礼を言う。

 言いたい文句は沢山あるけど、今この場にいる目の前の彼を、一方的に忌み嫌うのはなんだか少し違うがした。

 

「民を守るのは騎士の務めだ。貴様には迷惑をかけたな」

「いえ、お互い様ですから」

 

 まさか傷を治してくれた上に謝罪までしてくれるとは思わなかったけど。これで多少は見直したとはいえ、やっぱり謙虚なホメロスというのはとてもじゃないけど気味が悪い。

 かと言って皮肉まみれというのも嫌だし、丁度いい塩梅はないんだろうか。

 

「最も、なぜ貴様がこんな時間に、それもこんな所にいたのかはまだ判明していないがな」

「⋯⋯旅人界の散歩には決まった道順などないので」

「ふっ、まぁいい。そういう事にしておいてやろう」

「どうも⋯⋯」

 

 本当に、丁度いい塩梅はないのかこいつには。どこまでも嫌味ったらしい奴め。

 よくもまぁウルノーガもこんなモンスターを手懐けたものだ。手下につけてた六王軍といい、趣味の悪さは筋金入りと言える。

 

「別れる前に少し手伝え。二度と動けないよう、奴らを縛り上げなくてはな」

「は、はぁ⋯⋯分かりました」

 

 せめてほどほどにするよう頼むと、「変わった奴だ」とまたしても鼻で笑われた。

 どこから出したのかロープを両手に持ち、近くに倒れる盗賊の元へと歩き始めるホメロス。⋯⋯一瞬そのまま息の根を止めたりしないか心配だったけど、流石に人の心はあるらしい。

 

 ホメロスほどじゃ絶対に無いけれど、二人にまでも言われてしまうんだから僕はそれなりに変人なんだろう。あのデクさんとホメロスに言われる位だし、こればっかりは否定も出来ない。

 

(あ、よかった生きてる)

 

 吹っ飛ばされたマスク男もどうにかかろうじて無事なようだし、ホメロスに見られない内に『ホイミ』くらいはかけてあげるとしよう。

 いつポックリ逝くか分からないし。

 

「いたのはこの三人だけか?」

「はい、間違いありません」

 

 縄で縛られた盗賊三人を一瞥して、僕とホメロスは話を続ける。

 寝ていた兵士は放置されているものの、彼のこの後を考えるだけで今から既に同情ものだ。僕のせいだと伝えたし、そこまで酷い事にはならないといいけど。

 

(これでようやく解放される⋯⋯)

 

 ホメロスとの会話をする反面、もう脳内には暖かいベッドの事しかない。ここまで問題続きの僕にとって、これ程までに幸せことはないだろう。

 

 怪我は治っても疲れているし、今なら寝た過ぎてキラーパンサーよりも早く宿屋まで走れそうだ。

 

「それじゃあ僕はこれで」

 

 喜びから頬を弛めて会釈をすると、ホメロスの見慣れた目付きが僕を射る。

 

「今から城に向かう気か?」

 

 そんな無謀をしてたまるか。

 

「まさか。宿に戻るだけですよ、整理したい事もありますし」

 

 首を振りながらそう答えると、ホメロスは少し考えるような素振りを見せて、それから静かに頷いた。

 その所作がいちいち整っている所を見ると、流石は騎士だと言わざるを得ない。

 いっそ永遠に兜を被れば万事解決なんじゃ?

 

「ふむ、そうか。城など見て何が楽しいのかは知らないが、空いた時間にでも好きなだけ見ていくといい」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

 もう皮肉なのか何なのかさえ眠い僕には分からないけど、今は気分がいいので許すとしよう。

 戦わずに済んだ事とホメロスを少し知れたことは大きな収穫だし。

 

「じゃあそろそろ⋯⋯」

「待て」

 

 そう考えながらもう一度別れを告げて背中を向ければ、またしてもホメロスに止められる。⋯⋯流石にちょっとしつこいんだけど。

 

 せっかくいい感じに終われそうなのに、この期に及んで何があるんだ。

 

「⋯⋯なんですか?」

 

 早くしてくれと思いつつ、静かに顔だけ振り向けば、前にいる騎士様から突然最後の爆弾が放り込まれる。

 

「貴様の名前を聞いていない」

 

 その質問に、僕が固まったのは言うまでもなかった。

 

「えっ、と⋯⋯⋯⋯」

 

 まさかこのタイミングでそこを突かれるとは⋯⋯。必死に頭を働かせるけど、完全にオフになりかけた頭で偽名が思いつく訳もなく。

 まずいまずいと内心激しく焦った結果、奇跡的にある方法を思いついた。⋯⋯そうだ、言い逃げだ。

 

 どうせ明日には敵対するかもしれないんだから、ここで無理に言う必要はないだろう。数時間でも寝られれば今はこっちの勝ちなんだから、この際あとの事はどうでもいい。

 逃げる準備を整えて、顔の他にもう半身だけを彼の方に向ける。

 

「名前でしたらすみません、次会えた時は教えますので」

「なに?」

 

 物凄い目で睨まれるけど、それに怯むほど僕の肝も据わっていない。

 

「それじゃまた!」

「っ!」

 

 それだけ言って踵を返し、背後に聞こえるホメロスの声も聞かぬまま、宿までの道を駆け抜ける。

 追ってこないか心配だったものの、捕まえた盗賊がいた事もあってどうにか無事に逃げれたみたいだ。

 

 そして命からがら宿屋に入り、受付の人に押し付けるようにして、鞄に入ったゴールドを渡す。

 

「すみません、一部屋お願いします⋯⋯!」

 

 その後は泥のように眠りについたので、あまり前後の事は覚えていない。

 唯一記憶にあるとすれば、次会う時は絶対にホメロスを煽りと皮肉で言い負かしてやろうと固く誓った事くらいだ。

 

 その時は約束通り僕の名前を教えてやろう。もちろん皮肉付きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ、旅人」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 

 なんて思ったら次の日宿屋の酒場にて、僕はホメロスを雑に撒いたあの朝の事を、ただひたすらに後悔する羽目になるのだった。

この物語で望むのは?(主人公の感情の方向性として)

  • エマと結構したい系勇者
  • カミュの最強の相棒系勇者
  • ベロニカを失いたくないガチ勢系勇者
  • セーニャが好きなまま時渡り系勇者
  • シルビアの姉御肌が大好き系勇者
  • マルティナを愛するシスコン系勇者
  • ロウじいちゃん信者系勇者
  • グレイグ大好き子弟系勇者
  • ここの全員もれなく平等に愛してる系勇者

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。