春休みが終わって高校3年生になり、退屈な始業式が終わった日の昼過ぎ。
4月9日の月曜日である今日は天気がよく、透き通るような青空がある晴れだ。
桜はもう少しで咲きそうになっていて、学校からの帰り道にある川沿いの堤防を自転車で走っていると見かけるつぼみの姿にわくわくする。
そういう桜を見ている途中に川沿いの堤防斜面に降りると、草地のそこへと自転車を倒したあとに座り込む。
17歳という年齢だけれども、座るときに「よっこいしょ」と声が出てしまうとおっさん化が進んでいるかと思って自分自身にショックを受けてしまう。
若いけども運動は適度に筋肉をつける程度にしかしないし、バイトをしている影響で働くのは面倒くさいと実感したからかもしれない。
まだ黒い学ランを着ていたい。 と、そう甘えたことを思いながら青空を見上げる。
ぼぅっと空を見上げながら考えるのは、ついさっき会った、ダイワスカーレットの母親のことだ。
あの人は俺が幼稚園の頃から仲良くしてくれているが、1カ月に1度の周期で恋人ができたかと聞いてくるのが少々うるさくもある。
特に今日なんかは帰っている途中に出会い、晩御飯を食べに来ないかなんてテンション高く誘われたし。
その人の娘であるスカーレットとは3年前まですごく仲良くしてくれたから良くしてくれるんだろうけど、恋人として付き合っていた時と違って別れた今となっては家に上がるのは遠慮してしまう。
恋人になっていたと言っても、当時小学生のスカーレットが少女漫画で恋愛にあこがれていたから、流れで付き合うことになったということだけど。
スカーレットは妹のような親しい存在で、恋愛感情はなかった。
だから、トレセン学園に行くか地元で進学するかを悩んでいたとき、俺はあっさりと別れ話を切り出してはスカーレットをトレセン学園へと追いやったけれど。
俺のせいで走る才能があるのを潰すのは心苦しかったから。
別れたときの泣き顔を思い出して心苦しくなる。
別れてからは決意がにぶらないよう、1度も会っていないが別に嫌いなわけじゃない。スカーレットの母親経由で頑張っている情報も聞くし、スカーレットが出たレースやライブを見て追い続けている。
大きなため息をついてから、ズボンのポケットからスマホを取り出して見るのはスカーレットが初めて走ったデビュー戦だ。
はじめは2番手の位置で始まり、中盤から終わりまでは先頭を維持し続けて勝ったレース。当時、中継で見ていたときには勝った瞬間にひどく安心したものだ。
昨日なんて強敵ぞろいのG1の桜花賞を勝ち、小さい頃から俺の後ろをついてきてばかりだったウマ娘の女の子だった。今ではすごく人気のある子になった。
スカーレットにとってはいいことだが、俺は彼女を遠くの存在に感じてしまった。
きっとこうやって身近だった人が遠く感じ、段々と忘れていくのだろう。
そう寂しくライブ映像を見ていると、ふと足音がして影が差した。
音のほうを見ると、そこには元恋人であるダイワスカーレットがいた。
15歳ぐらいの子供と大人っぽさが同居した美しい顔立ちで、明るい笑みを浮かべている。
ルビー色をした勝気な瞳に、膝まで届く黄色と鮮やかな赤色を合わせた美しい緋色で、青いフサフサしたファーシュシュを付けた長いツインテールだ。
そんな髪をした頭の上にはピンと立った細長のウマ耳に、前は見ることがなかった銀色に輝くティアラを着けている。
紺色と白のラインが入った長袖長ズボンのジャージを着ていて、大きな胸がよく目立つ。
「久しぶりね、おにいちゃん!」
「……スカーレットも元気そうだな」
予想もしない再会に意識が空白となりつつも、168㎝の身長がある俺より低いながらも前にあったときよりもずっと成長してなんだか感動してしまう。
そんなふうにぼんやりとした雰囲気で返事をしつつも、俺の頭の中はなんで昨日レースをしたばかりなのにここにいるとか、強引に別れを告げたのに恨んでないのかという気持ちがある。
「隣、座ってもいい?」
「ああ」
スマホの動画を止めてポケットにしまってから言った途端、すぐにスカーレットは俺の隣に拳みっつ分ほどの近い距離を取って勢いよく座ってくる。
隣に座って元気な姿は昔を思い出し、つい小さな笑みが浮かんでしまう。
それを見たスカーレットはどことなく恥ずかしそうにしながらも、ちょっとずつ距離を詰めてきては恋人として付き合っていた頃のように体をぴったりとくっついてくる。
「ランニング中だったのか?」
「おにいちゃんがこのあたりにいるってママが教えてくれたから、そのついでだけどね」
まるでいつも会っているかのような、自然に話をするが俺は気になって仕方がないことがある。
なんで突然会いに来たのかってことを。
あと、なんかいい匂いするし、俺の首筋を髪がくすぐり、あったかい体温でなんだかドキドキするし! 昔はヤンチャする子供だったのにこんなに女っぽくなって!!
落ち着こうと深呼吸してみると、ダイワスカーレット成分を吸い込んでしまってテンションが変になりそうだ。
高校の女友達とでさえも、これほどの距離で話をするのはちょこちょこあるけど、こういうのは慣れるものじゃない。
「おにいちゃんはアタシに会えて嬉しい?」
「嬉しいというか、困惑している。今まで会わなかったのに、突然来たからな」
「それは……だっておにいちゃんが別れようって言った理由が理由だったから」
「あれは俺がいるとダメになると思ったんだ」
あの時、進学先で悩んだスカーレットと別れたのは今でもいい決断だと思っている。
そうでなかったら、スカーレットは普通のウマ娘として今でも俺の恋人として長く続いていたと思う。
トレセン学園に通いながら遠距離恋愛をすればいいとも言われたが、それだと中途半端になってG1を勝つなんてことはできなかったかもしれない。
スカーレットの才能を伸ばすために別れた。結果としてよかったと思う。
「ねぇ、おにいちゃん。アタシね、桜花賞を勝ったんだよ? それを伝えたくて来たんだから」
「見ていたよ。大外1の8番で出て、スタートで失敗していたな。でもそこからすぐに上がって、先頭集団。最後の直線はウオッカを後ろにゴールしたのは興奮したよ」
昨日のレースを思い出して少しばかり興奮しながら言うと、スカーレットは恥ずかしそうに目をそらしては、落ち着きなく左右のウマ耳をバラバラに動かしている。
そんな様子を見るとちょっとだけ安心する。こういう恥ずかしがる姿は昔から変わっていないなぁって。
「そうアタシは桜花賞を勝ったわ!」
「偉いな」
胸を張って自慢げに言うスカーレットに、つい昔のように頭を撫でようとして頭にさわるも、小さい頃と同じ扱いは嫌だろうと思ってすぐに手を離す。
だが、俺の手はスカーレットの両手でしっかりと掴まれ、頭の位置へと置きなおされた。
そのことに少し戸惑うも、スカーレットに求められていることを知って嬉しくなりながら頭をそっと優しく撫でていく。
こういうのは昔もやっていたが、今も昔と同じように心が温かくなって、スカーレットと一緒にいるだけで嬉しくなってくる。
そんな気持ちで撫でながら、スカーレットが頑張っているのを昔と同じように褒めるとウマ耳がしっかりと俺の方へ向いて尻尾も高く振り上げていることから、喜んでくれているのがわかる。
「ねぇ、アタシはもう立派なウマ娘になったわよね?」
「あぁ」
俺がそう言うと、スカーレットは撫でる俺の手を掴み、自身の胸元へと持っていく。
ジャージとブラ越しにわかる胸の感触はちょっと固いものの、女の子の大きな胸をさわっていることにドキドキしてしまう。
そんな緊張気味な俺に気づいていないスカーレットはひどく大きなため息をついた。
「安心したわ。これでダメだって言われたら、アタシはもう走る意味がなくなるもの」
「自分の才能を確かめたくてトレセン学園に行ったんじゃなかったのか?」
「それもあるんだけど、1番の理由はおにいちゃんに認めてもらいたくて行ったの。別れた時は嫌われたのかと落ち込んだけど、アタシを心配していたからってことを学園に通い始めてからママに聞かされたの」
「……あの時は俺も説明なく別れたのは悪かった。今でも嫌いじゃないし、その、別れようと言った俺からは言いづらいけど……」
「もういいの。時々帰ってくるから、その時はアタシと遊んでよね!」
俺の言葉をさえぎり、まぶしい笑みを見て俺はうなずいた。
それから俺の手がスカーレットの胸から解放されてからは、離れていた時間を取り戻すかのように話を始めた。
スカーレットがトレセン学園に行ってからウマ娘に強く興味を持ち、関わっていきたいと思い、行動に移したことを。
今ではバイトをしながら引退ウマ娘協会に寄付と引退ウマ娘のためにボランティア活動をするようになったと言うことを、スカーレットはにこにことした笑みで聞いてくれている。
「おにいちゃんが、アタシたちウマ娘に興味を持ってくれて嬉しいわ」
「ボランティア先で知り合ったリカコさんのおかげでレースやダンスの知識も増え……」
俺のことをかわいがってくれている、大人のウマ娘の名前を出した途端に俺はスカーレットから両肩を掴まれて強く押し倒された。
下は草地のため、それほど痛くはないが、俺の腹にまたがり、肩を押さえつけてくるスカーレットの目は少し怖い。
「誰、リカコって人」
今まで会話していた、明るく元気な声とは一転して迫力のある低い声。
人生で初めて女性に押し倒されたことと、聞いたことのない声に強く困惑すると同時にスカーレットから感じたことのない恐怖がある。
俺の言葉に何か怒っているようだが、その原因が何かわからない。ウマ娘の名前を出しただけで怒るわけもないだろうし、バイト内容のことか?
「あー、エアリカコという引退ウマ娘の人が親切にしてくれるんだ。トゥインクルシリーズやライブの裏話を教えてくれて、勉強になるよ」
ちょっと声が引きつりながらも懸命に答えると、スカーレットは俺の腹にまたがったままジャージのポケットからスマホを取り出すと何かの操作をし始める。
落ち着かない静かな時間が少し経ったあと、スマホをしまったスカーレットは俺に吐息がかかるほど顔を近づけてささやいてくる。
「現役でG1勝っているアタシがレースやライブのことをその人よりもずっと詳しく教えてあげるわ。それで、他にその人と何をしているの?」
「一緒にスマホでレースを見たり、イベントがある時は受付をやっている」
「……ふぅん。楽しい?」
無機質な声で聞いてくるスカーレットの声に、ここで返事を間違えるとひどいことになりそうな気がする。
3歳も年下だというのに、圧力が強い。レースやライブで精神を鍛えられているからなのか、さっきから冷や汗と緊張がやばい。
自然と息が荒くなっているぐらいに。
ああ、返事はどうするか。顔は真顔だけど静かに怒っているのがわかる。原因はなんだ。
ぐるぐると混乱しそうな頭で考えていると、スカーレットの右手が俺の首筋をそっと壊れ物を扱うかのようにさわってくる。
さわられて背筋がぞくぞくとするなか、ふと気づいたことがある。
これは嫉妬なんじゃないかって。
「楽しいけど、深い仲じゃなくて仲のいい友達だ。それにリカコさんは結婚していて子供がいる」
頭の中でじっくりと考えてから返事をすると、スカーレットは安心したふうにため息をついて俺から顔を離す。
「そっか。それなら別にいいわ。アタシを忘れないでいてくれるなら!」
「別れてからもスカーレットのことは忘れたことはない。少し会いづらくなっただけで」
「今のアタシなら会いづらくない?」
「ああ。都合がいいかもしれないけども、また昔と同じように仲良くなりたい」
「それは嫌」
てっきり以前と同じような仲がいい関係に戻りたいと思っていただけに、すぐに否定されたのは心がとても痛い。
1度、関係を捨てたら元には戻れないということか。
考えてみれば、一方的に振ってきた男がヨリを戻そうと言うセリフか、俺が言ったのは。
客観的に考えれば、ひどい男に思える。もし少女漫画でこういうシーンがあれば、すでに女主人公には新しい男がいるというのが普通だ。
……もしかしてスカーレットに男ができたのか?
ひどく落ち込むと同時に悲しむ気持ちと共に、そのことを聞く俺。だが、同時にこれほど落ち込んでしまうのはスカーレットを妹と思っている以上の感情があるんじゃないかと疑問に感じる。
「スカーレット、お前、彼氏ができたのか?」
「違うわ! アタシはずっとおにいちゃんが好きよ。最初は恋人ごっこだった。でもトレセン学園で色々な人とふれあっていく中で、おにいちゃんを愛しているんだっていう自分の強い気持ちに気づいたの」
俺の弱々しい問いに対してスカーレットははっきりと力強く返事をし、俺の唇を人差し指でなぞってきた。
「だから、前のような恋人ごっこじゃなくて結婚を前提とした恋人になりたいわ」
からかう表情じゃなく、真面目な顔で俺をじっと見つめてくる。
その強い思いは俺にとって重く、目をそらす。
求められているのは愛情がある恋人関係。スカーレットは2年ほど会えていないもの関わらず、これほどの言葉を言ってくれた。
だが俺は?
会っていないあいだ、スカーレットの姿をスマホという物を通じて追っていた。
中継されていたレースにライブ。動画以外にもウマ娘の関連雑誌を買ってはスカーレットの記事がちらっとでも載っていると喜んだ。
また、会っていなくてもスカーレットの母親には強引に活躍をこと細かく聞かされていた。
スカーレットが頑張っている。
それを聞き、見続けていたから、俺は日々の日常に張り合いが出て楽しんで生きるようになった。
スカーレットと会ったときに胸を張れるような、充実した生き方をしているぜと言えるように。
そういう理由で、引退ウマ娘協会への寄付とボランティアをするようになった。
その影響で将来はウマ娘に関係する仕事に就きたいと思うようにとも。
でも自分のスカーレットに対する感情は深く考えたことはなかった。
だから、今の俺はスカーレットに対する感情がどういう物かただしく認識できない。
時間か、きっかけがあればわかるのだが。
「ね、おにいちゃん。今すぐに答えて欲しいの」
そう切なげに言われても答えは出ない。だから俺はスカーレットに体をどけるように言い、自由になった体を起こすと自転車を立ち上げては斜面を登って道へと行く。
そこはサイクリングロードで、進行方向のまっすぐに伸びた道にはちょうどよく人がいない。
不思議そうに俺のあとを追って登ってきたスカーレットをちらりと見たあと、俺は自転車に乗って走り出した。
立漕ぎの全速力で。
答えが出ないなら、後回しでいいと。今日の夕方にはスカーレットとスカーレットの母親との夕飯に誘拐されそうだけど、それでも時間が欲しい。
だいたい20kmちょっとの速度を出して安心していると、後ろから妙な視線と圧力。それと走ってくる音が聞こえてくる。
それが何か確認しようと思って振り向こうとした瞬間、真横にはスカーレットが平気そうな顔をして横を走っていた。
昔は俺が乗る自転車の横に来るのは苦しかったのに、今ではとても楽そうだ。
トレセン学園に行った成長がよく見れるというものだ。
だがな、スタートが早すぎないか。加速も速度も余裕すぎだろ。
ウマ娘の身体能力の高さは知っているつもりだったが、こうして成長したスカーレットと走っているとウマ娘について新しく知った気分だ。
走りで成長を喜びたいが、今はついてこられたくない。
1人静かに考え、自分の感情に答えを出したいから。
自転車を漕ぎながら、昔よりも美しくなったフォームを間近で見るのはついつい見とれてしまう。
他にも太陽の光を浴び、緋色のツインテールがきらきらと輝き、風を受けて後ろになびいていく髪とか。
それと大きな胸が走ることによって、たゆんたゆんと上下に揺れて視線がそこへと強く誘導される。
結果、色々な物に気を取られた俺は立漕ぎの途中で足の動きを止めてしまい、バランスをくずして堤防の斜面へと自転車ごと倒れて転がり落ちていく。
「おにいちゃん!?」
と視界がぐるぐると回転する中で聞こえた、スカーレットのとても焦った声。
回転が止まり、体のあちこちが痛い。頭を強めに打ったらしく、感覚はあるも体が動かすことができない。
意識だけは少しばかり動くため、脳が揺れたなぁと思う。
それだけしかできなく、スカーレットが走って降りてくる足音、すぐ横に座り込んできては俺の顔を覗き込み見ながら悲痛な叫び声が聞こえる。
動けなくなった俺をなんとかしようとしているが、トレセン学園でよく教育を受けているためにこういう状況で体を動かしていけないのはわかっているみたいだ。
何十秒か、もしくは1分か2分ほど経つと体が動けるようになって、俺を心配するスカーレットの顔を見上げる。
その顔には涙が流れた跡があり、動いた俺を見て固まっているスカーレットの顔へと手をそっと出して目元を指でぬぐう。
「頭が痛むだけだから心配しなくていい」
「心配するに決まってるでしょ!? バカ、アホ、おにいちゃん!!」
涙を流すほど俺を心配してくれる姿を見ると、大切に思ってくれてるんだなぁと嬉しく思う。
今までもそう思ってくれていたのはわかるが、2年ぶりに会っても以前と同じふうに想ってくれているなんてな。
それが嬉しくて、さっきよりもすっごくかわいく見えてくる。
俺を罵倒と心配する声をぶつけてくるスカーレットの大声を聞きながら、体を起こして深呼吸をしてから体を見回す。
出血の痛みはなく、学ランの制服は草や土で汚れているだけだ。破けたりはしていない。
一安心してからスカーレットへと体を向ける。
「……ごめんなさい、おにいちゃん」
「落ちたのは俺がミスっただけだろう?」
「そうじゃないの。アタシがおにいちゃんと恋人になりたいって言ったから逃げたんでしょ?」
「自分の気持ちがわからなくて返事ができなかったからな。でも今は少し違う」
「違う?」
「2年も会おうとしなかった俺を好きでいてくれてたことが嬉しいと思えたんだ。それに、レースやライブの動画で見るよりも……うん、まぁ……」
動画で見るよりも、今のお前は綺麗でかわいくて好きだ、なんてことを素直には言えずつい恥ずかしがって目を少しそらしてしまう。
スカーレットが正直に来るのに、男の俺が女々しくも言葉を出せないのは情けなく思う。
深呼吸を2度ほどしてからスカーレットに向き合うと、スカーレットはひどく落ち込んだ顔をしていた。なんでだ。
「あー、スカーレット?」
「アタシの走り、どこかダメだった? 昨日の桜花賞では1番になったけどダメ? 2着にいた、ウオッカとの着差が小さかったから? それともライブが変だった? アタシの顔がかわいくない? 胸が小さい? ねぇ、アタシの何がダメなの?」
感情がなくなった表情でスカーレットは俺の両肩を強く掴むと、ゆっくりと力を入れてきて俺を地面へと押し倒してくる。
「お前がダメとかじゃないんだ」
「アタシはね、おにいちゃんにもっと見て欲しいの。アタシが1番を取るのを。走る様子を、踊る姿を、歌う声を。だから、捨てないで?」
泣きそうな表情と消えそうなほどの小さい声で言ってくるが、そもそも俺にはそんな気はまったくない。
スカーレットに対する不満なんて、今のように押し倒してくるぐらいなもんだ。
昔からスカーレットは明るくて元気で、一緒にいるだけで幸せになるような子だ。
それは今も変わっていない。
「違う、そうじゃなくてだな! 動画で見るのと違って目の前にいるお前は、ずっと素敵でかっこよくて綺麗に思ったんだ」
「それ、本当なの?」
「本当だ。それにスカーレットと一緒の時間を過ごすのは小さい頃から好きで、今だって、その、俺と一緒にいてくれて嬉しい」
恥ずかしくなって目をそらしたくなるが、この気持ちはきちんと伝えたい。だからスカーレットを正面から見つめる。
スカーレットは泣きそうな顔から不思議そうに、そして最後には緩んだ笑顔になってとてつもなく嬉しそうだ。
「ね、おにいちゃん。これは相思相愛ってことよね?」
「……そういうことになるな」
相思相愛なことを認めると、スカーレットは勢いよく立ち上がっては両手を思い切り広げては嬉しそうにくるくると回りながら笑い越えをあげる。
「っっっっ! やったわ! またおにいちゃんと恋人になれた!! ありがとう、助言してくれたスズカさんとキングさん!!」
俺の知らないウマ娘と思われる人の名前を空に向かって飛び跳ねながら叫んでいるが、そこまで喜ばれるのは嬉しいと思うと同時に、まだ恋人になると言っていない。
また恋人になってくれるのは俺も嬉しいが、告白の過程を通らないと恋人にはならないんじゃないか。
告白というのがなくても恋人という関係はふたりが認識していればいいんだろうか。
昔、スカーレットが読んだ少女漫画とスカーレットがいなくなってからも買い続けてしまって、今も読み続けている少女漫画の告白シーンを思い出す。
……どの漫画も男女どちらかが告白していたシーンは必ずあった。
「スカーレット」
「よし、アタシはやったわ。おにいちゃんの1番にっ……!」
「スカーレット!」
「え、あ、なに?」
声をかけてもあまりの興奮で気づかないスカーレットに大声で名前を呼ぶと、ようやく気づいたスカーレットは俺の横へとすぐに戻ってきてしゃがみ込んでくる。
首を傾げた姿はかわいらしくてたまらないが、俺は短く息をしてから告白をした。
「好きだ。また付き合って欲しい」
「……! 付き合うわ! おにいちゃん、大好き!!」
きちんと告白をし、その返事をもらった俺は安心した。両想いとはわかっていても、言葉に出すという行為は緊張する。
告白して一安心すると、スカーレットは俺の胸元へと飛び込んできて、またしても俺は押し倒された。
胸元にすりすりと顔をこすりつけられながら。ばっさばっさと機嫌良さそうに振る尻尾を見ながら、俺は昔のようにウマ耳や頭を優しく撫でていく。
これからは今まで会わなかったぶん、大切にしていこうと思いながら。