1000年若返りTS少女「闇のころもってなんですか?」   作:場合がある。

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第十話 暗黒の王が来たる

「っ、誰だ!? どこにいやがる!?」

 

 青年がハッとした様子で誰何(すいか)した。

 

「どこを見ているんだよ、間抜け! こっちだ!」

 

 ボクと青年は声を頼りに吹き抜けとなっている観覧席の一角を仰ぎ見て、目を見開いた。

 

 あの、リーダー格の兵士だ。先ほど確認した時は確かに居なかったはずなのだが、物陰に隠れてボクたちの様子をあそこから伺っていたらしい。

 彼の風貌は拷問部屋で見た時とは、がらりと一変している。顔は大きく歪み、目は血走り、口からは涎が零れ落ている。歯茎がうまく噛み合っていないからか、カチカチという音が微かに聞こえた。

 

 彼の両脇には、すっかり青ざめた顔でブルブルと総身を震わせている取り巻きたちがいる。どちらも拷問部屋で負った傷痕は見当たらない。適切な治療を受けたのだろう。

 

 そんな彼らの頭上にも、地下闘技場の外縁部に設けられていた鋼鉄製の檻があり、ひと際大きな体躯のブラックドラゴンが丸まった姿勢で深い眠りについていた。

 

「……へえ。こいつはまた随分とお早い再会だな。またオレにたっぷりと痛めつけて欲しくて、のこのこ現れたのか?」

 

 青年が彼らの豹変ぶりに顔をしかめ、ボクを庇うように一歩進み出た。腰帯に差した短剣の柄に触り、逆の手で懐から〈やいばのブーメラン〉を取り出そうと身構える。

 口調は何時ものように飄然としているが、目は笑っていない。額には、うっすらと汗が滲んでいた。彼の警戒心を掻き立てるほどの、危険な兆候がリーダー格の兵士の声音には含まれているのだ。

 

「お前を思う存分甚振(いたぶ)るのも、悪くはねえな。だが残念ながら、今回はそうじゃねえんだよなあァ!」

 

 リーダー格の兵士は焦点が合っていない目をボクたちに向けると、近くにあった仰々しい金属製の装置を指差した。何かの切り替えを行う装置らしく、取っ手部分が赤く塗られた金属製のバーが天に向かって(そび)えている。

 

「コイツが、何なのか分かるか?」

 

 その問いかけは不吉な匂いを漂わせていた。ボクと青年は同時に身じろぎした。

 

「――そうだ、開閉スイッチだ! ブラックドラゴンどもを閉じ込めるための檻のな!」

「よせ。ここにはお前たちもいるんだぞ」

 

 青年が努めて冷静な声で言う。距離が離れすぎていると判断したのか、短剣の柄に伸ばしかけていた手を止め、右手で懐から取り出した〈やいばのブーメラン〉を利き手で握った。

 

「その鋼鉄製の檻を開けちまったら、お前たちも袋の鼠には変わりがねえ。だいいち、オレはともかく、ミドのことは必ず生きて捕まえろと上から命令があったはずだろ? ……わかったら、バカな真似は止めろッ!」

「アントリアさまからのお達しだ。「お前たちを取り逃した(とが)を受けろ、失敗した者には死あるのみ」――とな」

 

 リーダー格の兵士が、ハイライトの消えた暗い瞳をボクに向けた。

 そのゾッとするような冷たい眼差しに、思わず喘ぐように息を呑む。青年がボクを庇うために右手を大きく広げた。

 

「ああ、そうだ! お前のせいで俺たちも皆死ぬんだよッ! お前が、その「むしょく」の女を庇ったばかりになッ! 女を生きたまま捕らえろだと? そんな命令なんてクソ食らえだ! 女共々、餓えたブラックドラゴンどもの群れに生きたまま貪り食われちまえッ!」

「くそ、聞く耳持たずか!」

 

 青年が頬を歪めた。完全に正気を失っているリーダー格の兵士ではなく、傍らのふたりに大声で怒鳴る。

 

「――おい! お前たちもそいつを止めろッ!」

 

 取り巻きたちは恐怖に強張(こわば)った顔で首を何度も左右に振り、檻の開閉スイッチへと手を伸ばした。

 

「――しぃっ!」

 

 短い呼気とともに、青年が左手に持ち替えた剣呑な投擲武器をスナップを利かせて投げつけた。それは美しい弧を描きながら空へと駆け抜ける。〈やいばのブーメラン〉の鋼鉄製の刃先が取り巻きの兵士たちの両腕を深々と切り裂き、目の色を変えたリーダー格の兵士をも手酷く傷つける。

 

 青年は唸り声とともに旋回して戻ってきた〈やいばのブーメラン〉を、難なくキャッチした。だが、顔つきはひどく厳しい。

 

「クソ、なんて奴らだッ!」

 

 取り巻きの兵士たちが切り裂かれた腕から血を流しつつも、苦悶の表情を浮かべながら開閉スイッチへと覆い被さったのだ。――なんという執念!

 しかも、ふたりぶんの自重で鋼鉄製の檻を制御するためのスイッチのバーが、半ばでへし折れてしまった。あれでは元に戻すのはムリだ。

 

「お前たちは、アントリアさまの秘密を知り過ぎた! あの方は用心深くてな、俺たちみたいな手駒ですら、用済みと見るやゴミのように切り捨てる恐ろしいお方だ。あの方に逆らったお前たちに、安息の地はこの世界のどこにもないと思えッ!」

 

 ガコン、という重低音ともに何かが――地下闘技場の外周に一定間隔で設けられていた鋼鉄製の檻、その分厚い鉄格子が、一斉にせり上がり始めた。

 檻の中で深い眠りに落ちていたブラックドラゴンたちが一匹、また一匹と、目覚めの咆哮を轟かせる。

 

「くくく……! もう暴れ回るこいつ等を制御できる手立てはねえ! お前たちの死にざまをこの目で見れねえのが癪だが、こうなったらどうでもいいッ! 何もかも全部、壊れちまえッ!」

 

 リーダー格の兵士は両手を大きく広げ、頭上を振り仰いだ。その真上には影があった。

 

「――――」

 

 ほんの一瞬だけ、正気を失っていたリーダー格の兵士の瞳に光が灯る。

 その手には、腰のベルトの鞘から取り出した短剣が握られていた。自らの首の頸動脈に押し当て、一気に引き抜く。

 

「っ! 見るなッ!」

 

 とっさに青年が、ボクに覆い被さる。

 

「アントリアさま万歳! ……ぐふっ!」

 

 ――だけど、ボクは見た。リーダー格の兵士が頭上から降り落ちてきた黒い巨体に、その胴体を完全に圧し潰され、くぐもった悲鳴とともに崩れ落ちる、まさにその瞬間を。ぐずぐずの肉塊になった胴体から頭がもげ、ごろりと床に転げ落ちる。

 

 仲間の死、そして非現実的な光景を目撃した取り巻きの兵士たちが、ぺたんと尻餅をついた。それを見た青年が、切羽詰まった声で叫ぶ。

 

「バカ野郎! 早くそこから逃げろッ!」

「はぁ?」

 

 呆けた声を上げる取り巻きの兵士たち。が、二人同時に、頭上を見上げた。巨影が彼らに降る。

 

「――あっ」

「あ」

 

 ハンマーとスティックの兵士たちに、ブラックドラゴンが強靭な脚部を容赦なく振り下ろす。ただの踏みつけが頑丈な金属鎧をまとった柔らかな人体を、ぺしゃんこに押し潰した。

 

 黒き巨竜はひき肉に変わった人間の残骸を(あしうら)にへばり付かせたまま、ゆっくりと歩き始める。爬虫類特有の細長い瞳孔には、たしかな知性の煌めきを湛えている。ボクたちを新しい獲物だと認識したからか、にたりと嗤ったようにも見えた。

 

「くそっ! あの三バカどもめ、とんでもない置き土産を残していきやがった……ッ!」

 

 青年が、ギリリと歯を噛みしめる。ボクもまた背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 

 慌てふためくボクたちを嘲笑うように、竜の咆哮が次々に轟き始める。外縁部に設けられていた檻から開け放たれたブラックドラゴンの不気味に輝く双眸は、全てボクたちへと注がれていた。

 

「不味いぞ、こいつは! ミド、オレからはぐれるなよッ!」

「は、はい!」

 

 一刻も早く、逃げなければ。だけど肝心な出入り口は二か所とも頑丈な鉄格子で塞がれ、おまけに青白い稲妻を発生させるバリア装置で厳重に守られている。すっかり逃げ場がなくなったボクたちは、すぐに地下闘技場の舞台、その中央部付近まで追い詰められてしまった。

 

「ボクたち、モテモテですね」

「だな。まあ、こんな狂暴凶悪な奴らにモテても、あまり嬉しくはねえな」

「まったくですね。ちなみにですけど、骨付き肉はもう無いんですか?」

「さっきのブラックドラゴンを誘導するのに全部使いきっちまった。というか、この数じゃ餌付けはたぶん無理だぞ。あっという間に食べられちまうからな」

「ですよね。ちなみに、魔物の餌付けなんて芸当を何時どこで覚えたんですか?」

「さあな」

「いや。さあな、って」

「……気づいたら、できたんだよ。それ以上はオレにもわからねえ」

 

 襲い来る恐怖を少しでも紛れさせるために、軽口を叩き合う。自然と背中合わせになったボクと青年は、地響きを立てながら迫り来るブラックドラゴンたちを見渡した。

 

「こいつは、さすがのオレもどうしようもねえな。……お手上げだなこりゃ」

「これが王道物の冒険物語なら、颯爽と新しい仲間が現れてくれる展開なのに」

「いいな、それ。その案にはオレも大賛成だ。ま、ブラックドラゴンの群れを一網打尽にできるような腕利きなんて、そう簡単にいるワケがねえけどな。それこそ、御伽噺の中だけの話だ」

「現実は、そうは上手くは出来ていないってことですか」

「世知辛いよな」

「いや、まったくですよ」

「……うん? いや、待てよ?」

 

 青年が額に冷や汗を浮かべながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「オレがガキの頃に知り合った傭兵のおっさんなら、もしかしたらブラックドラゴンの大群ですらも鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にのしちまうかもしれねえな。おっさんはな、すげえ剣の使い手なんだ。雷を纏った斬撃を放つんだぜ」

「へえ、雷を纏った斬撃ですか。それはまたすごいですね!」

「ああ、バランっていう強面(こわもて)のおっさんだったんだが……今頃、どこでなにをしているんだろうな。ソアラさん……奥さんと、当て()もない旅をしているって言ってたが……」

「ふうん――――うぇ?」

 

 ボクは、気の抜けた声をあげた。

 

《ネロク》《エメス》《ゴーム》《なかま呼び》《しもべ呼び》《肉片飛ばし》《空間をきりさく》《しもべ召喚》《写実的なマモノ》《魔幻の剣召》《メガンテロックを作り出す》《暗黒時間》《チーズ食べ放題》《邪菌増殖》《三禍の陣召喚》《幻影獣召喚》《水邪招来》《レイジバルス召喚》《魔瘴魂召喚》《眷属呼び》《幻影召喚》《殺りく人形劇》《残影招来》《創生の群体》《バンドなかま呼び》《グレネーどり召喚》《Sグレネーどり召喚》《ファラオの召喚》《悪夢招来》《ボディーガード呼び》《救難信号》《釜召喚》《ワラタロー改呼び》《ペット呼び》《魔創兵召喚》《魔鐘召喚》《魔鐘の音色》《ベントラ・ベントラ》《ミステリーサークル》《死霊召喚》《召喚》《ゲノムバース》《徴兵の号令》《徴兵の大号令》《廻風ローリング》《コールサファイア》《スクランブルサファイア》《杖をかかげる》《魔力射出》《獣王の笛》

 

 またも例の文字列が目の前に浮かんだのだ。

 つい先ほど仲間が欲しいと――冗談交じりにだが――ボクが強く願ったからか、物の見事に仲間呼び系統のラインアップだ。しかも、やたらと数が多い。――もしかして、ここから選べというのだろうか?

 

 何らかの意味を備えた固有名詞の文字はともかく、《なかま呼び》はどうしたわけか数十個もズラっと並んでいる。見た目は全部同じなんだから、ここから中身の見分けなんて付くわけが無いだろッ!

 

 ――って、ボクは混乱しているようだ。ただの文字列に八つ当たりをするなんて……はは、ボクとしたことが。冷静さを欠いているようだ。

 

 ここは、慎重に選ぶ必要がある。とりあえず《肉片飛ばし》は全力で却下だ。自己犠牲呪文の《メガンテ》が含まれているのもたぶんダメだ。

 命と引き換えに繰り出される大爆発はブラックドラゴンたちを一掃できるだろうが、しかし、ボクと青年が仲良く生き埋めになってしまう。さすがのボクも地下深くに埋まった状態から脱出するのは至難の(わざ)だ。青年は言わずもがなである。

 

 ――いや、ダメだ。どうしようもないとき以外には、絶対に使わないって決めたばかりじゃないか! でも、今は緊急事態だ。そうも言っていられないじゃないか!

 

 ボクの中で天使のボクと悪魔のボクがせめぎ合う。何が起こるか未知数。()るか()るか。そうこうしているうちにもブラックドラゴンたちの包囲網は着実に完成しつつあった。

 

 このままでは頭からガブリ、だ。()()()()()()()()、生身の青年はまず耐えられない。

 

「くそ! オレは、オレたちは、くたばっちまうワケにはいかねえんだっ!」

 

 青年が荒々しく舌を打った。逆手に構えた短剣の柄頭に右手を添え、前傾姿勢を取る。その顔には諦めの境地にも似た闘志が燃えていた。

 

「――バランのおっさん、オレにチカラをくれッ!」

 

 彼は、あのブラックドラゴンの群れに単騎で突撃をするつもりらしい。――ムチャクチャだ! 無謀な勇気を披露しようとしていた彼の姿を見たボクの中で、何かが弾け飛んだ。

 

「もう、どうなっても知らないんだからねッ!」

「――って、おい!? ミド!?」

 

 青年が制止の声をかける。ボクは声を振り切り、今にも飛び出そうとしていた青年の前に躍り出た。青年は面食らった様子で動きを止めた。

 

「すみません、でも緊急事態です。パンドラの箱を抉じ開けさせていただきます!」

 

 ボクの中で弾けとんだモノ、それは良心だった。

 もう構うものか、今はこの現状を打破するための行動を取るのが最善だ。

 

 そして、今のボクにはそれが備わっている。――“大いなる深淵のチカラ”を秘めし伝説の秘宝「ダーマの禁書」が。闇と混沌を司る悪しき神々のチカラが、このボクには宿っているのだ。

 そのうちのひとつを引き出すべく、ずらっと並ぶ無数の文字列に目を通し、ひとつ頷く。ボクは直感を信じることにした。一回だけならダーマの司書さんも許してくれるはずだ。

 

(この場を、上手く切り抜けるためには――!)

 

 ボクは、文字列のひとつに目を止めた。すると文字列がバラバラに解れ、まったく新しい文字列が代わりに浮き上がっていく。それは、あっという間に三種類の文字列へと生まれ変わった。これを読め、と言われている気がした。

 

 ……さて、どれを選ぶべきか。だが、迷っている暇はない。

 

毒素だまりに沈む闇の領界、(さか)しまの天上に偽りの月が浮かぶ楽園の支配者、計測不能の暗黒エネルギーを放つ暗黒の王よ、その御力を我に分け与えたまえ……

 

 ボクは新しく浮かび上がった文字列の一つ目を、高らかに読み上げた。さらに力ある言葉――スキルを叫ぶ。

 

《召喚》! 《召喚》! 《召喚》! もひとつ《召喚》!」

 

 だけど……ボクは、ボクが思った以上に冷静さを欠いていたようだ。何が起きるのか未知数だっていうのに計四回も連呼してしまったではないか。

 

 でも、後悔先に立たず。いったん口から飛び出してしまった宣告は元には戻らない。ボクの切羽詰まった声は、ブラックドラゴンの群れで埋め尽くされていた地下闘技場中に高らかに反響したのだった。

 

「…………バカだ。ボク、世紀の大バカ野郎だ……。どうしようもないとき以外には、絶対に使わないって決めたばかりなのに……でも、今回ばかりは仕方がなかったんだ……」

 

 言い訳がましい台詞を並べ立て、がくりと項垂(うなだ)れる。穴があったら入りたいとは、まさに今のボクを指し示す(ことわざ)だった。

 

「なんだ、ありゃ?」

 

 すっとんきょうな声がして、ボクは(おもて)をあげた。もちろん、声の主は青髪ツンツン頭の青年である。

 

「え、なにあれ?」

 

 ボクも間抜けな声をあげた。ボクたちがいる前方、地下闘技場のど真ん中に、ボクの腰ほどの高さの真っ黒な結晶体が、いきなり現れたのだ。

 数は四つ。どの結晶体も得体のしれない紫色のオーラに包まれていた。

 

「なんだかよくわからねえが、やべえ感じがする。――おい、いったん下がるぞ!」

「は、はいっ」

 

 ブラックドラゴンたちは真っ黒な結晶体のほうに、すっかり気を取られている。何故かボクたちには見向きもせず、真っ黒な結晶体のほうに釘付けになっているのだ。

 

 これ幸いと、ボクたちは黒い巨躯の間隙を縫うようにして進み、地下闘技場の片隅まで移動した。そこにあった大人二人分が隠れるほどの深さの窪みに身を潜める。ふたりして中腰でしゃがみ込み、真っ黒な結晶体の様子を伺った。

 

「ミド。あいつらは、いったい何なんだ?」

「わかりません……」

「いや、わかりませんって……お前なぁ」

 

 青年からの問いかけに頭を振る。青年はちょっぴり鼻白(はなじろ)んだ様子だった。

 時を同じくして真っ黒な結晶体が、ぶるりと蠕動(ぜんどう)した。紫のオーラが不気味な輝きを放つ。

 

「っ! 伏せろッ!」

 

 青年が警句を発した。ボクは身を乗り出そうとした手を止め、慌ててしゃがみ込んだ。

 

 パシュンという小気味いい発射音と共に真っ黒な結晶体から一斉に、紫の太い光線が放たれた。真っ黒な結晶体の二個は水平方向に、残りの二個は垂直方向に。二種類の光線が十字状に交錯する。不気味に光り輝く光線に彩られた地下闘技場が一瞬、紫に染まった。

 

 光線の射程距離は極めて長い。地下闘技場の周囲をぐるりと取り囲む鋼鉄製の檻に収容されたまま、ボクたちの様子を伺っていた一匹のブラックドラゴンの脳天を、あっさりと撃ち抜く。そいつは大量の脳漿(のうしょう)と体液、血肉とを派手にぶちまけながら、ぐらりと倒れ伏した。

 しかも全ての光線には尋常ではない貫通能力が備わっているらしい。近くにいたブラックドラゴンの胴体に大穴を開けても勢いを弱めず、その延長線上にいた次の獲物へと牙を剥く。光線の小気味いい発射音と肉を貫く鈍い音、そしてブラックドラゴンの断末魔とが重なり合う。

 

「なっ! あの結晶体が、また増えやがったぞ!」

 

 目と鼻の先で繰り広げられる不協和音のアンサンブルのせいか、窪地から少しだけ身を乗り出し、その様子を伺おうとした青年が驚愕の声をあげた。ボクもまた彼に倣って顔の半分だけを窪地から乗り出し、目を丸くする。

 ボクたちが見ているそばから、地下闘技場全体があの真っ黒な結晶体で埋め尽くされていくではないか。

 

 身の危険を感じたブラックドラゴンが自慢の爪牙(そうが)で真っ黒な結晶体を叩き割ろうとしても、それはびくともしない。かすり傷一つすら、つかない。とんでもない強度だ。

 ならばと真っ黒な結晶体を押し倒そうと、渾身の体当たりをお見舞いしたブラックドラゴンも中にはいたが、やはりというかびくともしない。むしろ真っ黒な結晶体の向きが一回転することで光線の軌道が出鱈目(でたらめ)に拡散し、さらに被害を拡大させる始末。

 

 地下闘技場に、紫色の無差別殺人光線が乱舞する。ブラックドラゴンたちの怒号と悲鳴と断末魔とが飛び交い、脳漿(のうしょう)と血肉と体液が無差別に、そしてド派手にばら撒かれる。そこには、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 

「……なんなんだよ、あれは。オレは、今いったい何を見ているってんだ……?」

 

 青年がぽかんと口を半開きにしたまま、呆然とつぶやく。

 

「――『“暗黒の王”の《召喚》。使用者の力量(レベル)に応じた規定数のダーククリスタルを呼び出す技。ダーククリスタルは縦方向の《パーティクルレーザー》と横方向の《ホライズンレーザー》を交互に放つ。ダーククリスタルは各レーザーを計八回撃つと自然消滅する。また、たとえいかなる攻撃であったとしても絶対に破壊されることがない』

「お、おい……だいじょうぶか、ミド?」

 

 がくがくと肩を揺さぶられ、ボクはぱちぱちと瞬きをした。

 

「えっ。あれ………ボクは、いったい?」

「いきなり妙なことをうわ言のように喋り始めたんだ。何があったんだ?」

「わかり、ません……。もしかしたら、あの本の――」

「本……つまり、あれも「ダーマの禁書」のチカラってワケか」

 

 眉根を寄せたボクの言葉を、顔をしかめた青年が引き継いだ。

 

 そうこうしているうちに黒い結晶体から光線を撃ち出す間隔が徐々に長くなっていき、ある時を境にピタリと止んだ。地下闘技場中に反響していた怒号と悲鳴、そして断末魔もまた、次第に聞こえてこなくなった。

 

 やがて辺り一帯が、水を打ったような静けさに包まれる。ボクたちはおっかなびっくり、隠れていた窪み部分から身を乗り出した。

 

「……マジか。あれだけウヨウヨいたブラックドラゴンが、すっかり全滅してやがる。ははっ……笑っちまうほどの圧倒的な破壊力だな。きっとバドランドやデルカダールの精鋭ですらも、あの黒い結晶体にかかれば一たまりもないに違いないぜ」

 

 地下闘技場を眺めやった青年が、引き攣った笑みを浮かべた。ボクもまた、あんぐりと口を開けている。

 

 見渡す限り、累々(るいるい)たる屍の山が横たわっている。全てブラックドラゴンのものだ。青い血だまりに伏している黒き竜種の巨躯には光線で穿たれた大穴が開いていた。

 真っ黒な結晶体――ダーククリスタルの光線は無差別に満遍なくまき散らされたらしく、ブラックドラゴンのみならず、地下闘技場の建物自体にも甚大な被害を与えていた。地下闘技場内に破壊の跡が色濃く残っているのだ。ボクたちが無傷だったのは、まさに僥倖(ぎょうこう)という他ないだろう。

 また、ボクたちを地下闘技場内に止めた頑丈な鉄格子も、その被害を免れなかったらしく、ど真ん中の部分が完全に融解してしまっていた。

 

 やがて恐るべき破壊力を発揮したダーククリスタルは、その役目を終えたからか、パキンという乾いた音ともに砕け散り、キラキラと光輝く粒子と化して空中に溶けていった。

 

「――いいか、ミド。たとえ今から何があったとしても、アントリアの野郎には「ダーマの禁書」を絶対に渡すんじゃねえぞ?」

 

 青年がボクの両肩を掴み、真剣な表情で言った。

 

「“大いなる深淵のチカラ”を秘めし伝説の秘宝――「ダーマの禁書」は、闇と混沌を司る悪しき神々のスキルを使えちまう、とんでもない道具なんだ。……さっきみたいにな。あの野郎の手にそんな代物が渡っちまったら、何をしでかすかわかったもんじゃねえ」

「はい。ボクもそのつもりです」

 

 ボクの返答に満足したのか、青年はボクの肩をポンポンと軽く叩いた。

 

「よく言った。えらいぞミド」

「ただ、今はボクと完全に同化しているみたいなので、アントリアが禁書の所持者になるためには、何かしらの方法でボクから引き剥がす必要があるかと」

「……そうだったな」

 

 青年が腕を組み、何かを考え込むような素振りをみせた。

 

「よし、こうなったら乗り掛かった舟だ」

 

 疑問符を浮かべたボクに、ニヤリと笑う。

 

「ミド、オレがお前を安全な場所まで連れて行ってやる。あいつの……アントリアの魔の手が絶対に届かない、お前にとっての安息の地にな」

 

 ボクの胸に、じんわりとしたものが滲む。目頭が熱くなる。腕組みをしたままの青年が、あっと声を上げた。

 

「――いや、待てよ? お前にも故郷や帰るべきところがあるなら、そっちにしたほうがいいか? お前も親御さんたちに挨拶をしておきたいだろうしな」

「いいえ。今のボクには行く宛なんてありません。あなたが指し示す道をボクも行きます」

「わかった。……オレに任せとけ」

 

 青年が、大きく頷いた。それまで隠れていた窪地から這い上がると、左手を差し出す。ボクは彼の手を取った。地下道での一幕でわかったことだけど、殆ど筋肉がついていなさそうな痩身に見えて、意外と腕力があるらしい。彼はボクをひょいと持ち上げると、窪地の外に運んでくれた。

 

 地面に降り立ったボクは、ぺこりと頭を下げた。

 

「あの。なにからなにまで、本当にすみません」

「いいって。これはオレがやりたいと思って勝手にやってることなんだ。これからはそうやって謝るのも無しだ。……できるか?」

「……はい!」

 

 しっかりと頷いたボクを見て、青年が微笑む。ボクはその時、ふと脳裏を()ぎった言葉を口にしかけた。

 

「ただ――」

「うん? なんだ?」

「いいえ。なんでもありません」

 

 ボクは、ゆるゆると首を左右に振った。

 

「ああ、そうだった。ミド、お前に肝心なことをひとつ言いそびれていたんだ」

「肝心なこと、ですか?」

 

 こてんと小首を傾げたボクに、彼はちょっと照れくさそうに笑った。

 

「オレの名前だよ。まだ、お前には打ち明けていなかっただろ。お前の仲間になるっていうのに、名前を教えていないのはどうかと思ってな」

「……ああ」

 

 一拍置き、ボクは頷いた。てっきり(すね)にキズがある裏稼業の人だから、ボクみたいな見ず知らずの他人には、自分の名前を打ち明けないものとばかり思い込んでいた。

 

 青年が、片眉を器用に持ち上げた。

 

「なんだよ。べつに見ず知らずの他人、ってワケじゃないだろ?」

「……あなたは読心術の使い手なのですか?」

「あのな、そんなワケがないだろ」

 

 軽く目を見開いたボクに、青年が苦笑する。

 

「お前ってさ、けっこう感情が読みやすいんだよ。単純というか、純粋というか」

「単純は一言余計です」

「おっと、すまん。悪気はなかった。それにな、お前に名前を打ち明けなかったのも、別にお前を信用していなかったワケじゃねえんだ」

 

 そう言って、彼は半壊した客席のほうを見上げた。

 

 すっかり瓦礫の山となったそこには、自ら人生に幕を引いたリーダー格の兵士と、ブラックドラゴンに踏み潰された哀れな取り巻きたちの、原形を留めていない遺体がまだ残されている。彼らの末路を思い出したのか、その眼差しはひどく険しい。

 

「アントリアの野郎と敵対するつもりなら、命を張る必要があるからな。オレのヤマにお前を巻き込みたくなかったんだ。……まあ、どちらかといえばオレはオマケ扱いで、お前のほうがお目当てみたいだけどな」

 

 彼は小さく肩をすくめ、視線をボクに戻す。不敵に笑った。

 

「オレはカミュ、この名前をよく覚えてくれよな。オレは訳あって、このとおり「盗賊」稼業をやっている。もしかしたらお前とは長い付き合いになるかもしれねえが、よろしく頼むぜ」

「はい、カミュさん! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 ボクは、ぺこりと頭を下げた。……(おもて)を上げるまでに少し時間がかかったのは、照れ隠しを誤魔化していたわけではない。

 

「よし、行くか。ダーククリスタルのおかげで、行く手を阻んでいた鉄格子が壊れちまってるからな。別の道を探す手間が省けたぜ」

「はい」

 

 ボクは頷いた。しかし、すぐにカミュさんが鋭い視線を崩壊した観客席の一角に注いだので、疑問符を浮かべた。

 

「いかがされましたか?」

「いや。あそこに誰かの視線を感じたんだ。……気のせいだったみたいだな」

 

 誰もいない観客席をじっと睨みつけていたカミュさんが、表情を和らげる。彼に促され、ボクは無人の地下闘技場を後にした。

 

 

      ●

 

 

「――ほーっほっほっほっ!」

 

 物言わぬ骸だらけの地下闘技場に、その(しゃが)れた笑い声が木霊したのは、ミドとカミュが立ち去った直後だった。笑い方は朗らかとも言ってもよかったが、しかし、その一方で陰惨な死を連想させる不吉な声音でもあった。

 

「なるほど、なるほど……。あの者がアントリア大神官()()が仰っていた、「ダーマの禁書」の正統なる継承者とやらですか。まだほんの小娘ではありませんか」

 

 声がした地点は、無人のはずの観客席のひとつである。そこはちょうど、先ほどカミュが何者かの視線を感じ取った方角でもあった。

 岩場を荒く削り出し、形を整えただけの武骨な造りの観客席のひとつに、怪しげな黒い靄が(わだかま)っているのだ。黒い靄は絶えず(うごめ)いているものの、胸元でひょろりとした両手を組み合わせて(いん)を結ぶ、小柄な人型らしきものを時どき形作っていた。

 

「しかもあの小娘こそ、我々が探し求めていた当代の「勇者」だとは。なんたる偶然、なんたる僥倖(ぎょうこう)。千年前のあの日のことを思い出してしまいましたよ」

 

 くつくつと声が嗤う。

 

「ああ、なんと眩しい心の持ち主でしょう。だが――その一方で、射干玉(ぬばたま)の闇を心の奥底に抱えているようだ。実に、面白い。あれほどの二律背反(にりつはいはん)を抱えた人間を見たのは初めてかもしれません。ただの人間にしておくには少々惜しい逸材です」

 

 声が弾む。

 それは新しい玩具を見つけた幼子(おさなご)のよう。お気に入りの人形の手足を()いで遊ぶ、無邪気さと残酷さが完璧な配分で含まれた声色だった。

 

「この後に予定している会合(かいごう)にはまだ時間がありますし……もう少し様子を見守ることにいたしましょう。ひょっとしたら、もっと面白い余興を見ることができるかもしれませんからね。――ほーっほっほっほっ!」

 

 無人の地下闘技場内に無邪気な笑い声が反響する。(しゃが)れた声はそれきり、ピタリと止んだ。




 *「カミュが 仲間に加わった!▼」 

ミド
カミュ
HP ???HP ???
MP ???MP ???
む: と:



暗黒の王(ことダークキングの本体でもあるダーククリスタルA~J)が来たる。
……うん、ウソは言っていないな(^ω^)


ようやくカミュの名前が堂々と出せたので感無量です。約二か月間ずっと青年表記でしたからね…(´・ω・`)
クロスオーバータグもやっと本格的な仕事をしてくれました。第一章が終わったらバラン&ソアラ夫妻の話もほんのちょっとだけやります。……何か月後になるんだろう?


まさかまさかの評価も再び頂けたので飛び跳ねて喜んでいます。相変わらずのスローテンポですが、今後ともよろしくお願いします(*‘ω‘ *)

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