貞操観念逆転世界におけるニートの日常   作:猫丸88

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after5

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 時間は瞬く間に過ぎていった。

 服もお洒落な物をお小遣いで購入。

 色々と準備を整えて皆と計画を立てて……そんなこんなで祝日を含めた3連休の初日。

 私は自分の通っている鈴ヶ咲高校の近くにある街中の大きな時計塔のモニュメントの前でソワソワしていた。

 学校へ行ったりちょっとした買い物をする以外の理由での外出は久しぶりだ。

 いっつも引き籠ってゲームしてたし……

 

「すー……はー……」

 

 深呼吸をして緊張する自分を落ち着ける。

 しかし、そんな抵抗も虚しく約束の時間が近づくにつれて心臓の鼓動は激しさを増していく。

 

「まだかなぁ……早く来ないかなぁ……」

 

 そう言いつつ時計塔のほうに目を向ける。

 7時56分。

 カナデさんと会うまで2時間以上もある。

 いくら会うのが楽しみだからといっても早く出て来すぎてしまった。あと2時間も心臓が持つ気がしない。

 カナデさんどころか【ゲーマー美少年捜索隊】の皆もまだ来ていないようだった。

 期待や不安が胸の内で渦巻く。

 だけど、今更引き返すわけにはいかないし、そんなつもりは毛頭ない。

 今日は私の想い人であるカナデさんと初のオフ会。

 そこで私は想いを告げるつもりだ。

 まだ時間もあるし時間潰しに時計塔の周りを少し散策する。

 いつも見慣れている景色のはずなのになんだか新鮮というか、見慣れた街じゃないというか、そんな感じがした。

 

「あと2時間……」

 

 携帯型の手鏡を取り出して色々とチェックする。

 引き籠りの代償でありちょっとした自慢の焼けてない白い肌。

 ここで少しでもカナデさんの気を引けたらいいなぁ、なんて……

 髪の毛も跳ねてないか全部チェックしてある。

 よし、大丈夫……問題はない。

 昨日はのぼせあがるまでお風呂に入って、その際にシャンプーと石鹸もいつもよりいい匂いのするものをわざわざ買って使った。

 睡眠もたっぷり8時間とったし、朝になってからもう一度30分以上かけてお風呂に入った。 

 普段はやらないお化粧もやってみたし……

 お化粧に関してはあまり詳しくないのでナチュラルメイクな感じで軽くお母さんにやってもらった。

 あんまり変わってない気もするけど顔が変わるくらいやっても意味ないからね。きっとこれくらいでよかったんだろう。

 お母さんには勘繰られたけどそれどころじゃなかった私はどう返したかよく覚えていない。

 服装ももちろん気を遣った。

 こんな時にジャージなんて着れるわけもないし……

 今の私は白い清楚っぽく見えるロングのスカートを履いている。

 さすがにミニスカートだとちょっと軽薄そうに見えるかな? なんて心配したりしたのでこちらの露出は少なめだ。

 上は桜色のチュニックシャツを着ている。

 

(あと1時間45分……)

 

 確かカナデさんは有名なロゴの入った黒い帽子を被ってるんだよね。

 どんな人なのかな。

 雑貨屋のショーウィンドウの前まで小走りで走り、身嗜みをチェックした。

 くるりと回って後ろも確認する。

 よし……たぶん大丈夫。今日の為にも万全を尽くした。あとは全力で楽しむだけだ。

 

 ぴろりん!

 

 カナデさんだろうか? とも思ったけど、今のはLEINの通知だ。

 なんだろうとスマホを見た。

 

『ちょっと欲しいアイテムがあるんだけど、手伝ってもらえないかな~?』

 

 優良の発言だった。

 いつでもどこでもマイペースな優良らしかった。

 ちなみに今回のオフ会メンバーは6人。カナデさん、私、篠原百合、椚木優良、西条薫、早乙女晶だ。

 人数が多いと移動の時にも他の人の迷惑にもなるし、カナデさんにだって大人数の女が相手だと身の危険を感じさせてしまうのでは? ということでだ。

 他の参加権を得ることが出来なかったメンバーは血涙を流す勢いで悔しがっていた。気持ちは分かるけどさ。

 

『ごめん、今外なんだよね』

 

 ということで私はゲームに関しては不参加だ。

 

『外?』

 

『うん、待ち合わせ中』

 

『……? あれ? ゴメン確認なんだけどオフ会の待ち合せって10時じゃなかったっけ?』

 

 そのくらいは知ってる。

 優良の言葉に補足を入れるようにLEINに送信。

 早めに待っていることを伝えた。

 すると皆から返信がやってくる。

 

『早すぎて草』

 

『2時間前は重いww』

 

 ……そう言われると張り切りすぎて恥ずかしい気がしてきた。

 だけど実際それくらい楽しみにしてたし、万が一の時にカナデさんを待たせたくなんてないし……何より男の人より早く待ってるのは女としては当然だし。

 

『気の張りすぎも良くないと思うよ?』

 

『カナデさんが相手じゃなかったらガッツリ引かれてるところだよ……』

 

『でも加恋の気持ちも分からないでもないよね』

 

『確かに……早く会いたいって気持ちは分かるよ』

 

『カナデさん絶対イケメンだよね』

 

『性格イケメンは確定してるからね』

 

『カナデさんどんな顔なのかな?』

 

『もしかしたら妄想の2割増しくらいイケメンかも?』

 

 皆がカナデさんの容姿について盛り上がり始めた。

 よかった。やっぱり気になってるのは私だけじゃなかったんだね。

 カナデさんはどんな人なんだろうか。

 私はカナデさんがどんな顔でも間違いなく受け入れることができるだろう。

 だけど……もしもイメージの中みたいなイケメンだったら――

 

『あれこれ予想するのもカナデに悪いし、会った時の楽しみにしといた方がいいんじゃないか?』

 

 浮かれたことを考えているとそんなLEINがやってきた。

 そうかも……晶の言う通りだ。

 気にはなるけど、ここはグッと堪えよう。

 でも……

 

『何か色々と想像したら緊張してきた』

 

 さっきよりも緊張の度合いが高まった気がする。

 どうしよう。カナデさんが相手ならと顔にそこまでの拘りはなかったけど、ビジュアルを意識した途端顔が熱くなってきた。

 先ほどのメンバーの発言に感化されて、私のイメージの中のカナデさんが2割増しくらいで格好良く美化されていく。

 心拍が上がって、手もちょっとだけ震え始めた。

 

『素数数えるといいらしいよ?』

 

『2、4、6、8、10、12』

 

『なんか違うw』

 

 そ、素数ってなんだっけ。

 皆から落ち着けとLEINがやってくるのでそれに返事をして少しでも気を持ち直す。

 

『とりあえず一度戻ったら? さすがにまだカナデさん居ないでしょ』

 

 百合に言われて少し悩む。

 うーん、重い女だなんて思われたくはないし……よく考えたら2時間も前から待ってるわけもないよね。

 こんな状態でこれ以上耐えられる気がしないし。

 周囲を見渡しても女の人ばっかり。

 

『ん?』

 

 ちらっと見えた人影が黒い帽子を被ってたような……

 とはいえほんの一瞬だ。

 見間違いの可能性もあったけど、もしもあれがカナデさんだったなら……なんて、想像しただけで心臓が高鳴る。

 

『いたかもしれない』

 

『え』

 

『ホントに? 早くない?』

 

『人違いじゃ?』

 

 LEINで色々聞かれるけど、私は返事をすることなくアプリを閉じた。

 なんにせよ確認しなくては。

 私は向こうの背丈を知らないから何とも言えないところだけど、もしも本人だったなら早く話したい。

 高揚してソワソワする気持ちを落ち着けながら先程のカナデさんらしき人物を追いかける。

 広場の街路樹沿いに進み、ショッピングモールの手前で曲がると、やや高めの身長の黒い帽子の人物がいた。

 

「あの! カナデさんですか?」

 

 思ったよりも大きな声が出てしまった。

 咄嗟の大声に目の前の人物は驚いたように振り返り私を認識する。

 

「は? 誰?」

 

 あ……間違えた。その人は女性だった。

 間違えられたことに少し苛立った様子で私を睨んでくる。

 気持ちが逸りすぎて帽子だけで判断してしまったけど、もっとしっかり確認するべきだった。

 

「ご、ごめんなさい。人違いでした」

 

 失礼なことをしてしまったと、慌てて謝った。

 その場をすぐに去ろうとして――腕を掴まれる。

 ふくよかで力のある腕が私の手首を逃がすまいと捕らえた。

 

「まあ待ってよ。なに? そのかなで? って男?」

 

「えっ、ま、まあ……」

 

 咄嗟に答えてしまったけど、正直に言う必要もなかったかもしれない。

 あんまり男の人が外出するなんて周りに知らせてもいいことになるとは思えないし。

 だけどそれは後の祭り。私が肯定したのを聞いて彼女は粘着質な笑みを浮かべた。

 

「私も混ぜてよ」

 

「は、はい?」

 

「いいじゃん。出会い系? それともレンタル? 顔……はまあいいけど、お金はいくらくらい必要だったの?」

 

 失礼な物言いにムッとする。

 だけど周りを見渡しても路地裏の入り口辺りなので人は少なかった。

 助けを求めても周りの人たちは気付いていない様子で歩いて行ってしまう。

 

「す、すいません。そういうのじゃないんで……」

 

 掴まれた腕を振り払おうとするけど、私の非力ではどうすることもできなかった。

 彼女の手はビクともしない。

 

「あーいいからそういうの。あんたみたいなのでもいいなら私でもいいでしょ?」

 

 ちょっとずつ路地裏に引っ張られていく。

 本当に怖くなってきた。

 目尻にちょっとだけ涙が滲むけど、こっちの動揺を悟られないように抵抗をする。

 

「あんたさー……いい加減にしないと」

 

 私の行動をどう思ったのか、相手の声が1トーンほど低くなった。

 向こうの力が強いのでどんどん引っ張られる。

 人の影はなく何をされても気付かれないような場所。

 恐怖に目を瞑ったその瞬間――シャッター音が聞こえた。

 

「ッ!」

 

 へ? と私から間の抜けた声が出る。

 

「僕の連れが何かしましたかね?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 優しくて温かみのある男の人の声量。

 一瞬で目を奪われた。それと同時に理性ではなく本能的に理解した……この人だ、と。

 予め聞いていた通りの黒い帽子も確認できた。

 ゴシゴシとしつこいくらい目を擦り再度見た――言葉を失った。

 

「う、ぉ……」

 

 後光が見える気がする。

 人のことは言えないけど、まだ1時間以上もありますよ……?

 もしかしてカナデさんも私と同じくらい楽しみにしてたのかな……なんて、都合のいい考えも浮かんだ。

 時間の感覚がなくなり目を奪われること数秒、あるいは十数秒。

 たぶんカナデさんを目にした私と隣の彼女の思ったことは一致していたんだと思う。

 

「あ、あのさ、こんな女より私と遊ばない? これでもお金はそこそこあるんだけど」

 

 そんな緊張したように強張った言葉が隣から聞こえてきた。それに対して目の前のカナデさんが一歩こちらに歩みを進めた。

 高い……たぶん頭1つ分以上違うから170以上ありそうかも。

 さすがに男の人の力には適わないだろうし、カナデさんに声をかけた彼女も少し威圧された様子だ。

 

「無理ですね」

 

 にっこりと温和な笑み。だけど何となく……初めて会うから本当になんとなくだけど、カナデさん怒ってる?

 断られた彼女はそれが意外だったのか唖然とした様子。

 そんな一瞬の隙にカナデさんが私の手を握り引っ張ってくれた。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 私の手を引いて路地裏から出ていく。

 私はそれに慌ててついて行って……何か漫画の中のヒーローみたいだな、なんてチープな感想を抱いた。

 

「クロロンさんですよね?」

 

「え?」

 

 その場から離れながらカナデさんは私に言葉をかけた。

 違いましたかね? と不安そうな声。

 

「ち、違わない、です」

 

 走りながらだったから、息が切れる。

 だけどそれ以上に過度な心臓の高鳴りがすぐに私から体力を奪っていった。

 よたよたと転びそうになりながらもついて行く。

 

「あ、ごめんなさい。ここまで来れば大丈夫ですかね?」

 

 気付けば約束の時計塔の前だった。

 急ぎ呼吸を整えて、高鳴る脈拍を落ち着けながら熱くなった顔で目の前の想い人へと視線を向けた。

 お互いに向かい合うと、彼はとびきり嬉しそうな笑顔で名を名乗った。

 

「カナデです。初めましてクロロンさん」

 

 とりあえずあれだ。

 皆には伝えなくてはならない。

 

 2割じゃなくて3倍だった、と――

 

 

 

 

 


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