貞操観念逆転世界におけるニートの日常   作:猫丸88

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after10

 

 

 

 黒崎加恋視点

 

 

 え、嘘でしょ……?

 内心で冷や汗をかいた。

 避妊薬――読んで字の如く避妊するための薬。

 通常のピルは痛みの軽減。生理周期をずらしたり整える目的でも使用されるけど、あれはアフターピル。確実に避妊用だ。

 全員が気付いたっぽい……当然皆驚いてるし、優良に至っては分かり易く慌てていた。

 

「どうやって遊ぶんですかね」

 

 カナデさん、違います。それ玩具じゃないです。

 目線で優良に問う。

 優良は目を泳がせていた。あ、見覚えがある。チャットで誤爆した時の私だこれ。

 たぶん今頃優良の頭は真っ白なんだと思う。

 あと男の人にはあまり縁がないからなのか、カナデさんが気付いた様子はなかった。

 薬品名をそのままアルファベットの筆記体で表記していることも、こちらにとっては都合がよかったのかも? パッと見は何の入れ物なのかは分からない。

 晶が顔を引き攣らせながらこちらに視線を投げかけてきた。

 

 おい、どうすんだこれ……と。

 

 なんであんなところに入れてあるのかは置いておこう……

 実は優良が一発狙っていた疑惑についても、この際置いておく。

 問題は、あの爆弾クラスの危険物がカナデさんの手の中にあることだった。

 状況を確認する。

 優良は真っ白で、薫は咽てる。

 動けるのは私と晶くらいだ……咄嗟に話題を繰り出した。

 

「あ、そ、そう、いえば……ですね……カナデさん?」

 

 途切れ途切れの言葉。

 必死に頭を回す。

 

「ん?」

 

「……実はですね」

 

「なんでしょう?」

 

「実は……」

 

「実は?」

 

 実は、えーと……え、えぇと。

 

「最近、ですね……楽しみにしてることがありまして……」

 

「楽しみですか。何をです?」

 

 カナデさんの気を逸らすべく、必死に話題を模索する。

 何も思い浮かばない。それどころか焦るばかりで関係ないことばかり浮かんでくる。

 

「えーと、散歩……」

 

 おばあちゃんかな?

 勿論いつもゲームばかりしてる私にそんな健康に良い楽しみなんてない。

 

「へー、健康的でいいですね」

 

 カナデさんは私の不可解な言動に不思議そうにしていた。お陰で手元は見てないけど……でもいつ気付かれるか分からない。

 あんなものを持ってきてるとバレたらどうなるか……

 仮にカナデさんが受け入れてくれたとしても単純に気まず過ぎるし、その逆の展開は考えたくもない。

 慌てて言葉を続けた。

 

「散歩、を……してるとですね……」

 

「ん?」

 

「……気持ち良いですよね」

 

「そうですね」

 

 挙動不審な私にカナデさんはずっと小首を傾げている。

 だ、駄目だ。話題が全く広がらない。

 尚もカナデさんの手の中にピルの小箱はある。メタリックな表記が窓から差し込む陽光を反射していた。

 キラキラと輝く銀色の文字が私たちを挑発しているようだった。

 間は繋げたけど状況は変わっていない。くっ、どうするか……

 するとソファーから優良が立ち上がった。

 バン! と手をテーブルについて大きく音を立てる。

 

「カナデ! あ、あれ見てよ!」

 

 優良が窓の外を指差す。相変わらずいい青空だった。

 

「……? いい天気ですね?」

 

「それにほら! 鳥! 鳥がいるよ!」

 

「鳥……? いますかね。どこです?」

 

「あ……ごめん違った。電柱だった」

 

「凄い間違え方しますね……」

 

 薄い会話が繰り広げられる。でも雑ながらもファインプレーだ。

 優良に気を取られてるうちに回収しなくては。

 二人から意識を逸らすと、向かい側にいるカナデさんの手の中を注視した。

 気付かれないようにと、こっそり手を伸ばす。

 指先がゆっくりとカナデさんの手の中に近付いて行き――腕がグラスに当たってしまった。

 氷がカランと涼やかな音を響かせた。

 

「ん?」

 

 気付かれる。慌てて急激な方向転換。

 右側にある胡椒や塩などの調味系のあれこれが置いてあるスペースへと手が向かった。

 あくまで自然体で、最初からそこを狙ってましたよ? みたいな顔をする。

 だけど、頭の中は何も考えていない。

 どうしていいか分からず手が宙を彷徨い、割り箸と醤油の上空でフラフラと揺らめき、その末に何を血迷ったのか醤油瓶を手に取った。

 

「クロロンさん? それ醤油ですよ?」

 

「え、ええ。醤油ですね」

 

 咄嗟に返事をしてしまう。ここで間違えたと言えばまだよかっただろうけど、そんな判断力はこの時の私には残っていなかった。

 当たり前のように醤油を手元へと手繰り寄せてしまった。

 僅かな静寂が訪れて、それどうするの? みたいな視線をひしひしと感じる。

 飲物しか来ていないのに、なぜ醤油? 自分でも不思議に思う。

 結局どうすればいいのかと悩んだ末に、私はそのまま醤油の容器をゆっくりと元の位置へと戻した。

 

「…………」

 

 変な空気が流れる。何がしたかったの? みたいに思われてるんだろうなと考えたら羞恥心で死にたくなった。

 最悪醤油を口に入れる展開も考えたけど、絶対に頭がおかしい奴だと思われそうなのでやめておいた。

 

「か、カナデ様っ! これ、面白そうだと思いませんか!」

 

「お、タロットですか。実物は初めて見ますね」

 

 薫が誤魔化すようにたどたどしい動きでカードの束を手に取った。

 声は裏返ってたけどこれも紛れもなくファインプレーだった。

 一瞬だけトランプにも見えたけど、大きさが違うことからタロットだと分かる。

 私も普段見ることのない珍品に意識を奪われるけどそれもすぐの事。

 再度切り替えた私はカナデさんの手の中の爆弾に手を伸ばす。

 細心の注意を払いながらゆっくりとカナデさんへと接近していく。

 今度はグラスに気を付けながら――

 

「ん?」

 

 時間を掛けすぎたせいか、また気付かれる。

 方向を変えて、醤油瓶を手に取った。

 

「…………」

 

 私はゆっくりと醤油の容器をその場でくるくると回転させる。

 無意味に瓶を半回転させると、それ以上は何をするでもなく手を離した。

 ちょっと自分でも自分が分からなくなってきた。

 

「み、南向きが良いかなって」

 

 カナデさんの純粋な疑問の視線に耐えきれず謎の言い訳で開き直った。

 風水なんて全く詳しくない癖に、私は何を言っているんだろうか? そもそも醤油と風水に何の関係が?

 それとよく考えたら南は反対側だった。

 そして、今のはさすがに大らかなカナデさんでも誤魔化されなかった。

 不審に思ったのか同じ場所へと手を伸ばす。

 

「これがどうかしました?」

 

 ひょいっと瓶を持ち上げるカナデさん。

 それと入れ替わるようにピルの入った小箱がテーブルに置かれた。

 チャンスだ!

 晶がこちらにアイコンタクトを送ってきた。

 対象の注意を逸らせ。とのこと。

 おkおk、了解だ。

 

「……カナデさん」

 

「ん?」

 

「ワタシ、醤油、スキ」

 

「そ、そうですか。なぜ片言……?」

 

 意識は逸らした。けど……だ、駄目だ。これ以上は無理だ。カナデさんさっきからずっと首傾げてるし。

 どうにか打開策を練っていると、カナデさんが再び体をそちらへ向けようと動き出す。

 晶が、ヤバ! って顔をする。体も硬直していた。

 咄嗟にこちらを見た晶と視線が交わる。緊急時の第六感でも発揮できたのか、刹那のアイコンタクトで即座に理解する。

 

(加恋! 何か頼む!)

 

 急な無茶ぶり。な、何かってなにさ!?

 

(一発ギャグとかあるだろ! なんでもいいから手持ちのやつ!)

 

(そんなの持ってないよっ!?)

 

(醤油でも流し飲みすれば何だコイツってなるだろ!)

 

(何だコイツってなるじゃん! 嫌だよっ!?)

 

 そうこうしてるうちにギリギリのタイミングになる。

 二人が交錯する直前に、ヤケクソ気味に思い切り立ち上がった。

 注意を引くためとはいえ驚かせてしまう。カナデさんがびくっとしていた。

 言葉が上手く出てこない。自分の口元がピクピクするも、この場を収めるような一言は欠片も浮かんでこない。

 最近、何も考えてない状態で注目を浴びることが多い気がする。

 アドリブ力が鍛えられてるんじゃないだろうか。別にそこまで欲しくもないけど。

 

「ど、どうしました?」

 

「……あの、えと」

 

 私はどうすればいいんだろう。特に話題も浮かばない。

 どうしよう。醤油飲むの? これ一発ギャグって言うの? 塩分過多で体壊しそう。

 仲間達に助けを求めるように視線を向ける。

 しかし、皆も何を言えばいいのか分からないのだろう。結局助け舟が出ることはなかった。

 私は回らない頭で必死に言い繕う言葉を模索した。

 

「す、好きです」

 

 皆から「嘘でしょ?」とか「え、ここで?」みたいな視線がやってきた。

 私も同感だ。完全に血迷った。

 自分は何を言っているんだろうか。なぜここで告白?

 いや、さすがにこれはない! 慌てて別の言葉を繋げた。

 

「食べるの大好きです」

 

 但し、その後の言葉が正しかったのかと聞かれたら微妙なところだろう。

 だけど、私は食いしん坊キャラになるという犠牲を払ってどうにかこの場を乗り切ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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