貞操観念逆転世界におけるニートの日常   作:猫丸88

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 黒崎加恋視点

 

 

 カナデさんがお手洗いへと向かったのを確認したところで、優良が大きく息を吐いた。

 

「あああ~よかったよぉお~!」

 

 全員が一斉に安堵の息を漏らした。

 

「お前なぁ……なんてもん持ってきてんだ」

 

「うぅ、ごめん。昨日色々詰めた時に間違えたみたい……」

 

 晶から避妊薬を受け取った優良がポケットへとそれを仕舞う。

 

「加恋もごめんね?」

 

 だけど私は俯いたまま顔を上げることができなかった。

 自分の嗚咽が聞こえる。

 

「終わった……」

 

 私はこれからカナデさんに腹ペコの食いしん坊キャラとして見られていくんだ。

 これは確実にマイナス点だろう。幸先の悪すぎるスタートだった。

 

「ご、ごめんってば~」

 

「いいよ……仕方ないよ。それにピルなら私も持ってきてるし」

 

「持ってきてるんだ……」

 

 そりゃまあ避妊は女の責任だし、いざという時の義務とも言えるだろう。

 今回は露見したかどうかの違いだけ。持ってきたこと自体を責めることはできない。

 

「そうそう。それに前に私もチャットミスしたしおあいこだね」

 

「め、目が全然笑ってないよ……?」

 

 だって笑えないよこんなの。好きな人からの印象が食いしん坊キャラとか嫌すぎる。

 果たして私は今後異性として見てもらえるんだろうか? 不安だ……

 そんな空気を変えるように薫がスマホに目を向けながら話題を変更した。

 

「話は変わるのですが、電車が止まってるらしいですよ」

 

「そうなの?」

 

 薫がスマホ画面を見せてくる。

 【ゲーマー美少年捜索隊】のグループLEINだ。そこには百合からのメッセージが何件がやってきていた。

 私の方でも、詳細を確認する。

 

 

 

 

『ごめん、オフ会のメンバーに伝えたいことが』

 

『お? たぶん今薫の喫茶店にいるんじゃないかな。どうかしたの?』

 

『車両トラブルがどうとかで電車止まってる』

 

『まじ? それそこそこ大事では』

 

『オフ会間に合わないってこと?』

 

『わ、分からない。あんまり遅れるようだったら、ちょっと遠いけど歩いて戻るよ』

 

『ここで間に合わないとか悲惨すぎるもんね』

 

『オフ会参加組は上手くやれてるのかな?』

 

『割り込み御免。加恋です』

 

『お、加恋。オフ会は?』

 

『今カナデさんお手洗いに行ってる』

 

『ああ、なるほど』

 

『ところでカナデさんの顔写真とか撮ってない?』

 

『確かに気になる……!』

 

『了解。あとで撮らせてもらうよ』

 

『よっしゃ! これで今夜のあれこれが捗る!』

 

『それで何かゲームでもしようかってことになってる』

 

『ゲーム? DOFとは関係なく?』

 

『王様ゲームとか候補にあがってる』

 

『ふぁっ!?』

 

『それは王様が絶対の命令権を持って相手に命令できるという素敵ゲーム……?』

 

『なん、だと……!?』

 

『今から私も行く三┏( ^o^)┛』

 

『私も三┏( ^o^)┛』

 

『私も三┏( ^o^)┛』

 

『大人数はカナデさん怖がらせるから却下で』

 

『orz』

 

『orz』

 

『orz』

 

『いやいや、そんな都合の良い展開あるかな?』

 

『確かに。違うゲームと間違えてたりしない?』

 

『きっと加恋たちが土下座してカナデさんに頭を踏まれるゲームの事だと思う』

 

『何そのゲームw』

 

『カナデさんが相手なら有り』

 

『www』

 

『加恋が最近性癖を隠さなくなってきてるw』

 

『あ、カナデさん戻ってきた。行ってくるね』

 

『カナデ様とのスウィートタイムを過ごしてきます』

 

『って言っても薫ほとんど喋れてないけど大丈夫?』

 

『…………』

 

『ご、ごめんて……黙らないで。怖いから』

 

『www』

 

『優良は、もう変なもん持ってないよな?』

 

『大丈夫!』

 

『おk、後半戦といきますか』

 

『百合も間に合うといいね』

 

『うい……』

 

 

 

 

「百合は下手したら間に合わないかもしれないね」

 

 スマホ画面から顔を上げた。

 百合って変なところで運が悪いよね。せっかくオフ会の参加権を勝ち取ったのに、ここまで来て遅刻とか。

 

「あいつたまに運が良いのか悪いのか分からなくなるよな……」

 

 何にせよ間に合うといいな。彼女だってずっと楽しみにしてただろうしね。

 

「そういえば告白ってオフ会の最後にするの?」

 

「そりゃそうだろ。失敗したらお通夜みたいな空気になるしな」

 

「ま、待って待って。今告白の事は言わないで。胸の奥がキュッてなる。吐きそう……」

 

「プレッシャー感じてるね……」

 

 皆から大丈夫か? みたいな視線がやってくる。こんな調子で今日のオフ会は乗り切れるんだろうか。

 弱気が脳裏を過ぎるけど、今考えても仕方のないことだとは思う。ひとまずはオフ会を楽しもう。

 じゃないと本当に緊張で吐きそうになる。

 

「この後は何をしましょう? ゲームとか?」

 

 すると優良が「あ!」と、何かを思い出したように声を上げた。

 皆でそちらに注目すると鞄に手を入れてガサゴソと漁り始めた。

 先ほどのピル事件のこともあり私たちは警戒気味だ。何が出てくるんだろう?

 

「ただいま戻りました」

 

「あ、おかえりなさい」

 

「? なんですそれ?」

 

 カナデさんが戻ってきた。それと同時に優良が鞄から取り出したのは見たことのない玩具だった。

 指先程の大きさ。二つの溝があって小さなランプがちかちかと点滅している。

 

「嘘発見器!」

 

「……何か漫画とかで見たことありますね」

 

 カナデさんが何とも言えない顔をしている。

 気を遣わなくても大丈夫ですよ。私も胡散臭いって思ってますから。

 

「100均で買ったんだけど、凄いんだよこれ~」

 

「当たるんですか?」

 

「そうなのそうなの~」

 

 例えば……と、優良がカナデさんの指にそれを装着する。

 サイズは丁度良さそうだ。指を溝のところに入れると、優良がさっそく尋ねた。

 

「はい、って答えてね。カナデは実は女の人?」

 

「はい」

 

 ビーーーーッ!

 

「ね? こんな風に嘘をついたら反応して音が鳴るんだ」

 

 ふ~ん? とはいえやはり胡散臭いという思いは拭えない。

 100均で入手したというのもそれに拍車をかけていた。

 けど余興としては面白いんだろうか?

 

「あ、クロロン信じてないね?」

 

 そんなことを考えていると顔に出たのか優良が頬を膨らませていた。

 カナデさんが装着していた嘘発見器を取り外して今度は私の指に取り付ける。

 

「じゃあ次クロロンね。はい、質問タイム~!」

 

「はいはい、でも何聞くの?」

 

 ん~、と頭を捻らせる優良。しばらく待って思いついたのかすぐに私に問いかけてくる。

 

「これって指で間接キッスだな、って思ってちょっと興奮してる」

 

 指で間接キッスってなに? そりゃ確かにこの発見器はさっきカナデさんもつけてたけどさ。

 それじゃあまるで変態みたいだ。

 

「いや……そんなわけないじゃん」

 

 ビーーーーッ! 

 

 景気よく電子音のブザーが鳴り響いた。

 妙な間が空いて、変な空気が流れる。

 晶から「レベル高いなお前……」と、呆れたようなツッコミが入った。

 

「クロロンが変態だった件について」

 

 優良がやや引いたように発した声もやけに大きく聞こえた気がする。

 

「……ち、違うし。そもそもこれ玩具でしょ? そんなに精度高くないと思うよ?」

 

「えー? それ言ったらこの遊び何も出来なくなっちゃうよ?」

 

 まあそうなんだけどさ。

 だけどできればこれはやめておきたいかな。

 カナデさんへの印象がどうなるのか未知数でちょっと怖い。

 それならばと優良が鞄に手を入れる。

 次々と物が出てくる優良の鞄はまるで異次元なんじゃないかってくらい色々入ってる。

 そうして次に出てきたのはウィッグだった。結構リアルな作りでパッと見だけど本物の髪の毛に見える。

 奥に押し込んでいたせいで何本か毛が跳ねているのを優良が手櫛で直していった。

 

「カナデのために買ったんだよ!」

 

 カナデさんはピンと来ていないようだったけど、私たちの方はすぐに分かった。

 言われてみればカナデさんは女装も変装もしていないので、男の人だと一目で分かってしまう恰好をしていた。

 男性の自衛のための女装が推奨されている近年においては、カナデさんの振る舞いは危機意識が甘いと言える。

 だけど、もしも何かの拘りがあってその上で女装をしていないのなら失礼になっちゃうかも……大丈夫かな?

 

「女装するのが普通なんですか?」

 

「警護をつけないなら確かに女装くらいはしたほうがいいかもしれませんね」

 

 言っちゃえばカナデさんが心配なのだ。

 トラブルに巻き込まれないとも限らないし可能ならば気を付けてほしい。

 

「ですか……こっちではそういうものなんですね」

 

 後半は小声で良く聞こえなかったけど、どうやら気分を害した様子もなく受け入れてもらえたらしい。

 カナデさんって優良と同じようにちょっと天然さんなのかな? 常識ズレしてるような気がするけど、どこかの御曹司だったりとか……

 そうだと言われても違和感はなかった。

 

「お借りしても良いですか?」

 

「うん!」

 

 慣れていないからなのか手間取っていたようだけど、どうにか装着してもらえた。

 留め具で固定して、セミロングヘアーの女の人に変装する。

 

「……どうですかね?」

 

 おぉ……と感嘆の息が零れた。

 どこからどう見ても――とまではさすがに言い過ぎかもしれないけど、パッと見は長身の女性にしか見えなかった。

 カナデさんは元々中性的な顔立ちをしているので違和感は少ない。顔をよく見られたらバレてしまうかもしれないけどね。

 優良がさらに使い捨てのマスクを手渡すと、カナデさんに着けてもらった。

 顔の半分が隠れたことでさらに違和感はなくなる。

 

「ひょっとしてカナデお姉様もありだと思ってる?」

 

 優良が冗談っぽく言ってくる。

 私の方も、さすがにないない、と冗談めかして答えた。

 

「いやいや、思ってないから。そこまで見境なくないよ」

 

 ビーーーーッ!

 

「…………」

 

 外すの忘れてた。

 

「けどよ、確かにちょっと危ないと思うぞ?」

 

「あー……そうなんですかね?」

 

 晶の言葉にカナデさんが困った様子を見せている。

 変装用の道具とか何も持ってきてないのかな?

 

「せっかくだしショッピングしない? カナデも少しくらい顔隠す小道具持ってた方がいいと思うし」

 

 オフ会の途中だけど、優良は「これもオフ会だよ~」と、言っていた。

 相変わらず適当というか自由というか……カナデさんがいいなら私としては問題ないけど。

 外に出たらここに行きたいな、みたいなのだっていくつかピックアップはしている。でもやはりその意見を通すかどうかはカナデさん次第だろう。

 チラリとそちらを窺った。

 

「僕なら構いませんよ」

 

 まあ、確かにずっと男の人の格好のままは危ないと思う。

 見たところ警護もつけてないみたいだから、どんな事件に巻き込まれるか分からないしね。

 

 

 

 

 

 

 


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