貞操観念逆転世界におけるニートの日常   作:猫丸88

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黒崎加恋視点

 

 

 それからもオフ会はつつがなく進行していった。

 軽く街を散策してから薫の喫茶店に戻り軽食をしつつ、まったりした時間を過ごしていた。スタンダードな遊びではトランプやったり。

 今は私たちがプレイしているMMORPG【ドラゴン・オブ・ファンタジー】について話しが弾んでいる。

 

「レアドロ装備は高すぎだよね~……レアドロ落ちやすくなるのは確かにありがたいけどさ。この前レアドロの準理論値で5000万ゴールドとかあったよ……失敗品は50万もいかないのにさ」

 

「5000万はどうなんでしょう。準理論と思えば安いんですかね? まあ、どっちにしろ買えませんが……」

 

「絶対使ったゴールドの方が高い気がするんだけどな~」

 

「ロマン装備ですからね。あるあるですよ」

 

 今は優良とカナデさんが金策の話で盛り上がっていた。

 晶は聞きに徹してくれている。たまに会話に参加しつつも、皆の飲物に気を配ったり、テーブル拭いたり、話題の方向性を私に向けてくれたりと、フォローに忙しそう……お母さんかな?

 薫も最初ほどの緊張はなくなったらしい。今では自然に――とは言わないまでもたまに話に混ざっている。

 基本は、優良と私がカナデさんと話してる感じ。

 

「通常ドロップで我慢ってわけにもいかないもんね」

 

「通ドロは相場安いですからね」

 

「数が多ければいいんだけどね。鬼獣の爪とかは通ドロでも高かったよね」

 

「でもあれって、モンスターが強いからじゃないですか。再沸きも遅いですし、そんなポンポン倒せませんよ?」

 

「だねぇ、結局ゲームでも美味しい話はないってことなのかな……」

 

 頷く優良。

 これぞオフ会って感じの会話だった。やっぱりこういうの楽しいな。

 ゲームだって勿論楽しいけど、こうして顔を合わせるのは新鮮味がある。

 だけど、本来の目的を忘れるわけにはいかない。

 時刻はまだ正午過ぎだけど、そろそろ覚悟決めないとかな……

 

「やっぱり何をするにしてもゴールドあれば潤いますね。また金策行きましょうよ」

 

「うんうん、その時は皆も誘おうよ」

 

「そうですね」

 

 するとカナデさんは話題を変えるように一言。

 

「そういえば、りんりんさんは今日来れないんですかね?」

 

 それに関しては何とも言えなくて、曖昧な返事をしてしまう。

 百合も今日のオフ会は楽しみにしてたから来たいはずだ。

 私だってせっかくなんだし百合も入れて皆で遊びたい。

 

「りんりんは肝心なところで運が悪いですよね」

 

「面白いよね~」

 

 薫の言葉に同意する。オフ会参加権利をせっかく得たのに肝心なところで用事は運が悪いとしか言えない。

 けど、たまに思うけど優良って結構いい性格してるよね。

 

「りんりん来れるといいね」

 

「あいつも楽しみにしてたからな」

 

「僕もですよ。りんりんさんってなんだか昔の友達に似てるんでどんな人か気になってたんですよね」

 

「へ~下ネタ言ったり?」

 

 優良の何気に失礼な発言にカナデさんは苦笑を返した。

 でも、百合と言えば確かに印象はそのくらいだ。

 下ネタ好きで、エロくて、処女で……そんなイメージばっかりだ。

 私も大概失礼かもしれない。

 

「なんというか雰囲気が似てるんですよね。女の子なのに下品なこと言ったり、優しくて変なところで真面目で……」

 

 カナデさんはしみじみと何かの思い出に浸っているような、そして同時に何かを懐古しているような、そんな表情を浮かべていた。

 その表情の奥にはどんな感情が眠っているのか、私には分からない。できたとしても、それは憶測に留まるだろう。

 

「幼馴染ってやつですか?」

 

「そうですね。幼馴染でした」

 

 続く言葉は過去のものだということを示していた。

 あんまり触れたら駄目なことなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、何とも言えない悲しさを顔に滲ませながら、少しだけ寂しそうにしていた。

 ちょっとしんみりしそうになったので話題を元に戻して場を濁した。

 何かしら察したのか皆もそれに乗ってくれる。

 話がひと段落すると、優良が2杯目になる飲物のグラスをテーブルに置いた。

 その瞬間を見計らって私から提案する。

 

「カナデさん、ちょっと皆をお借りしてもいいですか?」

 

「ん? いいですよ。いってらっしゃい」

 

「すみません。すぐに戻ります……」

 

 カナデさんは不思議そうにするも、納得してくれた。

 皆も皆でどうしたのかと、首を傾げながらも少し離れたところに私を中心に集まってくれる。

 カウンター席の奥の方で円になるような形で集合。

 

「どうした?」

 

「カナデ様を放って私たちだけで密談は不敬なのでは?」

 

 薫は本当にカナデさんの信者だね……友達同士の会話で不敬なんて出てくるとは思わなかった。

 けど言いたいことは分かる。私としても現状は本意ではない。時間だって勿体ないし単刀直入に切り出した。

 

「そろそろオフ会もお開きが近づいてきたしさ、ほら、あれをどうしようかなって」

 

 あれ、という代名詞に皆は一瞬考え込むも、すぐに思いついたらしい。

 一人スマホを操作しているカナデさんをチラ見して、晶が言ってくる。

 

「告るのか」

 

「う、うん」

 

 いざ言葉にされると、胸が締め付けられるように痛くなった。

 緊張なんて言葉が生温いほど鼓動を高めた心臓。

 口の中がカラカラに乾いていく。

 平静を装うけど、声が小さく震えているようだった。

 

「早くないかな~? まだ時間あると思うけど」

 

「さっきね、飲物取ろうとしたらカナデさんと手が触れ合ったんだけどさ」

 

「うん?」

 

「すごい良い匂いしたの。もう一度あの香りを嗅いだら駄目になるって予感があるの。絶対に告白どころじゃなくなる」

 

「友達が段々変態チックになっていってる件について……」

 

 要するに私の方に余裕がなくなってきたってことだよ。

 時間はあるけど、何か予想外のことがないとも限らないし。

 あと匂いフェチは訂正したい。なんだろう、カナデフェチ?

 

「その前に言っておきたいことが、加恋が失敗した場合は私たちも攻めますがいいですか?」

 

 そうだった。今回皆が控えめなのはこのオフ会のメインを私に譲ってくれているからだった。

 そうなると私が告白ミッションを失敗した場合、皆がカナデさんに……

 

「失敗しました、で済めばいいよね。最悪加恋とカナデの関係ギクシャクするよね」

 

「最悪というか、十中八九そうなるだろうな」

 

 優良と晶の言葉がこれでもかと心臓に重圧を与えてくる。

 

「ねぇ、加恋……やっぱり告白はまたにしない?」

 

「でも、真面目な話があるって言っちゃったし……」

 

 ああ……と、皆が口を揃える。

 私もなんであんな簡単に言ってしまったのか。あれだよね。その場のノリというかさ。

 だけど、晶から別の意見が挙げられる。

 

「違う相談に差し替えれないか?」

 

「ああ、それは有りだね。他に困ってることがあればそれを聞いてもらえばいいし」

 

「……それは無理だと思う」

 

「ん? なんで?」

 

「私直接会って相談するレベルで困ってることないんだよね」

 

 あんまりカナデさんに大事なところで嘘をつきたくないというのもある。

 

「どれだけ単純に生きてるんですか」

 

 薫の呆れた声。なんにせよここで引き下がることはない。

 初めてネットゲームを楽しいと思わせてくれたこと。

 それから沢山の時間をあの人と過ごした。

 現実では今日初めて会ったけど、あの人への想いはさらに増していくばかりだ。

 手のひらを強く握った。

 

「言うよ。私やっぱりあの人のこと大好きだから」

 

 

 

 

 

 

「あ、クロロンさん。話は――」

 

「か、カナデさん!」

 

 カナデさんの言葉を遮って、大声で叫んだ。

 ビックリしてる相手が目に映る。

 ふー、と息を吸って吐いてを繰り返した。

 頭の中は混乱状態。今にも真っ白になってしまいそう。

 それでも、ただ相手への気持ちだけがハッキリしている。

 

「どうしました?」

 

 いつものように優しい声。今ばかりはそれが怖かった。

 後ろを振り返ると、喫茶店の奥から皆がこちらに視線でエールを送ってきている。

 晶が頷く。優良が親指を立ててきている。薫は中指を立てるくらいはしそうだと思ってたけど、意外なことに心配そうにこちらを見てくるだけだった。

 独占欲の強い薫が今回のオフ会の目的になんで文句を言わないのか不思議なくらいだった……でも、ずっと応援してくれてたんだ。

 薫ってツンデレだよね。これが終わったらからかってあげよう。

 お礼も言わないとだ。

 優良と晶はどんな顔をするだろうか。遅れてきた百合には悪い気もするし、なにか奢ってあげよう。

 他の皆にも。きっと成功したら大騒ぎして喜んでくれるはずだ。いつもみたいに……当たり前のように。

 もう一度カナデさんを見る。真っ直ぐに見据えてから――伝えた。

 

「カナデさん。ちょっと付き合ってもらえませんか?」

 

「いいですよ。どこにですか?」

 

「…………少々お待ちを」

 

 そそくさと離れてこちらを窺っていた皆の元へと戻った。

 全員から咎めるような視線がやってくる。

 

「いや、今のは加恋が悪いよ……何あの軽いノリ」

 

「し、仕方ないじゃん! 怖かったんだよ!?」

 

「もっかい行ってこい! 戻ってくるな!」

 

「む、無理ちょっと待って。今MPが足りない」

 

 心臓が大変なことになってる。ばっくんばっくん言ってる。

 晶がお冷をコップに入れて渡してくれる。

 飲み干して喉を潤して、気持ちを落ち着けた。

 

「今更だけど大丈夫かな? 振られないかな? ネトゲのフレ止まりなのにいきなり告白って変な奴だって思われないかな。直結厨みたいな」

 

「この話題デジャヴなんですが……」

 

「大丈夫だよ。振られても友達ではいられるんだしさ」

 

「いやいや、振られて友達同士って気まずくない? 皆だってこの前はそう言ってたじゃん。優良も同じこと言ってたと思うけど? それにそもそもこれから永遠にカナデさんの彼女になれないって状態が嫌じゃない? ギスギスなんてしたくないし、どうせなら隣には私が居たいと思うんだよね。そりゃあの人と友達でいられることだってもちろん嬉しいけど、私としてはカナデさんと恋人になってキャッキャウフフしたい。あの人以外とだなんて絶対に嫌。皆だって好きな人が出来たらきっと同じ気持ちになると思うよ?」

 

「凄い喋るね」

 

 

 

 

 

 


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