黒崎加恋視点
カナデさん帰宅後。
私はいつもの面々に自慢気に話していた。
「いやー参った参った。友達になれちゃったね! 少しずつだけど確実に距離を縮めちゃったよ」
オフ会は無事に終了した。
振られて気まずくなることもなく、皆笑顔で大団円だ。
いきなり恋人へのステップアップは出来なかったけど、これはこれで悪くないんじゃないだろうか。
「見てよ! LEINも交換したんだよ? いやはや、皆にも私のあの雄姿を見せたかったね。これは脈ありなんじゃないかなって」
すると優良がジトッとした目で言ってくる。
「そもそも告白するんじゃなかったの~?」
「完全にチキったよなこれ」
「うっ」
気まずさから顔を逸らした。髪の毛をくるくる弄りながら言い訳のような言葉を口にした。
「み、皆だって言ってたじゃん。いきなり告白なんて成功しないって」
確かに告白は出来なかった。だけどいきなり告白が変なやつだと思われるのも事実。これはこれで最良の結果だったんじゃないだろうか?
それにあの流れで告白はそこそこハードルが高い。
「それはそうだけどさ~ここまで来て友達からって……」
優良の苦言に後悔が浮かんできた。もしあそこで告白してたらどうなってたんだろう? って。
だけどカナデさんが嬉しそうにしてたから水を差せなかった……
あの人が喜んでるとこっちまで幸せな気持ちになるというか。
『じゃあこれからは友達同士なんですね』
カナデさんの照れた笑顔を思い返す。
私はそれが嬉しかった。恋人にはなれなかったけど、カナデさんが私との関係の進展を……例えその気がなかったとしても喜んでくれたってことだから。
「今はこれでもいいよ。なんか……カナデさん本当に嬉しそうだったし」
晶は苦笑しながらも優しくフォローをしてくれた。
「ま、気持ちは分かるけどな。良かったじゃねーか。友達からでも関係は進んだってことだろ?」
私は深く頷いた。
小さな一歩でも確実に前に進んだことには違いないからだ。
ふと会話に入ってこない友達が視界に映った。
「そういえば薫は静かだね? どうかしたの?」
一人カウンター席でスマホをジッと見ている薫に声をかける。
ずっとスマホと睨めっこしてるけど、どうしたんだろうか?
「薫?」
「ふふっ、ふふふっ……カナデ様と関係を進めたのが自分だけだと思いますか?」
ん? なにそれどういうこと?
薫も何かあったの?
ゆらり……っ、と立ち上がる。
するとスマホをタップして画面を見せてきた。
そこには間違いなく【カナデ】という名前がLEINの友達一覧に――って、は!?
「な!? いつ!? というかなんで!?」
慌てて詰め寄ると、薫はどこか自慢気に胸を張った。
「フッ、帰り際にカナデ様に御願いされて交換しました。友達にも、とね」
「な、なな、な……!?」
な、なにそれ……てっきり私だけだと思ってたのに。
でも思えば皆を仲間外れにするというのは確かにおかしかったけど。
ということは……?
恐る恐る残った二人の方にも目を向けた。
「あ、私もお願いされたよ~」
「アタシもだな」
うぐ、やっぱりか。
でも皆いつの間にそんなことに?
「帰り際にさ、せっかくなので皆さんも~って」
「ま、アタシとしては嬉しかったぜ? 加恋には悪ぃ気がしたけど、リアルで会えたのにこのままってのはな」
う、うぅん……帰り際ってことは私がオフ会の終わりに夢見心地でふわふわしてた時だよね。
あの時か……別に皆とカナデさんが友達になることが駄目なわけじゃないけど。
「まぁまぁ、悔しいのは分かるけど、参加すら出来なかったメンバーもいるんだしさ」
「ああ……」
すぐに誰の事か分かった。
LEINの交換どころか参加すら出来なかったというのは、なんとも……
「間に合ったああああああああっ!!」
ガラーン!! と、扉のベルが勢いよく鳴り響いた。
滑り込む様な勢い。百合がようやくやって来たらしい。
だけど悲しいかな、オフ会は既に終了しているし、カナデさんも帰ってしまっている。
「……間に合ってないよ?」
「1時間くらい前に終わったところだな」
すると百合は汗だくの笑みを浮かべた顔をしわしわと萎れさせていく。
い、一気に老け込んだね。
瞬間、百合は崩れ落ちた。
「おぼふぇふぐぐふふふぅぅぅ……っ!」
地面に膝をついて泣き(?)出してしまった。
なんて言っていいか分からなくて、皆で黙った。何とかフォローしたいけど、上手く言葉は出てこない。
「ま、まあ座ろうぜ……な?」
とりあえずソファーに座らせた。
肩を貸してあげて、よろよろと起き上がらせる。
何気に軽い百合の体をソッと下ろした。
「オフ会が……オフ会がぁぁ」と、メソメソしている百合の気を紛らわせようと別の話題を振ってみた。
「そういえばLEINは見てなかったの?」
一応【ゲーマー美少年捜索隊】のグループの皆には伝えておいたんだけど。
「充電切れたの……」
ほら、と見せてきたスマホ。確かにうんともすんとも言わない。
ずっと百合が使ってるスマホ。長年の使用でバッテリーが消耗しているのかもしれない。
何にせよ、オフ会が終わったことに気付くことなく走り続けた百合は哀れだった。
晶が汗だくの百合にタオルを渡していた。
「ふぅ、まあ終わっちゃったなら仕方ないかな……」
そう言って切り替えようとする百合。
「よかったの?」と、聞いてみる。
「よくはないけど、仕方ないよ……」
っと、失言だった。どうやら空元気だったらしく、再び表情に陰が落ちる。
私の方でもなんとかフォローしようと目を彷徨わせる。
「疲れたんじゃない? 飲物でも頼んだら? 奢るよ」
「うん……」
それでも覇気のない百合。
どうしたものかなー、と、私も対面に座った。
「抹茶オレとかどう? 好きじゃなかったっけ」
「そうだね。じゃあそれにするよ……」
やっぱりショックは大きいみたいだ。
百合がもう一度溜息を吐く。
ふと、スマホに着けられた可愛らしい花のストラップが目に入った。
「あ……それ紐が千切れかかってない?」
紐が古びて小さい花も色落ちしていた。
「ぐすっ……ああ、ほんとだ……」
百合が解れた紐を弄りながら結び目をもう一度結び直していた。
「あっ、もしかしてそれ【DOF】の?」
【DOF】で出てくる花のアイテムにそっくりだった。
ぐしぐしと目元を擦ると、百合は気を取り直したように「え、ああ。似てるけど違うよ」と、言葉を返した。
ちょっと痛々しかったけど、せっかく元気を出してくれようとしてるわけだし、目元が赤くなってることには触れないでおいた。
続く百合の言葉を待った。
「子供の頃に貰ったんだよね。仲の良かった友達がいてさ」
「へぇ」
百合に幼馴染がいたとは初耳だった。
漫画とかでは良くあるパターンだ。今でも関係は続いてるのかな?
「もう疎遠になっちゃったけどね。仲は本当に良かったよ」
幼馴染かぁ。異性が相手なら垂涎もののシチュエーションだけど。
優良が「どんな子だったの?」と、聞くと百合はしばらく考え込む様子を見せた。
「一言で言うなら王子様って感じの子だったね」
その言葉に全員の注目が集まる。
「え、男の人なの?」
驚いていると百合はニヤリと自慢気に笑った。
「そう! 私には幼い頃一緒に過ごした王子様がいるんだよ!」
「名前は?」
「名前はちょっと覚えてないかな」
「格好良い?」
「顔も思い出せないかも」
「得体が知れない人だね……」
覚えてないのか……子供の頃って考えたら仕方ないけどさ。
私も昔の事なんていちいち全部覚えてないしね。
百合は続ける。
「美しい思い出があるんだよこっちには」
何処となく嬉しそう。
だから百合の態度は控えめなんだろうか? 思えば私が好意を自覚してからはガツガツ来てない気がする。
けど私としては「あれ?」ってなった。
「その割にはカナデさんにチャットHとかネトゲで告白とか色々……」
「愛と性欲は別物だよ」
欲望に忠実すぎる……
私が引いていると、薫が飲み物を持ってきてくれた。
「抹茶オレ持ってきましたよ」
百合は一口だけ口をつけてカップをソーサーに下ろす。
ほんの僅かな沈黙。
「でも終わっちゃったんだねぇ、オフ会」
優良の言葉。込み上げる感情が胸を締め付けた。
こういうのなんて言うんだっけ。なんか日曜日が終わる夕方みたいな感じ。
皆を横目に今日一日の成果を噛み締める。そして、ふと言いたくなった。
「というかカナデさん格好良くなかった!?」
「分かります!」
薫が私に同調してくれた。
ガシッと手を握り合わせる。
「ほんとどうなるかと思ったよな。優良がピル入れてた時とか」
「うっ、ご、ごめんってば~」
皆が慌ただしく盛り上がる中。
そういえばと目を向けると、百合が一人頬杖を突いて、ティーカップの中身をくるくると回しながら外を眺めていた。
窓の外、沈んでいく夕日が横顔を照らして影を作る。百合のその横顔はどこか切なげなオレンジ色に染まっていた。
「まあ百合もさ。次があるよ次が」
というか幼馴染の人が少しでも気になってるなら、カナデさんのことは譲ってもらえないだろうか?
一夫多妻とはいえライバルは少ないに限る。
「カナデさんのことは私に任せてよ。絶対幸せにするから」
「えー、ズルくない? 私だってちょっとはカナデさんとエロいことしたいんだけど」
「いやいや、他に気になってる人がいるなら不貞だと思うよ? その人といつか再会できた時の為にも浮気は駄目だと思うな。その人も悲しむだろうしさ」
けど、百合は力なく首を振った。
「向こうは私のことなんて覚えてないよ」
寂しそうに笑い、百合は残った飲物に口を付けた。
そうして彼女は不意に「あ」と、思い出したように――
「そうだそうだ。確か……おおとり君、だったかな。元気にしてるかなぁ」