貞操観念逆転世界におけるニートの日常   作:猫丸88

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after20

 

 

 

 

 篠原百合視点

 

 

『消しゴム忘れたあああああ!! 誰か貸してえええええ!!』

 

『徹夜なんてもう二度としない……』

 

『ねぇ、ここの問いの答えって……あああ、間違えたああああ!!』

 

 学校での光景を思い出しながら眠りから覚める。

 まだ意識は夢と現の間を彷徨っているのか、どうにも思考がまとまらない。

 倒れ込むように変な体勢で寝ちゃってたせいで体が少しだけ痛かった。

 ふあ……と、欠伸をしながら体を伸ばす。制服のまま寝てしまったようで少しだけ皺になっていた。

 窓から見える夕焼けがほんのりと暗い色に染まり始めているのを横目にカーテンを閉める。

 今自宅には私一人だ。お母さんは出張業務があるとかでしばらく家にはいない。

 たまに徹夜で朝帰りもあるので家に1人でいるのはいつものことだ。とはいえここまでの長期間は珍しいけど。

 時計を見ると19時過ぎ……思ったより寝てしまっていたらしい。勉強疲れかな?

 スマホでLEINアプリを起動して【ゲーマー美少年捜索隊】のグループメッセージを確認した。

 名付け親は私だけど中々なネーミングな気がする。何故だか皆には不評だったけれども。

 

『名前……書いたっけ?』

 

『ちょ、不安になるww』

 

 相も変わらず賑やかなメンバー達を微笑ましく思う。

 LEINに既読を付けると、もう一度体を伸ばした。

 段々と頭も冴えてきたことで思い出す。

 

「あ……夕飯忘れてた」

 

 慌ててキッチンへと向かった。

 途中洗面台で顔を洗って完全に頭を起こすと、冷蔵庫の前までやってくる。開けてビックリだった。

 

「卵と飲物と……もやし」

 

 さすがに成長期の女子にこれだけは厳しいだろう。

 もやし炒めとスクランブルエッグという選択肢も浮かんだけどやはりメインになる肉か魚がほしいところだ。

 今ならスーパーはギリギリ開いてるはずだ。ちょっと面倒だけど何か材料を……あるいは惣菜という手もあった。

 我が家では基本お母さんが用意してくれているけど、家にいないときも多いので、その際には私が自炊する。

 将来的なことも考えると自炊できるというのはポイントが高いはず。

 カナデさんとのムフフな蜜月を脳裏に思い浮かべてだらしない顔になった。って、いけないいけない。あまり時間もないわけだし急がないと。

 少し皺になった制服を脱ぎ捨てた。後でアイロンをかければいいだろうから折りたたむ必要もない。面倒だし。

 私服に着替えて財布を持ち、そのまま玄関口へと向かった。

 

 ぴろりん!

 

「ん?」

 

 グループLEINでまた誰かが発言したのかとも思ったけど、今回は個人LEINだった。

 加恋がまたカナデさん関連で惚気ていた。どうやらカナデさんとの将来設計を真面目に考えたようで、それに対して意見が欲しいとのことだとか。

 お、重いよ加恋……まだ付き合ってさえいないのに。

 私だってカナデさんを狙ってるけど、加恋ほどの想いがあるのかと問われれば疑問が残るところだ。

 カナデさんが大好きすぎる友人は、どうやら本当にカナデさんの事しか考えていないらしい。

 こうなるとまともに付き合えば何時間も時間を取られるので適当に返事した。

 あとでまた聞くから許してほしい。スーパーは20時までだからそこそこギリギリなのだ。

 けど加恋がカナデさんに入れ込むのも分かる。

 あれだけ性格が良くて、加恋曰く完璧らしい長身イケメン。しかもあのチャットミス事件。

 惚れるなというのが無理な話だ。

 

『百合~』

 

 もう一度通知音が響く。

 珍しいことに優良からの個人LEIN。

 時計を見ると19時半。うーん、微妙な時間帯。

 まあ……最悪コンビニ弁当で済ませられるからいいけどさ。というよりそっちが手っ取り早いかもしれない。今から下準備もなく夕食を作っていたらゲームをする時間なくなりそうだし。

 

『この前百合の家に行ったの覚えてる?』

 

『うん、覚えてるけどどうかした?』

 

『パソコンと一緒に持って行ったUSBケーブルがどこにもないんだ。時間ある時にでも探してみてくれないかな?』

 

『おk、そのくらいなら今探してくるよ』

 

『ありがと~』

 

 USBケーブルは小物とは言えないし、あんな大きいものならすぐに確認できるだろう。

 リビングに戻ってあちこちを探した。

 

「っと」

 

 あったあった。やっぱり分かりやすいところに忘れられていたようだ。

 屈んでテーブルの下にあったケーブルに手を伸ばす……けど、微妙に届かない。なんであんなところに忘れたんだろう?

 優良の行動はたまに謎だから考えても仕方ないかもしれないけど。

 あともうちょっと……よし、取れた。

 

「痛っ」

 

 狭いところに無理やり体をねじ込んだせいで頭を裏にぶつける。涙目になりながら引っ張り出した。

 優良に忘れ物を見つけたことを伝えた。やれやれだ。

 探し出せたのはいいけど、ちょっと埃が……掃除もついでにしちゃおうかな。

 帰ってきた時に汚れてたらお母さんに小言を言われてしまう。

 で、掃除機をかけて、軽く整頓して、粘着ローラーで細かい汚れを取って……今日はコンビニ弁当確定かもしれない。

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 明日から土日だから余裕はあるけど、夜にすることじゃなかったかもしれない。

 普段お母さんがいる時には掃除しないリビングなので、この際だから徹底的に清掃した。なんか掃除したら、他に気になる所が出てきて、そこを掃除したら他のところもという悪循環。

 気合を入れ過ぎた。もう10時だ。

 そのせいで体の節々が痛い……明日は筋肉痛だろうか。

 けど収穫もあった。

 随分と懐かしいアルバムとかも出てきたし、失くしてたシャーペンと黄ばんだ紙切れも出てきた。手紙だろうか?

 以前気心の知れた友達が落ちていると言っていた物はこれだったようだ。

 ソファーに座り込んでアルバムを手に取る。

 掃除で出てきた漫画やアルバムに目を通すのはあるあるだよね。過去の記憶に懐かしさを感じながらページを捲った。

 

 エロ本だった。

 

「お母さん……」

 

 驚いた。いや、分かるけどさ! まさかアルバムの中身をくり抜いて隠していたなんて。

 我が母親ながらなんとも……

 親の性癖を意図せず知ってしまった。これ小学生の頃だったら軽くトラウマだったと思うんだけど。

 気を取り直す。もう片方の手紙っぽい便箋の方はどうだろうか。

 随分と古ぼけた物で、それだけ長い間見つからなかったことが不思議に思えた。去年の年末に大掃除したけどその時には見つからなかったし。

 あ、だけど以前にリフォームした際にあちこちに物を動かした記憶が……たぶんその拍子に何処かから落ちたんだろう。

 封をしているシールは完全に粘着力がなくなっていた。簡単に開いてしまう。

 どうやら何枚か入っているようで1枚目を見ることに。

 

『ぼくはゆりちゃんのことがだいすきです。

 おとなになってもずっといっしょにいたいです。

 おおきくなったらぼくとけっこんしてください』

 

「お、おぉ」

 

 無性にキュンとした。これはおおとり君、だったかな。彼からのラブレターといったところだろうか。

 私がモテモテでラブレターを違う男の子からもらった可能性も否定はできないけど、そんな事件があったら確実に覚えているだろうから、たぶんおおとり君だ。

 該当するような記憶も彼くらいしかいないからね。

 しかし、随分と年季の入った骨董品だ。

 男の子からのラブレターとかこれが最初で最後だろう。

 もう会うこともない過去の思い出だ。

 

「……でへへ」

 

 子供だからだろうけどストレートな愛情表現が心に響く。

 男の人からの好意がこれほど心地良いものだとは。

 いや、これは逆に子供だからいいのかもしれない。

 ショタっ子幼馴染かぁ……ふふっ、おっといけない。アダルトな妄想に耽りそうになってしまった。

 口の端の涎を拭う。

 ただ加恋には悪い気もする。カナデさんにもだ。

 結局のところ私はカナデさんを、自分の中の理想と重ねて代用しているだけなのだ。

 そのことに罪悪感が湧き上がる。

 きっとそれはとても失礼なことなんだろう。

 だから私はカナデさんを加恋に譲ろうと思っている。

 何かあれば応援だってする、加恋は私の大事な友達だ。恋路は全力で支えてあげたい。

 但しあわよくばおこぼれを狙ってるのは否定しない。女としての本能もあるからその辺は許してほしいところだ。

 ふと、顔も覚えていない少年の輪郭が想起される。おおとり君が脳裏に浮かんだけど振り払った。

 流石に今更おおとり君の方も私がどうこうなんて思ってないだろうし。

 私の方も――

 

「…………」

 

 何となく、本当に何となく……悲しくなった。

 胸を抑える。視界が滲んだ気がした。

 

「ハァ」

 

 いやいや、何しんみりしちゃってるんだろう。

 昔に戻れるなら仲良くしたままでいたいけど……そういえばそもそもなんで疎遠になったんだっけ?

 2枚目の手紙を見た。

 2枚目と3枚目には一緒に遊んだことが記されていた。

 拙い文章。文脈もどこかぎこちないし、何より字が汚い。

 だけど、本当に私のことが好きだったんだなって伝わってくる。

 これが萌えなのか恋なのか……よく分からないむず痒さだ。

 だけどこの幼馴染の少年が今でも私のことを忘れていなかったとしたらどうなるんだろう。

 ……本当に今更かな。縁が途切れた今となっては考えても無意味なこと。

 寂寥感に胸を締め付けられながら便箋の裏を見た。

 そこにはミミズが這ったような文字で名前が記されていた。

 

「へ……?」

 

 手から手紙が滑り落ちた。

 だけどそれ以上に私の脳内は混乱状態だった。

 数秒、あるいは数分か。しばらく固まった後ようやく時間が動き出す。

 慌てて落とした便箋を拾った。

 パニックに陥った私とは裏腹に、その文字はただ事実だけを伝えてくるのだった。

 

『ゆりちゃんへ

 おおとりかなでより』

 

 

 

 

 

 

 

 


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