篠原百合視点
結局あの後は当たり前のように何一つ手に付くことはなかった。
土日はずっと悶々してたし、カナデさんを意識するあまりゲームへのログインも出来ず……
今日は日直という事もありいつもより早い。高校への通学路を一人ぼんやりと歩いていく。
下駄箱で靴を履き替える。
教室への扉を開けると何人かが一か所に集まっていた。どうしたんだろう?
私に気付くとそのうちの一人から手招きされた。
「どうしたの?」
「ツッキーがまた公園でエロ本拾ってきたんだってさ」
「あの公園は凄いね。私の推測だと一度に捨てきれなかったエロ本をもう一度捨てに来たんだと思う」
な、なるほど?
言いぶりからするに以前にも捨てられていたんだろうか。
「ほら、百合も見てよ。前よりは肌色少な目だけどイケメン指数はこっちの方が高いよ」
ふへへ、とだらしない顔のツッキーこと月島綾香。
私の方へとアダルト写真集を見せつけてくる……けど。
「ごめん、今日はいいや」
その瞬間、教室が騒めいた。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさにこのことだろう。
意外そうに、または訝しそうに心配される。
「百合がエロに反応しない……?」
「あの処女王が?」
何その不名誉なあだ名……
ただ言わんとしてることは理解できた。
私でも自分の行動に違和感を感じる。ただ、なんだろう。なんとなくそういう気にならなかった。
「あー、えっと、ご、ごめん、今日日直だから!」
自分でも自分がらしくないのは分かってる。
だけどあの事実が分かった日から、カナデさんのことが頭から離れない。
教室内を見渡してみるとまだ半数以上が来ていない。来ているのは少数。
そんな数人のクラスメイト達から逃げるように日誌を取りに向かった。
「あ、百合~」
廊下から小声で名前を呼ばれた。のほほんと間延びした声は優良のものだった。
日誌を一度教卓に置いた。
「優良?」
手招きをされたのでそちらへと歩を進めた。
きっとカナデさんとの関係について聞きたいんだろう。
なんとなく話し辛い気がした。悪いことをしたわけではないけど、自分の中でも整理できてないことをどう伝えたらいいのか分からなかったから。
教室の扉を潜って廊下に出た。
「百合ィィ……!」
ビックリした。そこにいたのは恐ろしい形相をした薫だ。
じりじりとにじり寄ってくる。
「説明してもらいましょうかぁ、ふひひっ」
「お、おん……おはよう薫……ちょ、落ち着いて、怖い怖い」
あまりの恐怖に後退る。
身の危険を感じて一歩一歩ゆっくりと距離を取った。
その時、私の肩に手が置かれた。何となく予想はできていた。後ろを見ると薫と同様に扉の影に隠れていたであろう加恋の姿があった。
「百合? 話聞かせてもらいたいな」
物凄い笑顔だ。しかし、心なしか青筋が立っているようにも見える気がする。
ゆらゆらと背後が陽炎のように揺らめいていた。
「お、落ち着こう。逃げないから、大丈夫大丈夫。逃げない逃げない……うひゃあっ!?」
そんな私の体を誰かが担ぎ上げた。こんなことを軽々できるのは晶くらいのものだろう。
持ち上げられた私はそのままいつかの加恋と同じように空き教室へと連行されるのだった。
◇
そこにいたのはいつものゲーム仲間達。【ゲーマー美少年捜索隊】の面々だった。
一人残らず揃っていた。
私はといえば、何故か椅子に縛り付けられている。
おずおずと発言をすると、薫が睨みつけてきたので大人しく黙った。
「何故こんなことになっているか分かりますか?」
「幼馴染だったことだよね……?」
「その通り!!」
ズビシ! と、仰け反った薫が変なポーズを取りながら指をさしてきた。
皆も詰め寄って来る。
「あれだけの爆弾投下しておきながらその後LEINに既読すらつけないとか!」
「カナデさんに聞こうにも事情が全く分からないからその話題には触れないし!」
「私たちはまだいいよ。いや、よくはないけど特に加恋なんて百合とカナデさんのブライダルエンドを想像してストレス感じてたよ」
「土日の間ずっとオロオロしてたよね」
顔を寄せてくる友人たちから距離を取ろうとするも、体を拘束されていては逃げられなかった。
引き攣った顔で何とか説得を試みる。
「ご、ごめん……でも仕方なかったんだよ。私の方でも整理できてなかったっていうか」
するとそれまで黙っていた晶も話に加わる。
「とにかく説明してくれよ。こっちは訳が分かんねーんだ」
説明といってもそこまで多く説明することはなかった。
ただ昔の手紙を見つけて、そこに書かれていた名前に【おおとりかなで】と書かれていたので、もしかして? と思っただけ。
それだけだ。
確かめたらずばりだったわけだけど……
すると加恋がガシィ! と、私の肩を掴んだ。
指が肩に食い込んでくる。
ちょ、痛い痛い!? どれだけ力込めてるの!?
「私が聞きたいのはそこじゃないの! その……お、幼馴染って……どのくらい仲が良かったの……?」
上からな物言いになっちゃうけど、要するに怖いんだと思う。
漫画とかで良くある展開だ。幼馴染は疎遠になってからもずっと一途にお互いを想い続けていたパターン。
現実では難しい展開に思えるけど相手はあのカナデさんだ。どんな感情を私に抱いていてもおかしくはない。
そのことを考えてむず痒くなった。
「えっと……話すからこれ解いてくれない……?」
「チッ!」
そう言って薫は私の手足を縛っていた縄を解いてくれる。
今の舌打ちは必要だったのだろうか?
でも薫の心情は察することが出来る。あれだけカナデさん信者だった薫の事だから、心中穏やかじゃないんだろう。
自由になった手足を擦る。ちょっと照れ臭いけど私は答えた。
「け、結婚の約束はしてたみたい」
ばたーん!!
「わああ!? 加恋が倒れた!?」