Parasitic-Disease   作:イベンゴ

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 ・一日目

 病院のベッドで目を覚ます。

 記憶と意識が混濁している。

 思考がうまくまとまらない。

 目覚めた当初は、言葉もうまく話せなかった。

 看護士との会話から自分の名前を知らされる。

 九頭竜(くずりゅう)隼人(はやと)

 言われてみればそうであったような気もする。

 しかし自覚はない。ともかく自身のことを簡易デバイスに記録しておく。

 だがこのデバイスとはなんだろう。

 看護士の前でこれを取り出したところ、ひどく驚いていた。

 当たり前のように取り出して使用したが、問題があるのか。

 あったような気もする。人目に触れてはいけないものだったのか。

 以後は人目を避けることにしよう。

 医者の言葉によれば、私は何らかの事故で怪我を負ったらしい……。

 

 

 ・二日目

 体の傷は思ったほど大きくはないらしい。

 しかし、しばらくは安静だと医者が言った。

 また、自分の肉体をずいぶんと賞賛していた。

 最近の子供とは思えない強靭さで、ものすごい回復力だそうだ。

 よくわからないが、ひ弱であるよりは良いことだろう。

 それにしても、記憶の混乱はひどいものだ。

 時折、ごく自然に日本語とは違う言語が出てくる。

 英語のようだが、どうも違うらしい。

 これは英語に堪能な内科医の意見である。

 体中がひどく痒い。

 それを訴えると、看護士がタオルで体を拭いてくれた。

 後にシーツも交換する。

 看護士はフケや垢の量が普通ではないと首をかしげていた。

 それだけ回復が早い証拠だろうと医者は前向きな推測を語っていた。

 確かに自分の肉体が変わっていく感触はある……。

 

 

 ・三日目

 体の痒みで目が覚める。

 朝から体を拭かれ、またシーツの交換。

 あちこちに痛みは走るが、立って歩くことができるようになった。

 看護士に隠れてデバイスを弄ってみる。

 これがどういうものなのかはわかる。

 魔法を使用するために必要なものだ。

 しかし、この社会で魔法の存在は公になっていない。

 だが、記憶の中ではそれが当然のように行使されている現実がある。

 それとも、私という存在が異端なのか。

 確かに病院内では私と同じような容姿をしている人間はいなかった。

 銀髪にオッドアイ。きれいな顔だと看護士は誉めてくれた。

 容姿が優れていて特に悪いことがないので、肯定すべきことなのだろう。

 記憶がハッキリしてくるにつれ、違和感が強くなってくる。

 

 

 ・四日目

 やはり痒みで目が覚める。

 初めて入浴の許可が出た。

 全身を湯で洗浄するのは非常に気分が良い。

 下腹部に違和感が強く感じることに気づいた。

 排泄行為がうまくできない。

 性器が収縮しているのをハッキリと感じるのだ。

 バラバラであやふやだった記憶がどんどん明瞭になってくる。

 それと同時に違和感も強くなり、混乱が増す。

 私の名前は九頭竜隼人。日本人である。

 本当にそうだろうか? 私の容姿は明らかに平均的な日本人ではない。

 魔導師ランク総合SSS+。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

 この記憶はなんだ? 魔法は普通に使えた。

 光のゲート。そもそもデバイスを出し入れしているのはこれだ。

 

 

 ・五日目

 深夜。日付が変わってすぐに行動を開始した。

 転移魔法を使い、病院から抜け出す。あっさりと成功。

 しばらく街を徘徊するうちにまた体が痒くなってきた。

 だが銭湯などを使うわけにもいかない。

 早朝に森の中で王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開。

 まさか携帯の宿泊施設まであるとは思わなかった。

 この分だと身一つで世界中どこへでもいけそうだ。

 浴室の鏡で自分の姿を確認する。

 髪や瞳の色に変化が見られる。また顔も以前と変わってきているようだ。

 出かける気になれず、一日を宿泊施設の中ですごす。

 今まで以上に肉体の変化が早くなっているのがわかった。

 記憶の混乱は続いている。次第に日本で過ごした記憶が薄らいできた。

 忘れるわけではないが、自分が経験したという実感がなくなりつつある。

 私はまだ九頭竜隼人なのか?

 

 

 ・六日目

 髪や瞳が完全にブラウンへと変わった。

 いずれ黒く染まるのは確実だろう。

 肉体の変化は著しいが、劣化しているわけでもない。

 森の中で密かに試した結果、今まで以上に調子が良かった。

 魔法の技術も熟練したかのように肉体に馴染みつつある。

 文献なども参考にしたかったが、慣れ親しんだ魔法技術の本はなかった。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)で取り出す魔導書は興味深い事柄が多かったけれど

私のよく知るミッドチルダとは違いが多すぎた。

 私。そうだ、私は自分を私と認識しているのだ。しかし九頭竜隼人は自分を俺だと認識して

いたはずなのだが……。

 この違いは一体何なのだろうか?

 ひどく頭が疲れた。甘いものが食べたい。甘く冷たいフラベルーシェが良い。 

 ミッドチルダでは伝統的な氷菓子だ。

 おかしい。何故そんなものを私が知っている? 私は転生者のはずだ。

 転生者? なんだ、それは。生まれ変わり? 誰の? 頭痛がする。

 わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。

 

 

 ・七日目

 一日中街を徘徊した。

 夕日がきれいだった。

 髪が完全に黒くなった

 

 私は誰だ?

 

 

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 その夜、何となく寝つけずにいた八神はやてはおかしなものを見た。

 屋根の上をふわふわと浮いている子供の姿である。

 黒いコスプレみたいな格好をした、きれいな顔をした女の子だった。

 一瞬幽霊か幻覚かと思ったが、あまりにもハッキリと見えるので、

「あ、あんた……なんで浮いてるん?」

 思わず声をかけてしまった。

 女の子ははやての元に降りてくると、

「そういう魔法だから」

 簡潔な返事をくれた。

 女の子はいわゆる魔法少女らしい。

「あんたどっから来たん」

「一応この街の出身……だと思う」

「なんで一応?」

「記憶に少し混乱があるの。いや、あるんだ……」

 返事をしてから女の子は口元に手をやる。

 しまった、という感じだった。

「そうなんか。でも、なんでこんな夜中に飛んでたん?」

「自分でもよくわからない」

「家の人、心配してるんとちがう?」

「家はある……だけど、家族はいない」

 キッパリと魔法少女は語る。

「ほんまに?」

 はやては念を押す。

「ええ」

「ふーん……。ほな、立ち話もなんやし、うちに寄っていかん?」

「そっちこそ、家の人は?」

「おらんよ。一人暮らしやもん」

 はやてが笑うと、少女はかすかにひそめた。

「あなたみたいな子供が?」

「自分かて子供やん」

「そうだけど」

「夜風がさむうてかなんわ。入って入って?」

 こうしたわけで、はやては魔法少女を家にあげてしまったのだった。

「私は八神はやて言います。あんたは?」

 ホットココアを出しながら、はやてはまず名前を尋ねた。

「クズリュー、ハヤト……だと思う」

「な、なんやペンネームみたいな名前やね。それに、男の子みたいや」

「私は男だけど」

「……いや、嘘やん? その格好とか、言葉遣いとか。カンペキ女の子やで」

 はやてがそう指摘すると、魔法少女は顔色を変えて、

「トイレはどこ!?」

 大声で尋ねて、魔法少女は弾丸のようにトイレ駆け込んでしまう。

 しばらくしてから、

「あなたの、言うとおりみたい……」

 魔法少女は神妙な顔をして、トイレから出てきた。

「……なんや知らんけど、それも魔法?」

「変身魔法はあっても、完璧に性別を逆転させるようなものは知らない」

 魔法少女は嘆息をしながら、ココアを飲んだ。

 しばらくして、

「そういえば、あなたは車椅子ね?」

「うん。ずうっとこうなんよ。原因はわからんのやけど」

 はやてが苦笑をすると──

「原因不明ね。何なら、調べてあげてもいいわ」

 いきなり黄金の輝きが走ったかと思うと、魔法少女の手に見事な装飾がなされた宝珠らしき

ものが握られている。

「そ、それって魔法のアイテムちゅうやつ?」

 魔法少女は驚くはやての言葉に答えず、ジッと宝珠を睨んでいたが、急に部屋を出て行った。

 が、すぐに戻ってくる。

 その手には、鎖で縛られた分厚い本が抱えられていた。

「これが原因のようね」

「へ……!?」

 目を見開くはやての前で、魔法少女は再び黄金の光から何かを取り出した。

 稲妻のような形状の刃を持つ短剣。

「ルールブレイカー」

 そんな言葉と共に、振り下ろされる短剣。

 この時、目には見えない何かがハッキリと切断されるのをはやては感じ取った。

 その後魔法少女は長剣を取り出して、本を真っ二つにする。

 一瞬女の悲鳴みたいな音が聞こえたけれど、本はあっという間に灰になり、消え去った。

 次に、魔法少女は小さな薬瓶を取り出すと、一滴ずつはやての足にかける。

 心地よい熱さが足に広がっていくの感じるはやてに、

「明日病院に行ってみるといいわ。きっとすぐに歩けるようになる」

「お、おおきに」

「じゃあね」」

 かろうじてお礼をいうはやてを残して、魔法少女は夜の空に消えていった。

「……ハヤト。日本人の名前みたいやったけど、見た目カンペキに外人さんやったなあ」

 少女が見えなくなった後、はやてはポツリとつぶやくのだった。

 

 

 翌日、言われたとおりに病院に行くと、担当の女医は驚いていた。

 リハビリも不気味なほどにうまくいき、魔法少女の言葉どおり2~3日後には杖こそ必要で

あったものの、いくらか歩けるようになった。

 そんな時、はやては病院の待合室で聞くともなく噂を聞く。

 病院から抜け出して、そのまま行方不明になった男の子の噂だった。

 まるで女の子のような美しい容姿で、銀髪にオッドアイだそうである。

 はやては何故だか、あの黒髪の自称魔法少女を思い出した。

 

 

 


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