Parasitic-Disease   作:イベンゴ

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 フェイトは混乱したまま、その意識を鈍らせていた。

 何故あったばかりの相手に、自分を否定されなければいけないのか。

 彼女は、何故こんなことを言うのか。

 多くの疑問も、次の瞬間には消えていくようだった。

 それほどまでに、首を締め上げる力は凄まじかったのだ。

 ぼやけていく視界の向こう側、何故か怖い顔をした母親の顔が見えた。

 記憶の中では優しく微笑んでくれているのに──

 今は、一度たりとも笑ってくれたことはない。

 何かあれば、厳しくフェイトを〝しつけ〟した。

 それを甘んじて受けているのも、ひとえに母のことを信じているから。

 なのに。

 

「かあ、さん……。どうして……」

 

 その時のフェイトには、かすれた声でつぶやくが精一杯だった。

 しかし、それで十分だった。

 

 かあさん(・・・・)

 

 その言葉に、少女はフェイトから手を離していた。

 フェイトは真っ青な顔ながら、大事はないようである。

 

「馬鹿な……。なぜ私は……」

 

 顔を押さえながら、少女は一人身悶える。

 主を思い、自分を罵倒する使い魔の声などまるで耳に入らない。

 あの少女の主張に、どうしてこうまで激昂してしまったのだろう。

 自分が自分で不可解だった。

 混乱しながら、少女は去って右手を振った。

 それを合図に、フェイトたちを拘束して神器の鎖が消え去る。

 

「てめえ……! よくも……!」

 

 ゲホゲホと咳き込んでいるフェイトを気遣いながら、使い魔が吼えた。

 うるさい犬だ。

 少女はそう思いながらも、掌中にあったものをフェイトたちにほうった。

 種の名を持つ宝石、ジュエルシード。

 光りながら宙を舞うそれを、キャッチしたのは使い魔ではなくフェイト。

 

「……あんたらがそれを必要としているのなら、手助けしてもいい」

 

 乱れた髪を直しながら、少女は言った。

 

「どういうこと……?」

 

 ジュエルシードを確認しながら、フェイトは用心深い眼差しで言った。

 

「そのジュエルシード、番号らしいものが確認できたわ。ということは、そのロストロギアは

一つではなく、複数存在する。違うかしら」

 

「……そうよ」

 

 フェイトは肯定する。

 

「残るジュエルシードは見つけ出すのを、手伝ってあげる。その代わり……」

 

 条件を出そうとする少女を、フェイトと使い魔は鋭い目で睨む。

 当然だろう、自分を、自分の主を唐突に絞殺しようとした相手だ。

 

「プレシア・テスタロッサに会わせなさい。それが条件」

 

「そんなこと……!」

 

「言っておくけど──」

 

 フェイトが叫ぼうとした時には、少女は彼女の眼前に移動していた。

 転移魔法ではない。

 しかし、瞬間移動したとしか思えない機動性だった。

 

「これは提案でも、相談でもない。命令よ」

 

 冷然とした声で言い放つ少女の手には、フェイトのデバイスが握られていた。

 一体いつどのようにして奪ったのか、フェイトには全くわからない。

 

「返して……!」

 

 フェイトが手を伸ばそうとした時、少女の姿はかき消すように消滅する。

 

<ジュエルシードが集まり次第、連絡する。デバイスも、その時に返してあげる>

 

 声をなくすフェイトに、無機質なが冷酷につげた。

 

「くっ……」

 

 愛らしいに似合わない形相で周囲を睥睨したフェイトだが、やがて力なくうなだれる。

 

「ふぇ、フェイトぉ……」

 

 それを慰めるように抱きしめる使い魔。

 二人に残されたものは、一方的に投げ当たれられたジュエルシードただ一つのみ。

 

「どうしよう……アルフ。バルディッシュを……」

 

 使い魔(アルフ)の胸の中、震える声でフェイトは言った。

 

「今は出直して、改めてあいつを探そう? それに、フェイトはここ連日無理のし通しだろ。

そんな状態じゃ、勝てるものも勝てなくなるよ」

 

 そう言ったものの、アルフはあの黒髪の魔導師に勝てるという確証を持てない。

 野生の勘ともいうべきものが、相手の危険性を察知していた。

 

 

       2

 

 

 夕暮れ時、海鳴市の浜辺を少女は一人歩いていた。

 服装も、人目につくようなバリアジャケットではなく、そこらの店で買えそうな無難なもの。

 手には、先ほど手に入れた複数のジュエルシードがある。

 やってみた結果、ジュエルシードの探索は一日もかからなかった。

 探索用の宝具で場所は容易に知れたし、小間使い代わりとなる宝具もあった。

 答えのわかっているパズルを解くよりも平易な作業だ。

 十数個のジュエルシードが手中にあるが、これで全てではない。

 フェイトの持っているものの他に、他の探索者が持っているものが。

 すぐにでも、取りに行くか。

 一瞬そう考えた少女だったが、行動には移さなかった。

 何となく、気疲れがしている。

 それに──

 

「フェイト……」

 

 出会ったあの魔導師の少女が、頭から離れない。

 しかし、同時に彼女の拒絶したい自分がいる。

 その感情の正体がつかめず、自分でもひどく気持ちが悪かった。

 どこかで身を休めたい。

 少女はまた宿泊施設の宝具を取り出そうとして、やめた。

 考えてみれば、何故こんな根無し草みたいなことをしているのか。

 自分には家があるはずなのに。

 どういうわけか、帰るという選択肢さえ浮かばなかった自分の家。

 しかし、記憶の中には家族と過ごした記憶がまったくない。

 これはどういうことだ。

 不思議には思うが、特に感情が揺さぶられることもない。

 そのため、かえって余計気にかかってしまう。

 

「帰ってみるか……」

 

 一人つぶやき、少女は転移魔法を使用した。

 特に障害もなく、少女は問題なく自宅へと戻ることができた。

 海鳴市内の中では、やや郊外に位置する場所に立つこじゃれた高級住宅。

 それが、少女の生家。

 しかし目の前で家の様子を見ても、何も感じることはなかった。

 人が踏み込んだような形跡はあるが、荒らされたという感じではない。

 察するところ、警察だろうか。

 それでも臆することもなく、少女は中へと入った。

 

 中は、こざっぱりとした清潔な部屋ばかりだった。

 家具も生活用品、嗜好品もすべて一流品ばかり。

 一応記憶の中にあるものと、何も変わりはない。

 しかし、それがどうにもおかしかった。

 豪邸と呼んで差し支えないほど大きく立派な家だが、少女の──九頭竜隼人の暮らしていた

ことは記憶でも、間違いはない。

 しかし、中の様子からして隼人以外の人間が住んでいた形跡がなかった。

 記憶を探って一人で過ごした形跡しかないので、間違ってはいないのだが。

 隼人はいくらませていても、まだ九歳の児童である。

 そんな子供を一人暮らしさせる親がいるのか。

 仮に親がいないにしても、保護者が一緒にいるはずではないのか。

 アメリカなどでは、子供だけで留守番させていれば犯罪となる。

 

「なぜ、親がいない……」

 

 ずっと住み暮らしてきたはずの場所を歩みながら、少女はつぶやいた。

 記憶の中に親は、いなかった。

 しかし赤ん坊が、幼児が、一人でどうやって暮らしてきたのだ。

 探る記憶の中では、世間的な『大人の役目』を果たしてきたのは、

 

「……宝具?」

 

 人とそっくりの形を自動人形たちが、黙々とそれをこなしてきた。

 赤ん坊であった頃の世話も、保護者代理の役目も、すべて。

 戸籍上の親は、いる。いや、いたことになっている。しかし、その記憶はない。

 生まれた直後か、それともいくらかたってかは知らないが──すでに死んでいる。

 そういうことになっている。

 

「私は、だれ?」

 

 頭を抱えて、いつしか少女は座り込んでいた。

 瞳を閉じた闇の中を、記憶が走る。

 私は──いや、かつて少女であった誰か転生と、それに伴う贈り物をは望んだ。

 それは、かなえられた。

 美しい容姿と、完璧な肉体。強大な魔力と、英雄王の財宝を。

 だが、それだけか?

 

「違う……」

 

 少女は、首を振った。

 深い深い記憶の中──誰かが自分を見ている。

 両親でもなく、自分を生まれ変わらせた何者かでもない。

 紫の髪をした美しいが、どこか不気味な青年。

 青年は、狂気を宿した目で笑っている。

 危険を感じた。だから、逃げ出した。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を用いて。

 逃げた。

 自分を創った場所を破壊して、自動人形たちに守らせながら。

 そして、前世の故郷でもある地球へ。

 以降の記憶は、先に思い出したものとあまり変わりはない。

 赤ん坊の頃から、すでに生前の記憶を持っていた。

 早熟というよりは、ミュータントのような赤ん坊。

 しかし、この家には恐れる肉親も他人もいない。

 前世とは異なり、魔法や異世界が存在する夢満ちる場所。

 ここで、彼はやり直そうと思い、行動した。

 止められる者は、誰もいなかった。

 

 だが、あの時──

 

 自分の中で、別の誰かが動き出した。

 ずっと、気がつかなかった。

 そいつ(・・・)は、自分が創られた時から、この身に潜んでいた。

 そのせいで、あんなことに。魔力の暴走で、錯乱しかけて傷を負う。

 意識を失って、その後は。

 

 今や、そいつ(・・・)こそが九頭竜隼人の本体となっている。

 かつて、九頭竜隼人であったものの〝大よそ〟は、

 

 

 

 

 食い尽くされた。

 

 

 

 

「だったら、私は……」

 

 いつの間にか立っていた洗面台の前、鏡を見ながら少女はつぶやく。

 鏡の中からは、困惑した美しい顔が自分を見返している。

 

 

 


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