Parasitic-Disease   作:イベンゴ

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 果たして、兆候はあったのか。

 冷水で満たした浴槽の中、少女は考える。

 今にしては思えばではあるが、あったように思う。

 そして、それは魔力を使えば使うほど増えていったのかもしれない。

 だが、九頭竜隼人という力におぼれた驕慢な人格は、そのことに気づきもしなかった。

 ならば。

 浴槽から上がった少女は、丁寧に体を拭きながら笑う。

 これもまた今となってはだが、良かったのかもしれない。

 魔力も、身体能力も、英雄王の財宝も、あれ(、、)には過ぎたオモチャだったのだと。

 少女は冷笑して、バリアジャケットをまとう。

 ならば、当面の問題は『私』のこととなる。

 封印状態にしたフェイトのデバイスを見ながら、少女は唇を引き締める。

 九頭竜隼人に成り代わった自分が何者であるのか、それはきっとあのフェイトという少女が

握っている。

 いや、彼女の後ろにいるプレシアという女が握っているのだ。

 ならば、手早くジュエルシードを集めて会いに行かねばなるまい。

 庭に出た少女は、銀に輝く聖杖を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より取り出す。

 偉大なる古代の魔術師が振るった杖。

 ミッドチルダ式の魔法でも、充分に威力を発揮してくれるだろう。

 そして、少女は跳んだ。

 目指すは場所は、残るジュエルシードを持つ未熟な魔導師の住処。

 高速で飛行魔法を展開する中、少女は考える。

 何故わざわざジュエルシードを集める必要があるのだろう、かと。

 自分の持つ宝具ならば、相手の居所を突き止めるなど容易い。

 わざわざフェイトを介する必要性などあるものだろうか。

 約束をしたから? いや、違う。

 

「母さんが必要としているから」

 

 フェイトはそう言った。

 どうも自分は、よくわからぬうちにプレシアのために行動しているのでは?

 そんな疑問がチクリと、夏場のやぶ蚊みたいに胸を刺す。

 だが、それもすぐにどうでも良くなった。

 いずれにしろ、ジュエルシードはこの地にあるべきではないものだ。

 ならば、事情はどうあれ早急に封印することに間違いはないのだから。

 少女は好戦的な笑みを浮かべ、夜の空を稲妻のように駆けていく。

 

 

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 それは、まさに突然の出来事だった。

 塵芥の舞う、歪んだ視界の中で高町なのはは必死でユーノに呼びかける。

 

<ユーノくん、何が起こったの?! まさか、ジュエルシードの、暴走……?>

 

<逃げて……。誰かが、襲ってきたみたい、だ……>

 

 苦しげな念話だけが伝わってくるが、相棒の姿は確認できない。

 放課後と共にジュエルシードを探索したが、街中をあちこち飛び回ってもジュエルシードは

一つも見つけることはかなわなかった。

 また、あのフェイトという女の子と会うこともなかった。

 寂しそうな瞳をした、ほっておけない女の子。

 もう一度きちんと話をしたいと思っている女の子。

 何も進展がないまま日が暮れて──

 沈んだ気分で夕食についた時、いきなりそれは起こった。

 閃光が走り、頭の中でユーノの絶叫が響いた。

 

「なのは!」

 

 そう叫んだのは、姉だったか。それとも母だったろうか。

 ざわりと、なのはのが全身が総毛だったのは立ち上がった直後だった。

 立ち上がろうとするなのはの前に、黒い影が降り立った。

 

「あ……!」

 一瞬、あのフェイトという女の子かと思ったなのはだが、すぐに間違いだと気づく。

 そこにいた、黒い髪をしたフェイトとはまるで違う面立ちの少女。

 しかし、何故だろうか。どこかフェイトと似ているような気がした。

 

「ジュエルシードを渡しなさい」

 

 そう言った黒い少女は、返事を待つ気もないらしく、いきなりなのはをつかみ上げる。

 

「なのは!」

 

 横から、父の叫びが聞こえた。

 しかしどういうわけか、いつまで経っても助けは来ない。

 苦しい息の下、なのはは必死に目を走らせる。

 もはや原型をとどめていない部屋の中、父も母も、兄も、姉もいた。

 しかし、みんな紫の光輪によって縛され、動きを封じられている。

 父も兄も見たこともないような顔で呪縛に抗っているが、進展はない。

 

「みんなに、何をしたの……!?」

 

 圧倒的に不利な、もはや敗北と言ってもいい状態にありながら、それでもなのは叫ぶ。

 この理不尽な乱入者を、許すことはできなかったから。

 が、少女は手早くなのはの体をまさぐり、待機モードのレイジングハートを取り出す。

 

「この中のようね」

 

 赤い宝珠を見つめながら、黒い少女は黄金の輪を呼び出す。

 そこから、銀色に輝く鍵のようなものが出現した。

 途端にレイジングハートから、複数の青い宝石が浮き上がり出す。

 

「ジュエル……シード! あなたも……」

 

 フェイトと同じように、これを求めているのか。

 

「はなして……! それはユーノくんの……! どうして、こんなこと」

 

 なのはの叫びに、黒の少女は聞こえていないような態度だった。

 

「これで、全部」

 

 少女は満足そうにうなずいた後、レイジングハートを放り捨てる。

 次に、なのはから手を放した。

 

「待って! 話を……」

 

 投げ出されたなのはは、それでも床を這いながら少女に叫ぶ。

 しかし、黒い少女はなのはたちに一瞥もせずに、突如として消えた。

 それが魔法の力によるものだと理解したのは、なのはだけだったろう。

 少女が消え去った数秒後、高町家の人々を呪縛して光の輪が、消失する。

 

「なのは、なのは……! 大丈夫!?」

 

 途端に母がなのはに駆け寄り、その小さな体を抱き寄せる。

 

「う、うん……。お母さんは……」

 

 なのはは虚脱した表情ながら、母を気遣う言葉をのべる。

 だが、その口調にはまるで力がなかった。

 短い期間ではあるが、なのががユーノと一緒に懸命にやってきたこと。

 それらが、強大な暴力とすら言いがたい力によって、踏みにじられた。

 あの少女と、自分の間には超えがたい巨大で分厚い壁がある。

 虚空に手を伸ばすなのはに、

 

<なのは……無事、なの?>

 

 苦しそうなユーノの念話が届く。

 

<ごめん……。ジュエルシード、取られちゃったの……>

 

<いいんだ。なのはが、無事なら……>

 

<ユーノくんこそ、大丈夫なの……?>

 答えは、なかった。

 

 代わりに、なのはの元に一匹のフェレットがフラフラと走りよってくる。

 どうやら、大きな外傷はなさそうだった。

 

 ──良かった……。

 

 友人の無事を確認して、なのははゆっくりと意識を暗い底へ落としていく。

 

「なのは……なのは!」

 

 叫ぶ母の声も、なのはにはひどく遠い世界のものに思えた。

 

 ──どうして、こんなことするの……?

 

 闇の中、高町なのはの眼は黒い少女の背中を見ていた。

 

 

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「うそ……」

 

 空中に舞う青い宝石の群れを見つめて、フェイトは呆然としていた。

 後ろに立つアルフも、同じような表情をしていたに違いない。

 

「これで、あなたの持つものと合わせれば21個。全てそろったわ」

 

 黒い少女は、宝石を舞わせながら鋭い瞳で語る。

 一日、いやわずか半日。

 それだけの時間で、彼女は本来自分がやるはずだった仕事を完遂した。

 まさに、魔法(・・)のように。

 

「こうなれば、どうせ母……プレシアのもとに行かねばならない。その時に私を同行させる」

 

 少女は宝石の一つを手に取りながら、フェイトを見る。

 その瞬間、フェイトはまるで母が眼前に立っているような気がした。

 もちろん前にいるのは、名も知らぬ魔導師の少女。

 母さん(ママ)ではない。

 

「…………」

 

 それでも、いや。だからこそか。

 フェイトは返事ができずにいた。

 目の前にあるジュエルシードが喉から手が出るほど欲しい。

 だが、この得体の知れない少女の姿をした怪物が、母に何をするのか。

 もしも、そうだとしても自分には止める力も手立てもないのだ。

 

「前にも言ったけど」

 

 ゆっくりと少女が目を細める。

 途端に、無数の黄金の渦がフェイトとアルフの周囲を覆いつくした。

 渦からは、剣、槍、斧、あるいは鉄棒や鈍器の類が凶悪な顔をのぞかせる。

 

「これは、命令よ。」

 

「ひとつだけ、約束して」

 

「なにかしら」

 

「何があっても、母さんに……手を出さないで」

 

 ギュッと拳を握り、フェイトは振り絞るようにそう言った。

 

「いいわ」

 

 少女は、それにうなずいた。

 

「そんなことでいいなら、誓ってあげる。あなたの母親に害をなすことはしない」

 

 すらすらと、そんな言葉を並べ立てた後、

 

「もっとも、あなたの安全は保障しかねるから、妙な行動はしないことね」

 

「お前!」

 

 少女の冷淡な声に、アルフは牙をむく。

 だが、当のフェイト本人は起こるどころか、満足そうに首を縦に振っていた。

 

「それで、いい。母さんが無事なら……」

 

 健気な。

 人は、こんなこのフェイトという娘に感想を抱くだろうか。

 少女は微かな苛立ちと、衝動を抑えながら疑問に感じた。

 頭の片隅で、遠い過去の記憶がわずかに頭を見せる。

 10歳かそこらの少女にとっては、5年10年前ははるかな古代だ。

 

 人口の子宮とでもいうべき設備の中、特殊な溶液に浸っていた自分。

 自分を、おそらくは製造(、、)したであろう人々。

 

 あの青年の名前は、何といっただろう。

 それがまだ、少女は思い出せずにいる。

 

 プレシア・テスタロッサに会えば、それもハッキリするかもしれない。

 

 そして、この王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)のことも──

 

 

 


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