ハイエナのゴッドイーター   作:火星で1,000往復

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ちなみに、今作においてハウンドは既に最初のミナトを完成させて所有している設定となっています。
社長、もといオーナーはもちろんユウゴです。


ハウンドのルル・バラン

 ギストと8年越しの再会を果たしたルルは、己の胸に溜め込んでいた物を心を縛る罪の意識という名の鎖とともに全て吐き出した。

 重厚な格子の扉を挟んだ中にいるギストは、ルルが吐き出しぶつけてきた全ての感情を受け止めた上で、やはりルルのことを恨まなかった。

 

 その後ルルはしばらく泣き続け。

 そして現在、ようやく落ち着いたかと思えば先ほどまで7つも年下の相手にみっともなく泣き喚いた姿を見せつけた羞恥から、涙の跡がくっきりと残る顔をリンゴのように真っ赤に染め上げていた。

 

「……忘れてくれ」

 

 罪の意識から、恨んでほしいと願った時とはどこか違う、純粋に恥ずかしくて仕方がないからという感情からくる懇願。

 顔を真っ赤にしながら小さな声でそう願うルルの姿は、身長差も相成り扉越しに穏やかな笑みを向けるギストと比べるとどちらが年下なのか一瞬分からなくなる愛らしさを感じるものがある。

 

「頼む。そして誰にも話さないでほしい」

 

「……わかりました」

 

 ギストは一応そう了承の意思を示したが、実際には忘れられない記憶として刻んでいる。

 かつて別れ、8年の歳月を経てお互いにありえないと思っていた再会を果たし、そして伝えられなかった言葉を伝えることができた思い出である。簡単には忘れられないし、ルルから請われても忘れようなどとは思わない。

 

 普段は冷静なルルが羞恥で顔を赤くしている姿は、バランで過ごした日々の中では一度も見たことがなかった。

 それが可愛らしく、あえて忘れられないことを告げてさらに恥ずかしがらせて困らせるのも面白そうだと思ったが、しかし身勝手な意地悪で彼女を困らせるのは本意ではないとギストは嘘をつくことにした。

 

「……すまない」

 

 冷静さを欠いているせいか、ルルはギストの嘘をあっさりと信じた。

 バランにいた頃は誰も信用してはいけないことが生き残る為の最善でありそれを実践していたルルだが、バランの頃を知るギストとしては今の彼女は随分と丸くなったように感じる。

 

「……あなたもアフリカ大陸進出計画に参加するために来たのですか?」

 

 少し妙な空気になってしまったので、ギストは話題を変えるためにルルに話を振った。

 ルルは基本的に口数は多くない。バランにいた頃から基本的に会話は聞き役、受け役に徹することが多かった。

 対してギストの方は、今は口数が少ないもののバランにいた頃はどちらかというと自ら他人に話しかけるタイプであった。

 なので自然と、2人の会話は一度途切れるとギストの方から切り出す形で再開する。

 

「ああ、今私が所属している“ハウンド”としてな」

 

 ギストの問いに返事をするルル。

 自分の所属が“ハウンド”だと告げる時、その声は少し誇らしそうな色を帯びていた。

 

 ルルの所属している“ハウンド”の名は、辺境で過ごすギストも聴くほどに有名だ。

 フェンリル本部奪還作戦の立役者、グレイプニルと朱の女王との全面戦争を止めた“エルヴァスティの奇跡”を起こした者達、アフリカ大陸進出計画の要とも言える長距離大陸航行を可能にする“対抗適応型装甲”の開発といった偉業を成し遂げてきた。

 灰域種アラガミや灰煉種アラガミといった危険なアラガミを数多屠ってきた“クリサンセマムの鬼神”、“ハウンドの鬼神”の異名を持つ最強のAGEを有し、世界で初のAGEが代表を務めるミナトを保有する組織。

 そして今現在はダスティミラーと共同でユーラシア大陸横断計画を推進している、その動向をグレイプニル全てが注目している組織である。

 

 ハウンドにルルが所属していることは、ギストも知っていた。

 様々な意味で欧州全土がその動向を注目している組織だ。その中でアラガミの偵察を主任務とし、灰域内においてその生態を数多く解明し航路開拓やAGEたちの生存率の向上に大きな貢献を果たす“アラガミ調査部門チーフ”の名は、本人が思っている以上に有名である。

 

 ハウンドは独自の灰域踏破船を保有しているが、おそらくそれはユーラシア大陸横断計画に使用しているのだろう。

 クリサンセマムやダスティミラーと協力関係にあることも有名であり、彼らがクリサンセマムの灰域踏破船へ搭乗し同行していたことも不自然ではない。

 

「ハウンドの名はアルゴノウトでも有名です」

 

「……そうか」

 

 きっと、今の彼女はバランで過ごしたようなあの過酷な日々とは全く違う幸福を得られたのだろうと思う。

 どのような経緯でバランを離れ、今や欧州全土に名を轟かすことになったハウンドの1人となったのか。それをギストは知らないが、それでも今のルルの非常に良い変化を見れば決して楽な道のりではなくともそれ以上に幸せを感じる日々を過ごしているのだろうということは推測できる。

 誰かの喜ぶ姿を見るのが嬉しく思い、誰かの幸福を享受している姿を見るのが幸せに感じるギストにとって、ルルのその姿を見るのはとても嬉しく感じることであった。

 

「……何がおかしい?」

 

 感情が顔に出ていたギスト。

 背は抜かれたが、それでも7歳も年下の相手が微笑ましく見つめてくるのは納得いかなかったのか。

 ギストの表情に気づいたルルが、気にくわないというような少し不満げな表情を浮かべた。

 

 ルルのことをあまり知らない者からすればその表情はほとんど変化していないように見えるが、ギストから見ればその小さな変化だけでも推し量ることができる。

 バランにいた頃よりも、表情が豊かになった。

 彼女が敬愛していた姉弟子がまだ存命だった頃に戻ったよう、いやそれ以上に幸せそうだった。

 

 いい仲間と巡り会えた様子である。

 そんなルルの様子を見てギストは嬉しく思うとともに、後悔と罪の意識を与えてルルと仲間が無事でよかったなどと自己満足に浸り何も返すことができず別れた己には、彼女にこんな幸せそうな日々を過ごさせることは絶対にできなかったと痛感する。

 

 仲間を守ってくれたルルに感謝をしているのは確かだが、感謝しているだけで結局ギストはその恩に何も報いていない。返すことができていない。

 そして2度と会うことがないと思っていたルルとの再会。

 この機会を逃せば、きっとギストはルルに恩を返す機会がなくなるだろう。

 そう考えれば、化物になった自分に受けた恩に報いる機会を与えてくれた幸運と思える。

 ルルと引き合わせてくれることとなった“アフリカ大陸進出計画”。それを立案したアルゴノウトには、また大きな恩ができた。

 

 8年もの間、必要ない苦悩を恩人であるルルに与えた。

 化物の身体となり、そのせいで苦しめた仲間もいる。

 周囲を不幸にする、身も心も存在も化物。本来ならばバランのあの実験で、殺処分されていたはずなのに。

 それでも自分は生き延びて、人のために戦うことのできる場所を与えられ、かつて受けた恩に報いる機会も与えられた。

 

「……あなたが幸せそうにしている。それが、私にとって喜ばしいことです」

 

 幸運を与えてくれた人々のために、恩に報いる相手のために、この化物の力を命をかけて全力で使う。

 ルルも、彼女の仲間も、アルゴノウトの人たちも、参加した全てのキャラバンの人々も守り抜き、この計画を成功させる。

 微笑みながらルルに答えるその表情の下に、ギストはこのアフリカ大陸進出計画に向け1人静かに固い決意を誓う。

 

「……変わらないな、お前は」

 

 対して。

 ギストがそんな決意を抱いたことなど知らないルルは、バランにいた頃から変わらず誰かのためにあり続ける強さと優しさを持つギストのその言葉に、懐かしさを感じ自然と口角が上がった。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れ、静かになる2人。

 ルルは溜め込んでいたものを吐き出し、ギストは無いと思われていた再会で彼女と言葉を交わし8年間伝えられなかった言葉を伝えることができた。

 

 ギストの方は予期せぬ再会とは言え、この機会を得たことが満足だったと思えるほどにルルと言葉をかわすことはできた。

 ルルがどうしてここに来たのかはまだ分からないが、しかしアルゴノウト側がギストとルルの接触を許すとは思えないのでおそらく誰にも告げずに来たのだと推測する。

 ならば長居させるわけにはいかないと判断し、ルルに帰るよう言おうとした時。

 

「……聞かせてくれないか」

 

 ほぼ会話は受け手側に徹する印象が強いルルが、自分からギストに話しかけてきた。

 

 それは、ルルがここに来た当初の目的のため。

 どうしてギストがアルゴノウトに居て、灰域種すら屠る力を手にし、そして灰域航行法が改正されAGEの待遇が改善された現在の欧州において未だにあの頃のような扱いを受けているのか。

 あの日の別れの後、ギストに何があったのか。

 その真相を知るためである。

 

「…………」

 

「私がここに来た目的だ。お前に一体、何があったんだ?」

 

 真剣な表情を向け、格子扉を挟んだ先に腕輪を連結された状態でいるギストに尋ねるルル。

 

 そしてその問いを受けたギストは、少し間を置いてから頷いた。

 

「……愉快な内容ではありませんが」

 

「茶化さないでくれ。私は知らなければいけない」

 

 聞いて気分のよくなる話では無い。

 自分のことを誰かに話すのは得意では無いが、しかしギストはこのままルルが何も知らなければハウンドに危害を加えてしまうかもしれない危険性を危惧し、自分が化物であることを説明する必要があると判断した。

 

 この話を聞いた後、ルルは自分を見る目が変わるだろう。

 それはギストにとって辛いことだが、化物と知らず人として接した結果彼女たちが傷つく方がより辛かった。

 だから、ギストは自ら化物となりアルゴノウトで戦ってきた経緯を語る。

 

「では……8年前、私がバランの開発した新型偏食因子の被験体として研究部門へ引き渡されたところから話します」

 

 身の上話を終えた時、ルルもまた自分を化物として“正しく”接することとなる。

 そうなれば、もう2度と笑みを向けてくれたり会話をすることはなくなるだろう。

 だが、本来はそれが正しいことである。

 

 最初の一言で別れの日のことを思い出したらしいルル。

 その表情がこわばる。

 しかし聞かなければいけないと、口を挟んではこない。

 

 その様子を確認してから、ギストは己の過去を語り始めた。




次回はルルと別れた後のギストの過去編です。
ゲームではほとんど明かされなかったバランの内情について作者が勝手に想像した要素を盛り込んだ話です。多少重たい内容になると思います。

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