ハイエナのゴッドイーター   作:火星で1,000往復

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場面を移して、秋津洲で戦闘の様子を眺めている桜庭にアングルを当てます。


トライ・エンゲージ

 未知のアラガミの襲来。

 そして、ハウンドとバランの精鋭で構成された共同チームの壊滅。

 その報告を受け、クリサンセマムと秋津洲はすぐに救援のために動こうとした。

 

 索敵は桁違いの探知能力を発揮するハウンドの鬼神が運用する感応レーダーを搭載したクリサンセマムが担っているが、戦闘区域の確保は数の多いバランの第三船団が担っていた。

 未知の灰域種アラガミにそれを突破された上に、それが原因で人類の希望であるハウンドの鬼神を傷つけられたという事態は、人類の希望を失いかねない大きな損失であり、バランの面子をつぶす大失態である。

 

 この状況下でさらにルカの命まで失うわけにはいかない。

 秋津洲のブリッジでは、桜庭が指揮をとりそれ以上のアラガミの侵入を許さないように船団による防衛線を構築し、すぐに旗艦である秋津洲を動かしていた。

 

「ハウンドの鬼神は人類の希望だ! 彼女だけは絶対に死なせるな!」

 

『了解。だが、長くは保たねえぞ』

 

 桜庭はとにかくハウンドの鬼神だけは死なせないようにラズに厳命し、ハンニバルの攻撃からルカとマールを守らせる。

 

 その後ラズとルルの奮戦でハンニバルは撃破、新種の灰域種アラガミの攻撃からルカの命を守ることは成功した。

 クリサンセマムが急いで収容に向かう中、秋津洲も援護のために戦闘区域に急ぐ。

 

 だが、未確認の新種の灰域種アラガミ──鹿の形態をとる中型アラガミは人類が今まで遭遇してきたアラガミとは明らかに異なる存在であった。

 ハンニバルの攻撃だけではなく、神機の刃が一切通らない。

 ボルグ・カムランの外殻のような堅牢さに比重を置く進化を遂げているとは思えない柔軟そうな表皮は、その外見に反し神機をはじめとする他のオラクル細胞から受ける捕喰攻撃に対して異常と言える耐性を有していた。

 

 神機の効かないアラガミを前に、ルルとラズはかつてない苦戦を強いられることになる。

 さらには正体不明の落雷攻撃によりラズが戦闘不能に陥り、2人は絶体絶命の状況になった。

 

 そんな中、船団の防衛線をすり抜けるように突破し侵入してきたアルゴノウト所属の新型AGE。

 その姿は明らかに人から逸脱したアラガミ化の真っただ中にあるような異形の姿であり、到底理性の残っている状態とは思えない。

 

 ここに至っての新手のアラガミの侵入により2人の生存は絶望的に思えたが、ギストは迷うことなく鹿型のアラガミへと攻撃しルルの窮地を救ったのである。

 

 絶望の中に差し込んだ一筋の光。

 だが、新型AGEを持ってしても鹿型のアラガミに傷を与えることはできなかった。

 

 異形の身に宿す多様なアラガミの器官を用いてGEにはできない苛烈な攻撃を仕掛けるギストだが、そのことごとくを鹿型のアラガミは傷1つ受けることなく弾き、逆にギストを圧倒的な力を持って追い詰めていく。

 ついにはルルとラズを守るために鹿型のアラガミの強力な光線をその身に受けたことで、ギストも半ば戦闘不能状態に追い詰められることとなる。

 

 アフリカ大陸で遭遇した新種の灰域種アラガミ。

 それは欧州のアラガミとは異なる進化を遂げた、人類にとってまさに未知の性質を宿すアラガミである。

 

 その圧倒的な強さを前に、絶望的に思われたルルとラズの生存。

 

 ──だが、その絶望を前にしてもギストは屈しなかった。

 

 エンゲージ。

 AGEに与えられた、仲間と繋がる絆の力。

 それをギストはあろうことか自我など存在しないはずの自らの振るう神機に繋げ、それを持って何をしても傷1つ与えられなかった鹿型のアラガミに対して初めて攻撃を通し、そのツノを半ばより切り落としたのである。

 

 その光景を目の当たりにした桜庭は、驚愕に目を見開いた。

 鹿型のアラガミに傷を与えたこともあるが、それ以上にその攻撃を生み出すこととなったギストの扱った通常とは異なるエンゲージに対して。

 

「“トライ・エンゲージ”だと……!? 実在していたのか!?」

 

 トライ・エンゲージ。

 それは、ダスティミラーで研究されているといわれている新たなエンゲージの可能性。

 桜庭も噂程度しか聞いたことがないが、生体兵器とはいえ自我など存在しないはずの神機と使用者の間に、絆と意思を力とするエンゲージをつなげるという代物である。

 

 付喪神という物に魂が宿るという極東にかつて存在した島国に存在した伝説になぞらえて、長年にわたり使用者に愛用された神機には魂が、自我が宿ることがあるというオカルト的な考え。

 それに基づき、神機をGEに見立ててAGEと神機の間にもエンゲージを成立させることができるのではないかという発想から生まれたのが、“トライ・エンゲージ”である。

 

 バランの上層部は馬鹿馬鹿しいと一笑に付した代物だが、桜庭はかつて極東に実際に自我を持った神機が存在したという噂話を耳にしており、またダスティミラーが本気でこのトライ・エンゲージに関する研究をしているという情報から、眉唾物と考えながらも有り得るかもしれないと実在を疑っていた技術である。

 

 トライ・エンゲージの利点は、主に2つ。

 1つ目が、AGE1人でエンゲージを発動することができるということ。

 使用者と神機の間に発生するエンゲージであるため、単独行動のAGEでは不可能だったエンゲージを1人で発現させることができるようになる。

 さらに自我を発生させるほどに適合率の高い神機であれば感応現象の共鳴を起こすことにより、通常のエンゲージを上回るコア・エンゲージに近い感応現象を生み出すことが可能となり、最大レベルのバースト状態への移行が可能となる、らしい。

 

 もう1つが、名前の由来にもなっている本来不可能とされる三者間のエンゲージを可能とすること。

 神機に自我が宿るとはいえ、人間ではない生体兵器である神機は他のAGEとのエンゲージに比べAGEの脳への負担が少ない。

 そのため強力な感応能力を持つAGEであれば、もう1人のAGEともエンゲージをつなげる許容が生まれるため、これまで不可能とされてきたAGEと神機とGEという三者間のエンゲージを発現させることができるかもしれないというのである。

 

 実在を疑っていた技術だが、実際に秋津洲の感応レーダーはギストが神機との間にエンゲージを生み出す現象を観測していた。

 そしてそれが感応現象の共鳴を起こし、理論上考えられていたという通常のエンゲージとは比べ物にならない強力なオラクルエネルギーの活性化を生み出していることも確認していた。

 

 そしてそのトライ・エンゲージが、ラズとルルが手も足も出なかった鹿型のアラガミに対し攻撃を通し、その身を傷つけることに成功したのである。

 

 

 

クオオオオオオオォォォォォォンンンン!!」

 

 

 

 ギストの一撃をうけ、ツノを破壊された鹿型のアラガミ。

 今までその身を構成するオラクル細胞の結合を破壊されたことがなかったのか、明らかに動揺し悲鳴を上げている。

 

 だが、ツノを切られたとはいえ鹿型のアラガミはまだ十分に余力を残しているのに対し、ギストは満身創痍だ。

 トライ・エンゲージで身体を活性化させて無理やり立っているような状態であり、一歩踏みだすだけでも倒れそう。

 

 だが、それでも絶対に引かないというかのような強い意志を宿した目で、鹿型のアラガミを見上げている。

 

「──────」

 

 それに何を感じたのか。

 鹿型のアラガミは満身創痍と戦闘不能の獲物を前にしながら、諦めたように踵を返し、まるで瞬間移動のように雷光を一度放つと直後には感応レーダーの探知圏外にまでその身を飛ばして立ち去っていった。

 

「も、目標、ロスト……感応レーダー索敵圏外に、離脱していきました……」

 

 誰もが呆然とする中、秋津洲のオペレーターが鹿型のアラガミの反応が消えたことを報告する。

 

「……ラズとルルを収容してくれ。鬼神ちゃんは、クリサンセマムに任せるわ」

 

 桜庭もまた呆然としてしまっていたが、10秒ほどで立ち直ると冷静さを取り戻した声で指示を飛ばす。

 それを聞き、秋津洲の乗組員たちも動き始めた。

 

「……訳わからねえことが多すぎるぜ」

 

 疲れた溜息を零しながら、艦長席に座り込む桜庭。

 

「でもまあ……誰も死なずに済んでよかったわ」

 

 天井を見上げて今回の戦闘で確認したイレギュラーの数々の対応を考えながらも、ひとまず胸中を占めていたのは死者を出さずに済んだ結末に対する安堵であった。




オリジナル設定

トライ・エンゲージ
ダスティミラーにて研究されている新たなエンゲージの可能性。神機に対して感応能力を及ぼしエンゲージを結ぶ、神機とのエンゲージ。これにより神機とゴッドイーターの間に感応現象の共鳴を起こし、両者の潜在能力を最大限に発揮しさらに共鳴させて増幅することで、限界を超えた能力を発揮できるようになる。さらに別のゴッドイーターとの間にもエンゲージを同時に結ぶことで、最大で3種類のエンゲージ効果を発揮することができるようになる。神機と相手と自身をつなぐ、線ではなく三角形に繋がる新たなエンゲージ。本来人間の脳で3人分の情報を処理することは不可能であることから三者間にエンゲージを発揮させることはできないが、人間ではなく生体兵器に過ぎない神機からのエンゲージは思考面の干渉がGEに比べ希薄なため、神機と使用者とGE間であること、高い感応能力を持つ者であることが絶対的な条件となるが、三者間のエンゲージを可能とする。共鳴、増幅して生まれたトライ・エンゲージの力は、神機とゴッドイーターの潜在能力を引き出した上で共鳴させて増幅させた限界を超える力を獲得するため、他のオラクル細胞の捕喰に対し桁違いの耐性を持つ灰漠種アラガミにも有効打を通せるという極めて強力な力を発揮する。感応種アラガミに見られるにように、感応現象は兵器である神機もアラガミ故に受けることがある事(例としては感応種により無力化される通常のGEの神機)。そして神機の中には使い手の愛情を受け、一種の付喪神のように本来存在しない自我となる心を獲得する存在がある事(例としてはレンが挙げられる)。そしてエンゲージはAGEや人型アラガミだけではなく、ヴァジュラなど通常のアラガミにも繋ぐことができる事実をエルヴァスティの奇跡が証明した。それらの観点からアラガミの一種である神機の中に使い手の愛情を受け心を得た神機があれば、その心にエンゲージをつなぐことが可能では無いかという理論から生まれた、兵器と人間の枠組みを超えた絆の力。現状唯一の灰漠種アラガミに対する有効な対抗手段となる。

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