「せっせとらまっはー、はっまとらせっせー」
リゴレーヌが意味のない言葉を歌いながらハンモックを揺らしている。
どうやら楽しいらしく、にへらにへらと笑っていた。
「いや怖いよ。どっちかって言うと無表情に近いんだよねリっちゃん」
「んひ?」
「その笑い方も怖いよ……」
確かに眉は平たいし目も普段通りの冷めた感じだけど、あれで本人は笑顔のつもりだよ。
にへらとしか笑わないのは、ただ単に表情を作るのが下手なだけ。
「そんなことある……?」
それはともかくエンリカ。
「なんぞ」
これからどう世界樹へ向かおうか?
「あー。そういえばやんわりとしか決めてなかったね」
「現地の道は現地でしか分かりませんでしたから」
世界樹と呼ばれる程の巨大な、それこそ名の通り世界を支えていると伝説にされる程巨大な樹があるこの大陸の情報は驚いた事にあまりなかった。
せめては地図に乗って港が存在している程度の物。
エンリカが世界樹の事を知っていたのすら不思議な情報量だ。
こちらに港があるにも関わらず何故か情報が不確かで航路もなく、おかげで相乗りできる船も見つけられず、ゆえにリゴレーヌが船を用意する流れになった。
……と、色々事情がありまして。
着いてからの道のりはこっちに着いてから決めようとしていたのだ。
旅なんてこんなもんだろう。たぶん。
情報は命だぞって父さんは言ってた様な気がするけど。
「とりあえずはでも旦那、今んところ特に問題も無さそうだし世界樹方面に近い町を探してそこへ行くっちゅー流れは変わらないんでゲソ?」
「だね。馬を借りれる所も探しましょうか」
「3人乗りの馬ね、おけおけ。……突っ込んでくれなかったな……」
あんな適当なネタ拾ってたらキリがないよ。ねーリゴレーヌ。なでなで。
あと3人乗りできる馬なんていないだろうし、馬車を借りられればそれでいいよ。
「おっけ。3人乗りできる頑丈な12本の脚がある馬を探しとくね」
だからそんなに乗れる馬いないって。
つか気持ちわるっ。何その化け物。
「冗談。8本脚一頭と普通のを探しておくよ」
8本脚の馬もいたらそこそこ気持ち悪いと思うけど。
「それが冗談じゃなさそうなんだよなー。この地域だとデカい虫に乗る事もあるみたいだし」
「デカい虫? 1メートルのムカデとかですか?」
「その例えが出てくるのどういうことなの……」
エンリカも直接まだ見た訳ではない物の、そういった感じの虫ではなくカッコいい昆虫類だそうな。
カブトムシとかだったら好きだけど、ゴキはヤだなぁ。
「虫が言う事聞くんですかね」
「さあ? あたしも詳しくは知らないけどさ、でも折角なら珍しいし乗ってみたいじゃん?」
「それは、まあ」
虫は触れない事ないけど、巨大となるとあのわさわさした足も巨大になる……?
うげぇー。乗ってしまえばなんだけど、あー、やっぱりなんかよく考えたらキモいかも。
あんまり凝視はしたくない。
「リゴレーヌはどうですか?」
ハンモックに身を沈めつつも、リゴレーヌはちゃんと話を聞いており今はじっと猫の様にエンリカを眺めている。
虫の話辺りから珍しく真面目な顔だ。
わたしも短い付き合いではない。その様子から察する事ができる言葉は──
「“エンリカよ、次は虫をお食べなさい……”」
「違うっしょ!?」
「“あとお肉が食べたいです……”」
「あたしだって普通にお肉食べたいよ! 土ばっか食わせやがってーっ!」
「“ダカラ、オマエ、タベル”」
ハンモックの中へ消えたリゴレーヌがエンリカの背後から出現し、頭に齧りつく!
「いでででで! ちょ、やめい! あ、枝は、枝はあんま触んないで、それ頭蓋骨に繋がってるから……!」
がぶがぶ、むしゃむしゃ、がじがじ。
しばらくして悪ノリの気が済んだのか、代わりにどこからか拾って来た適当な枝をエンリカの頭に追加して解放した。
「ふんっ!」
エンリカは頭を振って枝を飛ばし、飛んだ枝はリゴレーヌとわたしの頭に刺さっ痛ァ!
「これでお揃い樹付きなりて!」
「リっちゃん、いぇーい!」
蔓が巻きつくみたいに枝を付けてるエンリカとは違って、わたし達はぶっ刺さってるだけなんだけど。
お揃いというにはほど遠い。てか痛い。
「って待て! これはあたしのアイデンティティだからやらん!」
ズボォッ!
一気に引き抜くな、髪の毛が引っかかって痛いなり。
わたし達から枝を奪ったエンリカは自身の頭に枝を付けなおし、エルフというよりなんかそういう魔物みたいになった。
いつもの通り左手で全ての動作を終了したので、左の頭にほぼ全ての枝が集中してるアンバランスな事になり より魔物感を出している。
「そうだ! 樹付きのエルフはこの世界にあたし一人でいい! わーはっはっは!」
「かっこいいぞー」「おー」
適当に煽てとけばいっか。
「はっはっは! ……は、あれ。なんで二人とも寝ようとしてるの? ちょっと?」
いやもう眠いし。
明日やることも適当に決めたしもう寝ていいかなって。
「ったく。夜は長いんだしもうちょっと構ってよっ痛ァ!」
仕方ないなと言わんばかりにハンモックへ身を投げたエンリカが一回転し床へ叩き付けられる。
いつまでも馴れないというか、なんかハンモックに嫌われてるようだ。
リゴレーヌも失敗し間抜けを見せ笑いをとる道化師魂に焚き付けられたのか、いつの間にか戻っていた自分の寝床から床へ落ちた。
ハンモックでちゃんと寝れている生き残りははわたしだけになってしまったよ。
「……ん?」
なんか下からわさわさ触られてる。
「お前も落ちろー! ベリィー!」
「うわっとと、やめ、あぶなっ」
揺らすな揺らすな!
かくなる上は!
「リゴレーヌ、食べてよし!」
「いただきます! となーっ!」
許可を得たリゴレーヌが、エンリカヘ道化師の帽子を被せるようにしてその姿を消し去る。
視線から外れたものを視界外へと移動させるリゴレーヌの能力。それは融通が利き過ぎる物で、このように帽子を被せた端から飲み込むことも可能なのだ。
エンリカは宇宙へ消え去り静かになった。
たぶん無事だろうし寝よう。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみなーさい」
「エ゛ン゛リ゛カァ゛ア゛ア゛……」
「エンリカはあんたでしょうが」
「あたしは、あたしは……?」
「わたしの知人」
「そこは親友ってハッキリ言うとこでしょ!?」
「おはようエンリカ」
「おはようベリテット」
翌日。
リゴレーヌの生み出す内的宇宙から解放されたエンリカは、若干精神が崩壊しかかってたけどよく休めたようだ。
帽子に飲み込まれた後、どこか別の場所へ移動されることはなくしばらく宇宙を漂っていたらしい。
リゴレーヌの能力は端からするとただの瞬間移動に見えるけれど、実は一度謎の空間を経由して他の場所へと移動する。
その普段は経由されるだけの空間に放置されればこうもなろう。
「実はすぐに解放されて夜は床でゆっくり休んでたんだけどね」
「ハンモックには結局乗れなかったんだ」
常人なら一瞬でも直視すれば頭のおかしくなるあの空間に耐えるとは。
「んふふふ、樹付きのエルフに才能ありて。つまりは? 道化!」
「ちゃうがな」
内的宇宙と勝手にわたしが呼んでいるその空間を生み出してるリゴレーヌ自身は、そこそこ変な思考をしている。
そしてエンリカも変な思考をしている。
つまりあの空間に耐えるには、頭の釘が何本か抜けている必要があった?
なるほど。賢いわたしが耐えられなかった訳だ。
「ぷぷぷ、聞きましたリゴさん!」
「んふふふ、ご存知かしらかしらはエンリカさん!」
「あの子、自分を賢いと言ってましたわよ!」
「愚者は道化と樹付きのみ! ゆえに消去的にやかの者賢者!」
「あれ、あたしさりげなーく愚者られてない?」
さて、そろそろ行きましょうか。
「はーい」「うぃーっす」
今日の目的は、確かエンリカが食べる虫を探すことでしたね。
1メートルのムカデ。
「だーかーら! 食べねってのーッ!」