――かつてロトの剣を携えた全ての勇者に捧ぐ。

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本作は過去作を改題、およびリメイクしたものです。



Q.ザルトータンって誰?
A.DQⅠの公式小説やゲームブックに出てくる竜王配下のだいまおうです。


ロトの剣、勇者たちの旅路

 若者は膝立ちになりながら、じっと前方を見据えていた。

 

 それは魔城だ。

 石造りの立派な城壁があり、幾つもの尖塔(せんとう)があり、威圧感のある巨大な扉があった。尖塔(せんとう)のてっ辺には青や赤の紋章旗が誇らしげに掲げられている。旗の印章(いんしょう)は竜の横顔を模っていた。

 

 若者は一振りの両刃の剣を携えていた。鍔元に不死鳥の紋章を抱く美しい名剣である。彼は膝立ちになりながら、その剣身を地面に突き刺していた。根元には奇妙な形象文字が象嵌(ぞうがん)されていた。

 

 今日、若者は魔城の主に挑む。――かつての約束を、聖なる竜との依頼(クエスト)を成し遂げるために。

 

 

    /Prologue

 

 

 ここは迷宮の最下層である。

 闇の深い迷宮――魔城の最奥に地下庭園が美しい広がっているなど、誰が予想するだろう。

 見渡す限りの地底湖が広がっている。湖面は底が見えるほど透き通っていて、じっと眺めていると吸い込まれていきそうなほどだ。

 地底湖には複数の浮島が並んでいた。浮島と浮島のあいだには石造りの橋がかけられている。

 浮島を結ぶ橋をいくつか渡ると、少し入り組んだところに東屋(あずまや)があった。(くるぶし)まで埋まる柔らかな赤い絨毯が奥まで続いている。

 出入り口の左右には篝火(かがりび)が焚かれていた。

 

 この城の最奥。玉座の間だ。

 

 玉座に鎮座していたのは“闇の支配者”。頭部に二本の角が生えた魔術師風の男が肘掛に頬杖をついて、挑戦者をじっと待ち構えていた。

 彼と対峙していたのは伝説に謳われし剣と鎧、そして水鏡のようにつるりとした光沢の盾を身に着けた一人の若者である。

 若者は腰に差していた剣を、慎重に抜き放つ。

 鞘走りの音を立てながら暗闇に閃いたのは、伝説の勇者が残した名剣。それはまるで体の一部であるかのように、しっくりと手に馴染んでいた。

 

「……魔道士ザルトータンを退けたか」

 

 油断なく伝説の剣を正眼に構える若者に、あえて人の形態を取っていた彼は(わら)う。

 愉快そうに。

 

 

 かつて伝説の勇者が闇の大魔王を打ち倒し、永久の安寧を約束された、アレフガルドと呼ばれた世界があった。

 古の伝説が今も息づくアレフガルドを守っていたのは『光の玉』と呼ばれる神器である。

 だが、()の地よりもたらされた光の玉は奪われた。この世界に光をもたらしていた神器を喪ったことで、アレフガルドは闇の世界に引きずり込まれた。

 数百年前に伝説の勇者が闇を払ったアレフガルドに、再び暗黒の時代が訪れたのだ。

 平穏の日々は一変する。

 アレフガルドには数多の魔物が巣食い、町ひとつが丸ごと灰燼に帰した。アレフガルドで唯一の王城からは美しい王女までもが魔物にさらわれてしまった。

 人々は嘆き悲しみ、闇の世界に落とされたことで狂暴化した魔物に怯える日々を過ごす。

 そんな中、闇の世界と化したアレフガルドに光をもたらすべく、ひとりの若者が立ち上がった。

 その若者こそ伝説の勇者の血を引く、勇者ロトの末裔だったのである。

 

 

「わしは待っておった。そなたのような若者が現れることを……。もし、わしの味方になれば世界の半分を■■■■にやろう」

 

 玉座からすっくと立ちあがった闇の支配者は誘惑の言葉を(ささや)いた。

 

「いいえ」

 

 だが、若者は毅然とした表情で答えた。この期に及んで甘言に惑わせられるほど若者の決意は決して鈍くはなかった。

 

「残念だ……」

 

 彼は(かぶり)を振り、慨嘆とも歓喜ともつかぬ吐息をひとつ漏らした。虚空から先端に竜の頭部を象った長杖を取り出すと、ゆるやかに構えた。

 

「ならば容赦はしない。お前を倒し、この世界を未来永劫の闇に覆い尽くしてやろう。わしにすべてを委ねなかったことを、あの世で後悔するがいい!」

 

 闇が、一際濃くなる。

 そうはさせぬと若者は我が身を奮い立たせる。

 若者の腰にぶら下がっていた王女の愛が、キラリと光った。若者は愛する人の確かなぬくもりを感じながら一歩を踏み出す。

 

 アレフガルドに光を取り戻すための戦いが、はじまった。

 

 

      ●

 

 

 彼は強大な魔力を有し、幾つもの呪文を自在に操った。その呪文が途切れる間隙を縫って若者が接近戦に持ち込もうとすると、竜の(あぎと)を模した長杖で強かに打ちすえられた。杖の扱いは洗練されていて無駄が一切なかった。彼は杖術にも秀でていたのである。その身のこなしは軽やかで、なおかつ優雅であった。

 彼の忠実な僕であった邪悪な大魔道士ザルトータン以上の強敵だった。

 だが、若者はよく戦った。何度目か分からぬ呪文の打ち合い、剣と杖の鍔迫り合いを経て、ついに若者の剣は彼を捉えたのである。

 

「見事」

 

 杖とともに袈裟斬りにされた彼は素直に若者の剣技を賞賛した。そして膝をつきかけたのを、踏みとどまる。

 

「だが、我は……竜の王」

 

 一気にトドメを刺そうとしていた若者は、目を見張った。

 なんと、彼の姿がぐにゃりと歪んだではないか。

 

「すべてを統べる絶対なる支配者……!」

 

 思わず、若者は後退りをした。肌を突き刺す威圧感に命の危険を感じたためだ。

 

 彼の喉から、ごろごろという唸り声が漏れた。

 剣と盾を構えた若者が見守る中、偽りの身体を脱ぎ捨てた彼が見る見るうちに巨大化していく。まるで濡れたように光る紫色の鱗がその全身を覆い尽くし、高い知性を帯びた鈍い光を放つ眼が若者を見下ろす。

 巨大な翼竜へと姿を変えた彼は前方に向かって、勢いよく炎を吐き出した。我を取り戻した若者はさっと飛び退き、激しい炎から間一髪のところで逃れる。

 炎の直撃を受けた石床は溶け崩れてドロドロになった。その余波で地下を熱風が吹き荒れる。

 熱気は、若者が流した一筋の汗を蒸発させた。

 

「これぞ我の真の姿」

 

 彼は(わら)った。縦に長い瞳が油断なく伝説の剣を握りしめた若者を映し出す。竜と化しても――いや、元の姿になった彼は先ほどの魔術師形態と同じ声音で言う。

 

 彼の声は朗々と流れた。

 

「――この姿になった我を倒したものは、誰もいない。それでもなお、お前は挑むというのか?」

 

 若者は無言で剣の切っ先を彼に突きつけ、返答とした。

 

「いいだろう」

 

 彼はどこか愉しげに、少しだけ寂しげに言った。

 

 

 こうして再開された二人の戦いは、それまでの前哨戦が児戯だといわんばかりに、さらに激しいものとなった。

 苛烈を極める激闘。一進一退の攻防が、続く。

 いかほどの時間が経過したのか、すでにお互いの身体はボロボロだった。

 彼の翼はズタズタに傷つき、尻尾は根元から斬り飛ばされてしまった。頭の角は一本失われ、脚は大地をろくに踏みしめられぬほどに衰えてしまった。

 だが、それでも彼はそこに在り続ける。

 手負いの獣は怖ろしいというけれど、それが生物の頂点たる竜族、しかもその王であるならばどうなるか。彼の目は死んでいない。彼は、まだ諦めていない。いくら傷ついても、むしろ威圧感はますます増すばかりである。

 攻撃し続けてもなお、致命傷を与え続けてもなお、絶壁のように君臨し続ける彼は敵対する者にはまさしく絶望に等しい。

 彼の望みは、この世界すべてを闇に落とすこと。

 そして、竜族の繁栄。

 彼は、王として同族の未来を背負っていた。ここで負ければすべてが終わるのだ。だから必ず勝たなければならない。

 

「――グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 彼は吠えた。

 聞くものすべての鼓膜を震わせるそれは、竜族の王の咆哮。おぞましい雄叫びによって、これまでの死闘の余波を受けて脆くなっていた岩壁に無数の亀裂が入った。

 さらに出入り口のところに置かれていた二基の篝火のうち、まだなんとか踏ん張っていたほうがあっさりと吹き飛ばされる。

 篝火から漏れ出した炎が赤い絨毯に――原形はすでにないが――引火した。ごう、と赤い絨毯を舐めるようにして、燃え盛る火炎が彼の巨体を照らし出す。

 

 だが、彼と対峙する若者もまた、大事なものを背負っていた。

 

「――――!」

 

 若者は左手に括りつけていた水鏡の盾を放り投げた。

 すでに盾の機能を失っているそれを後生大事に装備していても役には立たない。それよりも少しでも身を軽くする必要がある。

 若者は放物線を描いてどこかに飛んでいく盾を一顧だにせず、伝説の剣の柄を両手で握りしめた。その柄には勇者の紋章が鈍く光っている。

 若者もまた、諦めていなかった。

 すべての気力を振り絞る。身体に残るすべてのチカラを、己の腕の延長ともいうべき頼もしい愛剣に集中させる。

 これが最後、しかも決死の一撃になるだろうと若者は感じ取った。

 若者はダン、と力強く一歩を踏み出した。

 

 

      ●

 

 

 若者の愛剣は、この城の地下深くに眠っていた。

 若者がなにかに導かれるように訪れた石室。その中央部に、ひっそりと置かれた櫃のなかに納められていたものだ。発見した当初はボロボロに錆びついていたが、若者が鞘から抜き放つと往年の輝きを取り戻した。

 ……若者の帰りをずっと待ち望んでいたかのように。

 

 それは、若者がこの地に生を受けるよりも数百年前。闇の大魔王によって三年の歳月をかけて打ち砕かれ、再び名工の手によって鍛え直された伝説の剣だ。

 

 この伝説の剣は、古の時代に人の手によって鍛錬されたものである。

 

 かつてこのアレフガルドの真上に存在する世界が、別の名前で呼ばれた遠い過去の時代。神代(かみよ)の時代。

 ()の地に数々の災厄をもたらした、元凶ともいうべき邪神を打ち倒した“はじまりのロト”は世界を創造した聖なる竜と出会い、もしも自分が闇に染まったらこの剣で止めてほしいと頼まれていた。

 

 伝説の剣の銘は『ロトの剣』。

 それは、まさしく竜殺しを約束された剣だった。

 

 

      ●

 

 

「――――!」

 

 若者は、走る。ただ走る。

 その速度は迅雷。

 もはや使い手がいない極大招雷呪文(ギガデイン)の如き、人の限界を超えた速さであった。

 彼が激しい炎を吐き出しても若者は立ち止まらない。続けざまに襲来した鋼鉄をも易々と切り裂くツメも、甘んじて受けた。鮮血が飛ぶ。だが若者はそれでも突き進む。

 さらに、若者は速度を上げた。

 

「――――!」

 

 ロトの剣は、雷光のように彼の胸部に吸い込まれた。闇の支配者の心の臓に、竜殺しの剣が深々と突き立てられたのである。

 その一撃は余力の残されていなかった彼に引導を渡す結果となった。

 

「――グォオオオオオッ!!」

 

 人間の()()を辞めた彼は絶叫した。

 尾を引く断末魔が、どこまでもどこまでも響き渡る。

 

 

 その時、若者は不思議な光景を視ていた。

 若者は若者であって若者ではない、懐かしい雰囲気のする別の若者と成り代わっていた。

 そのうちは仲間が三人いて、もっと昔らしき光景には七人いた。

 彼らは共通して、闇のころもを纏った悪しき者と対峙していた。彼らもまた世界に光を取り戻すために戦いを挑み、そして勝利したのだ。

 戦いに敗北し、息も絶え絶えな悪しき者が呟く。それは予言だった。

 

『――よくぞ……我を倒した。だが、光ある限り闇もまたある。いずれは我に代わって何者かが闇より現れよう』

 

 若者たちは決然たる眼差しで悪しき者を見つめ、口を開く。しかし、その若者たちがなんと答えたかは、若者には聞き取れなかった。

 ただ、彼らの思いは、こうして若者に受け継がれている。それは間違いないと思えたのだった。

 若者は確信していた。――自分が携えている勇者の剣に、彼ら(せんぞ)の手が添えられていたことを。

 

 

「――――」

 

 若者が不思議な光景を見終わったのと時を同じくして。彼は、どう、と倒れ伏した。

 アレフガルドを闇に陥れた支配者が倒された瞬間だった。

 

 勝利の余韻に浸る前に若者はまず、《ベホイミ》を唱えて傷ついた身体の治療に務める。

あと一撃もらっていれば命を落としただろう、それほどの接戦だった。傷が修復していくのを確認し、荒い息をなんとかおさめた。

 若者は、まだ彼の胸部に突き刺さったままの剣を引き抜く。

 邪悪な竜の王を貫いてもなお、ロトの剣は竜の血にまみれながらも、若者の心を映し出す冴え冴えとした輝きを放っていた。

 若者は軽く振るって剣についた血糊を払い落とし、鞘におさめた。

 

「――――?」

 

 そして、闇に包まれたままの玉座の間をきょろきょろと見渡した。

 

 瓦礫の山と化していたそこはすでに原形を留めていない。天井からはパラパラと埃とともに石の欠片が降り注いでいる。そのいくつかは若者の頭ほどもあった。

 今にも崩落を始めそうなこの城から、一刻も早く脱出しなければならない。

 だが、ここでやるべきことはまだ残っている。闇の支配者に奪われた神器を――光の玉を見つけなければいけない。

 

「――――」

 

 そのときである。若者は耳を澄ませた。「なにか」が、自分を呼んでいる。見つけてくれるのを今か今かと待っている。

 若者は「あっ」と声を上げた。

 からん、と乾いた音を立てて、曇ったガラス玉のようなものが転がったのだ。それはちょうど彼の足元に落ちていた。 

 若者は曇ったガラス玉におそるおそる、近づく。若者の震える指先が触れた瞬間、曇っていたそれは清らかな光を取り戻した。

 冷たい空気が、震える。ピンと張り詰めていた冷気が清浄なものへと変わっていく。

 これが、光の玉。

 若者は確信した。こうして光の玉は再び人の手に渡ったのだった。

 

「――――!」

 

 暗闇の迷宮が地響きとともに崩れ去っていく。堰を切って降り注ぐ瓦礫を掻い潜るようにして若者は玉座の間から辛くも脱出した。

 若者は最後に自らの手で屠った竜の王に一瞥をくれると、踵を返す。

 

 その手に、光の玉を携えて。

 

 

      ●

 

 

 彼の肉体は死んだ。

 だが、未だ魂は暗き地底には戻らず、まだ現世にしがみ付いていた。

 彼はボロボロの姿を引き摺って、愛する者が待つ地へと帰還しようとしている若者を見届ける。

 

 彼は薄れゆく意識の中、まだ自分が上の世界にいたころを思い出していた。

 

 

 上の世界を生み出した聖なる竜の末裔とも、そのものとも判断のつかぬ母なる竜の女王。

 竜の女王が人生の終わりに産み落とした竜のタマゴから彼は誕生した。ゆえに竜の女王が持っていた光の玉は彼のモノだった――少なくとも、彼はそう思っていた。

 竜の女王から生まれた彼もまた本来であれば聖なる竜に連なる者であり、光に属する竜族であった。

 だが、闇の大魔王の手によって堕ち、偽の情報を吹き込まれた。

 ()の闇の大魔王の本体は伝説の勇者によって打ち倒されたものの、その残滓はアレフガルドの地を汚染し続けたのである。

 

 闇の大魔王、その実体のない幻影は幼い彼にこう(ささや)いた。――光の玉は人間に騙され、奪われた、と。

 

 光の玉は他ならぬ竜の女王の手により、暗き闇をうち払うために伝説の勇者に託されたもの。

 だが、彼は偽りの過去を信じてしまった。タマゴから孵って間もない無垢なる魂は善にも悪にも染まる。それは聖なる竜の眷属たる彼も例外ではなかった。

 母から譲り受けられてしかるべき光の玉は人間に奪われた。心から信じ切った彼は日夜、憎しみを募らせていき――。

 やがて、彼は魔物たちを支配する闇の王となった。

 闇の大魔王の目論見通り、聖なる竜の眷属は闇に堕ちてしまったのである。

 こうして闇の大魔王の後継者となった彼はじゅうぶんな力を蓄えたのち、忌々しい人間どもに宣戦布告をした。

 勇者ロトがアレフガルドの地に光を取り戻してから、すでに数百年が経過していた。

 魔物の脅威を忘れ、平和を享受していた人間たちは慌てふためく。屈強な兵士たちも彼の率いる魔物の軍に成す術もなかった。

 だが、そんな中。ラダトームの城に現れた予言者が「ロトの勇者の子孫が現れ、竜王を倒す新しき勇者となるだろう」と告げた。『かつて、アレフガルドの地に『魔王』と呼ばれる暗き闇あり。天上より降りし勇者ロト、神から授かりし光の玉を用いて闇を討ち、永き平安をもたらす』――あの伝説に謳われる、ロトの子孫が。

 予言通り、それから数年の後、ロトの血を引く新しい勇者が――すなわち、若者が城を訪れた。

 

 そして、彼は“ロトの血をひく若者”に倒されたのだ。

 

「――――――」

 

 大量の瓦礫が降り注ぐ中、彼は静かに意識を手放した。

 

 

      ●

 

 

 魔の島に建てられた闇の支配者の居城は、地鳴りとともに大地に飲み込まれていった。

 精霊ルビスのチカラを借り、城から脱出した若者は後ろを振り向いた。すでに彼の居城は瓦礫の山と化していた。

 若者は輝きを取り戻した光の玉を、高く高く掲げる。

 光そのものと化した神器は天へと昇っていく。

 そしてアレフガルド全土に重々しく黒く垂れこめていた雲を一気にけ散らすと、真っ青な空を呼び覚ました。

 黒く濁っていた大時化の海は元の穏やかさを取り戻し、毒々しい沼地は美しい花畑となり、アレフガルドが闇に堕ちたことで邪悪な心に染まってしまった生き物たちは元の穏やかな生活を取り戻す。

 人と魔物の境界は区別され、それぞれにとって住みよい世界となっていった。

 

 暗黒の時代は、ここに終わったのである。

 

 

      ●

 

 

 ラダトーム城に凱旋した勇気ある若者はラダトーム王との問答の末に、うら若き姫君と手と手を取り合い、自分が治めるに相応しい新天地を求めて旅立った。

 

 だが光ある限り、闇もまたある。

 この物語は、百年後の勇者の末裔たちの冒険へと続くのであった――。

 

 

    /Epilogue

 

 

「見てみろよ、ロラン。明日の御前(ごぜん)試合を前に、この国の奴らがソワソワしているぜ」

 

 緑の旅装束を身に纏った少年があなたに話しかけてきた。腰には細身剣を吊り下げているが、剣士なのだろうか。どことなく呪文のほうが得意そうな感じもするが。

 顔立ちからも、立ち振る舞いからも、少年の身分が高貴であることを漂わせている。その幼い顔に浮かぶのは飄々とした、ニヒルな笑みだった。

 

「父上が集めた、オレたちの御先祖様――勇者ロトにまつわる古文書を以前読んだことがある。ここデルコンダルはなんでも古の時代、勇者ロトの御一行と二度に渡って激しく戦い、最後には勇者ロトの勇敢さと寛大さに感服して野に下った、天下の大盗賊カンダタが興した国なんだそうだぜ」

「だから見るからに野蛮な人たちがいるのね……」

 

 年かさが少年とさほど変わらないだろう少女が、ため息まじりにつぶやいた。

 

「デルコンダルは未開の野蛮人たちが暮らす粗野な国家だと聞いていたけど、人と魔物が争う剣闘試合をああやって見世物にしているとは夢にも思ってもいなかったわ」

 

 眉をひそめる少女の手には身の丈ほどの長さの立派な杖がある。赤を基調としたフード付きのローブをきっちりと着込んでいる彼女は、魔法使いだろう。先の少年と同じく高い身分の者が纏う気品を強く感じさせる。

 

「ルーナはお気に召していないようだな」

「サトリのほうは、楽しんでいるみたいね」

「まあな。デルコンダルの国王も、思い切ったことをしてくれるよな。国宝の月の紋章を剣闘試合の景品にしちまうなんてよ。意外と小心者の父上なら卒倒モンだぜ」

「サマルトリア王でないにしろ、誰だって卒倒するわよ。――ロランやサトリは見た? あの玉座が見下ろす円形闘技場にこびり付いた、どす黒い血痕を。あそこでは日夜おぞましい興行が行われているんだわ……」

「まあ、そうかもしれないけどな。……でも、たぶんそれだけじゃないぜ?」

 

 顔を曇らせた少女に、少年が飄々とした口調で言葉を差し込む。

 

「強いものを好むこの国はシンプルだ。血沸き肉躍る戦いに魅せられている住民たちは五万といる。国ひとつを運営するのに副産物として溜まりに溜まった、不平不満の捌け口にもなっているんだ。その証拠に、この国は常に暴力の匂いに満たされているが、戦乱とは無縁でもあるだろ? まるきり秩序が無さそうにみえて、意外と上手くいってるのさ」

「あら。あなたは、ちゃんとこの国のことを見ているのね?」

 

 少女は目を少し見開いている。少年がなんでもないといわんばかりに肩をすくめた。

 

「……ま、ただ単に強さを追い求めるだけの、後先考えない筋肉ダルマって線も捨てられないけどな。誰かさんみたいなノーキン族って奴だ」

「ちょっと。それは彼に……ロランにわるいわよ」

「おいおい、こいつが気にするような玉かよ。いつも戦闘になったら猪突猛進ってな寸法で、その身一つで飛び出していくこいつが。いや……そうだな。ちょっと言い過ぎたな。でも、お前が前衛で魔物たちをイイ感じにかき乱してくれるおかげで、オレたちは安心して呪文を唱えられるんだぜ?」

 

 ぶっきらぼうな口調だったが、あなた全幅の信頼を寄せているのだと声音でわかる。

 

「で、オレたちが明日、その一番強き者になってやるんだ。やってやろうぜ、ロラン!」

「もう、サトリったら喧嘩っ早いんだから。国王さまから発破をかけられたせいで、何時も以上に熱くなっているのね……」

 

 少女が小さなため息をついた。

 

「ロランとサトリが出会った頃は、あなたはあっちこっちをフラフラ彷徨っているのんびり屋だったらしいのに。どうしてこうなっちゃったのかしら……」

「……チェッ、なんだよそれ?」

 

 少年が不機嫌そうに唇を尖らせる。

 

「広ーい世界を巡り歩いているとな、「いやー、探しましたよ!」じゃ済ませられない事態のオンパレードなんだよ。あれからオレも成長したんだよ!」

「それって、成長っていうのかしら……。ま、私は今のあなたと一緒にいるのが長いから、別に気にしないけれど……でも、彼はどうかしら。それに、あなたのお父様や妹君だって」

「な、アイツは関係ないだろ!?」

「でも、あなたの大事な家族よ? のんびり屋だった頃のあなたを知っているロランだって、あなたの変貌ぶりに内心では驚いていると思うワンっ。…………あっ」

 

 まるで犬のような鳴き声を喋ってしまい、口に手を当てて赤面する少女。

 少年が、少しだけ心配そうな表情を作った。

 

「その、なんだ? ……そのクセ、早く治るといいな」

「本当にね。これも皆、邪神官ハーゴンのせいだわ……」

 

 一瞬、暗い影のようなものが少女の横顔に走る。しかし、それはすぐに消え去った。凛々しくも儚げな顔つきを取り戻した彼女は、あなたに決然とした眼差しを向けた。

 

「絶対に勝ちましょう、ロラン。私たちは月の紋章を、なんとしても手に入れなければならないわ」

 

 少年も不敵な微笑みを浮かべ、頷いた。

 

「そうだな。明日はデルコンダルの王様子飼いの猛獣さまと殺戮ショーをするんだ、今日は宿を取って早く休もう。英気を養っておかないとな」

「……殺戮ショーだなんて」

 

 眉をひそめた少女に、少年は鼻を鳴らした。

 

「どうせ似たようなもんだろ? 殺すか殺されるかの死闘なんだから。いつもと――魔物たちとの命のやり取りと、同じさ。ロトの勇者の子孫たちを荒っぽくお出迎えしてくれたお礼を、たっぷりとしなきゃな。……そういえば、明日オレたちが戦う相手は……なんて言ったんだっけか?」

「もう。忘れちゃったの?」

 

 少女が嘆息まじりに答える。

 

「私たちが戦うのはキラータイガーよ。魔法の素質は無いみたいだけど、そのかわりに曲刀(サーベル)並みの鋭い犬歯が二本も生えている、極めて獰猛な魔物だと聞いたわ。たまに放つ痛恨の一撃を万が一にでも食らってしまったら、体力のない私たちは一たまりもないわね……」

「その万が一がないように、オレ達がなんとかするんだよ。相手を惑わす幻惑呪文のマヌーサをかけたら、無力化できちまうはずさ。あとはこのオレがサマルトリア仕立ての剣術を披露して、ちょちょいのチョイとだな……」

「……うーん。そう簡単にいくかしら?」

 

 あなたは佩剣をひらりと引き抜いた。それを、軽く振るった。

 ひゅん、と空を切る。

 ただそれだけで突風が巻き起こり、剣先の延長線上にあった木の幹に、真一文字の線が刻まれる。数秒後、それらの境界がズレた。近くの木が、バカでかい音とともに倒れていく。

 

「――うおっ!?」

「もう、ロラン。なんとかに刃物じゃないんだから」

「ふう。びっくりしたぜ。ロラン、そいつはただの剣じゃないんだぞ?」

 

 あなたは、にっと微笑んだ。

 

「へへっ。勝とうぜ、ロラン! ルーナ! オレたちは三人でひとりの“ロトの勇者”だ!」

「ええ。必ず勝ちましょう。あなたとともに、私たちもどこまでも行くわ!」

 

 あなたは不死鳥の紋章が刻まれたロトの剣を高く掲げた。少年と少女もあなたに倣う。二本の剣と一本の杖が交差した。

 

 その時、あなたは思った。――ここに古き勇者たちの剣もまた、そっと添えられているのだと。

 

 

      ●

 

 

 闇あるところには光がある。

 勇気あるものたちは旅立ちのときをむかえ、出会いと別れを繰り返しながら信じあえる仲間を見つけ、そして――世界に巣くう大いなる闇を打ち滅ぼす。

 

 竜を巡る冒険譚(ドラゴンクエスト)は、決して終わらない。




■若者 … ロトの血を引く若者。DQⅠにはロトの盾がないのでみかがみの盾を装備。冒頭部はⅪの真エンディングの一幕をイメージ。

■彼 … 竜王さま。ロト紋の竜王をイメージ。

■あなた … ローレシアの王子。名前は「ドラゴンクエストモンスターズ+」から。

■サマルトリアの王子&ムーンブルクの王女 … 名前や性格は「ドラゴンクエストモンスターズ+」から。

■ザルトータン … 公式小説やゲームブックなどに登場した竜王の配下。だいまどう。



個人的にはドラクエシリーズの主人公は喋らないほうが好きだし、書きやすいんですよね……(万年金欠の某冒険者を除いて)。
感想評価、お待ちしています。


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