午後19時から21時までの二時間。
宮田と配信の準備をし、その二時間を雑談とゲームで過ごし終えた銀次は、何故か祐樹を連れて車を運転していた。
「……」
「……」
「あ、あの……荒井、さん……」
「黙れ、喋るな、殺すぞ」
「ッ」
かれこれ三十分程、こうして車を走らせているのだが行き先がわからない。
というよりも、ずっと無言のまま、気まずい空気だけが車内に広がっていた。
喋れば殺される。
いや、もしかしたらこのまま海へコンクリート詰めされるのかもしれない。
もはや祐樹の中で銀次という人物は、それをしそうという印象だった。
対して何故、銀次が祐樹を連れて車を走らせているのかというと、配信を終えた直後に見たスマホに、宮田から一通のメールが届いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
配信お疲れ様です。
今回の件、私も出過ぎた場面があったりし、不快にさせてしまい申し訳ありませんでした。
しかし、荒井さんが変わろうとしているのは誰よりも私が身近で知っているつもりです。
飲みに行った際、貴方は酔った勢いで浦瀬さんとの過去を教えてくれましたね。
しかし実のところ、そうやって誰かに話して楽になりたいと思う節があったのではないでしょうか。
一人で抱え込む天道さんとは違い、貴方は誰か一人でも共有したい人を見つけたい。
私の主観ですが、そのように思えたことを伝えたかったんです。
そこで……です。
強制ではなく、あくまで提案なのですが、一度天道さんと二人きりで話してみてはどうでしょう。
先程貴方は、“浦瀬さんはなんでこんな奴を気に入ったのか”と言ってましたね。
その理由を知るためにも、一度そのように二人きりで話す時間を設けてみたら、案外わかることだってあるのかもしれません。
それに天道さん、彼はまだ未成年で至らない箇所も目立ちますが、それでも相手の話を聞き、それなりに尊重することはできます。
気乗りしないかもしれませんが、一つ素直になれるかもしれないという前向きな検討で、行ってみてください。
それでは。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上記のようなメッセージを目に通し、本当に気乗りではなかったが、何故か引っかかった。
思えば確かに最初出会った時もそうだが、噛み付く勢いだけで互いを知らない。
天道祐樹という人物を真正面から知ろうとすれば、小鳩が気に入った要素だって知れるのかもしれない。
そう思った銀次は歯を噛み締めながらも、祐樹を強制的に外へ連れ出し、自身の車へと乗せたのだ。
「……天道祐樹」
「は、はい!」
「お前、小鳩と何処までの関係になったんだよ」
「……その、交際までは、いきました……」
ーーブォオオオォンッ!!!
「ひえええええええええっ!?」
アクセルをベタ踏みし、怒りを言葉でなくエンジン音に乗せる銀次。
それに祐樹は顔面蒼白、シートベルトを両手で握りしめて震えた。
「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁ……。そうか」
「そうか、じゃないですよ!? 俺の命も乗せてるので慎重に運転してください!!」
「悪りぃな、このままガードレール突き破って空を飛ぶのもいいかと思った」
「馬鹿じゃないですか!?」
「馬鹿だと……? んんっ、落ち着け……」
涙目になりながら“馬鹿”と言う祐樹にピキッと眉を顰めるも、運転中であることを忘れずに冷静さを取り戻す。
ましてや宮田にしつこく言われた感情的になりやすいということも踏まえ、この二人で話し合う機会だけ冷静を保つことにしていた。
「小鳩のどこを好きになったんだよ」
「そう、ですね……。自分をちゃんと、見てくれるところとか、気遣ってくれるところとかですかね……。それと、普通は周りから気持ち悪がられても仕方ない病気を受け入れてくれたりとか、そういうところです……」
「病気?」
「はい、喘息とアトピー性皮膚炎です……」
「喘息は知り合いに居るからわかるが、そのアトピー性皮膚炎ってのはよくわかんねぇな」
「皮膚では典型的な種類のものです。えっと、こんな感じの、です……」
祐樹は長袖をめくり、包帯を外して恐る恐ると銀次に見せた。
相変わらずボロボロで、カサカサ。ましてや季節も関係して、化膿している部分もあった。
「汚ねぇな」
「……ッ。すみません……」
横目で見た祐樹の腕の皮膚に、銀次は鼻で笑い思ったことを言った。
それに対して祐樹はすぐに包帯で隠し、袖を戻して窓の方面に視線を移した。
「そういうとこが気に食わねぇ」
「……え?」
「すぐ謝るところだよ。なんにしてもお前はすぐに謝る。好きな奴でも嫌いな奴でも関係ない、相手を選ばず謝るところが気に食わねぇ」
自分にはできない一つの行動。
それが気に食わなかった。
人を選んでも謝ることができない自分に対して祐樹はそれを簡単にする。
プライドがあるのかないのか、もしくはそれすら関係なくそうすることができるのか。
「それに汚ねぇとは言ったが否定はしてねぇ。その皮膚の病気、いつから?」
「生まれつき、です」
「……そうか。その、なんだ。学生時代は虐めとかやっぱり受けたりしたか?」
「殴る蹴る、切られたりもしましたね。小学生の頃はまだ口で留まっていましたが、中学の頃はエスカレートもして大変でした。先生にも言ったりしましたが、何の解決にもなりませんでした」
「今時、どこも先公なんて宛てになんねぇよ。あいつらは自分の評価しか気にしてねぇからな」
「あはは、全員がそうでないのは分かっていますが、いざ自分がその場面に立つとそう思ってしまいますよね」
「俺は学生時代、喧嘩ばっかしてた。その度に職員室呼び出し食らって、説教されてたな。けど向こうから勝手に手を出してきて、やり返したら先公に泣きつくってのは今でも気に食わねぇ」
「よく話としては聞きます。それに、不良グループはリーダー格が背小さいとか、その周りに居る人たちは高い確率で太ってる人やガリガリの人がいるみたいなのも」
「あー、確かに居たな! 背小さいくせにイキがる雑魚と、それを取り巻くデブとガリ」
「えっ、居たんですか!?」
「あぁ、ガチで居たわ」
気付けば話は弾んでいた。
銀次も不服に思うことはなく、気に食わなかったはずの祐樹とたわいもない話をすることに不快など無かった。
怯える癖に。
怖がる癖に。
泣き虫な癖に。
それなのに、話す場がちゃんとあれば、そんなの気にせずに会話してくれる。
そして話をちゃんと聞いてくれる。アスノテに所属してからというものの、ずっと一人で抱え込み、他者と絡むことなく過ごしてきた。
案外悪くないと、銀次は目的地まで走らせた。
そしてその目的地へと着き、時間帯も時間帯であり誰もいない駐車場へと車を止めた。
「着いた、降りろ」
「は、はい!」
エンジンを切って、短くそう言い銀次はドアを開けて外へ出た。
続いて祐樹も急いでシートベルトを外して、車から降りた。
それからしばらく歩いていくと、展望台へと着いた。
夜空に浮かぶ星々に程よいそよ風。銀次は木のベンチに座り、祐樹にも座るよう言った。
そこからは互いに数分のまま無言だった。
しかし何かを意に決したのか、銀次は見上げていた視線を下に向けて話を始めた。
「……二年前だ。飲み会の帰り、互いに酔っていたことや家が遠かったということもあり、その日はホテルで過ごそうとしたんだよ。だが俺はあろうことか、酔っていた理由を言い訳に無防備だった小鳩をそのまま襲おうとしたんだ」
「……ッ」
話し始めた銀次の話に耳を傾けていたが、その内容に目を見開いた。
しかし口を挟むわけにはいかないと、怒りよりも悲しみを覚えながら聞くことに。
「俺の行った行為は決して許されるもんじゃないのは、わかってんだ。例え恋人同士であろうと互いの理解があってそういうことをするべきなのだと。だが俺は、それをやっちまった」
小鳩がホテルを抜け出し、一人残された状態で気付く後悔。
別れる原因と言われても仕方ないと、銀次は頭を抱えた。
「今あいつが付き合ってんのはお前だ。そんなお前にこんな話をするのも、間違ってるかもしれないし、最低だとわかってんだ。だがそれでも、俺は誰かに分かって欲しいんだ……。当時、本当にあいつのこと好きだったんだと」
「……荒井さんは、今も浦瀬さんのこと好きなんですか?」
「好きだが、もう後には戻れないのを知ってから恋愛においての好きはどっかに行った。というのも、ただでさえ付き纏ってんのに、そこに恋愛感情持ち込んだら余計にまたあいつを追い詰めてしまう気がしてな……」
「浦瀬さんのことを思ってのことなんですね。荒井さんは浦瀬さんにどうしたいんですか?」
「俺はただ一つ、あいつに謝りたいだけだ。謝って、仲直りがしたい……。じゃなきゃ、このモヤモヤは消えねぇし、後悔し続ける。このアスノテでVTuberを志願したのも、あいつがそこで活動しているのを知ったからだ」
飲み会帰りのホテルでの一件以来、銀次は小鳩との連絡が取れていなかった。
というのも小鳩から既読は付くものの、返ってくることがなかったからだ。
それに対して祐樹は、メッセージでもいいから謝罪の文を送ればいいのではと聞いた。
銀次はそんな祐樹の言葉に、『文章で伝えていいものじゃない』と返した。
「俺が最初、お前に強く絡んだのも嫉妬だったのかもしれねぇ。小鳩にじゃなく、お前に対しての嫉妬だ」
「俺に、ですか……?」
「俺にできないことをお前は平然と、それも当たり前のようにしやがる。弱いところを見せるところも、謝るところも、何もかも。俺とは正反対で素直を知っている」
捨てた方がマシなプライドが邪魔をするのか、弱みを見せることも謝ることも気が引けてしまう自分が情けない。
VTuberを通して小鳩と接触する場面は何度もあったが、伝える前に避けられるか、もしくは意地になってしまうことが多かった。
“ごめんなさい”。
その一言が言えたらどれだけ楽なのかと、銀次は小さく自分を嘲笑った。
「話を聞いて思ったんですが、きっと荒井さんと浦瀬さんの間では微かなすれ違いが生じてるんだと思います」
「すれ違い?」
「言葉にするのは難しいですが、その、荒井さんは謝りたいけど、浦瀬さんはその一件があって荒井さんと関わりたくないとか……。浦瀬さんからすると荒井さんの気持ちとか行動の意味を知りませんから、単なる付き纏いなのだと思っているのかもしれません」
「……お前、絶妙に痛いとこ突いてくるな」
「えっ!? その、す、すみません……!」
「くくっ、ははははは!! そうやってすぐに謝るの、ほんと気に食わねぇ! 悪いことしてねぇのに、本当どこまでお人好しなんだよ」
なにかあるごとに自分が叶えたい言葉を一目散に言える祐樹に、銀次は笑った。
「……あん時はすまねぇな」
「えっ?」
「最初の話だよ。圧かけるように話しかけてしまったことだよ。それだけじゃない、さっきも責めるように言っちまった」
「あ、いえ……荒井さんの言うように女々しい部分があるのは確かだと思いますし、言われても仕方ないと思ってますので……。というか、ちゃんと謝れるじゃないですか」
「相手の問題だわ、ボケ」
「はははっ」
互いに小さく笑い合い、どうやら認め合えたようだった。
更にそこから銀次の心情と事情を深く知り、小鳩が避けてしまうのなら謝れる機会を作れるようにと協力することを祐樹は言った。
それに対して銀次は後輩に手を差し伸べられるとはな……と、不器用に思いながらも静かに感謝をした。
「時間も時間だし、戻るか」
「そうですね」
「お礼に帰り、マック奢ってやるよ」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
祐樹がまだ未成年ということを気遣い、ぶっきらぼうであるが戻ることに。
そして帰り途中、更に判明したことがあり、先程居た展望台は銀次が小鳩に告白をした思入れのある場所だということ。
銀次だけが知る思い出の場所にわざわざ連れてきてくれたこと。
そして、言葉には棘があるものの、ちゃんと前向いて話をしてくれたこと。
銀次は怖い人という印象から、祐樹の中では優しくて我慢強い人という印象へ変わったーー。