零距離破壊のオプティミズム   作:天魔宿儺

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第一話 鬼瓦 輪

人に四端あり

 

『仁』『義』『礼』『智』

 

四端に『信』を

 

加えて五徳

 

我らこれを守り

 

共生の道を貫く刃なり

 

 

「天下五剣、揃ったな? それでは本日の議題―――新たな外敵の排除について話そうか」

 


 

制服を着た女の子が校舎前の道を歩いている。

これくらい、どこの学校でも目につく光景だろうが、一つどこかおかしな点があるとすれば、彼女らが武器を携帯している事だろうか。

 

基本的には警棒、あるいはそれに近しい鈍器か、バッグにメリケンサックをアクセサリーよろしくぶら下げてる娘までいる。

なんというか、いつ襲われても反撃できますよオーラが凄い。

 

妙な点で言えば、道を行く男子生徒も甚だおかしい。

皆元々は不良だったのだろう、隠しきれない仕草や表情には当時の面影のようなものが見え隠れしているが……しかし、それももはや面影に過ぎない。

 

牙を取られ、威を失った負け犬が如く、彼らの顔には敗北の二文字が浮かんでいた。

何より、男子の制服を着ておきながら女子のような化粧と仕草をしているのが気色悪い。

なんだ、あの悍ましいものは。

こういうのは……無視するに限るな。

 

共学の学校と聞いていたんだが、少しばかり……いや、結構、かなり、比率が女子に偏っているような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。

 

というかさっきから何故かわからんが視線が痛い。ひそひそ話も聞こえてくる。

いや、何を話しているのか皆目見当つかないのだけども。

 

きっと謂れのない悪口やら影口に違いない。

こういうお金持ちの通いそうな学校にはよくありそうな話だ。

 

登校初日から嫌な予感がしてならない。

転入する学校間違えたかな。

 

さっさと職員室で教師陣との会話を済ませ、書類の整理を終わらせた後、自分がこれから世話になることになるクラスへと足早に向かう。

扉の前まで来ると……なんだか、周囲が異様に静かなことに気づく。

まぁ、お嬢様学校なんだし皆が礼儀正しく待っているのかとも思ったが、様子が違うようにも思える。

とはいえ、足踏みしていても何も始まらない。

 

「どーも皆さん、はじめm―――」

 

なるべく明るく挨拶しようと努めて扉を開けると、思わず言葉を失った。

何故って、そりゃ失うだろう、クラスにいる女子の全員から警棒を向けられちゃ流石に……ねぇ?

 

「長めの黒髪に高い背格好、貴様が転入生のオニガシマ桃十郎(とうじゅうろう)だな?」

 

声がする方向を振り返ってみると、時代錯誤も甚だしい、般若の仮面をかぶった少女が自王立ちしていた。

腰には日本刀を帯刀している、すこし背の小さめの少女だ。

……いや、これくらいならわりと普通のほうか?

ちなみに俺の名前は『鬼ヶ島』と書いて『どうじがしま』と読む。

微妙に間違えられてるケド……まぁ、いいか。

 

「あー、その通りでスけど、なんスかコレ、不審者でも出ました?」

「あぁ、たった今入ってきたな、その不審者が」

「ほほう、そいつはけしからん」

 

イヤーダレノコトダロウナー

 

「貴様の事だが?」

「えぇ……俺まだなにもしてないっスよ」

「まだ、という事は近い未来何かしでかすのは間違いあるまい?」

 

少女は何やら生真面目にも俺になにか諭しているように見えたが、それはそれ、耳に届く言葉は右耳から左耳へと通り抜けていく。

もはや問答は不要だろうに……武器を向けた時点で交戦意思有りってことでいいんだよな?

 

「―――であるため、貴様の事はこの私、天下五剣が一人、鬼瓦輪が矯正してやるっ!」

「それは……喧嘩って意味でいいんスかね」

「ふっ、本性を表したな?まぁ、野蛮な言い方をすればそうなるだろう、だが、喧嘩になると本気で思っているのか?」

 

本性もなにも、敵意丸出しなのはそっちでしょうに。

それに随分な自信家のようだ。

 

「まぁ、そっちがその気なら……だけどその前に、ちょっと場所を移しません?流石に教室を壊すのは忍びない」

「……いいだろう、ついて来い」

 


 

校門から校舎までの間にある広間まで来たところで、一限開始のチャイムが鳴った。

あー、転入初日から遅刻ってことになるのかこれ、授業ついていけるかな…….。

呑気にそんなことを考えていると、相手方の……確か、輪とかいう名前の女子が佩いている刀を抜き放ち構える。

 

「ここならば問題ないだろう、誰も邪魔することはない」

「そっスね」

 

相手方にならってこっちも構える。

だが、彼女は怒ったのか、それとも不思議に思ったのか、俺の構えを見て訝しむように聞いてきた。

 

「なんだその構えは、そんな不恰好な構えで戦えるものか、真面目にやれ。私は貴様を真正面から叩き潰す必要があるのだからな」

「……やっぱ、まともに術理を学んだ人からしたら、この構えは不恰好に見えるっスかーーーだが、その余裕もすぐ消えるぞ」

「ッ―――そっちが素か、いいな、矯正しがいがあるというものだ」

 

彼女のほうも油断するのをやめたのか、自然と刀を握る手に力が込められ、全身の脱力をする。

俺の方も引き絞った拳の強く固め、足を大股に開いて構える。

 

「―――私立愛地共生学園天下五剣が一人、鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)鬼瓦(おにがわら) (りん)……参る!」

「あぁ~、転入生、所属流派無し、我流格闘術(がりゅうかくとうじゅつ)鬼ヶ島(どうじがしま) 桃十郎(とうじゅうろう)……参る」

 

刀と拳、どちらが強いか、そんな事は分かりきっている、圧倒的に刀の方が有利だろう。

リーチも長く、峰でも打たれれば骨折は免れない。 

 

「ふっ、我流に、格闘術ときたか、如何にも男児の好きそうな言い回しだな! 一代で流派を確立する難しさも知らんはぐれ者風情が、生意気な

「なんとでも言うがいいさ、仮の名称として付けているだけだ。本質は術理もクソもねぇ」

 

だがそれは―――まともに振ることが出来れば、の話だ。

そしてそれはどのような攻撃、剣術、格闘術においても言えること。

つまり、打たせなけれはいい。

 

我流一式(がりゅういちしき)―――猿飛(さるとび)

 

石畳が大きな音をたててひび割れると同時に、桃十郎は鬼瓦の眼前まで接近していた。

 

「なっ!?」

 

さっきまで目測3〜4mは離れていた位置にいたと言うのに、一瞬で間合いの内側にまで入り込まれてしまい、動揺した鬼瓦だったが、それも一瞬の出来事。

すぐに驚愕から顔を変え、反撃に転じる。

転じようとした。

 

しかし、動けない。

何故か?

刀というものはその性質上、リーチの長さは非常に優れており、間合いに入ったものを決して逃しはしないが、一方での間合いというものは刀根本から切先までの長さ程までしかない。

 

故、腕を伸ばし刀を握るまでの間の距離は完全に間合いの外であり、死角なのだ。

この男は、それを知った上で飛び込んだのだ、間合いの外ではなく、内にある死角へと。

目と鼻の先、ワンインチ距離とも言える程に近付いたその間合いは、完全に打撃有利のものだった。

 

「悪いが、単位は落としたくないんでな、一緒に教室まで戻ってもらうぞ」

 

その時になって鬼瓦は気付いた、彼の(いびつ)な構え、その意味に。

彼の構えは少々独特というか、異質だ。

通常、格闘技であれ剣術であれ、構えというのは少なからずも“多くの選択肢の起点となる”ことに重きを置かれている。

即ち回避、攻撃、防御、牽制などのそれぞれの動きの基準点となるのが、本来の構えという予備動作だ。

 

しかし、鬼ヶ島のそれは違った。

顔の側面に沿わせるように引き絞った、目に見えてわかるほどのテレフォンパンチの姿勢に、もう片方の腕は軽く手前に構えるだけ。

これでは、防御も回避も間に合わない、牽制などもっての外だ。

 

ただ己の攻撃を当てることだけを考え、それに特化した超攻撃形態。

無論、そんなもの当たらなければいいだけの話だが、ここまで接近された状態でどう巻き返せというのか。

 

「受けるつもりなら、全力で防御しな」

 

言われてハッとなり、鬼瓦は刀を引き戻し、全力で防御を固める。

目前には、巨大にすら錯覚するほどの全力の拳が迫ってきていた。

 

そして―――次の瞬間、彼女の身体は文字通り、宙を舞った。

 


 

「……んん……」

「あ、起きたか」

 

目が覚めると、そこは見知った天井。

私立愛地共生学園の保健室だった。

 

「私は……何故ここに……―――ッ痛ぅ!」

「おいおい無理すんな、怪我してるんだから休め」

 

周囲を確認しようと、ぼぅっとした頭で起き上がろうとしたら両腕に鈍痛が響き、すぐそばから男の声がした。

これは……この口調は、明らかに矯正された男子生徒のものでは無い。

この声は……。

 

「オニガシm―――」

鬼ヶ島(どうじがしま)だ、ちゃんと名乗ったよな俺?もう忘れたんだとしたらちょっと傷つくんだけど……」

「……授業はどうしたんだ、出たそうにしていただろう」

「サボった」

「は?」

 

戦闘中に気にする程度には単位を気にしていたというのに、サボっただと?

仮にも、私という天下五剣の一人を退けたのだ、あとは安心して授業にでもなんにでも行けばよかったじゃないか。

 

「両腕と腰を打って、痛々しく横たわる女子を見て、保健室に連れて行くのは悪いことなのか? お前男子をなんだと思ってんだ」

 

なんだか痛い人を見るような目でマトモそうな事を言われた。

初対面の、転入生―――ここに来るほどという事は相当の問題児―――に。

思わずカッとなる鬼瓦だったが、両腕の痛みによりあまり強く出る事が出来ない。

 

「怪我の方は心配すんな、軽い打撲と擦り傷程度だったぞ、ものの数日で治る。良かったな、俺に医療の知識があって」

「あぁ、ありがとう……」

 

怪我のせいか、鬼瓦は少し弱気になっていた。

般若の面の奥がどうなっているのかは分からないが、おそらくしょげているのだろう。

天下五剣―――ともいうくらいだ、この学園にいる帯刀者はいずれもなんらかの剣術、もしくは武術を習った者達なのだろう。

実際、鬼瓦も名乗りの際に『鹿島神傳直心影流(かじましんでんじきしんかげりゅう)』を名乗っていた。

だというのに、来たばかりの転入生に、素手で、しかも一撃で倒されたのだ、自信もなくすだろう。

 

「オニガシマ」

「あん?」

 

気付けば、口を開いていた。

確かめずにはいられなかった。

長い修練を重ねて身に着けた術理、呼吸法、それらの集大成を、ただの素人に崩されたのかと思うと、どうしても確認したくなっていた。

 

「あれは、どこぞの流派の技ではないのか? 勝負に際して言っていただろう、『我流格闘術(がりゅうかくとうじゅつ)』と……」

 

「あぁ~、そのことなら、その通りだ。あれらは俺の経験した格闘技やスポーツなんかから得た経験をもとに、適当にでっち上げた集大成だからな、正統流派のような術理もクソもない、すべて力技でごまかしてるだけの―――そうさな、ガキの我儘みたいなもんだ」

 

「だが、それは貴様のいう正統流派を打ち破ったのだ、正面からな……誇るがいい、オニガシマ」

「あざっす……あ、あと俺の名前はオニガシマじゃなくて鬼ヶ島(どうじがしま)な? いい加減覚えろ?」

 

転入してきた問題児との衝突は何度もあった。

ここは強制(・・)的に矯正(・・)する学園、問題など往々にして起こりえる事だ。

だが男児に正面から打ち負かされたのは―――初めての経験だった。

鈍痛の響く腕を使い、軽い打撲をしたという尾骶骨あたりをさすってみると、そこには丁寧に包帯が巻かれている。

 

―――しかし、そこで鬼瓦は気付いた。

いまこの部屋に保健医の気配はなく、先の会話で鬼ヶ島は『良かったな、俺に医療の知識があって』と言ってきた。

そして、自分の腰には明らかにスカートの下にある包帯。

 

「おい、オニガシマ」

「あん?だから俺の名前はドウジガシマだと……ん? おいおい、無理すんなよまだ痛むだろう」

 

「そんな事はどうでもいい!!」

 

痛みを堪えながら鬼瓦はベッドから起きあがり、そばに立てかけていた日本刀を手に取る。

表情は……顔全体が般若の面に覆われているため見えなかったが、おそらく声の上がり具合から赤面しているのだろう。

 

「正直に答えろ!貴様、この包帯をどうやって巻いた!事と次第によっては貴様を―――」

「輪お姉さま!包帯の取り替えをしに来たのです〜!そこな変態になにもしていられませんか!?」

「誰が変態だコラッ!」

 

何か言おうとした鬼瓦は、保健室の入り口から百舌鳥野(もずのの)ののが現れた時点で、時が止まったかのように静止した。

 

「あー……、言わずもがなって感じなんだが、説明いるか?」

 

なんとなく、鬼瓦が"何を察したのかを察した"鬼ヶ島は、可哀想な人を見る目になってしまうのを必死に堪えながら、鬼瓦を諫める。

しかし、思ったほどなんともなかったのか、鬼瓦は日本刀をベッドのそばに立てかけると、そのままベッドで横になった。

 

なんだ、全然気にしていないのか!

それなら安心だな、たとえオニガワラがムッツリだったとしても俺には関係ないし!それじゃぁ俺はここで失礼するぜ!

声に出さずとも、そう楽観思考することにした鬼ヶ島が去った後。

 

『ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』

『お姉さま!?どうしたのです!?輪お姉さま!!??』

 

保健室から、甲高い絶叫と困惑の叫びが聞こえたのだった。

 


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