炎熱の守護者   作:天魔宿儺

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プロローグ:ある勇猛な攻略者の話

『賢者の塔』

 

それは、遥か昔からそこにあったとされている。

人類にとってその塔は、文明に確信を起こす建造物であり、同時に不滅の象徴。

数多くの宗教の神話にこの塔は出てくる。

宗教の中には、いっそ神と同一視しているものもある。

 

塔の中には『守護者(ガーディアン)』と呼ばれる不滅の存在が居た。

 

彼らの実力はピンキリであり、戦闘が得意なものから交渉が得意な者まで様々だが、唯一共通しているのは、彼らの使う術や道具が、人類に発展を促したという事実だ。

そして、いつしか人類の中には彼らと戦い、戦利品を持ち帰る事を職業とする『攻略者』と呼ばれる者達まで現れ始めた。

 

『攻略者』が台頭し始めてから約百年余り、塔に充満している不思議なエネルギーによって、攻略者とその子孫達には、不死身の体質が宿っていた。

しかしそれは死なぬだけであって老いない訳では無く、そしてその不死性は塔より一定以上離れると失われるという性質を持っていた。

故、優れた攻略者はより優れた後継者を選び取り、それを育てるという事を、そこから更に二百年行う。

 

そうして『攻略者』が初めて誕生してから三百年後の現代。

塔に挑むことに特化された『攻略者の血筋』が生まれたことで、塔の攻略は更に進むことになった。

 

『賢者の塔』には上に進むごとに新たな『守護者』が現れる階層構造になっており、その数は全5層。

たったの5層と思うかもしれないが、しかしその認識は間違いである。

なぜなら、人類史始まって以来、第5層を突破できた人間はいないのだから。

とは言っても、到達者自体は少なからずおり、彼らは一様にして口をそろえるのだ。

 

『あれは恐らく、他の守護者が束になっても勝てやしない』

 

その『守護者』を、人類文明の発展をせき止めている不滅の怪物を、人々は畏れを込めてこう呼んでいた。

曰く―――。

 

―――『炎熱の守護者』―――

 

 

 

 

 

 

 

 


 

「いらっしゃいいらっしゃい!水中呼吸の魔具が今ならお値打ち価格だよ~!」

「ちょいとそこのお兄さん!なんだか顔色が悪いじゃないか、お連れにこの奴隷はどうだい!安くしとくよ!」

「土の守護者に効く水流の剣ならうちのが一番だよ!」

「ポーションに困っていないかい!安くしとくよ~!」

「突風のスクロールがお買い得だよ!魔法国家から持ち寄った特注品だよ~!」

 

自慢の商品を売りつけようと、商人たちが塔の手前で風呂敷を広げ店を開いている。

それに興味を持った若い『攻略者』達は、大枚はたいて便利な道具を買っていく。

元々、商人たちがターゲットにしているのは、ケツの青いガキ共ばかりのため、装備の整っているベテランには声を掛けないし近付いても来ない。

 

そんな盛況している人混みの中で一人、塔に向かう『攻略者』が居た。

 

大きな体躯を誇り、全身に無駄のない筋肉を持った男は、背に身の丈ほどの大きさの大剣を背負い、塔の前までいくと、塔を管理している『守護者』に話しかける。

 

「『風の守護者』よ、塔に入れてくれ」

 

【貴方の全財産と、攻略証明書をお願いします、それと前回の到達階層は幾つでしょうか?】

 

「第4層までの攻略証明書に、到達階層は5層だ。財布はまるごともっていけ」

【確認しました、ありがとうございます!それでは五層の入り口に転送いたしますね!】

 

第1層、つまり“地上”の守護者は『風の守護者』。

大昔から塔の入口にある窓口に立っており、一度として休憩することなく、何百年も年中無休で『攻略者』を塔の中へと招き入れている。

『守護者』は例外なく、塔に入ってくる者に対して物理、非物理問わず、あらゆるものを“要求”してくる。

そして、その要求を通すことが出来た者のみを先へと進ませるのだ。

 

彼女が『攻略者』に要求する物は『価値のあるもの』端的に言えば、『金』である。

塔に入る意志のある者は例外なく、全財産を彼女に差し出さなければ塔へと入ることが出来ない。

これが『塔の攻略』という一大事業に貴族や国などが参加してこない最大の理由である。

『風の守護者』は、相手が保有する全財産を捧げなければ決して扉を開けず、そして危害を加えられても不滅であるため意に介さない。

 

脅しは効かず、徹底的に『(価値あるもの)』を要求するのだ。

 

スラム街の無一文な瘦せこけた少女からならば、大切な石ころ程度で中へと通すが、これが貴族の当主やその息子などでは話が違ってくる。

潤沢な『財産』を保有しているものからは、そのすべてを根こそぎ支払わなければ絶対に中へと通さない。

無論、例え支払って中へ入ったとしても、ため込んだ財産を取り戻すほどのリターンを受け取れること自体ほぼないに等しい。

そのため、貴族や国家(集団で管理する財産を持つ者達)は塔から手を引く以外に道がないのだ。

 

【それでは、いってらっしゃ~い!】

 

もちろん、塔の攻略だけを生きがいとしている『攻略者』からすれば、全財産を差し出す程度ならさして問題にならないため、容易に中へと入ることが出来る。

 


 

―――転送された先は生活感のある一室だった。

リビングにソファ、机と椅子、並べられた料理、そしてキッチンには一つの人影。

 

攻略者か、少し待て、今から飯の時間だ

 

そこに居たのは『炎熱の守護者』。

彼の正式名称は『火の守護者』であるが、その圧倒的な強さから「あれは火なんて生易しいものじゃない!」と人間の間で話が広がり、守護者の中で唯一、人から付けられた二つ名を持った『守護者』となった。

 

男とも女とも取れない顔つきに褐色の肌、頭にはえた歪んだ黒巻角。

胸元の空いた扇情的な和服を身に纏った、長い赤髪を持つ『守護者』だ。

彼は空中から火を直接起こし、歩きながらフライパンの上にある卵焼きを焼いていた。

 

ふむ、我ながらいい出来だ。お前も食べるか?攻略者

「あぁいや、俺は……」

……いらないのか

 

うぐッ!

人外の癖に、やたら美人な顔面で上目遣いしてくるなっ!

こんなの断れなくなるだろうが!

 

「いただきます」

 

……攻略者と相まみえながらも、ここまで自然体でいるのは、5人いる『守護者』の中でも『炎熱の守護者』のみである。

他の『守護者』は、目の合った攻略者に様々なものを求め、その末に戦ったり競い合ったりするものの、彼だけは自身の役目に頓着しないというか、悪い意味でのマイペースなのだった。

 

とはいえ、相手は人類史上で一度も攻略者を先へ通したことのない最強の『守護者』、その実力は本物で、俺も前回挑んだ時にはなすすべもなくって()()!?

 

……?どうした、攻略者

 

なんだこの料理、見た目はただ普通の家庭料理のようなのに、素材の味を活かしつつ塩分も控えめにしながらもしっかりとした旨味を生み出している……こんなの地上でも食った事ないぞ!?

いくら塔の前準備のために、節約して嗜好的な食事を避けていたとしても、俺が覚えのある家庭料理はこんな深い味はしなかった!

味にしても香りにしても、どこか懐かしさすらも感じる、これはいわば―――。

 

「母さんの……料理……」

はっはっは、どうした攻略者、まだ塔に入ったばかりだというのに、もうホームシックか?

 

笑いかけてくる褐色肌の人外。

俺の意識がそう見せているのか、彼ではなく、彼女……つまり女性寄りに見えてきた。

これはまずい……意識を切り替えねばっ!

 

「悪いが、準備があるので俺はここらへんで」

あっ……私の料理はまずかったか?

「あいや、美味かったが」

はっはっは、それは良かった。手料理を褒められると存外に嬉しいものだな

「…………………やっぱり、もうすこし頂く」

【そうか! ならばどんどん食べてくれ! どれも精の付くものばかりだぞ!】

 

ダメだ、俺の胃袋は完全に彼女に掴まれてしまった。

ひとまずは食事が終わるまで、この空間からは出られそうにない。

とにかく……俺はこうして食事をしている間だけ、決して叶わぬ恋と、人生で最も幸福な時間を過ごすことになった。

―――今回の攻略、俺はもうダメかもしれん。

 


 

ひと時の休憩が終わり、武器の手入れも終えた頃、改めて彼女と向き合う。

彼女は待ちくたびれたように大きく伸びをし、最上階へと通じる扉の前に立つ。

 

準備とやらは終わったか?攻略者

「あぁ、お前さんが待ってくれていたおかげでな」

では問おう、攻略者よ、汝はなぜ塔へ昇らんと欲す?

 

来た(・・)

守護者からの問いかけ、これ自体にさしたる意味はなく、応えなくてもいい。

だがこれを口にすることで、守護者は自分の立場を自他へ強く認識させ意識を切り替える。

すなわち、真面目モードだ。

 

貴様はこれまでの階層で、知恵と、勇気と、機転と、財産を示し、そしてここまで登ってきた。貴様はそこまでして、なぜ賢者の塔へと昇らんとする?

 

この問いかけは、大昔から一言一句違いはないらしい。

一族の中で、俺以外に5層へと上り詰めた、俺の祖父の、そのまた祖父が言っていた。

ならば、この問いかけに対する答えも、俺はすでに知っている。

昔から聞かされてきたし、なにより俺も、そうしたいと願っているから。

 

『ただ、塔があるから上っただけだ、上に何があるかなんてどうでもいい』

 

貴様ら人間の夢見る金銀財宝はないかもしれんぞ?

 

『構わない』

 

伝説の武具も、神話の証明も、塔の由来の秘密さえもないかもしれんぞ?

 

『それでもいい』

 

何もなく、景色が広がるだけだとしても、それでも貴様は前に進むのか?

 

『もちろんだ、俺は攻略者だからな』

 

ならばよし!勇猛果敢なる攻略者よ!汝に試練を与えよう!賢者の塔第5階層守護者、火の守護者の要求は―――力である!

 

 

【攻略者よ、貴様の培った力を!その強さを!存分に私に示してみせよ!】

 

 

 

 

 

 

 


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