暁闇に落つ・外伝   作:日夏 馨

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・弐・ 二日目監督官:義政(よしまさ)雪之丞(ゆきのじょう)

 

 

夜明け頃、巌勝(みちかつ)は目が覚めた。

「あ、つ…」

身を起こしたとき走った腰の痛みに、

『農民は、こんな大変なことを毎年してるのか…』

真面目な感想が頭を()ぎった。

昨日の着物の汚れを見れば、仕事は畑だけ終えればそれで完了という訳でもない。洗い物に、食事の用意に、子守に。毎日汗水垂らしても、年貢(ねんぐ)として取り立てられ手元に残るのは(わず)かだ。

「…」

今更、かつての領地の農民たちの笑顔が、如何(いか)に貴重なものであったのかを知った。

「深く考えるのはよそう…、もう、戻らないんだ」

心の声が漏れ出た。

気を取り直し、昨日の経験から割と使い込んだ古着を箪笥(たんす)から取り出す。洗わなければならないのは同じ事だが、流石に普段着の傷みが早くなるのは勘弁だ。

「午前は義政か…」

担当者を想像して、膝が折れた。

「いかんいかん!」

絶望の四つん這い状態で、頭を振る。

どうやら…と、昨日の惣寿郎(そうじゅろう)を思い出しながら思考を巡らす。

『この一週間を乗り切るには、あの若僧(わかぞう)らをどう動かすかにかかってる訳か…』

縁壱(よりいち)は巻き込まれたら最後だしな…」

使い物にならん。と、溜息が出た。

とはいえ、今日は、惣寿郎も朝からいるはずだ。

少し顔色が明るくなって、巌勝は、

神々廻(ししば)に足腰の使い方を教えてもらおう。あいつらの手綱引(たづなひ)き以上に、まず、こっちの身が持たん」

よし。

と気合いを入れ、巌勝は屋敷を後にした。

 

 

数十分後。

巌勝は、怒りの振り幅をとうに超え、呆然(ぼうぜん)()(すく)んでいた。

頼りに思った惣寿郎は、昌輝(まさてる)に呼ばれ本陣から出てこない。

「ヤゴ! ヤゴ! 俺の方がでかいって!」

「え~! そんなことないよぉ。ほら! 師匠、判定!!」

「あ、はる、ちょっと待って…」

「まぁた縁壱巻き込むのかよ! おい、巌勝!」

さらには巻き込まれた。

『俺を呼ぶな!!』

思うが、苗を持ったまま逃げるわけにも行かない。

強引な義政に腕を掴まれ、()()られ、

「ほら! 俺の方がおっきいよな!」

「(())」

真剣に言われるとぶん殴りたくなる。

さらには、

「ほらほら! 見てくださいっ」

縁壱がとんでもなく珍しい声色を上げて、ほくほくとした様子で寄ってきた。なんぞ虫を両手に捕まえたようで、掲げている。

「なになに!」

はるの双眸(そうぼう)が輝いた。

縁壱はそっと、両手を広げる。

「わぁ! かわいい。まるっこい!!」

はるは声音を弾ませてこちらを見、

「ねぇねぇ! これなんて言う虫? これも初めて見た!!」

「俺もだ… ていうか! 違う! そんなことどうでも…!」

はるの弾む声に一瞬釣られ返事をしてから、巌勝は激しく(かぶり)を横に振った。

その横で、縁壱が人差し指を立てる。

「これはですね…ゲンゴロウというんです」

「え」

巌勝は思わず縁壱を見た。

「ヤゴもゲンゴロウも、畑では優秀な虫です。害虫を食べてくれるので、見つけたらいじめては駄目ですよ」

「はぁい!!」

はるが手を上げて返事をした。

思わず、巌勝は(うずくま)る。

『虫の知識量すら、縁壱に劣るのか…』

そういう問題ではない。

…のだが、当の彼は頭を抱えた。

「巌勝?」

義政が心配そうにしゃがんで(のぞ)き込んでくる。

「義政…」

大丈夫か、と声を掛けてくれた友を恨めしそうに見つめ、

「頼むから、真面目にやってくれ…」

「あ。うん。ごめん…そんなに落ち込むなよ! な!?」

「誰のせいだ!!」

「あー、もう。ごめんて! ほら、はる。縁壱。巌勝がまた禿()げまっしぐらになるから!」

「!!」

巌勝は飛び上がるように立った。

「貴様…っ!」

「だってお前神経質なんだもん。そのうち胃に穴が空くぞ?」

「だから、誰のせいだと…!」

と。

「みんな! ただいま!」

土手から雪之丞の声が響いてきた。

「あ。雪! …ぐぇっ」

後ろから羽交(はが)()めにした巌勝と、降参降参と腕を叩く義政に、任務から戻った雪之丞やその場のはる達は、笑声を立てた。

 

昼時。

惣寿郎が、沢山の握り飯と薬罐(やかん)を持って現れた。

「休憩にしよう! みんな、ご苦労!」

はる達が飛び跳ねて彼に寄る。

巌勝は溜息をつきながら、肩を回しつつ土手に上がった。

「巌勝」

濡れた手拭いで丁寧に拭いていると、その隣に、神々廻が寄ってきた。

白湯(さゆ)の入った水筒を手渡され、

「ああ、すまん」

「いや。こちらこそ。子守すまないな」

巌勝は目を丸くした。

「まさかとは思うが、お前はここまで計算済みか?」

「…どうだろうな? ただ、ほら」

と、神々廻が指さした先を見て、巌勝は、二度目の驚きを彼に向けた。

「すごいな…」

午前の分全てとは行かないが、半分近く終えている。

「お前と…龍洞(りゅうどう)か!?」

感嘆の息が漏れた。

離れたところで一人休憩を取り始めていた彼は、見かねたのか、握り飯を沢山持った義政たちに囲まれかけていた。

彼は疲れも見せず、飄々(ひょうひょう)とした笑顔で対応している。

「集中できたからな。ああみえて龍洞もしっかりしてるから」

「…あいつ、少し風変わりだよな?」

「そうだな…。そういや全力出した所、見たことないぞ」

「そうなのか…」

「午後は煉獄も畑に集中するって言ってたからな。雪之丞もしっかりしてるし、多分大丈夫だろう」

「だといいが…。いや、お前が言うならそうなのか」

神々廻の先見の明は確かなものだと、この一件で知り得ている。

白湯を一口頂いて神々廻に返すと、彼の笑みが見られて心底安堵した。

 

午後に入り、雪之丞が監督官になると、その手際の良さに巌勝は舌を巻いた。

雪之丞ははしゃぎながら畑に戻ろうとするはると義政を、

「二人ともちょっと待った!」

呼び止めた。

何? と振り返った二人に対し、

「はるは煉獄さんと一緒に彼処(あそこ)の区画」

「え!」

「義政は神々廻さんと一緒にこっちの区画」

「マジかよ」

畑の(はし)と端を指さして、距離を置かせた。

「二人とも、多分午前中(ほとん)ど何もやってないよな?」

にっこりと雪之丞が微笑む。任務上がりで徹夜の彼の笑顔は、いつもと凄味が違った。

二人は真っ青になり口を(つぐ)んだ。

「それぞれ年長者の言うことはしっかり聞くんだぞ」

「…………」

「龍さんは待機で大丈夫です。本陣へお願いします。任務が入ったら宜しくお願いしますね」

「お! 了解」

いち早く、その場から離れる。ふう、という小さな吐息と共に、龍洞は、本陣へと足を向けた。

雪之丞はそんな彼を見送ってから、

(おきな)も何もやってないですよね? 気配消してますけど」

土手に座る翁に視線をやって雪之丞が微笑むと、

「…雪。いつもながらお主、細かいぞ…」

翁が舌打ちした。

「腰痛めても大事(おおごと)になるので、この洗い物、お願いします」

と、惣寿郎が持ってきた大量の昼餉(ひるげ)残骸(ざんがい)を、雪之丞が指さす。

「む…。やむなし…」

「後は、巌勝と縁壱。二人は子分がいなければ」

「「誰が子分だ!!」」

不満げな義政とはるの声が揃う。

が、雪之丞は「何か文句が?」というように、満面の笑みで時間をかけて、二人に振り向いた。

「うっ…」

何となく、一番怒らせると怖いのは彼かも知れないと、巌勝は、見ていて思った。

「…二人がいなければ問題はないよな? 真ん中辺りを頼む」

「分かった」

「はい」

双子は声を合わせて返事をし、早速苗を手にする。

その最中、巌勝は、

「はぁ…」

長く深い息を漏らした。

「兄上?」

「いや。ようやく静寂が訪れたと思ってな…」

縁壱が「ふふ」と笑ったのに、巌勝は、目を大きく見開かされた。が、

「…ふ」

知らず、巌勝も、小さく笑った。

 

 

 


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