そこに善悪はない、思想はない、あるのは『勝利への執念』だけだった。
全力を全て出しきり勝利した、しかしそこに祝福は無かった……あったのは、沈黙という批判。
「ライス先輩は走らないんですか?」
はっ……とした顔で振り向く。
名前も知らないウマ娘、きっと新入生だ。
「えっとね……その」
どんな言葉を返せば良いのか、ライスは即座に出て
こなかった。いや、時間があっても返せない。
「私はライス先輩がURAファイナルズで走るの
がどうしても見たくて!」
「そうなんだ……ごめんね、ライスは」
走れない、そう言おうとしたが言葉が続かない。
「ライスは……どうしたいんだろう」
「何か……あったんですか?」
「どうなんだろう」
「……お話、聞かせて貰ってもいいですか?」
近くのベンチに2人で座る。下を見て考え込むライ
スに、そのウマ娘は優しく会話を再開する。
「ライス先輩が、骨折で入院したのは知ってます
。サブトレーナーになって他の人達のサポート
をしてるのも……」
「そっか、詳しいんだね」
「大ファンですから!」
少し嬉しく思いながらも、ライスは申し訳ない気
持ちになっていく。自分はもう走れない、レースを
十分に走れないなら目の前のファンに見せてあげら
れない。
「難しい顔をしてますね」
「あ……その、ごめんね」
「大丈夫ですよ、時間はあります。たくさん話し
ましょう!」
走ることは好きだった、生き甲斐だった。
こんな自分でもヒーローになれた、辛い時期も楽し
い時期もトレーナーやチームの皆と一緒に頑張れた
……でも、今の自分はどうだろうか。
「ライスはね、分かんないんだ。
今まではどんなに辛くても、会長さんやオペラ
オーさん、そしてお兄様が一緒だったの」
「はい、凄い皆様が一緒のチームですよね」
「うん……でも、今も変わらないんだ。走れなく
なってもライスは皆と一緒に過ごしてる、ご飯
も食べてランニングしてたまに出掛けて。
でもね、ライスはふと思うんだ」
ー レースを走ったライスって、なに? ー
「それは……」
走っていたライスと、走れなくなったライス。
レース以外の生活が変わったのに、何も変わってい
ない自分と周り。
果たして、じぶんにとってレースとはなんだった
のか、走る事の意味とはなんだったのか。
「ライスにとってレースって……そんなに、簡単に
手放せるものだったのかな、って」
空を見上げる、そこには雲一つない晴天。
走っていた頃はよく、雨が降った、曇ってきた、今
度は雪だ……よく騒いだな、と思い出す。
「ライス先輩は、楽しかったですか?」
「……」
「初めて走ったとき、初めてレースに出たとき、
初めて負けた時、初めて……トレーナーと出会っ
た時」
「凄く楽しかったよ、嬉しかったし悔しかった。
ライスは、走れて良かった……と思うよ」
「今はどうですか?」
「楽しいよ……」
楽しい、けれども何か足りない。
足りないのか、満足できないのか……しかし、走れる
ならと考えると、他のウマ娘が。
「でも羨ましいって感じるんだ、ライス変かな」
「……何が、羨ましいんですか?」
「走れない事が悔しいのかな?それとも、オペラ
オーさんや会長さんとトレーニングできないか
らかな……」
何が一番の楽しい事だったのか、ライスは今まで
の事を思い出す。
初めてレースに勝った時
なかなかレースで勝てなくなった時
皆でワイワイとトレーニングした時
自分が勝った時に、トレーナーが喜んでくれる顔
オペラオーと一緒にバラ風呂に入った時
ルドルフと飲んだニンジンジュースの味
「負けたくないのかな、きっと」
「誰にですか?」
「ブルボンさんにも、マックイーンさんにも負け
たくないけど……1番は自分にかな」
ルドルフやオペラオーを見ていると、あの頃の自
分を思い出す。だからこそ、その自分に負けたくな
い……みんなの最後に残る自分の走りがあれなのか?
諦められるのか?今のお前は
「今のライスは、絶対にあの時より速いから」
「……応援してますよ、では」
「ありがとう、でも」
その後に言葉は続かなかった、何故なら隣には誰
もいなかったからだ。
「あれ?あの子は?」
周りをキョロキョロと見回す、隠れ場所もなく遠
くには人影すら見えない。
「……ライス、頑張るから」
ー ライス、ウサギは亀を見ていた、亀はゴール
を見ていたってあるだろ?あれは違うぞ ー
お兄様、ライスは何となく分かったよ。
「ふぅ……」
色んな人に止められた、会長さんにもオペラオー
さんにも過度なトレーニングだって止められた。
でも、お兄様はいつだってライスを止めなかった
よね、ライスのわがままなのに。
ライスが壊れたら、お兄様が色んな人から責めら
れちゃうのに、笑って言ってくれたよね。
ー ライス、したいことをしたいようにやれ ー
「亀は前を見ていたんだよね、ずっとその先を」
『さぁ、8番に入りましたライスシャワー。
チームアストレアから三人目の出走で、怪我の
影響を見せない5番人気です』
『予選も難なく突破した注目のウマ娘です、
怪我の後遺症が心配でしたが完治している様子
が走りから伝わってきます』
『続いて……』
ー 亀はきっと、前を向いていたんだよ ー
前を向かなきゃ走れない、だから向くよ。
足を怪我しても、挫けてしまっても、前を向けば
必ず前には進めるから。
「ゴールは見ない、ライスはただ前を見るよ」
ただ走る。
誰かの前を、誰の後ろでもないその先を。
「ライス、君と走れる事に私はこの上ない喜び
を感じているよ」
「幸せをもたらす君との勝負、人々の輝きたる
僕はずっと待ち望んでいたよ!!」
ライスは幸せ者だ。
こんなにもカッコよくて、優しい人達のチームに
いられるんだから。
「うん、でも今日はライスが勝ちます。
だって、先頭を走りたいから」
「そうか……そうだな、負けていられん」
「覇王である僕への挑戦、謹んでお受けしよう」
勝利の女神は、誰にキスをするのか。
それは、女神の持つ天秤のみが知る。
ちなみにうちのライスはめちゃくちゃ強気になる時が極稀にあります。それは友人やトレーナーをバカにされた時です。
そして、サブトレーナーになってからもトレーニングはずっとやっています。洗練された肉体は鬼に留まらずそれ以上の何かを宿しているとさえ思われます。
ちなみに、そのライスのトレーナーは前を向いていた云々言ってるが「まぁ、ウマ娘も人も下向きながらでもすすめっからな」と身も蓋も無いことを言っている。
チーム・アストレア 名前の由来
トレーナー曰く、「勝負は時の運、幸運の量が多い方が勝つ。レースとはそれを図る天秤と言えるかもしれない」という考えから、天秤を持つ正義の女神アストライアから取った名前。