ゴミ溜めVRMMO記録   作:どうしようもない

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記録.105『未完成の器』

 ―――いつの日か君は必ずギルドを作る。

 

 

 遥か過去の記憶の中で、奴は悟った様にそう言った。

 風が吹き、草木が揺蕩う中で、そう言われた俺は反発するように言い返す。

 

 ―――何言ってやがんだ。俺もお前も、プルメルだって、終着駅創設の件で学んだはずだ。ギルドはクソ、ってな。

 

 俺の言葉を聞いた奴は、静かに頷くと口角を吊り上げた。

 一際大きな風が吹く。その時、俺は初めてそいつの目を見た気がした。奴の目は余りにも爛々と星に輝いていて…。

 

 ―――いいや、作るよ。だって、君の心がそう言ってる。誰かじゃない。君自身のギルドさ。

 

 手を大きく広げ、満面を笑みを浮かべる奴を見て、俺は純粋にやべー奴だと思った。しかし、そんな俺の思考など意に介さない様に、

 

 

 ―――その時は、きっと僕を一番に仲間にしておくれよ、()()

 

 

 ”目隠れ”フィルラは、そう言った――。

 

 

 

 …あぁ、プルメル君も忘れてあげないでね。彼女は寂しがり屋なんだから。

 

 ◇■◇

 

「おい、味噌っかす共。いいか、絶対に自分勝手な行動はすんなよ。この場において戦力になるのはそこにいる白玉とエビふりゃー君だけだからな…!」

 

 エビふりゃーの後ろをついていく俺とシロの後ろをついてくる数人のルーキー集団へと人差し指を突き刺しながら、そう言う。

 奴らはコクコクと頷くが、その内の一人が小さな声をあげる。

 

「あの…ごみ溜めさんは戦力にならないんですか…?」

 

 俺はルーキーのその言葉を聞いた瞬間、ぐわっと身体を大きく見せて怒鳴り散らかす。

 

 黙らっしゃいッ!!

 俺が戦力になる訳ねーだろ!何故か知らんがここら一帯の植物形態は、俺達が知る〔シンリン〕付近の森(それ)とは大きく異なってやがる。

 このゲームは初見殺しが当たり前のクソゲーだ。だが、一定の力を持っていれば、その初見殺しですら対処する化け物と化す。それがエビふりゃーだ。シロだ。終着駅共だ。

 

「………」

 

 黙りこくるルーキー共に、俺は一転変わって優しい笑顔を浮かべる。

 間違っても俺達じゃあない。俺達はこの場においては、いわばスペランカーだ。ありとあらゆるものが俺達に取っちゃ落命の一手だ。それをよく覚えておけ…。

 

 背を向けて、再び歩き出す。

 歩みを進める中で、ちらりと後ろを向くと怯えた様に表情をこわばらせ、周囲をきょろきょろと見回すルーキー共の姿が目に入る。

 

 …フン。所詮、甘やかされていたルーキーか。

 元より、こいつらの指導担当はシロとフローだ。怒鳴ったり、無茶ぶりをしない連中から指導を受けていた分、今の状況との落差で現状への恐怖が倍増しちまってんだ。

 

 だが、その場合分からない点がある…。

 俺はルーキー共から視線を外して、遥か前方にいる人影を視界に映す。

 

 

 ―――エビふりゃー。

 …奴は一体どこから湧いた?

 俺は剣を振りかざす奴の後ろ姿を見ながら、そう考える。

 

 奴とて二人組の指導担当だったはずだ。

 確か…エビふりゃー(ショートレンジ)のペアは…、そう決戦兵器(オールラウンダー)だ。決戦兵器(ヤツ)が一緒に居て何故エビふりゃーは一人行動に走っている…?

 

 俺の思考がわだかまり、お手上げしようかと思った矢先…、

 

 ――――!

 俺の思考に電流が走る。

 点と点が線で繋がっていく…!全ての事象に説明がつく!

 天啓が下りたのかと見紛うほどの衝撃が、俺の脳裏に思い描かれる。

 

 そうだ――。

 …決戦兵器、奴は生粋の方向音痴だ。

 俺と抹茶も奴と同等に方向音痴ではあるが、俺が常にマップで自分の位置を確認していた。だから俺と抹茶のペアは迷うこともはぐれる事もなかった。

 

 ――…しかし、ペアがエビふりゃーなら?

 協調性の欠片も無い奴がペアならば、決戦兵器にマップを見る時間はなかっただろう。なにせ、エビふりゃーの指導は()()()()()決戦兵器(ヤツ)とて気が気では無かった筈だ。結果として、決戦兵器はエビふりゃーとルーキー達から、はぐれてしまったのだ。

 

 

 そして、フローが俺と再会してから別れる際の台詞…。

 

『へ?…い、いいのぉ?で、でもぅ……あのねぇ…言いにくいんだけどぉ……』

 

 恐らく、言いにくい事っつーのは”エビふりゃーもいる”という情報だ。

 このルーキー強化講習会で最もペアになって面倒臭いのはエビふりゃーだ。俺が”シロを探しに行く”と言ったことを、”エビふりゃーもいる”という情報で無かった事にされるのが嫌だったのだろう。だから奴は言い渋った。

 

 そこまでは良い。あぁ、いいだろう。

 結果として、フローがはぐれたシロとエビふりゃー率いるルーキー共とは合流できた。だが、その情報を加味しても、分からない点が一つだけ浮かび上がる。

 

 俺はルーキー共の事をシロに任せて、ずんずんと前に進んでいく。

 迫りくる蔦を神速で斬り、茎を捩じ飛ばし、噛みつく食人植物を滅多刺しにする奴の背中が見える。

 

 推測が正しければ…決戦兵器がはぐれ、奴とルーキー達は途方に暮れた筈だ。今後ろにいるルーキー共は、元からフローとシロが担当している面子だけだった。そう、つまり…―――、

 

「おい、エビふりゃー…。お前、ルーキー共を―――どこにやった?」

 

 拳にぎゅうと力を入れて、奴の肩を掴む。

 奴は、そんな俺をちらりと見ながら、剣を鞘に仕舞い込む。シュー…と蒸気が鞘の至る場所から噴出し、こちらを向いたエビふりゃーの顔を隠す。

 

 そして、蒸気が風に乗り、霧散したとき―――。

 

 

「勘のいいゴミは嫌いだ」

 

 や、やはり…こいつ…!

 ぱちぱちぱちと、脳裏で燻っていた点と点の間に線が繋がれていく。

 

 そう、この男…――殺した!否、外した…、不必要な枷を、重りを!

 決戦兵器とはぐれたことで、奴の自重がなくなったんだ。最も自分が動きやすい環境へと、己の力で無理矢理にしやがったんだ!

 

 俺はルーキーを殺したという事実ではなく、奴の精神に恐怖を覚えた。

 元々、このルーキー講習会はエビふりゃーが提案したものだ。奴が想像以上のルーキーの脆弱さに目を付けた結果、少しでもマシにするべきだと企画した。…にも拘らずこの男は、自分からそれを壊した…!

 

 眼前のぼーっとこちらを見つめる男を見る。

 マッチポンプ…!己が提案したそれを、真っ向から否定する矛盾を孕んだ害悪…!こいつ…やはりホンモノ…!

 

 俺は義務教育の敗北を目の前にして、戦慄した。

 しかし、それ以上に―――、

 

 スゥー…いやぁ…エビふりゃーさん、マジパネェっすわぁ…!

 

 

 ……自分の身が一番大事だもんね!……ね!

 

 

 

 ()()()()が二人…。

 

 ◇■◇

 

「確かにルーキーは殺した。しかし、奴らを強化することは諦めない」

 

 ()()()()のエビふりゃー君が、俺とシロを集合させてそう言った。

 

「ぴっぽぽぽ?ぱぱっぴぺ…」

 

 あぁ、そうだ。エビふりゃー。

 じゃあお前は何だ?このよく分からん過酷な状況下で、ルーキー共を鍛えるのをやめねぇとでも言う気か?正気じゃねぇぞ。

 

 シロがそう言い、俺はそれに同調する様に言葉を重ねた。

 真っ白な毛玉ではあるが、シロの言うことが最もだ。普通のフィールドにいる魔物にすら苦戦するルーキーに、ここの食人植物は厳しすぎる。

 

「だからこそだ」

 

 エビふりゃーは、当たり前のように言い放った。

 

「ぴ、ぴぴぱぽぱ?」

 

 エビふりゃーは、シロによって繰り返された己の言葉に頷き返す。

 

「人は窮地に立たないと強くなれない」

 

 ……そりゃ持つ者の思考って奴だぜ、エビふりゃーよぉ。

 誰しもが漫画の主人公みてーにピンチで覚醒すると思うなや。そう言うのが出来るのは、炭治郎しかりルフィしかり、”過去”を持っている者だ。

 日常をのうのうと生きている奴らにゃ、土台無理な話だ。

 

 俺の言葉は最もな筈だ。

 もしも本当に窮地に立たされて、皆が皆覚醒するならば、このゲームはもっとマシになっている筈だ。今のこの現状がそれを物語っている。

 

 お前のそれは机上理論だ。終着駅のリーダー様は一人じゃ何も考えられない木偶の坊ですかぁ?

 俺は、はぁと溜息をつきながら、頭をとんとんと指で小突いた。

 

 それを見たシロが俺を「うわっ…」という汚物を見た様な視線を向ける。

 その中で、エビふりゃーがこちらをじっと見つめながら口を開いた。

 

「――やる」

 

 奴は、そう一言だけ呟いた。

 

 俺はその瞬間、「しまった」と頭を抱えながら小さく呟いた。

 

「ぽ、ぽぴ?ぱぱぴ?」

 

 シロが戸惑ったように頭を抱える俺と、ルーキー達の方へと向かっていくエビふりゃーの背中を見る。そんなシロに、俺は後悔したような声色を隠す事無く、言葉を並べる。

 

 …いいか、シロ。

 エビふりゃーが率いる【終着駅】ってギルドには、元々絶対的なリーダーがいた。奴は言った事を実現する力を持っていた。…いや、実現させる努力を際限無く出来た。言っちまえば努力の人さ。

 

 …だがな、そのリーダーは突如姿を消した。

 そして、エビふりゃーはまるで、消えたそのリーダーの姿を【終着駅】というギルドに見出したかのように、再び【終着駅】を発足させた。

 …ここまで聞けば、まるでエビふりゃーが頭の消えた【終着駅】を引っ張っている様に思えるだろ?

 

 俺は、ルーキーに何かを言っているエビふりゃの背中を見ながら、シロにそう問いかけた。

 シロは、何とも言えない表情を真っ白な毛で隠しながら頷いた。

 

 …違うのさ。

【終着駅】が体裁を保っているのは、【終着駅】にいるエビふりゃー()()の廃人共がいるからだ。

 

 エビふりゃーは確かに求心の象徴だ。強いし、言葉に力はある。

 ―――だが、それだけだ。

 

 奴は言葉で人をまとめる事は出来ないし、ギルド運営の基本も知らねぇ。なにせ、ずーっとそのリーダー様と一緒にいたんだからな。

 奴の本質は甘えん坊なガキだ。

 見もしないし、聞きもしない癖に親に絵本を読めと駄々をこねる…そんなガキだ。しかし、だからこそ奴は純粋なまま”最強”を地で行けるし、【終着駅】の廃人共はそれを良しとする。

 

 歪んでんのさ、【終着駅】は。

 …だから、奴らはトップギルドなんだ。廃人の全員が全員、考えられる頭を持っている。働き蟻の法則が適応されないキチガイの集団。それが【終着駅】さ。

 

 その中にいてみろ。

 恐らくエビふりゃーの意見は常に通され、どうにかこうにか実現される。その結果出来上がったのが、常に己の中の理想を求め、言葉を曲げる事のない偏屈―――。

 

 俺の言葉を聞いて、シロがエビふりゃーを見る。そんなシロの頭をぽんぽんと叩きながら、俺は嫌気がさした様な表情を浮かべる。

 

 …いいか、奴は己の中にある理想を押し付ける。

 反発しちまえば、意固地になったガキの様に更に意思を固めちまうのさ。

 

 ルーキーと話し終わったのか、エビふりゃーがこちらに歩いて来る。

 奴の瞳に固い意志が宿っているのが、ここから見ていてもありありと伝わってくる。シロは俺をちらりと見た後に、仕方がないとでも言う様にエビふりゃーへと近づいていった。

 

 俺はそんなシロのふわふわした後ろ姿を見ながら―――、

 

 

「――奴は未だ、未完成の器(ガキ)のままなんだよぅ…」

 

 

 大きな溜息と共に吐いた言葉は、木々の騒めきによって消えていった…――。

 

 ◇■◇

 

「る、るーとっ、さん…っ!」

 

 ルーキーの一人が肩で息をしながら、俺に手を伸ばしながらそう言った。

 俺は酷く面倒臭がりながら、後ろを振り向いてやる。同時に右手を上げて、少し前にいるエビふりゃーに合図を送り、停止させておく。

 

 ぁあ?なんだよ。

 魔物の気配はねーぞ。てめぇらが気付いてこっちが気付かないってことは余程な事がない限りないし、安心しろや。

 

 俺は、どうせ周囲に魔物がいないか気になったから声をかけたのだろうと勝手に判断し、そう投げかけてやる。弱者っつーのは、あるか分からない危険を怖がることが多いからな。

 

「ち、ちが、っいます…!」

 

 しかし、ルーキーはそれを否定する。

 俺はそれを聞いて、深い溜息をつくとルーキーと共に歩いていた筈のシロに視線を移した。シロは、そんな俺と苦しそうに息を吐いては吸うルーキー共を交互に見ながら、

 

「ぽぽぽぽぱぺぺっぷ…」

 

 深刻そうにそう言った。

 俺はそれを聞いて、「ふぅん…」と俯いて息を上げるルーキー共の顔を見る。

 

「あ、あの…シロさんはなんと…?」

 

 どうにか息を整えたルーキーの一人が俺にそう問いかけた。

 

 あ?お前らこいつの言ってることすら分かんねーのか?だーからお前らはルーキーから抜け出せねーんだぞ。感じとれよ、なんとなくよぉ。

 

「そ、そう言われましても…」

 

 ルーキーは申し訳なさそうに頭を掻く。

 そんなルーキーを見て、シロがむすっとした様子で俺の足を叩く。俺はそちらをちらりと見ながら、ルーキーの疑問に答えてやる。

 

「『これ以上の強行軍は体力的に無理』~だとよ。まぁ、てめぇらの様子的に限界だろうとは分かっていたさ」

 

「…!じゃ、じゃあ…!」

 

 俺の言葉を聞いて、ルーキー共が露骨に明るい笑顔になる。

 そんな連中の嬉しそうな雰囲気を感じて、俺は珍しく若干の申し訳なさを感じた。まさか、家畜風情のルーキーにこんな感情を抱くとはな…俺もまだ甘いという訳か…。

 

 喜ぶルーキーを尻目に、俺は前にいるエビふりゃーの方へと向かった。

 そんな俺の身体をよじよじとシロが這い上がると、そのまま頭の上に座り込んだ。俺は奴の毛並みを触りながら、言葉を零した。

 

 …俺だって休んでいいならとっくのとうに休んでいるさ。

 だが、この強行軍を強いているのは誰だ?…エビふりゃーだぜ?”窮地(ピンチ)こそ好機(チャンス)”と考える奴が、この歩みを止めると思うか?

 

「ぷぷぅ…」

 

 シロが辟易したように顔を振る。

 

 …あぁ、そうさ。そうなのさ。

 奴は恐らく足を止めない。ここで止めれば成長の機会はそこまでだからな。奴は無理矢理に主人公補正を持つプレイヤーを育てようとしてやがるんだ。狂ってやがるよ。

 

 しかし、俺達に止める術がないのも事実だ。

 シロも俺もエビふりゃーに敵わない。俺達は無力だ……。

 

「ぴぷぅ…」

 

 俺達は死刑宣告をされに行くような沈んだ気持ちで、ルーキー共がもう限界という旨をエビふりゃーへと伝えた。

 エビふりゃーは暫く押し黙り、しわくちゃになった俺とシロを見つめ続けていた。

 

 き、気まず…。なんでこんな見てくる?え?

 俺の口なんかついてる…?

 俺は咄嗟に口の周りを袖で拭い、確認するが成果はない。

 

 ならば、と俺は前にずり落ちそうになっているシロの口を目ん玉をぎょろりと動かして盗み見る。するとどうだ…奴の口には何か…黒い棒のようなものが……、ハッ…!

 

 俺はそれを凝視して気付く…!

 …む、虫!?虫の足…!しかもカブト虫とかその辺の凄い返しがついているタイプの足…!こ、こいつ…、雑食か…!?

 

 俺はシロの知りたくなかった習性を知ると同時に、奴がそれを貪り食っている絵面を想像する。俺が、頭の上に乗っているシロを思い切り地面に叩きつけてやろうかと考えだしたその時―――、

 

「―――いいだろう」

 

 黙りこくっていたエビふりゃーが突然そんな事を言った。

 木々の葉が風によって揺れて、騒めき出す。俺は「ありえない」という気持ちを押し殺すことが出来なかった。

 

「ぱ、ぱーどぅん?」

 

 人差し指を上に突き出して、問いかける。

 するとエビふりゃーは、特に表所を変えることもせずに、

 

「いいだろう。休憩も含めて、今日はここを野営拠点とする」

 

 そう、言うのだった。

 

 シロが跳ねながらルーキー達の方へと走っていく。

 しかし、俺はシロほど楽観的になれなかった。無表情を貫くエビふりゃーが、シロを追い掛ける様に俺の横を通り過ぎていく。

 俺は、それを冷や汗を垂らして傍観することしかできなかった。

 

 ……嫌な予感がする。どうしようもないくらい、大きな…!!

 ぶわりと背中から汗が噴き出す。

 

 ――奴が自分への否定意見をいとも簡単にのんだ。

 その事実が、長い付き合いの俺にだけはあまりにも不可解に思えて仕方がなかった…。

 

 

 

「…俺の気遣いを無下にするその気概、見せてみろ。ルーキー」

 

 白い毛玉を追って歩くその男は、歪ませた口でそう呟くのだった…。

 

 ◇■◇

 

 空が橙色に染まっていく。

 ルーキー共がシロを交えて食料を前に、何を作ろうかとわいわいと騒いでいるその端っこで、俺は焚火の前に座り込んでナイフの手入れをしていた。

 

 …嫌な予感は時間が経つにつれて、肥大化していく。

 結局、エビふりゃーは拠点を築いた今に至るまで、何の文句も言わずに俺の隣に座って、焚火を見つめている。

 

 そして、これが一番不可解な事なのだが、エビふりゃーの奴…()()()()()()()()

 …ありえない。奴が武器を傍らに置くならまだしも、武器の姿が少しも見えないことなんて、今の今まで一度たりとも無かった。

 

 それを知った瞬間、俺の中にあった嫌な予感とは別に()()()()()がふつふつと湧き出てくる。

 

 

 ―――あれ?これ今なら、エビふりゃー殺せんじゃね?

 

 

 エビふりゃーは怪物だ。

 奴は剣の腕もさる事ながら、体術も一級品だ。しかし、それでもやはり奴が最強と言われる所以には止まる事のない剣技の嵐があってこそだ。

 更に付け加えれば、俺には手数を幾つもに増やせる《血液操作》がある。

 

 ……やるか。今、ここで…!

 チャキンとナイフを右手で強く握り、奴の見えない範囲に血液腕を形成する準備を施す。そして――、

 

 

「―――……死に晒せよやぁぁあああッ!!」

 

 嫌な予感を吹き飛ばす様に、歪む口角を抑える様に握られたナイフを勢い良くエビふりゃーの首筋目掛けて振るう。

 銀一閃となって、振るわれたナイフの軌跡が空気を切り裂く。そして、その刃が奴の首を…――!

 

 

 ――――――ッ!!!

 

 衝撃、轟音。

 

 

 俺の一閃がエビふりゃーの首に届く直前、それは起きた。そして、同時に俺は見てしまった。

 

「――あ、あの野郎ッ…!笑ってやがった…っ」

 

 衝撃によって吹っ飛ばされる瞬間、エビふりゃーは上を見上げて笑顔を浮かべていた。

 

 何がどうなってやがる…!

 俺は巻き起こされた土埃を腕で切りながら、吹っ飛ばされる前の場所へと戻る。少し遠くからルーキー達の困惑と恐怖の声も聞こえる。

 

 次第に土埃が晴れていく。

 そこには、……―――エビふりゃーがただ一人、先程と何ら変わりない様に座っていた。

 

「……ぁ?」

 

 呆けた様な声が漏れる。

 確かに奴の周りは何かに押し潰されたような跡がある。焚火は潰されているし、周辺の木々もバキバキに折れている。ルーキー達が出していた食料は跡形も無くなっている。にも拘らず、エビふりゃーだけが何事もなかったかのように、笑顔を浮かべて座っている。

 

 俺は、奴を問い詰めようと近づいていき……ふと気付く。

 

 

 ―――…暗すぎやしないか?

 先まではまだ夕方だったから多少の明るさが周囲にはあった。だが、今は何がどうして真っ暗とまではいかないが、暗すぎる。

 

「ご、ごみ溜め…っさん!ごみ溜めさん!!!」

 

 暗さに気付いた俺の背中を、一人のルーキーが勢い良く引っ張る。

 あぁ!?なんだよ?今俺ぁこのクソパエリアにど聞かねぇといけない事が…。

 

「そんなことしてる場合じゃないです!早く!早く逃げないとぉ…っ!!」

 

 ルーキーはそう言うと、俺の手を掴んで引っ張るように走り出した。

 俺は咄嗟の事でルーキーの指示に従っていたが、直ぐに手を払い除けて、走るルーキーへと問いかける。

 

「おい!どういうことだ!?てめぇは状況知ってんのか!?」

 

「わ、分かりませんよぉ!!とにかくエビふりゃーさんがいる方の空を見てくださいぃっ!」

 

 ルーキーが泣きそうになりながら、そう言った。

 何人かのルーキーが走る俺達に合流して、一目散にその場から離れようと速度を上げる。

 俺は、泣き喚くルーキーの言葉通りに後ろを向いて、上を見上げる。そこには……

 

「…うそぉ……」

 

 ―――沈む太陽を隠してしまうくらいに大きな樹の巨人がいた。

 

 樹の巨人は、ずしんずしんとこちらに向けて行進を始める。

 

 嫌な予感はよく当たる。

 そういうもんだとは分かっていたが、こりゃ流石に荷が重い。あの大きさからして奴は恐らくボスだ。ルーキー数人と俺だけで勝てる相手じゃねぇ……って、あ?

 

 俺は咄嗟に、一玉行方不明になっている奴がいる事に気付いた。

 

 おい、シロはどうした?

 衝撃で吹っ飛んでそのまま時空の彼方にでも消失したか?

 

「縁起でもない!シロさんは泡吹いて倒れちゃったので、こちらで持ってます!」

 

 ルーキーがそう言うと、別のルーキーが真ん丸の白い毛玉を俺の方へと投げる。

 それを受け取ると、俺はばんばんと毛玉を叩いて、シロを起こそうとする。しかし、こいつ…!起きない…!この状況でただの真っ白いお荷物と化しやがった…!

 

 その瞬間、俺の脳味噌(ブレイン)が高速で動き出す。

 そう、シロの耐久性はプレイヤーの比じゃない。現状、何があろうともこの毛玉は死亡することはねぇ…!ならば…!

 

「いっけぇー!俺のバケモン!」

 

 俺はキキーッとブレーキをかけ、白い毛玉をこちらに迫りくる巨人に向けて勢い良く投擲した。ポケモンレジェンズで鍛え上げたボール投擲技術は伊達じゃねぇ!

 

「あ、あぁ!」

 

 ルーキーの悲惨な叫び虚しく、白い毛玉は超速で巨人の元まで飛んでいく。

 いけ…!ぶち当たって目覚めろ、シロ!一撃ぶちかましてやれ!

 

 毛玉(シロ)が巨人にぶつかる、と思われた次の瞬間、巨人の身体から突如出現した蔓によって毛玉(シロ)は即座に捕縛された。

 

「あ」

 

 誰のか分からない呆けた声が漏れる。

 俺の背中に軽蔑するような冷たい視線が突き刺さっているのがよく分かる。あ、あいつぅ…オヤブン枠だぁ…。

 

 毛玉(シロ)は、蔓でぶらぶらと吊り下げられたりして遊ばれた後に遥か大空へと投げ飛ばされた。

 

 あ、あぁ!し、シロちゃ~~~~~~ん!!!

 俺は両手を口の周りにおいて、涙ながらに叫んだ。きらりとお空に一つの星が光る。そして、サムズアップした笑顔のシロがその大空に映し出されるのだった…。

 

 

 プロペラ君が聞いたら、きっと喜ぶね!

 

 ◇■◇

 

「次ぁ右いけ」

 

「は、はい…っ!」

 

 俺の指示を聞いて、ルーキー共が右方向へと急転回する。

 それに合わせて、左側から触手の様に重ね合わされた蔦が俺達を殺そうと迫る。俺はその蔦を血液腕で撃ち落とし、抜けてきた幾つかをナイフと蹴りで撃沈させた。

 

 …ルーキー共は俺無しじゃ結局犬死するだけだ。

 シロを遠くに投げ飛ばしたのだって、亜空間に入らない以上、無駄な手荷物を持つわけにゃいかなかったからだ。

 

 ――あのボスから逃げ回っている間でなんとなしに、エビふりゃーの考えていた事は分かった。

 奴は、俺達が察知できていなかった樹巨人の襲来を感じ取っていたんだ。だからこそ、奴はあの場に留まる事を許した。進むも地獄、止まるも地獄…結局、奴にとっちゃどっちでも良かったんだろう。

 

 まぁ、それに巻き込まれている俺とシロの気持ちをもっと考えろって話ではあるが、それを奴に言ったってどうせ無駄な話だ。

 

 迫りくる蔦を処理して、俺はルーキー共の後を追う。

 ……別に俺一人なら、このボスからは逃げられる。滅茶苦茶大変だし、色々使う羽目にゃなるが、このボスは典型的な”本体の性能が強く、付随する能力は弱い”タイプだ。しかも、本体の性能も攻撃と耐久に振られている愚鈍型。スピードが無けりゃ、俺を捉える事は難しい。

 

 だが、その場合ルーキーは手も足も出ずに死ぬ。

 エビふりゃーはあまりにも理想が高すぎる。実力差がありすぎちゃ、覚醒したくても出来やしないだろうに。

 だからこそ、俺はルーキーの後を追いかける。

 

「おい、大丈夫か」

 

 追いついた俺を見たルーキー達が露骨に安心したような表情を浮かべるが、それ以上にこいつらの足はもう限界だ。

 俺は口を噛んで、後ろを見た。

 

 濁流の様に蔦がこちらに迫ってきている。

 ルーキーの走りはどんどんと遅くなっていっている。俺は、それを認識した瞬間、

 

「―――俺がヘイトを買ってやる」

 

 そう言って、走る速度を一気に落とす。

 

「ご、ごみ溜め…ルートさんッ!!」

 

 ルーキーが悔しさと申し訳なさ、そしてやり切れない感情を含んだ怒号をあげる。

 俺はそれを聞いて、ふっと口角を吊り上げると、ルーキー共を見て、

 

「強く生きろや」

 

 そう言って直ぐに脇道に逸れる。

 濁流の様な蔦がルーキーを無視して、俺へと殺到する。俺はそれを見て、先程とは比べ物にならないくらいの()()を浮かべた。

 

 先まで発動していなかった《疾風》を発動。

 一気に加速し、蔦が追い付けない速度を一瞬だけ出す。その瞬間、蔦共は俺を追い掛けるのは無意味だと判断したのか、再びルーキーが走っていった方へと向きを変えた。

 

 

 ……く、くく、くくく、くけけけけけけ!!!!

 俺は走りながら、腹を抱えて笑う。目頭を押さえ、出てくる涙が視界を歪ませる。

 

 ルーキーくぅん…、君達はほんっとうに馬鹿だねぇ…!口を噛んで、笑うのを抑えるの大変だったよぉ!

 俺は心の中で最後に俺の名を呼んでいたルーキーの顔を思い出して、再びけらけらと笑う。

 

 さっきまでの献身は、ぜーんぶぜんぶ…あのボスの気を引かせる為のものと、これから先の評判の為さ。

 確かに俺はこのボス相手なら一人で逃げ切れる。だが、死力を尽くして、だ。

 

 だけども、そこにルーキーっつー良い(おとり)がいるなら話は別…!さっさと囮にして逃げちまえばいい…!しかし、そこは頭の回るルート君、それなら()()した後で囮にしちまおう!

 

 そう、―――”ルート先輩の決死の殿”という麗しき演出!

 後輩たちを思い、ヘイトを買って殿を務める俺!しかし、一歩及ばずボスの魔の手は結局ルーキー達に届いてしまう…。死んでしまったルーキーに俺は必死に謝り、奴らはその聖人さを他の連中に流す……!

 

 

 ―――嗚呼、神よ。

 我らが神よ。見ていますか。敬虔なる信徒の私めの今を見ていますか。

 

 ズザーッとサッカーのゴールパフォーマンスよろしく地面に膝を擦り付けながら、月を見て両手を握り締める。

 キラキラと光る純粋な俺の瞳に月の光が映り込む。きっと、シロもこの空を見上げている。この空が続く何処かで、誰もが月を見ているんだ。

 

 俺は、ルーキーへの感謝と自分への称賛でより一層綺麗に見える月をじっと見つめていた。そして、

 

「わぁ、すごく…おっきいです…」

 

 月を隠すほどの巨人を目の当たりにした―――。

 

 ◇■◇

 

「はや、早く…!早く伝えなくちゃ…!」

 

 うぞうぞと後ろから蔦が迫ってくるのが分かる。

 ルーキー達は命を賭した男の最期を無駄にしない為にも、碌に動かない足に鞭を打って直走っていた。

 

「きっと、いつかは森を抜ける…!大丈夫…大丈夫…!そこならきっと座標を伝えれば分かってくれるさ…!」

 

 ルーキー達は幾度と無く、ヘルプコールで座標を送った。

 しかし、ヘルプコールで来てくれたフレンド達は揃いも揃って、「その場所には何もない」と言ってきた。つまり、この森は座標を狂わせる。または座標上はその場所でも別の次元かもしれないというわけだ。

 

 ルーキーの一人は唇を強く噛む。

 可能性はある、きっと。絶対に。自分達を逃がしてくれた人の為にも、犠牲になった白い毛玉の為にも、と深い決意がルーキー達の心には滾っていた。

 

 しかし、時も、敵も、何もかもルーキーたちの思い通りには動いてくれない。現実は非情で、そして残酷だ。

 

 

 ―――月光が差す。

 その光を浴びて、蔦を糸に見立てた様な趣味の悪い人形がルーキー達の前に降りてくる。

 

「新手だ!」

 

 ルーキーの一人がそう叫び、各自がそれぞれ武器を取り、魔法の詠唱を唱える。

 ガタガタとその人形が月光を背後にして震える。木人形か、それとも蔦人形か、魔法を詠唱するルーキーがそう考えながら、じっとその蔦に囚われた人形を睨みつけた。そして―――、

 

「あ、あああ、あぁあぁぁ……!」

 

 絶望に彩られた声が、上がった。

 その声を聴いて、他のルーキーは振り返る。

 絶望の声を上げたルーキーは、頭を抱え、顔を真っ青にしてガチガチと震える口を開いた――。

 

「るー、と、さん……」

 

 

 ―――ギィ、ギィ、ギィ…。

 蔦が四肢を動かす。心臓を絡めとる。

 

 蔦に囚われた操り人形が、ゆっくりと動きだす…―――。

 

「さぁ、こ、ころろ、ころ殺して、おく…れ、よ、るぅ…きぃど、どど、も」

 

 

 

 B級映画か何かですか?


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