ゴミ溜めVRMMO記録 作:どうしようもない
適当なルーキーを引っかけて、ダンジョンに潜っていた昼下がり……それは唐突に訪れた。
〔フロー:お札手伝って〕
……はぁ…。
元々、フローのキョンシータグについてのうんぬんかんぬんは俺のせいでも、奴自身のせいでもある。手伝いたくなんてないが、一度契約しちまった以上俺も逃げる訳にはいかない。口約束ならばブッチすることも視野に入るが、契約だけは許されない。
何があっても、契約をしたならばやり切るのが道理だ。
俺は再び溜息を深くつくと、PTの連中に無理言って直ぐにフローの元へと向かった。
◇■◇
「よぉ」
「……どうもぉ」
俺は手を上げ、挨拶をする。
目の前のキョンシーは、額に付いたお札を風に揺らしながら挨拶をすげなく返した。
なんて可愛くない奴…!
まぁ、いいさ。
んで?お札を剥がすんだろ?なんかアテでもあんのか?あ?悪いが、俺はルーキー狩りで忙しいんだ。この世界は金で回ってるからな。鴨葱の奴らを狩っていない今すら惜しい。
「なんでそんなにお金欲しいのぉ?」
フローのそんな疑問に俺は毅然と答えようとする。
んなもん………あ?
俺は、何で金が欲しいんだっけ…?あれ…?……あああ?
「…変なのぉ。まぁいいやぁ」
首を傾げる俺に、フローは背中を向いて歩きだした。
あ、おい、待てよ。
結局、アテはあんのか?お前のその札は呪いの装備だろ?そう簡単には取れねぇはずだ。決戦兵器みてーな古代テクノロジーの塊じゃないから、奴みたいに絶対取れないとは言わないがよ…。それでも、難易度が高い事には変わりないだろ?
それによぉ、別にそんな直ぐに取らなくてもいいんじゃねーの?
確かにそのお札のせいでお前の戦闘力は下がったが、それは言っちまえば伸びしろが増えた事にも繋がる。なにより、キョンシー化した今の方がキャラ立ってるし、可愛いよ?ねぇ、ホントに取る気なの?ねぇ、ねぇ。
俺の問いかけをフローは無視し続けた。
しかし、俺は問い続けた。
だって無視するこいつが悪い。俺の優しい言葉を無下にするこいつが悪だ。俺の優しき行為に唾を吐き捨てる理由が無い。
暫くすると、フローの顔は赤くなり、遂には俺の頬をぶっ叩いた。
爆発音のようなものが俺の頬から鳴り響き、俺の鼓膜は破れ、地面に転がった。
い、痛い……ッ!!!
お、親父にすらぶたれた事無いのに…ッ!こ、この女…、躊躇が無い…!
俺は地面に転がって、頬を抑える。
そして、文句を言おうとフローの方を向いた。
てめぇ…ッ!
俺が下手に出てやったらいつもこうだ!誰も彼もが高圧的でいやがる!だから、俺は猫埜みてーに敬ってくれる奴に強気に出れないんだ!分かるか!?てめぇらが俺を…―――。
しかし、そこにはもう誰もいなかった。
人っ子一人、影の何もなく、埃すら舞い散る事無く、フローは忽然と姿を消していた。理由を探せば、案外直ぐに見つかるものだ。奴は人を手玉にしようとする癖に馬鹿だ。そして阿保で、所詮はゴミのβ組だ。つまり……、
「あ、あいつ…牢獄に送られやがった…ッ!!」
街中でプレイヤーを思い切り殴れば、そりゃ牢獄行きになるでしょうよ。
◇■◇
――帰っても良かった。
しかし、一度契約で呼ばれた以上、俺は何かを為す義務がある。
赤みを帯びた頬を抑え、俺は途中で拾った奴を引き摺りながら、街路を歩いた。
「は、離してください!確かに私はフロー氏に呼ばれましたが、その本人が牢獄に入っているんじゃ来た意味がありません!!」
俺に首根っこを掴まれた男が、じたばたと暴れる。
俺は暴れる奴をパッと離し、地面に倒れ込んだそいつの顔面に自分の顔を近づけた。
「おいおい……旅は道連れ世は情け――、ごみ溜め君とあそぼーぜ?
俺の言葉に、息を詰まらせたドクターが唾を呑む。
てめぇだって知りたいだろ?呪いの装備の情報をよ…。
「そ、それは…」
知りたい筈だ。
なにせ呪いの装備を持っていると露呈しているプレイヤーは、未だに日本サーバーには三人しかいねぇ。その内の一人がフローだぜ?お前はもっと知りたい筈だ。調べたい筈だ。呪いの装備が取れるのを、最も心待ちにしているのは、フローじゃねぇ。知識欲の権化……ドクター、てめぇだろ?
別にフローの想いを無下にする訳じゃない。
ただ、それほどまでにドクターの内にある知識の強欲は化け物染みているってだけだ。
だから行こうや。
元々、非力な俺達だ。
助け出すのは四苦八苦の地獄絵図だろうよ。
「はぁ……分かりましたよ。分かりました。やりますよ…全く」
おお、そう言えばいいんだ。最初っから。
んで?助け出すは地獄だが、金を払えばそれは一瞬で済む話だ。
ドクター、金出せるか?
「無理ですよ。お金は全て情報に通じますからね」
だろうな。
ちなみに俺も無理だ。金は多少あるが、プレイヤーを一人開放するのに、金はとんでもない額必要になる。まぁ、当たり前だ。悪い事をしたんだから、反省をする為に監獄がある。それを、そう易々と安い金で済まされたら酷い話だ。俺の頬もギャン泣きする。
「あぁ…ルート氏が殴られて、フロー氏が監獄行きになったんですか…。いいマッチポンプじゃないですか…」
そう言うなよ。
俺だって好きで殴られたんじゃない。
アイツが勝手に殴って、勝手に監獄に行って、勝手に俺達は助けようとしてんだ。何とも勝手が良い話だろ?
んでもって、ドクター。
俺は、監獄の所在を知らねぇ。だから頼むわ。情報大臣の出番っつー話。
「貴方は身勝手ですね…。まぁ良いですよ。場所くらいは知っているのでね」
ペストマスクの位置を調整しながら、ドクターは歩き出した。
なぁ、屋台で飯買いながらでもいい?今、旨そうなイカ焼き売ってたぜ。
俺の言葉に、ドクターはペストマスクの中にある瞳を輝かせた。
そして、俺達は香り高い屋台につられていく。
食欲とフロー、どちらを取るかと言われたら食欲を選ぶに決まってる。そうだよな、ドクター?
「えぇ……なにせ私達は身勝手ですからね…」
もきゅもきゅと食べ物を口に詰め込みながら、ドクターはそう言った。
言葉が二転三転とバク転していく……。
それ故に、βプレイヤーはβ組なのである――。
あまりにも救いようがない。
◇■◇
んで、時間を食ったがここに牢獄あんの?
「まぁ、正確には食ったのは時間ではなく、屋台飯ですが…そうです。ここの地下に牢獄があります」
そこはNPC衛兵団の詰め所。
つまりなんだ?ドクターさん、お前は俺に死ねと申すか?
「私も付いて行くんですから、心中ですね」
ははははははははははははははははは!確かに!
「えぇ…?めっちゃ笑うこの人…」
よし、そうと決まったらさっさと行こうぜ!
どうせお前の事だ。中の構造位把握してんだろ?
だったら先導してくれや。俺をそう易々と死なせてくれるなよ。
「分かってますよ…」
ドクターは嫌そうにそう言うと、詰所の扉をゆっくりと開いた。
――このゲームのNPCは有能揃いだ。
それこそ、こんな詰め所にいるNPC一人とってもエビふりゃーと同格レベルの力を持つ。そして、まるでプレイヤーの様に動き、生活し、そして死んでいく。
ほとんどのNPCは有能だが、その中にだって例外は存在する。そう例えば……例えば?例えばなんだ…?俺は誰を例に挙げようとした…?…駄目だ、思い出せねぇ。耄碌したか…?
「ちょ、早く来てください…!」
あ、悪い悪い。
俺はドクターの言葉に従って、しゃがんだ奴の背中に張り付くようにぴったりと後を付いていく。
…NPCが有能と言えど、牢獄破りが不可能という訳ではない。
それはβ時代に検証済みだし、製品版になっても偶に『牢獄破りが起きた』という噂も聞く。
俺とドクターが隠れている机の前を、NPCが過ぎ去っていく。
そして、そいつはそのまま俺達に気付くことなく、そのまま扉を開けて外へと出ていった。所詮、NPC…エビふりゃーレベルとはいえ、索敵はやはり素人とはいかないがルーキーに毛が生えた程度…!俺達プレイヤーに日々守られているツケが響いてるな…!
くけけ…!
どう頑張ってもNPCはプレイヤーには勝てねぇ…!そういう縮図が出来上がってんだ!
「何してんですか。さっさと行きますよ。すぐに戻ってきます」
俺達、詰め所内を少し進んだ所にある重々しい鉄のハッチを開けて、真っ暗な地下へと入っていった。
◇■◇
くらーい。こわーい。
俺は魔法で薄い明かりを灯すドクターの肩を揺らす。
地下に入ったはいいけどよぉ、随分と階段が長いじゃねぇか。本当にこの道はあってんのか?この地下自体がフェイクっつー可能性は?お前の情報はあまりにも確かなものか?
俺の言葉にドクターはペストマスクの先を指でトントンと叩きながら答える。
「言葉を慎んでください。フェイクはあり得ません。あまり大きな音を出すと侵入がバレますよ」
…へいへーい。
俺は口の前で指をバッテンにする。
しかし、相も変わらず地下っつーのはジメジメしてんな。
俺も牢獄に投獄された事は一度や二度じゃなく何度もあるが、やはりこの湿気は好めないな。それにしても、今日の湿気はすげぇな…。
先頭でぼんやりと光る光球を見つめながら、俺はそんな事を考える。その途端―――、
ずるり、と。
「あ」
俺の体躯が重力に従って、ドクターと重なり―――、
「え」
呆けたような声がドクターの口から洩れる。
ドクターは重なり合う俺の身体から何とか逃げようと、壁に身体を張り付けた。しかし、地下への階段通路はあまりに狭い。ついでに言えば、俺はドクターの服をガッと掴んだ。
「あああああああああああああああああああ!!!!」
二人分の悲鳴が響く。
階段から足を滑らせた俺達は、ゴロゴロと肉団子の様になって階段を転がり落ちた……。
「…お、お前が前線級のヒーラーで良かったぜ…」
身体の至る所が曲がってはいけない方向に曲がった俺を、ドクターが回復する。
大きな音を立てながら、俺とドクターは落下した。幸い、身体をまともに鍛えていないドクターではなく、多少なりとも前衛を張れる俺が地面への受け皿になったことでドクターの傷はそこまで大きくは無かった。
そして、俺もまた即死では無かった事が功を奏した。
ドクターの回復により、俺達はどうにか事なきを得た。
そして、同時にあまりに不可解な現象に見舞われた。
「……衛兵が来ませんね…」
そう、だな…。
あれほどの大きな音を立てておきながら、衛兵一人来ないって言うのはあまりにご都合主義が過ぎる。このゲームにおいて、音っつーのは大きな武器だし、索敵の要素としては十分だ。
それが来ない…?
不自然で違和感だらけだ。
いや…待て…。思えば違和感だと感じる事は多々あった。
「…というと」
まずは衛兵が外へ出て行った事だ。
何故あいつは外へ行った?地下へのハッチに見張りが居なかった点からして、あいつは恐らくハッチ前の見張りを担当していた筈だ。なのに、まるで俺達が来たから外に出たような…それ程までにタイミングが良かった。
そう、タイミングが良すぎたんだよ。
それに、俺が階段から足を滑らせたことだってそうだ。
確かに地下の湿気は凄いが、あそこまでじゃ無かった。それに、階段通路の湿気は凄かったが、この地下牢獄はそこまでじゃ無い。
…恐らく、水が撒かれていた。
それも、明確に何かの意志があって。それが、度が過ぎた湿気の原因だ。
「なるほど…それでは、何故?警備が薄いのも違和感の一つです。まるで、警備が薄くとも私たちなどどうとでもなるような…」
ああ、そんな意志を感じるな。
だがな、俺達にもう進む以外の道は無いぜ。
暗く、そして不明瞭な地下牢獄を。
「そうですね…」
回復し終わった俺達は、互いに背中を合わせて歩き始めた。
暫くは空っぽの牢獄が続いたが、進むにつれてちらほらとプレイヤーの姿が見え始める。しかし、それでもちらほらと、だ。
投獄されるプレイヤーは、その実力によって監獄の位置が決まる。
俺達が今いるような階段から比較的近い場所は雑魚…ルーキーが基本的に投獄される。そして、廃人の様に実力があればある程、奥へ奥へと投獄される仕組みだ。
俺の場合は、中間付近。
ルーキーに負ける事もあれば、条件さえ揃えば廃人さえ食える可能性があるプレイヤー…それ故に中間に位置される。
ドクターだったら、中間と奥の真ん中付近。
廃人ではあるが、実力で言ったらルーキーにすら負ける。しかし、奇怪な魔法を数多保持するためその位置につく。
「……この霧はなんでしょうか…?」
「……さぁな」
恐らく、中間付近。
俺とドクターの周りを濃霧ともいえるほどに濃い霧が包んでいた。
余りにおかしい。
湿気はそこまでない。空気は重たくない。その為、水蒸気とは言えない。それならば、この霧は…?
「(出来る限り吸わないで行きましょう)」
「(分かってる)」
俺とドクターはジェスチャーで会話をして、奥へ奥へと進んだ。
とにかく全力疾走で進む。
しかし、途中でドクターが何かに足を掛けてすっ転んだ。がっ!!?
俺は転んだドクターに足をかけて一緒にすっ転ぶ。
あ!?おい、ドクターてめぇ爺さんじゃねぇんだから、なんもねぇところで転ぶんじゃねぇよ!!
「い、いやはや…申し訳ない…」
大体、なんだってこんなに霧が……濃い……ん……だ…?
俺の言葉は次第に途切れていく。
濃霧が俺とドクターを包んでいる。白く、白く、世界が真っ白に染まる様に……まるで何にも気付かせないとでも言うかの如く…。
お、おい…ドクター…。
「はい?」
お、お前……なんでそんな
ドクターの姿はまるで…否、子供の様な体躯にまで小さくなってしまっていた。ペストマスクは顔面ではなく、頭部全てを包み込み、白衣は地面に引き摺った跡がある。
ま、まさか……ッ!?
俺は自分の身体をべたべたと触った。
…ち、小さくなってやがる…!俺も!
霧が濃いせいで、何にも気付けなかった!
恐らく、ドクターは自分の白衣を踏んだんだ!くそ…!
俺は急いでドクターの傍に駆け寄る。
「る、ルート氏…!随分と可愛らしく…」
そんな事言ってる場合じゃねぇ!
こりゃやべぇぞ!
衣服やら、靴はどうやら小さくなった俺達のサイズに合ってるが、装飾品関係はその対象外らしい!お前のマスクと白衣が良い例だ!俺の装飾品もデカくて装備できたもんじゃねぇ!
「…なるほど!」
ドクターはペストマスクを無理矢理に装備し、取り出した果物ナイフで白衣を切って、サイズを小さくすると再び羽織った。
こ、こいつ…!意地でも素顔を見せないし、白衣に命を懸けてる岡部倫太郎タイプだ!!クソ!無駄な意識持ちやがって!
おい!ファッション白衣!さっさと行くぞ!
この霧、吸うんじゃねぇぞ!肌に触れてるだけで幼くなる!お前のガスすら通さないペストマスクが意味を成さないってことはそう言うこった!てめぇの知識欲を刺激する霧っつーのは分かってる!だが、今は我慢しろ!試験管にでも詰め込んどくくらいに留めろ!
「おお、ナイス提案です!」
ちびドクターは俺の言葉に瞳を輝かせ、亜空間から試験管を取り出すと、ぶんぶんと中空を切ってコルクで蓋をした。
良いな!?お前の知的好奇心は一旦それで鳴りを潜めたな!?んじゃ行くぞ!フローは腐っても廃人だ。どうせ一番奥にいるだろうよ!
俺達は走り出す。
くそが…!衛兵共が一人もいない理由はこれか…!そりゃ自分諸共吸っちまう訳にはいかないし、子供になっちまえば戦力は半減って魂胆か!
しかし、霧で良く見えないが牢獄の中にはこの霧は及んでいないのか…?通り過ぎながらの流し見だからしっかりとは見えてないが、牢獄内のプレイヤーは縮んでねぇ…。たまにいるチビは、単にキャラクリエイトの時にロリショタを選んだマジョリティ共だ。
「るーとし!おそらくこのへんにふろーしがいます!」
ど、ドクター…!
そんな舌足らずな口調になっちまって…!
「わかった!」
しかし、周囲の霧が深すぎる…!
一つ一つ、確認していかなきゃなきゃ中身すら分からねぇ!
俺とドクターはとてとてと手分けして、牢獄一つ一つを見ていく。
「うがー!どくたー、いないぞ!声はとどかないのか!?」
「むりでしゅ!あちらからはきこえても、こちらからは遮音しすてむがあるはず!」
ああああああ!
し、しこうが…しこうするちからが無くなっていくのが、手にとるように分かる……!
や、やばい!
俺の思考回路がでろでろに溶け始めた時、少し遠くで声が上がる。
「みつけた!みつけましたよ!るーとし!」
……ッ!
よくやった!すぐにいく!
俺はドクターがいる方へと走った。
そして、ドクターが指さす牢獄の中を指さす。その中には、確かにキョンシーガールたるフローの姿があった。
みつけた…みつけ、た…みつけ…。
――――。
「ごみちゃん!?ドクターちゃん!?何その姿!」
………。
「わぁ~、きょんしー」
わぁ~。
座り込んだドクターがそう言うと、俺は両手を上げてそれにリアクションした。
「ご、ごみちゃん…?ドクターちゃん…?」
「わぁ~、霧ー」
わぁ~。
「わぁ~、鉄ー」
わぁ~。
「わぁ~、眠いー」
わぁ~。
…わぁ~。
……わぁ~。
………わぁ~。
…………。
……………。
そうして、幼子たちは眠りについた。
濃霧の中で規則正しい寝息を立てる二人を前に、一人のキョンシーが頭を傾げるのだった…。
「なにこれぇ……」
わぁ~。