コンサートツアーに向けたスタジオリハーサルが終わり、私は一人でスタジオに残っていた。ツアーに向けてのセットリストや細かいアレンジの確認で時間がかかりそうだったからだ。もうすぐツアーが始まる。残った時間でどれだけクオリティを上げられるかが私の腕の見せ所だ。スタジオを見渡すと、ドラムセットやアンプ、キーボードなどが並んでいる。私の方には大量のピックスタンドやエフェクターがある。ギターラックに立てかけられた自分の愛機を手に取り、見つめる。このギターも、私と一緒に全国ツアーに参加するのだ。一緒に頑張ろうね、と言うようにそっと弦を弾いてみた。数日もすればスタジオにあるもの全部トラックに積むだろう。でも今は、この小さなスタジオで満足していたい気分だった。しばらくするとドアがノックされ、マネージャーさんが入ってきた。
「あの、まつりちゃん、ちょっといい?」
「どうしましたか?」
「まつりちゃんに会いたいって人がいるんだけど……」
「誰ですか?事務所の方ですか?」
「ううん、違うの。女の子なんだけど……とりあえずスタジオの外で待たせてあるから」
マネージャーさんの表情を見る限り、あまり良い話ではないらしい。私は少し嫌な予感を覚えながら外に出た。そこには一人の小さい女の子が立っていた。その特徴的なヘットフォンは……。
「久しぶりね、マツリ」
「……チュチュ?」
あの時、私は1度だけRASに入ったものの、チュチュと対立を起こしてしまい脱退してしまった。その後RASとは疎遠になっていたのだが……。
「どうしてここに?」
チュチュはいつもの生意気そうで上から目線っぽいような態度では無く、何か申し訳なさげで居心地悪そうな態度だった。そんな様子に違和感を覚える。
「あの……少しだけ話せる?」
「まぁ、大丈夫ですけど……」
一度戻り、機材を片付け、スタジオを元通りにした後、チュチュと外に出た。近くの自販機でMAXコーヒーと自分が飲むブラックコーヒーを買って、MAXコーヒーをチュチュに渡した後、ベンチに座った。しばらくの間沈黙が続いた後、チュチュから口を開いた。
「ねぇ、マツリ。あの時の事、謝りに来たの」
私は突然の出来事に驚いた。チュチュが私に対して謝罪してくるなんて思わなかったからだ。
「パレオが居なくなって気づいたの。私はMemberとどう接すればいいか分からなかった。今までパレオに任せっきりだった部分もあったし、それに甘えてたんだって思ったら急に怖くなって……」
そう言えばそんな事件があったんだと思い出した。パレオが突然、失踪したとかいうやつだ。皆が大騒ぎになったのを覚えてる。と言っても私達は別の仕事で忙しかったから何も出来なかったけれど。結局、なんだかんだどうにかなったはず。
「皆との接し方が不味かったんだね」
私が脱退した後に、RASはきっと色々とあったのだろう。それがチュチュを変えたのだと思う
「そうね。私達RASはProfessionalな関係じゃないといけないと思ってた。だから馴れ合いは無しにして、お互いに高め合っていこうって思ってた。けど、それが原因でパレオを追い詰めてしまったのかもしれない……」
「そっか」
私はそう言ってブラックコーヒーの缶を開けた。
「私は怒ってないからもういいよ」
「Thank you.」
チュチュはホッとした表情を見せた。
「仲直り出来たところで本題に入るわね」
「何の話?」
するとチュチュは立ち上がって、指をビシッと私の方に指した。
「じゃあ、改めて言うわ!このガールズバンド戦国時代を終わらせるのは私達RAISE A SUILENよ!」
「……はい?」
何を言っているか分からないという顔をしている私を見てチュチュはニヤッと笑みを浮かべた。そして続ける。
「私達がその旗印になるのよ!マツリ達だって潰すから!」
「まぁ、頑張って……」
「あんた達も頑張るのよ!最近だってマツリも人気者じゃない!」
「そうね……」
私は曖昧な返事をした。正直、チュチュのハイテンションはついていけない。
「最近のマツリ達は凄いじゃない。新曲は一位取ったし、ツアーのticketも完売してたよね?あれはマツリ達の実力に違いないわ」
「……決勝前に新譜が出るの」
「ふーん……。わかった、発売日に買ってあげるわ!」
チュチュは腕を組みながら得意気に言った。そんな様子に苦笑いするしかなかった。
「ツアーが終わったら対バンもしましょ、今度は大きい会場でやるのもいいかもね。とにかくマツリも含んだ私達で世界を席巻するのよ!」
「そうだね……」
こうやってチュチュと雑談をしていった。話すうち、すこしずついい雰囲気に戻ってきたみたい。やっぱりチュチュとはこうでなくちゃね。そして、話がまとまった頃合いに……。
「ねぇマツリ……」
「どうしたの?」
「あなたとはrival同士、でもね……」
「次のツアー、絶対に成功させなさい!」
別れ際にチュチュとグータッチを交わした。お互いの拳から伝わる熱が心地良かった。
「もちろん」
「……楽しみにしてるから」
そう言い残し、チュチュは去っていった。私はチュチュが去って行く後ろ姿を眺めながら、これからの事を考える事にした。