Marked for Death   作:あられ2424

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年内に投稿するつもりが年どころ、正月も明けていた……だと?

皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。


小噺

 

EP1 『ユウヤさんの最大の敵』

 

 

古い傷だらけのフライパンの上で半熟の卵が踊る。

 

『――ユウさんはお料理がお得意なんですね!』

 

この戦場から遥か後方の、安全な壁の中にいる上官が声を大にして言う。

 

五月蝿いと思うが、いちいち口にするのも面倒なので、彼女の相手を“相方”に任せて目の前の卵に意識を向ける。

 

その様子を見ていた黒髪の少女は思わず苦笑いを浮かべ、代わりに言葉を返した。

 

「ああ、戦隊でも料理が出来る隊員はそんなにいないけど、ユウはその中でも指折りの実力だよ」

 

卵の天地を返しながら、傍らの鍋へと目を向けると、煮立ったトマトスープが鍋の中で外へ出るのを今かと待ち望んでいる。

 

うん、スープは頃合い……後は盛り付けるだけだな。

 

フライパンのオムレツを皿に盛り、事前に作っておいたソースを小さなカップへ入れて、オムレツの側に添える。

 

そして、空のお椀にとろみが付いたスープを盛り、オムレツと一緒にテーブルへ置く。

 

「ほら……完成したぞ」

 

「お~……流石、ユウ。いきなりのリクエストで、これ程の品を作れるとは」

 

食堂の余り物を活用しただけだが、彼女が満足なら問題はないだろう。

 

『何を作られたんですか?』

 

『オムレツとトマトスープだな……ソースもしっかり作ってくれてるぞ」

 

『そ、それは凄いですね……ユウさんは何処かでお料理を習われたんですか?」

 

「いえ、独学です。ここでの生活では、こういったことを覚えておいた方が何かと便利ですから」

 

俺自身、料理を始めた切っ掛けというのは、よく覚えていない。

 

戦争が始まる前……まだ、普通の“人間”であった時だとは思うのだが……

 

まあ、切っ掛けはどうであれ、こうして役に立っているのだから無駄ではなかったのだ。

 

「ところで、少佐は料理はされないのですか?」

 

『うっ……えっと、私はその……』

 

投げ掛けた問いに声を詰まらせた少佐に、俺は一つの答えを確信した。

 

ああ、成る程……料理が出来ないタイプの人か。

 

「まあ、無理にとは言いませんが、平常時でも緊急時でも活用法は幾らでもあるので、覚えておいて損はない技術ですよ」

 

『そ、そうなのですか……?』

 

いずれ死ぬ俺達はともかく、少佐のように普通に暮らしている人には様々な場面で役に立つだろう。

 

たとえば――

 

「少佐殿の恋人に手料理を振る舞う……なんてどうでしょうか?」

 

『こ、恋人って!! わ、私はまだ……!!』

 

「たとえばの話ですよ。そんなに動揺しないでください」

 

『ううっ……でも、もし仮にそのようなことがあったとして、私に上手くできるでしょうか……?』

 

確かに料理下手が料理を……況してや、人に出す料理を作るというのは非常に難しいことだろう。

 

クレナの例もあるし、その不安というのは俺にも分かる。

 

人に出す以上、確かに料理の出来は重要だ――けど、それだけではないのだ。

 

「料理自体が上手くなるには数をこなすしかありません。けど、それよりも食べる人の姿を思い描くことが何よりも重要です」

 

当然ではあるが、誰も好き好んで不味いものを食べたいとは思わないだろう。

 

食べる人が自分であったとしても、可能な限り美味しいものを食べたいと思う筈だ。

 

だからこそ、どうすれば美味しいものが出来るのか、食品の衛生状態は勿論、下ごしらえ、味付け、調理、盛り付けといった工程で常に考えなくてはならない。

 

食べる人の健康は勿論、精神の安定剤になってこそ、初めて美味しい料理となる――俺はそう思う。

 

『食べる人のことを思い描く……ですか?』

 

「はい、それが出来たのならば、完璧とは言えずとも美味しいものは出来上がります」

 

そして、逆に捉えれば、それを阻害するものこそ――

 

腰のホルスターから拳銃を抜き、隠れて食堂の床を走る“ソレ”へとトリガーを引く。

 

乾いた銃声と共に放たれた銃弾は“ソレ”の頭蓋を砕き、その内側の脳髄ごと粉砕する。

 

「食堂を走り回るネズミどもは――何があろうと絶対に赦してはならない“敵”です」

 

『は、はい……』

 

後に“鮮血女王(ブラッディレジーナ)”と呼ばれる彼女はこう語った。

 

『食堂は神聖にして侵すべからず』と。

 

 

 

 

 

 

 

EP2 『風邪にはご用心』

 

 

 

「ゴホッゴホッ!うう……参ったな」

 

暗い部屋の中、ベッドの中で少女は咳き込んだ。

 

86となって迫害される身になってからは、自分の健康には気をつけるようにはしていた。

 

満足な医療品も供給されない以上、風邪などの病気も自分で対処しなくてはならないし、こちらが病を患っていたとしても、レギオンは歩みを止めてくれない。

 

「ミクリに明日、謝らないとな……」

 

本来なら、今日のの探索はミクリと私の担当だったが、私がこの様であるため、彼女に全て任せきりとなってしまった。

 

早く治すためにも今日は安静にしなくてはならない――それは分かっている筈なのだが。

 

……こうやって一人になるのはいつぶりかな、

 

スピアヘッド戦隊に配属されてからは常に仲間と一緒で、それ以前もあの少年とずっと一緒だったからか、自分一人でいるということがあまりなかった。

 

だからだろうか……こうやって自分一人になると、人肌が恋しいというか、一年目のあの夜を思い出して不安になるのだ。

 

迫る死から必死で逃げ惑って、恐怖でどうにかなってしまいそうな時を――

 

「……ユウ」

 

無意識に私を助けてくれた少年の名前を口にする。

 

駄目だな、どうやら私も風邪でかなり参っているらしい……

 

でも、もし来てくれたなら――

 

そんなことを思いながら少女の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

身体が重い中、必死へ前へと走る。

 

頭は鐘が鳴り響いているかのように痛み、足元さえも覚束無い。

 

そんな私に構わず、背後からはまるで虫のような殺人機械がその目を爛々と光らせて追ってくる。

 

その距離はどんどんと近付いていく。

 

「嫌だ……」

 

怖い。

 

「死にたくない」

 

目の前は行き止まりで、その殺人機械はすぐ後ろで両脇の機銃をこちらへと向けていた。

 

「……っ」

 

恐怖で声も出てこない、なのに叫びたいくらいに怖くてたまらない。

 

「助けて……」

 

誰か……

 

「ユウ……!

 

『死にたくないならじっとしてろ!』

 

そんな聞き慣れた声が耳元で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……んん?」

 

先程から、部屋で何か物音がする。

 

少なくとも今は私しかいない筈なのだが……

 

「……ユウ?」

 

「目が覚めたのか。どうだ? 身体の具合は」

 

見間違える筈もない馴染みの少年はタオルを絞りながら、こちらへと微笑む。

 

思わぬ来訪者の登場に驚き、身体を起こそうとすると、額から水分を含んだ何かが落ちる。

 

別になんてことない濡れたタオルだが……ユウが看病してくれていたのか?

 

「これは……」

 

「最初は軽い差し入れだけにしようかと思ったんだけど……アンジュ達に言われてな。だから、正拳突きは勘弁してくれよ?」

 

冗談交じりの笑みを浮かべながら、机の上に置かれていた盆を取る。

 

盆の上には茶碗が置かれており、その茶碗から真っ白な湯気が上っていた。

 

「とりあえず、オートミールで卵粥を作ったんだが……食べられそうか?」

 

「ありがとう……いただくよ」

 

時刻は既に17時を回っており、流石に少しは何があろうと食べたくる頃合いだ。

 

「暖かい……」

 

卵のふんわりとした食感と薄すぎず、かといって濃いわけでもない不思議な味が身体に染み渡る。

 

そして、染み渡る粥の熱は自身の心さえも暖めていく。

 

優しい味というのはこういうのをいうのだろうか……何処か懐かしい。

 

「良かった。さっきは寝苦しそうにしてたからキツイかと思ったが……その様子なら大丈夫そうだな」

 

少年がそう言って立ち上がると、私は無意識の内に少年の腕へ手を伸ばした。

 

自分でも何故、そうしたのか分からない。

 

先程まで、“あの日”のことを夢で見ていたからか、もしくは寂しくて仕方なかったのか。

 

ただ、この少年には……側にいて欲しかった。

 

少年は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

 

「どうした? 悪い夢でも見たのか」

 

身体の倦怠感、粥の熱た体温が合わさって再び、眠気が脳を襲う。

 

先程までの不安はない、むしろ一人じゃないということ安心を覚えている。

 

「手を……握っていて欲しい」

 

「しょうがないな……今回は特別だからな?」

 

ああ、そうだ……私は病人なんだ。

 

だから……仕方ないよな?

 

「ほら……おわっ!?」

 

握った少年の手をこちらへと引き、こちらへと倒れてきた少年を毛布の中へと引き込んだ。

 

逃げられないよう、少年の身体をホールドすると、少年の胸の鼓動が耳に響く。

 

「ユウは暖かいな……」

 

「お前なぁ……」

 

満腹感と人の温もりの幸せな倦怠感の中、瞼を閉じる。

 

この温もりがずっと続くことを僅かに願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最新話まで今までの見返していこうかな……

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