正しい恋はどこだ?   作:嵯峨野広秋

2 / 30
再告白の前ぶれ

 画面を見つめたまま、どれだけ時間が()ったかわからない。

 おれの出来(でき)のよくない頭を占めているワードは「連れ子」と「結婚」。

 ツレゴってアレだよな、一回結婚して、離婚した人がツれてる子どものことだよな?

 つまり「おれ」と、幼なじみで男勝りな女子の「(ゆう)」のことだ。

 それが「結婚」だって?

 勇のやつ……パソコンでなんでそんなこと調べてんだ?

 そこでいきなり、

 

 がちゃ

 

 とドアがあいた。

 心臓が、のどからとびでるかと思った。

 まさか勇⁉

 あいつって、(はや)風呂だったっけ?

 

「!」

「あれ? 正ちゃん?」

 

 抱くように洗濯物をもった、勇のお母さん――おれのお母さんになる予定でもある――が部屋に入ってきた。

 お、お、おちつけ。

 キャッカン的には、おれはただパソコンをさわっているだけだ。

 下着を漁ったりだの、ベッドをくんかくんかだのをやっていたわけじゃない。

 

「パソコンなんて、めずらしいね。なになに」お母さんの目が細くなる。この目。ネコのように愛嬌があって、大きさも形も、ほんとに勇そっくりだ。「えっちな動画とか見てたクチ~?」

 

 それだ!

 そういうことにしたら、おれがヘンな検索履歴をみつけてしまったことが、ばれないぞ!

 いけっ!

 

「そうなんですよ……はは……」

 

 アリバイづくりで、おれはエロい動画がめっちゃあるページにとんだ。

 とんだだけなのに。

 いったいどういう神様のイタズラが、発動してしまったんだろう。

 

「……ん……んっ、……こら、だめだってば」

「母さん‼」

 

 大音量で何かの動画の再生がはじまった。

 画面では、もうどうしようもないくらい〈からみ〉まくっている。

 

「あん」

「き、きもちいい?」

「ナマイキね。つ……、うっ、つ、連れ子のくせに……」

 

 洗濯物を床にぼろりと落とし、勇のお母さんの足が後ろに退()いた。

 

 ◆

 

 翌日は日曜日。

 おれは病院のロビーにいた。

 

「すこし、話をしようや」

 

 目の前にはシブいオジサン。ただのオジサンじゃなくて、家族のオジサン。おれの父さんのお兄さん。

 

「ずいぶん寒くなったなぁ……」

 

 ガラス張りの向こうの中庭をみながら言う。

 すこし雪がふっている。

 もう12月。クリスマスも近い。あと、あんまり考えたくないが、来週には期末テストがある。

 

(しょう)

 

 ひげを生やした顔に、刑事のようなロングコート。

 身長はおれと同じぐらい。

 この人が、ほんとまじでシブい。映画俳優みたいに。

 近くをとおった人が、撮影? とつぶやいて、カメラをさがすようにきょろきょろしている。

 確かにおれとオジサンのツーショットは、やばいぐらい()がきまっている。

 

「ばあちゃんのことだがな……」

 

 リアルな話題で、急に現実にもどされた。

 今、ここに入院している、おれのばあちゃん。おれの父さんのお母さん。

 まだ60とかだと思うけど、病弱で、おれが小学生のときからばあちゃんは入退院をくり返していた。

 オジサンはいう。

 今回は、覚悟しといてくれ、と。

 

「そんな……」

 

 目の前がまっくらになった。

 あの……やさしい、ばあちゃんが?

 甘やかしすぎだって父さんから注意されるぐらい、おれをたくさん甘やかしてくれたばあちゃんが?

 

「年末までには退院できるって……」

「できるさ。なにも、問題がなければな」

「そんなにわるかったんですか?」

「そんな気はしなかったか?」

「いえ――」

 

 今年の夏から秋にかけて、ばあちゃんは急にやせた。

 だから、だからおれは〈急がないといけない〉って思ったんだ。

 

 ばあちゃんを、安心させたい。

 

 それには(こい)

 想い想われの恋人を紹介することで、それができると信じてる。

 プラス、ぜひ未来のパートナーに、ばあちゃんに会ってもらいたいんだ。おれっていう人間を、つくってくれた大事な家族に。

 

 おれはバカだから、まちがっているかもしれない。

 そんなことしなくていいのかもしれない。

 でも……

 

「正くん。うわー、相変わらず、あんたは“イケメンさん”やねぇ」

「だろ?」

 

 ばあちゃんのベッドの横で、かっこよくポーズをきめる。

 オジサンはロビーに残ってる。

 今は先生も看護師さんもいない。

 部屋には、おれとばあちゃんの二人きりだ。

 ばあちゃんはうすいブルーの、浴衣みたいな形の服をきている。

 

「これならモテモテよね?」

「まあね」

「だったら――――」

 

 ばあちゃんは、ちょっとかすれた声で、こう言った。

 

「正くんの彼女に、一目(ひとめ)、会いたいなぁ……」

 

 不覚にも泣きそうになった。

 バカ。おれが泣いてどうする。

 元気づけるために、ここにきたんだろ。

 

「ああ! いいぜ! 今度……つれてくるよ。絶対。今度な。だから、さ」

 

 ばあちゃんは、うなずいた。

 そのゆっくりした動きと、ほほえんだ顔だけで、コトバはいらなかった。

「いつまでも待ってるわ」という気持ちが、はっきり伝わってきた。

 その()、先生たちが入ってきて何かやりはじめたので、邪魔になったおれは部屋を出た。

 

「勇」

「あっ」

 

 病院の廊下で、向こうから来たあいつと出くわした。

 伊良部(いらぶ)勇。

 昔から家族ぐるみのつきあいをしてて、とうとう家族になることになった幼なじみ。

 

「ばあちゃん、今なんか検査みたいなのしてるから」

「そう。じゃ、あとにしようかな」

 

 一階に移動し、自販機の横にある休憩スペースにきた。

 

「なんか飲むか?」

「いい」

 

 おれは缶コーヒーを買った。

 

「急いでよ……14人目」

「わかってるさ」

「わたしでもいいんだよ?」

「冗談はやめろ。おまえにはとっくに彼氏がいるだろ」

 

 コーヒーは、想像よりもだいぶ甘かった。

 おれはポエムみたいなことを考える。

 おれは〈正しい恋〉をさがしてる。

 一方通行じゃなく、どっち通行でもある、つよい恋心。それによって、おたがいが満たされた関係。

 好き↔好き、って状態のことだ。

 それをさがして、13人もの女子に告白に告白を重ねたんだが、おれの中身に魅力がまったくないせいで、どれもうまくいってない。

 

(時間がない、か……)

 

 ふっ、とかすかなため息をつく勇。

 シックなモノトーンのアウターに、あまり色落ちしてないデニムパンツ。

 おれほどじゃないが、こいつも、まあまあ……きれいな横顔のラインしてやがるな。あごや首回りに、ムダなぜい肉がついてなくて。

 体も、出るトコは出て……ガサツな性格のわりに女の子してるっていうか――

 

 連れ子同士_結婚できる?

 

 昨晩のあの画面がフラッシュした。

 

 連れ子同士_結婚できる?

 連れ子同士_結婚できる?

 連れ子同士_結婚できる?

 

「ええーーーい!」

 

 ばっさばっさと、頭のまわりを両手ではらう。

 

「……どしたん?」

「気にするな。ただの発作(ほっさ)だ」

 

 ちょうど近くをとおった白衣の人が、えっ、という顔でこっちを見た。

 ちがうんです、とおれはへらへらしてあやまる。

 

「おバカ。病院で、まぎらわしいこと言わないの!」

「はは……」

 

(まったく調子がくるうぜ。あんなものを見ちまったから)

 

 スマホがぶるった。

 この名前。

 最初に告白した子だ。

 ラインでみじかいメッセージ。

 

 

 わたしと、よりをもどさない?

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。