holoearth chronicles ALTシリーズ 作:桃kan
窓の外には絢爛な街の様子が広がっている。
煌びやかに変わりゆくネオンの色が眩しく、行き交う人々は刹那の華を咲かせる。ある者は幸福に満ち、またある者は絶望のどん底に落とされたような表情で街を行き交う。
ここはフォルトナ。
すべての愉悦と消魂を内包した異界。ホロアースに息づいた魂がその役割を終えた時、最後に行き着く場所とされている言わんや“魔界”と称される場所である。
華やかな街の様子と違い、彼女が項垂れる部屋には暗く、重苦しい空気が横たわっていた。
浅く椅子に腰掛け腕を前に組み、目を閉じて考え込む様子を見せるのはホロアース一の魔法使い、紫咲シオン。先の戦いで怪我を負い、彼女の頬には痛ましく治療した痕が見えていた。
怪我が痛くないといえば嘘になる。しかしそれよりも彼女の頭の中を占めていたのは『後悔』という思いのみ。
どれだけの敵が集まろうと対抗できる自信が彼女にはあった。それが『神話』に名を連ねる者であっても、シオンが自分の中に勝機を見出せると確信していたのだ。
しかし結果は目も当てられないものだった。
友人と交わした約束を守ることが出来なかった。そして何より、古き友人が目の前に現れたことがシオンを当惑させた。
「シオン様、大丈夫?」
俯いていたシオンの耳に優しく甘い声が響く。
「せんせぇ……」
顔を上げて声の主を見やる。そこにいたのは声に違わぬ、柔和な笑顔を浮かべる悪魔。
「どうにか出来るって思ってたんだ。誰が来たって絶対に負けないって思ってた。でも……船長が表に出てくるなんて思ってなかった……」
「そうね。さすがにちょこもびっくりしたわ」
そう呟いて顔を伏せるシオンの肩に手を置くちょこ。その手にはハッキリとした恐れが伝わってきた。
かつてシオンが船長に行ったことを思えば、そう思うのも仕方がない。彼女はシオンにとって大事な友人であった。そして彼女を終わらせらのもまた、シオンであった。
船長が目の前に現れたということは、自分の罪をまざまざと見せつけられていると感じても致し方ない。
そんな彼女に憐れみの念を抱くちょこ。
「ねぇ先生」違う声が響く。シオンのちょうど対面から発せられたそれは、嬉々としてちょこに尋ねる。声が快活そのものであるが、肌の色は生者のそれとは違う。すべての生気が赤々とした髪に吸い上げられているようにも見てとれる。
「これで私たちが関わっていい条件が整ったんじゃない?」
カツンと、自分の目の前の盤面に並べた白と黒を動かしながら、嬉々として語る彼女にため息をつきながらちょこは答えた。
「オリーちゃん……そうね。でも、乗り気じゃない人がいるみたいよ」
視線の先はオリーと呼ばれた少女のちょうど隣。黒の装束に身を包み、鋭い視線を外に向けながら、重い響きで「誰にも加勢しないですよ」とキッパリと答えた。
その反応はちょこにとっては意外なものであった。
「あら? カリオペさんなら、日頃のストレス発散にちょうどいいって、大手を振っていくかと思ったのに?」
そう問いかけると「でも」とちょこの言葉を遮るカリオペ。
「でも、あのクソトリも含めて、『神話』はこっちに任せてもらう」
そう言い切って彼女は席を立つ。部屋の中には白と黒の駒が盤面を打つ甲高い音が響いた。
「ぐらちゃんといなにすを止めてくれるんなら……うん、全然楽になるよ」シオンが小さく呟く。
「シオン様、忘れてないわよね? 『最後に決める』のは私たちじゃないだから」
「分かってるよ」
そう。異界にある彼女たちにとって、直接ホロアースの事象に関わることは出来ない。ただ彼女たちが出来るのは、助言を与え、道を開くことのみ。
「でもさ……背中を押すだけしか出来ないって、すごいタチが悪いよ」
あまりにタチが悪いと、苦い表情を浮かべてシオンは窓の外に目をやった。
外には騒がしく人が行き交っている。まるでシオンの心を掻き乱すように、いつまでも騒がしく鳴り続けていた。