転生チートオリ主としての責務を全うしろ   作:ワナビノリナス

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すごい人はもっとずっと先のところで戦っているのに 俺はまだそこに行けないので初投稿です。


悪夢の粘体

 普段ならば多くの人通りで賑わっていたはずのビル街は、突如として現れた人々を絡めとる数多の謎の触手。

 

 そしてそんな未知の生物の触手から逃げ出す人々による阿鼻叫喚で騒然となり、今や拘束された人々の叫びだけが木霊する閑散としたゴーストタウンの様相を呈していた。

 

 それから間もなくしてレッドコスモこと赤嶺(あかみね)ヒオリは現場に駆けつけ、粘体の触手はそれを待っていたかのように人の形に収縮し戦闘が開始。

 

 人通りの全く無くなったビル街での戦いは2時間近く繰り広げられ、辺りは夕暮れ時の赤い夕焼けの光で照らされていた。

 

 水色の透き通る粘体の怪人スライム。そして、赤い戦闘服に身を包んだ少女、レッドコスモの戦いは救援に湧いた人質達の希望を断ち切るには充分過ぎるほど一方的なものであった。

 

「ハァ……つまらないな。どれ程恐ろしい状況になっているかと思えば拍子抜けもいいところだよ」

 

 

「クッ……なんてパワー……」

 

 

 その場から一歩も動くことなくレッドコスモを一方的に追い詰める。

 スライムの右手の指から伸びる5本の触手攻撃。その長さを活かして懐へと近寄らせない戦法は、レッドコスモの徒手空拳の戦闘スタイルと相性は最悪と言ってもよかった。

 

 

 レッドコスモの変身によってパワーアップした身体能力。幼き頃より護身術として身に付けた空手と柔術。組織に身を置く最中に特訓で身に付けた近接格闘術、それら全てが通じないのだ。

 

 

 レッドコスモは、自身の腕よりも細いスライムの触手1本1本、それぞれが甚振るように繰り出してくる振り払い攻撃を手甲でなんとか受け流し、その手応えに歯噛みをしていた。

 

 

 こちらを絡め捕ってしまえば簡単に捻り潰せてしまうほどの膂力(りょりょく)を敵は持っている。それにも関わらず、自分は生きている。つまり、自分は明らかに敵に遊ばれている。

 

 

 

 自らの命が敵の気まぐれによっていいように掌で転がされている。その心地というものは、今まで経験したことがないほど不愉快で、底知れない程に恐ろしく。凄まじい精神的な重圧(プレッシャー)によって、止めどなく嫌な汗が流れる。精神の不調が身体にも表れ、動きに精彩を欠いてしまっていた。

 

 

 これまで、メンタル面と身体能力ともにコスモレッドはコスモヴァルキリーの3人の中で他の2人とも比べて常に余裕を持って戦闘の対処に当たることができていた。逆に言えばこれといった挫折を経験することなく今まで何とかなっていた……なってしまっていたというべきか。かつてない強敵、絶体絶命の現状においてレッドコスモは未だかつてないほどの絶不調であった。

 

 

 周囲のビル街では100人には満たないとは言え、それでも多くの民間人がスライムの触手によって拘束され、避難が出来ないでいる。このままでは不味い。なのにどうすれば現状を打破出来るか分からない。

 

 救援も望めない……いや、むしろレッドコスモが急ぎ後輩2人の下に駆け付けなければならない筈なのだ。その筈なのに、敵にいいように弄ばれ時間と体力ばかり徒に削られ焦燥感だけが募っていく。

 

 

 

「民間人の被害、戦力、組織の規模……何もかもが想定以下ってわけか。フン……幸いと喜ぶべきなんだろうが複雑な気分だね」

 

「安心してよ。君が戦ってくれてるうちはコイツらをどうこうするつもりは一切ないさ」

 

 

 

 スライムとしてもこの場に急行する戦力が目の前の少女1人とは予測していなかったようだ。

 

 

 

「別に人質への被害を恐れて本気を出せない訳じゃないだろう? 周りを巻き込む程に強力な技も持っていないね」

 

「むしろ手が塞がってる状態な上、こっちは手加減してるんだよ。人間で言えば片手で相手してるようなものさ。なのに、こんな有り様じゃ……僕がいなくても君は死んでたね」

 

 

 

「うぅ…………なんて……ザマですの。こんなところで躓いてる場合じゃ……ありませんのに」

 

 

 

 この時、コスモレッドは思わず涙を流していた。

 

 まず1つに、全く歯が立たない相手に立ち向かっていかなければならない絶望。

 

 そしてイエローとブルーという掛け代えのない仲間であり可愛い後輩達のもとへ、急ぎ駆け付けなければならないという焦り。

 

 最後に助けを求める人々を見捨てるわけにはいかないという葛藤の中で、心が限界を迎えてしまい思わず涙を溢してしまったのだ。

 

 

 

「……その涙はなんだい?」

 

 

 

「……黙れっ!」

 

 

 

「そんな心構えで僕の前に立たれちゃ迷惑だよ。──まぁ、でもこれ程戦闘力に差がありながら君はよく戦った。命が惜しいなら帰りなよ。君が逃げ出しても少なくとも僕は責めないよ」

 

 

 

「────黙りなさいッ!」

 

 

 

 

 敵前だというのに涙を止められない自分に情けなさと惨めさを感じ、さらに涙が溢れる最中、敵からなされた撤退勧告に心が揺らぐ。それでも心が折れてしまわないよう自らを奮い立たせるために語気を強めて叫ぶ。

 

 

 

「イヤッ! イヤよッ! 助けて!」「誰か! まだ死にたくない!」

 

 

 レッドコスモの弱気と不安な心が拘束された人々にも伝播してしまい、自分達はこのまま助からないのではという不安からパニックを起こしてしまう人が出始める。レッドコスモは自らの人々を不安にさせてしまう振る舞いで招いてしまった事態に臍を噛み、己への鼓舞も兼ねて声を張り上げた。

 

 

 

「大丈夫です! 皆さんは必ず助け出します!」

 

 

 

「そんなこと言ってさっきからやられてばかりじゃないか!」「救助はまだなのか!」「誰か助けて!」

 

 

「皆さん! どうか落ち着いて!」

 

 

「黙れよ」

 

 

 思い思いに藻掻き叫ぶ人々により騒然となった場を静めたのは、今までどこか陽気な声色をしていたスライムの、ドスの効いた一声であった。

 たった一声で人々が声を潜めてしまう程の怒りと苛立ちと殺気。なにより聞くものに本能的な恐怖を訴える威圧感と、死を連想せずにいられないような不気味な響きがある。地獄の底から聞こえてきそうな悍ましい声であった。

 

 

「あっ……ハハハ! 今のはナシ! 忘れてくれ。まあでも、自分ではなにも出来ないくせに惨めったらしく喚くだけのヤツは嫌いなんだよ」

 

 スライムが思わずやってしまったと慌てて取り繕い努めて明るい声色で話し出すがもはや誰もが震え、重苦しい沈黙がスライムの周りを包んだ。

 

 そんな中レッドコスモはスライムに再び挑みかかった。恐怖も焦りも全く解消出来ておらず絶不調の真っただ中であるにも関わらずだ。

 

強いて言うなら、自分の手で人々を脅かしておきながら偉そうに好き勝手人々をこき下ろすスライムの様が途轍もなくムカついたのだ。

 

 それだけでコスモレッドにとっては勝てない敵に立ち向かって行くには十分な動機であった。

 

「随分と好き勝手言ってくれますわね!」

「いい加減大人しく殴られなさい!」

 

 

 

「いいね、赤色の君は及第点だ。僕の守りたかった人間達は、どんな絶望的な状況だろうと決して諦めない強さがあった。ちょうど今の君みたいにね」

 

「でも人1人に出来ることには限界がある……悲しいことにね。このまま民間人を甘やかして君たちだけでなんとかしようなんて考えてたら、いつか足元を掬われるよ?」

 

「まさか、僕たちを何とかすればそれで終わりだなんて思ってはいないだろう?」

 

 

「ごちゃごちゃとうるさいですわよ。まずはアナタを黙らせますわ!」

 

 

「聞く耳持たずか。まぁそれもいいだろう」

 

 

「平和に暮らしてた人々を恐怖に陥れておいて……人間の弱さを分かったような口振りで見下してるアナタの態度が気に入りませんの!」

 

 

 

「平和に暮らしてた人々を……か」

 

 

 

「何としてでもアナタは殴り飛ばしますわ!」

 

 

 

「威勢がいいね。強さはともかくとして君の戦い方は嫌いじゃないよ」

 

 

 

 

 

 なんとか威勢を保ち攻勢に出たレッドコスモであったが戦況は相変わらずであり、彼女の心は折れかかっていた。

 

怒りで恐怖と絶望を吹き飛ばすにも限度というものがある。虚勢を張っていなければ惨めに泣き喚いてしまいそうだった。

 

 仮に死力を尽くして、この触手を掻い潜りスライムの懐に潜り込んだ所で、次の一手はどうすればいい? 

 

 

 今は人の形を保ってはいるが、どう見てもアレは不定形な上に、ある程度の粘度を持って意思を持っている水だ……それにも関わらず自分を上回る膂力を持っている。

 

 

 懐に潜り込みさえすれば、拳や蹴りの打撃技で有効なダメージを与えられると考えるのは楽観的に過ぎる。

 

かといって、柔術の絞め技は自分から絡め捕られ、潰されに行くようなもの……論外だ。…………ダメだ、どう足掻いても勝てない。彼女の心が敗北を認め始めていた。

 

 

 

「うーん。最初に比べれば随分といい攻撃をするようになったかな? ……初っぱなに意地悪をしすぎたね。でも、まだまだ僕には届かない」

 

「勝てない相手なら逃げればよかったんだよ────本当に惜しい。君がヴァルキリーの尖兵でなければ」

 

 

 

「くっ……ウワアアアアァッ!」

 

(私……死ぬの? 誰か……助けて……! セイカちゃん……ミヅキちゃん……お父様、お母様! イヤだ……誰でもいい……助けて!!)

 

 

 

 人々が悲痛な面持ちで見つめる中、レッドコスモが半ば自暴自棄で恐怖交じりの叫びをあげてスライムに飛び掛かろうとしたその時、凄まじい轟音と共に、人々とレッドコスモを庇うように立つ銀色の騎士が突如として現れた。

 

 ────少なくとも周りの普通の人々にはそう見えた。

 

 レッドコスモが辛うじて認識できたのは一瞬にして切り刻まれた、人々を拘束する触手。それに反応してスライムが繰り出した触手。その攻撃を押しきって突貫していく速すぎて姿さえ捉えきず、辛うじて認識できた人影。その直後の凄まじい轟音。

 

 

 

 彼女の経験から引用するならば、その音は自動車同士の衝突事故時の鉄塊がぶつかり合うような音と、滝に素早い速度で棒を叩きつけたようなズバッと言う擬音。

 

 その直後の音は、水面を手で思い切り叩きつけるような、ともすればプールに飛び込む際にうまく行かず腹を水面に打ち付けた音を何倍にも大きくしたような破裂音と、大嵐による荒波が岩礁を打ち付けてもここまでの音はしないと断言出来るような飛沫の音だった。

 

 コスモレッドが視界に捉えた瞬間のその騎士の立ち姿は後ろ蹴りを繰り出したと思われる構えであったが、一瞬でこちらを背に護るように隙なく剣を構えて立った。

 先ほどまで一歩も動くことなくこちらを弄んでいたスライムの立っていた筈のアスファルトで舗装された道には放射状に吹き飛んだかのような飛び散った水の染みが出来ている。

 

 にわかには信じがたいが、この騎士は一瞬で人質を解放した後、スライムの攻撃をモノともせずにパワーにモノを言わせて剣を喰らわせ後に蹴り飛ばしスライムを爆散させた……? 

 

 なんと言う力技だ、レッドコスモは信じられない光景に思わず呆けてしまった。

 

「よく持ち堪えてくれました。後は私に任せてください」

「皆さん! 速やかにこの場から退避してください! ここは危険です!」

 

 そんな信じられない光景を生み出した銀色の騎士は、その堂々たる威容とは裏腹に優し気な声で労わるようにレッドコスモへ一声かけると周りの拘束されていた人々へ避難を呼びかけた。

 

 レッドコスモは自らがたった今、人生のターニングポイントに立っているのだと実感した。突如として現れ、圧倒的な力で瞬く間に悲劇をひっくり返してしまった驚異のスーパーヒーロー。

 

 もちろんコスモレッドにも今までの人生の中で尊敬し、憧れを抱き目標とすべき人々がいた。

 

 だが、自分がヒーローとして目指すべき姿は、今目の前に立つ彼だ……彼以外にあり得ない。まるで彼女の瞳に焼き付くように輝いて見える、大きな銀色の背中を夢心地で見つめながら彼女は心に強く誓ったのだ。

 




三人称一視点の練習中。
自分の文体に馴染ませていきたいです。

あと、ストーリーにはあまり関係ない拘りなんですが、敵味方問わず登場人物の発言は登場人物自身にブーメランとして刺さるように書いています。

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