Fit The Pieces (投稿一度目とほぼ同内容)   作:夕刻し

6 / 6
7 鈍感

 ──夢。

 目の前には、二つのジグソーパズル。一つはピースが星の数程もあった。一つはピースが唯一つしか無い。

 二つとも、どうしても完成させたかった。何があっても。何に変えても。

 しかして。

 これらのパズルは、絶対に完成しなかった。

 

「はぁッ…はぁッ………」

 

 終わらない、終わらない。

 

「はぁッ………」

 

 絶対に、終わらない。

 

「ちく……しょ……」

 

 だが、手を止める事は許されない。

 

「……ッ」

 

 叶わないと知っていながらも。

 絶対に。

 

 止まれない。

 

 

────────────

 

「…何、やってるんだ……シーナ!?」

「あ…」

 

 ウェントの休暇最終日。時刻は昼前。青年は、少女の部屋で鳴った大きな音を聞いて、少女の身を案じて駆けつけていた。少女は着替えの最中、足を滑らせて転んだらしい。大事は無いようだったので、それは良かったのだが。

 

「それ……騎士団の……」

 

 彼女が着ようとしていた服。それは、ウェントも見慣れた、あのエイクリフト騎士団の制服であった。

 

「…えへへ……バレちゃった、ね…」

 

 苦笑いで誤魔化そうとする少女。

 

「お母さんがね、取っておいてくれてたんだ」

 

 少女は五年前、騎士団から除名されている。形見であった余りの制服やその他近辺の品々は、遺族に引き渡されていたのだ。

 結局〝遺族〟とはならずに、少女はこちらへ帰ってきたわけだが。

 

「まだ、着れるかなと思って……」

 

 五年ぶりに見る、少女の制服姿。制服は少女の痩せた体型に似合っており、また、青年には懐古の念も湧き上がらせる見映え。

 

「よく似合ってるよ……でも…」

「わ、分かってる。……ちょっと、試したかっただけだから……すぐ着替える…」

 

 少女は、慌てて制服を脱ぎ始める。青年は、部屋の扉を閉じた。

 

「それと、一応病み上がりなんだから、気をつけて…」

 

 扉越しに少女に言って、扉に背をもたれさせ、彼は俯き様に喉の奥を鳴らした。…ウェントは、制服を着ていた時の少女の活力に溢れる顔を見ても、素直に喜べないのだった。

 

「ごめんくださーい」

 

 階下で人の呼ぶ声が聞こえる。

 

「はーい!」

 

 青年は顔を上げ、玄関へと走った。

 靴を履き、玄関の戸を開ける。

 

「あれ、キジじゃないか」

 

 戸の向こうに居たのは、ウェントの親友、キジであった。彼は、二ッ、とした笑みを浮かべた。

 

「なあ、シーナちゃんいるか」

「シーナ?今は出てこられないけど、居るよ」

「そうか。昼飯まだだろ。一緒に食いに行こうぜ」

「あぁ……いいな」

 

 ホロウゲート突入作戦の打ち上げ以来、キジとは会っていなかった事を、ウェントは思い出した。

 

「久しぶりだな。……どこ行く?」

「施設の食堂で良くないか?」

「え……」

 

 丁度その時、シーナが一階に降りてきた。

 

「あれ、キジさん。おはよ──」

「それはダメだ!」

 

 少女と青年の声が重なる。

 

「……?」

「…どうした、ウェント?」

「あ……いや…」

 

 後ろにいる少女に聞こえないように、青年は親友に小声で話した。

 

「……とにかく、騎士団施設はごめんだ。別のところに行こう」

「はぁ。まあ、別にいいけど」

 

 訝しむような視線を、親友は青年に送る。

 

「それじゃ、10分くらい待ってくれ。シーナ、出かけるぞ。準備しよう」

「…はい」

 

 ウェントは、玄関の戸を閉じた。

 

────────────

 

 

 昼食を終えて、その帰り道。

 

「シーナちゃん、先に帰っててくれるか。こいつ、借りていくぜ」

 

 青年の親友が、そんな事を言って、青年の肩に腕を回した。

 

「え?」

 

 突如とした誘いに戸惑うウェント。少女も、不思議そうな表情をする。

 

「まあまあ、積もる話もあるんだしさぁー。お前を泣かせちまうかもしれないような話とかな。…シーナちゃん、いいか?」

「えっと…はい。大丈夫です」

 

 それから、シーナはウェントの方を向き言う。

 

「ウェント、帰りは何時でも良いからね」

「あ、ああ。じゃ、またな」

「はい」

 

 二人は笑顔で手を振って別れた。

 

「仲、良いみたいだな。良かった良かった」

「まあな。…それより、突然なんだ?」

 

 少女が見えなくなったのを確認して、青年は尋ねる。

 

「お前、今日様子が変だからな。昼飯誘いに行った時からずっと」

「え…そうかな…」

 

 目を逸らし、青年は答える。

 

「自分でも分かってるんだろ。とりあえず、丘の方に行こうぜ」

「…ああ…」

 

 実際、丁度良い機会だと、青年は思っていた。

 

────────────

 

「そういえば、最近ここにも立ち寄って無かったな…」

「お前、前までは良くここに来てたよな。あれって、なんで?」

「まあ…空が近いからじゃないかな…」

「なるほどな。…風が気持ちいいな──」

 

 坂の上に座り込む二人の青年達。

 

「それで。お前、なんであの時、騎士団施設の食堂はダメだって言ったんだ」

「……」

「それだけじゃない。今日ずっと浮かない顔してたのもそうだ。なんかあったのか、最近」

「…先に聞いておくけどさ。俺が師匠二人と喧嘩した事は知ってるのか」

「あー、それは知ってるよ。……もしそれが理由なら、もう俺の出る幕無いけどさ。でも、そうだったら、俺がついてくるのを断ってただろ、お前」

「……ああ、それとは別の事だよ。…シーナの事だ」

「あの子がどうかしたのか?」

「なんか…見てると、胸騒ぎがするんだ」

「あぁ?過保護か?」

「え…違うと思う……けど」

「そうかねぇ。お前はあの子の事となるとなぁ…」

 

 渋い顔をする青年と、呆れた様子の彼の親友。

 

「さっき…昼前、騎士団の服を来てたんだ、シーナ」

「うん?貸したのか?」

「違うよ。五年前の奴を持ってきてたんだ」

「へぇー。懐かしいなぁ……」

「……俺は、嫌だよ」

「えー、なんで。似合うだろうに」

「また、シーナがどこかへ行ってしまったら……俺は………」

 

 ははーん、と言って、キジは訳知り顔になった。

 

「なるほどな。なるほどなるほど。良く分かった」

「何をだよ」

「色々と。お前は小心者だなぁ」

「あー?」

 

 いつも適当な事ばかり言っている陽気な青年の親友ではあったが、それでも、ウェントの事となると彼は人並み以上に嗅覚を発揮する。それは、キジに対するウェントにしてもそうだった。青年と彼とはもう二十一年を超える付き合いになる。ツーカー、阿吽、以心伝心とも言える間柄。自身の感覚よりも相手の助言の方があてになる事もしばしばあった。

 今回は、ウェントが自身で気付けない何かを、キジが彼の言動から読み取ったのだろう。

 

「結論から言うぞ」

 

 キジは一呼吸置いてから、言う。

 

「シーナちゃんがお前のこと、待ってくれる訳ないだろ」

「ッ…」

 

 青年は、どきりとした。

 

「あの子は昔から、人助けとなりゃ一目散だ。もともと騎士団に入った理由も、そうだったんじゃねぇの」

 

 キジはウェントに言い聞かせる様に言う。

 

「……お前も、もう心の中じゃ分かってるんだろ。あの子を家に閉じ込めようったって、そんなのが何の歯止めにもならない事」

「…俺………」

 

 シーナは、命ある限り人を助け続ける。常に世界中の人の幸せを願っている。そして、その夢を絶対に諦めない──。

 

「………シーナは、人を助ける為なら、自分の命だって惜しくないって、思ってるんだ」

「…ああ」

「…でも、嫌なんだよ、俺は、それが。また、五年前みたいに……あの子が、他人の犠牲になって、ふと消えてしまうのが…」

 

 青年は、弱々しく、顔を手で覆った。

 

「嫌でも仕方ないだろ」

 

 そんな彼にぶっきらぼうに、彼の親友は返す。それは青年の癪に触るものだった。

 

「なんでだよッ」

 

 怒りに任せ親友を睨みつける青年。

 けれど。

 

「だってお前、あの子のそこに惚れたんだろう」

 

 臆する事なく、青年の親友はそう言った。

 

「──────ぁ…」

 

 

────────────

 

 必死に、目を背けようとしていた事。自分に嘘をついていた事。

 少女が、五年前にあんな目にあっているのだから、もうそんな事を欲している筈が無いと。

 身勝手な思い込みを、自身の中で増大させ、拡張させ。

 その結果。

 彼女を、彼女の意志を、青年は殺そうとしていた。人を救いたいと言う、彼女の意志を。

 

────────────

 

「……俺は……なんてこと、を……」

 

 青年は震える声で漏らした。

 

「…悪い。俺にとっては、なんてことを、なんて感じじゃないんだがな。ていうか、主観的に言わせて貰えばお前のやってる事も間違いじゃないと思う」

 

 肩を震わせる青年を慰めるように、親友は優しい声音で話した。

 愛する人を危険な目に遭わせたく無いというのは、真っ当な思いだ。それは他人に否定できるものでは無い。

 しかし、それでも。

 

「…それでも、ダメなんだ。俺には、許されていないんだ。……手を止める事も。…あっ…あの子の行手を、遮る事も」

 

 遂に嗚咽を抑えきれなくなる青年。彼の親友は青年の背中にそっと手を置いた。

 もう、青年にこれ以上言葉は不要の様だった。

 

「…ごめんな、さい。ごめん、な、さぃ」

 

 咽び泣きながら、青年はそう言い続けた。

 その間、親友は彼の肩に腕を回したまま、離れなかった。

 

 

────────────

 

 五年前。

 少女は、少年を救った。

 少年は、少女を救えなかった。

 

 だから、彼は今度こそ救おうとしたのだ。

 少女を。

 

 そして、救ったつもりになっていた。何物からも遠ざける事によって、彼女を。自身にとっての英雄である、彼女を。

 

 少女の生き甲斐さえ、決意さえ、踏み躙って。

 

 ただ、少女を守ろうと。

 

────────────

 

 青年が、泣き止んで、しばらくして。

 

「…なあ。二つのパズルがあってさ」

「急になんだよ」

「いいから…一旦聞いてくれ。でさ、一方はピースが数えきれないくらいあって、もう一方は前者のパズルがピースになって埋め込む様な形になってるんだ」

「はあ」

「でも、パラドックス的な事を言うんだけど、実は後者のパズルでさえも、前者のパズルのいちピースなんだ。大きさの関係とかは良く分からないけど、そうなってるんだ」

「で、完成させる方法が分からない、と」

「ああ。…前者のパズルも、ピースが手に負えないくらいあって、しかも一度嵌めても気付いたら抜け落ちてるんだ。もう、どうしたら良いのか俺には分からなくて」

「お粗末な答えだけど一個思いついたぜ」

「どんなの?」

「後者のピースを嵌め込む部分に、一個凸んだ箇所を作ればいい。浮島みたいに。そしたら、ほら、前者のパズルにその浮島がピッタリ嵌る穴を作れば。後者のパズルは前者の内側にあるし、前者も後者の内側にある事になるだろ」

「…あぁ……そうか……」

「ま、それから後は前者のピースを埋めていくだけだろうさ」

「…サンキュ、キジ」

「ふっ。天才だからな、俺は」

「はいはい。そろそろ帰ろう」

「おう。帰るか」

 

 青年達二人は、その丘を後にした。

 

────────────

 

 

「ただいまー」

「あ…おかえりなさい……」

 

 青年が家に入ると、少女は丁度玄関前の廊下を通り過ぎるところだった。

 少女が青年に声をかけられた瞬間、右手を彼から見えない様に隠したのに、青年は気付いた。

 

「右手、見せて」

「…っ。……はい」

 

 少女の右手の人差し指に、切れた後があった。

 

「ごめんなさい…帰ってくる途中……」

 

 おどおどしている少女の手を、青年は優しく握る。

 

「助けてあげたんだろ」

「…え?」

「人を助けたんだろ。違うのか?」

「…違わない……」

「うん。…良いことをしたな」

 

 少女は、目を見開いた。

 けれど、それは一瞬で。

 

「ありがとう……ウェント…」

 

 彼女は、そう言って微笑んだ。

 

「…お前が幸せになる為に、俺も頑張るって決めた」

 

 そう言って、青年は、少女を抱きしめた。

 

「今まで、本当にごめん。絶対にお前を幸せにするからな。絶対に、手を止めないから」

「ウェント……」

 

 再び涙が青年の頬を伝った。

 少女は、その言葉を聞いて安心した。彼の決意を、その中に垣間見たのだった。

 

────────────

 

 翌日昼。

 青年の休暇が終わり、彼は騎士団に戻ってきた。騎士団施設魔導研究棟。そのとある一室に、青年はやってきた。そこはネフィールの研究室であった。

 バクバクと、彼の心臓は打つ。深呼吸をして、その部屋の扉を、彼は開け放った。

 

「失礼しま………」

 

 部屋の中にいる二人の姿を見て、青年は驚愕する。

 

「………」

 

 そこには、青年の二人の師、リベラとネフィールが揃っていた。

 自身の胸の内に再来した罪悪感から半歩下がってしまうウェントだったが。しかし、踏みとどまる。ここに来た目的を思い出して。

 寧ろ、好都合。二人揃ってくれているのなら、手間が省ける──。

 部屋に入って、ウェントは扉を閉めた。

 

「あっ……あのッ」

 

 二人の師は、黙って彼の言葉を待っていた。

 

「この前は、本当にすみませんでしたッ」

 

 言って、彼は頭を下げた。

 

「どうかしていました。何もかも放棄して逃げ出そうとするなんて」

 

 かの少女は一人でも多くの人達の救済を望んでいる。それは当然、異世界にいる人間達も含まれている。彼らを助ける事こそ、今の青年の使命だったというのに。彼は臆病にも、その使命を捨てようとしていたのだ。

 

「もう二度と、あんなこと言いません。だから、お願いです。また、二人の元で………」

 

 一度、言葉を止めてから、言う。

 

「一から、やり直させてください」

 

 沈黙。

 今度は、青年が待つ番だった。

 

「ウェント、お前は、何のためにここへ戻ってきた」

 

 ネフィールが言う。

 

「…向こうの世界に、人を助けに行く為です」

「…何故だ?」

 

 と、今度はリベラ。

 

「なぜ…って…」

「ウェント。君は何故人を助けたいと思うんだ」

 

 自分以外の為に何かを成そうとする人には、そのきっかけとなる物事が必ず存在する。

 

「…シーナが、それを願うからです」

 

 青年は、その〝きっかけ〟を語る。

 

「俺は、シーナの為に生きると決めました。あの子が人々を愛している限り、俺は何度だって向こうの世界へ行ってやります」

 

 懸命に。

 

「これ以上、説明が必要でしょうか…」

 

 師匠二人は、顔を見合わせた。

 そして。

 

「「合格だ」」

 

 と、言った。

 

「顔を上げなよ」

「………は、…い?」

 

 青年は、言われてゆっくりと顔を上げた。そこには、師匠二人の笑顔があった。

 

「もう、水に流そう。この前の事は」

「戻ってきてくれたのだからね」

 

 ネフィールとリベラが、口々に言った。

 食い下がられる事を想定していた青年は、うまくその状況を飲み込めなかった。

 

「罰、とか……は…」

「無し無し。そんなのは」

「だって…俺…」

「別に怒ってなかったわけじゃないよ」

 

 リベラは言う。

 

「でも、もう許そうと、私達は決めていたんだ、1週間前から」

「どういう……」

 

 言いかけて、青年はハッとする。

 

「『先を見通した』までの事だ。こうなる事もね」

 

 彼の魔導の師の、魔法──。

 もう、1週間も前から。

 この結末は、定まっていた。

 

「………あ…あり………」

「お、おいおい、泣くほどかい?」

 

 昨日散々流したはずなのに。

 青年は、それを止められない。

 

「ありがとう、ごっ…ございます…」

 

 ──最後にそう言って、青年は膝をついて泣き始めた。

 

────────────

 

 

 少女の為に。自身の為に。

 

 青年は戦い抜く事を決めた。

 

 何を失うとも知れない。

 

 何処で終わるとも知れない。

 

 しかし、決して諦めない。

 

 ──人々の幸せの為に。

 ──パズルの完成の為に。

 

 手を伸ばす。

 

 

────────────

 

「シーナ」

「はい」

「行ってくるよ」

「ウェント………。…っ」

「うおぉ。……抱きつくなんて、どうした」

「…ウェント……、頑張れ……」

「……お前もな、シーナ」

 

 ──叶うか、可能か、なんて。

 そんな事、知らない。

 ただ、進み続ける。

 彼らはもう、止まれない。

 

 

────────────

 

 

 おしまい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。