手に嵌められた電子デバイスがほんの少し振動した。何事かと思い、首の高さまで手首を持ってきて少しだけ手首にスナップを効かせる。
それが起動のトリガーとなって青白いバーチャルディスプレイがデバイスから出力された。
【もよ子: 誕生日】
おや?と思いカレンダーを起動する。
「あぁ、なるほど。今日は5月7日か」
淡白に表示されたその文言は私の配偶者の誕生日を告げるものだった。
「そうか、そうなると今日はお祝いをしなければいけないのか」
思案気に考えたところで人の気持ちなんかわかるわけないのだし、何を喜ぶのかもわからない。とりあえずどういう用途のものを選ぼうか考えてみる。
「日の本経済新聞の定期購読料金にするか?」
どうせ彼女の業種なら経済新聞を読まないわけがないのだしその料金分私が負担する、というのでも十分じゃないだろうか?しかし技術書という線もある。信頼性のあるものほどやたらと値が張る。金額的な意味でも随分とプレゼントっぽいような気もする。
一体どんなものが実用的なのかを考えつつ、以前「この本が高すぎて手が出せない」と言っていた本でも買っていこうかと考えつく。
「うん、そうしよう」
デバイスを操作してひとまず『誕生日おめでとう。いつ会える?』というメッセージを入れておいた。
間もなくして返信が来た。『今日会える。君に見せたいものがあるんだ』という趣旨だった。
「見せたいもの、ってなんだ?」
予想もできないが、度々研究者である彼女は作成したデバイスを私に見せてくれた。今回もその類だろう。
『19:00とかどう?』
『うん。場所は私の家でいいかい?研究物で散らかってるけど』
『別にいいよ。でも私が上がれる程度には綺麗にしておいてくれると助かる』
『善処するよ』
簡素なやりとりの後、私はいい加減めっきり減ってきた書店に足を運びながら彼女がこれまでつくってきたものについて思い返した。
もともと彼女は植物状態の人、つまり意識だけはあるのに外界に対して何の働きかけもできない人のコミュニケーションの円滑化についての研究をしていて、MITで発明されたAltereggというデバイスをさらに進化できないかという研究の流れの中の一つの特異点的な学者でもあった。とはいえその研究も彼女が参入した時点で既に飽和を始めていて、彼女は大学院の時代にそのデバイスのチューンナップとして著しい成果を残したというわけだが、その研究に発展がこれ以上見込めるかといえば否であった。とはいえ彼女の成果をもって何十年来として機能向上が進められてきた分野はひとまずの終点を迎えた。
私は同大学に所属していた頃、新聞サークルに所属していたこともあって彼女に取材を申し出た。
サークル、とは言ってもどちらかといえば新聞会社に対するコネづくりの組織であって就職活動のようなものだった。けれど私だけというわけじゃなく、皆そんな意識でやっていたと思う。
「なぜこの研究をテーマにしたのですか?」
「そうですね、私の祖母が体を悪くしまいして、挙げ句の果てに言葉も喋れなくなってしまったのでね、その介護に役立つものを、と思いましてね?」
「……」
「どうしたんだい?」
「嘘、ですよね?」
「……ほぅ?どうしてそう思うんだい?」
「あなたの経歴、家族構成を調べました。あなたは施設の出であるし、その施設の人たちは何の病を患うこともなく存命です」
「……ま、家族関係なんて調べるのは簡単だろうしね。とは言え、だ。たかが学生が学生の記事を書くだけでそこまで調べてくるなんて予想外だったな。……そうだな私は君に興味が湧いてきたよ」
「興味、ですか?」
「ああ、変だと思うかい?」
「いえ、この時代珍しいことだと思っただけです」
「いやいや。私も君側だよ。いわゆる進化した側って言うのかな?」
「じゃあなぜ興味などと言う物言いを?」
「学術的な興味、というのかな。いや、もともと私は半端者だったんだろう。謎に対する欲求だけはあった」
「つまり知識欲がこの研究に携わった動機であると?」
「おやおや。学生身分でいっちょまえに記者っぽいじゃないか」
ふふ、と彼女は笑った。あまりにもつくりものめいた笑いだった。
「それで、実際はこの研究テーマにはどう言った理由から?」
「うん、たまたまだよ。適当に院に進んで研究室に入ったら、そういうのをテーマにしてる研究室だったから、やっただけ」
「宮田研でしたっけ。しかし学生がこぞって避ける研究室でしたよね?ブラックだとか言われてました。秋元さんは学生時代から成績がよかったそうですし、わざわざそこを選ぶ理由がなければ入らないはずでは?」
「君、めんどくさい性格してるね?よく調べるよ、まったく。洞察力も悪くないね。そうだなぁ、勘だよ。うん、これはホント。これ以上深掘りされても何にも出てこないよ?」
手をパタパタと見せて何も持っていないことのアピールをする。嘘くさいことだと思う。
「そうですか。じゃあテーマを研究し始めて興味が湧いたこととかありますか?」
「ないね。何もない。しかし、そうだな、君には興味が湧いてきた。さっきのこの言葉覚えてるかい?」
「えぇ、覚えてますよ。それがどうかされましたか?」
「今から君を研究対象にするよ」
カラカラと彼女は笑ってみせた。
「……。それは、どういう意味で?」
「君って変だって言われないかい?」
「言われたことありませんよ?」
「だってここまで小娘一匹調べるなんておかしいよ」
「新聞部の人は結構私と同じくらいのことはしますよ?」
就職活動がかかっているんでね、と付け足す。
「ふぅん、そうなんだ。じゃあ私も新聞部に入るよ」
「はぁ」
「飽きたらすぐやめるけど」
「……じゃあ、ほんとに入るのなら時間のある日に入部届で持ってきますよ」
「なんだ、持ってくってことは入部届は今どき紙媒体なのかい?いや、風情でも大切にしているのかな?だとするとやはり新聞部は変なサークルだな。部長の名前は?」
「私です」
「へぇ」
獣が獲物を捕らえるときの目をしていた。もちろんそんなの見たことないから想像だけど。
「言っときますけど、長年の慣例です。変えるに変えられなくてそのままになってるだけです」
「ふぅん、まぁ。なんにせよ明日持ってきてくれるんだろう、入部届?」
「えぇ、場所はここでいいですか?」
「いや、もうこの研究室には用はないからな。私が新聞部を尋ねるよ。部室はどこだい?」
「ありませんよ。全てオンライン上と各自の自室が有れば何とかなります」
秋元さんは感心しながら「それだけリモート化が進められているのに入部届だけは紙なんだな」と言った。
私は、いやに記事にしにくい取材になったなと思いつつ、彼女が新聞部に入るならそこで隙をついて根掘り葉掘り聞けばいいのだと考えた。取材時間の延期が決定した瞬間だった。
そんなこんなで新聞部に入った彼女だったが最初のリモート会議に参加した瞬間に新聞部を辞めた。
「やっぱり面白そうなのはこの部活に一つしかなかったよ。ま、そういうわけだから」
会議の終わり際に唐突にその言葉だけ残して離脱すると言うあまりにマナーのなっていないことであった。部員全員が眉間に少しだけ皺を寄せたのを覚えている。まぁ、些事だとでも言うようにすぐに平常運転となったが。
会議が終わって数時間した後に彼女から連絡がきた。
「退部届は?」
「電子化されてるからこのフォームからよろしく」
「……やっぱり変だよ」
クスクスと笑った。初めて彼女の自然な笑いを見た気がした。
「ま、そう言うわけだからさ、私の連絡先と住所ね?よろしく」
と言って電話が切られた。私が呆気に取られたのは言うまでもない。
「なぜ住所?」
必要あっただろうか?
そんなこんなで私と彼女個人との付き合いは増えていった。
何年か経って向こうから結婚しようよと言われたので、何かと結婚すると優遇されやすいので了承し役所に行った。
結婚届を出すと5年以内に妊娠しなければいけないという制約が生まれるのが難点ではあったがどうにも二人して不妊の気があったために、不妊届も出して免除。なるべく手がかからない子を、というのが二人の総意だったから「精子バンク」からいいとこのを買ったのが結構高くついてしまい、しかしそれも無駄になったのは痛かった。
優遇はされるのでまぁいいかと考えることにする。
結局二人だけの生活で過ごすことになったのかと言えばそうはなっていない。結婚する前も後も変わらず私たちは別居しているからだ。
流れはこうだ。
「別に一緒に暮らす必要ないよね?」
「そうだな」
以上。
合理性が重視される世の中でそれぞれの職場に近い家をそれぞれが持つのは当たり前のことだし、会うならリモートでもできる。そもそも昔の人たちはどうして別居に拘ったのだろうか?非合理的だと思う。
私たち夫婦は月に一回でも会えれば多い方だし、Alteregg後の彼女も何やらテーマを見つけたらしく、日本の科学者の5本指には入るほどの活躍をしていたから新聞社に所属している私も取材と称して家を訪問することも多々あった。その度に彼女の家を掃除してやる。
いい加減自分で掃除くらいはできるようになって欲しい。何度ぐちぐち言ってやっても
「君が取材に来るときに掃除してくれるじゃないか」
と返してくる。
正直君の新聞社からの取材を断らないのは君が掃除してくれるからだぞ、というのは彼女の弁である。
正直現在の彼女の研究に関しても取材したいのだがいつも断られる。Altereggのときは結構明け透けだったし、そもそも最後には論文で公表することを考えれば隠す必要はないと思う。まだ公表したくないことなら、私だって言ってくれれば聞かなかったことにくらいはできるし、それほどまでに口を紡ぐ理由もわからない。守秘義務という観点から言っても、「まだ秘密なんだ」とお茶目に笑うその顔がいやに不気味だった。ともすれば私に秘密にすることが目的のようにも思えてしまった。
実際彼女のここ最近の活動は謎めいていた。論文をまるで出していない、というわけではない。論文は出しているのだが、それまでの彼女の論文と比較すると……。いや、手を抜いているというのもおかしい。一つ一つの小さな研究の積み重なりが大きな成果を生むのだし、優劣があるわけでもないのだが違和感がある。
私が彼女のことを身近に感じる場所にいるからかもしれないが、これらの論文に熱が入っているようには思えなかった。本命がどこかにあって、それを世に出すまでの繋ぎで出しているんじゃないかと内心疑っている。
それを私に隠したがっている?なんのために?
さすがに自意識過剰のようにも思える私の考察を彼女に打ち明けられるわけもなかった。私の熱を持っていないんじゃないか?という疑いに反して界隈では秋元という名は天才の代名詞であり続けた。だからきっとそれは考えすぎなのだ。
さて、そんなに秘密にされて取材にならないじゃないかという話ではあるが、しかし。彼女は取材用のおもしろ機器みたいなものをつくりあげてくれていて、それが「秋元博士の今月の発明」みたいな我が新聞の月一企画に成り果てていた。
受けはいい。というか老若男女に受けていたし、割とこの記事を読んで科学の理解が深まったという話もよく聞くし興味を持ったという人も多い。科学者を将来の職業に定める理由にもなっていたりするらしい。高校生なんかだとこの新聞の月一の秋元博士の記事がいいから読んでくれとか物理や化学の先生が言うとも聞くし、最近ではこれまでの記事を一冊の本にしようとかいう計画も立っている。
よく考えれば世界トップレベルとされる科学者が特定の新聞社に月一で科学に関しての発明やコラムを書き続けてくれるというのも世界見回してもなかなかないことである。だからこの記事の日だけ購買数が増えるとかいう現象も起こっていたりする。
私は秋元博士とコネを持っているという理由で社内でやたらと優遇されるし、まぁ配偶者だからなとも思いつつ、私の1番の就職活動は彼女との結婚だったわけだと溜息をつく。
長くはなったが私と彼女のこれまでは今のように纏められる。
さて、今日はもよ子の誕生日。
車なんて無用の長物。鉄道線路を乗り継いで他県に移動。乗車人数が都心に近づくにつれて増え、離れるごとにどんどん減っていく。今や向こうの座席に家族連れが静かに座っているだけ。
外を見れば計画的に植樹された木々。車内は冷房で涼やかだった。
やることもなかったので大学時代の自分の記事でも読んでみる。読んだところで未熟なライターだったという感想でしかないけれど。割ともよ子を取材したあたりからは緊張感もあってか前よりも体裁などに気をつけて書くようになっている。成長という意味でもあのとき訪ねたのは悪くない選択肢だったんだろう。
呆けた顔で読み流していたところで、腕に嵌められた、今は自分の過去の記事を投影している、デバイスがぶるぶると振動した。
顔を上げるとちょうど、電車が間もなく目的地にたどり着くことを知らせるアナウンスが車内を満たしていた。私は電子デバイス内のアプリで、十分に改札を通過できるだけの残高があることを確認しながら下車した。
降りた途端に、蝉時雨が私を出迎えた。耳の鼓膜さえも破らんとするほどの大合唱に顔を顰める。
売店でコーヒーミルクを買い、キャップを開け一口だけ口に含みながら改札の読み取り機にデバイスを当てる。金属が弾かれるような甲高い音が支払われたことを告げる。改札のゲートは開かれ私を受け入れる。
いわゆるチャリンとかいう音はかつて硬貨が使われていた頃の名残だったと聞く。歴史資料館には真鍮、アルミ、銅などの素材を使った硬貨が並んでいて、我が国の偽造防止技術は凄まじいものだったと聞く。けれど、今や硬貨なんて収集癖のある人にしか価値のないものだ。
しかし使う必要のないものを集めるだけなんていうのも非合理的な話で、ほとんどの人は無駄なことだと考えている。集めているのなんて未だに合理性に関してどうしてか完全に受け入れられない老人世代の話。老人なんだからもう少し、自分の身体に関してお金を使えばいいと思う。
いまだアスファルトのままの道路は珍しい。だからこんな季節にはもう気温は上がりっぱなしで、汗もダラダラと肌を伝う。私はそんな古臭い道路を行きながら彼女の家に向かった。着ている服の生地が肌に纏わりつくようで気持ち悪い。さっさともよ子の家にでも着いてしまいたいのだが、駅から1キロはあるせいで歩く分には結構時間がかかる。
汗はなお湧き出る。太陽はなおも照りつける。
反射した日も光がいやに眩しい。
途中何度かコーヒーミルクの蓋の開閉をした。結露してボトルはびちょびちょになっている。バッグが濡れてしまうのを嫌ってペットボトルを人差し指と中指で挟むようにして運んだ。
錆びついた階段を登りながらインターホンを押す。
いつもならここから結構経たないと扉から出てこないんだけど、今日ばかりはすぐに開けてでてくれた。
「やぁ。ささ、入って入って」
寝癖がひどいな、というのはいつものことなので言わないけど。あとで櫛でも入れてあげようか、とか考える。彼女のトレードマークの瓶ぞこメガネが今日も映えている。
しかし、今日は変だな。いつもよりも対応がやたらいい。私でさえもいつもならめんどくさそうに接してくるくせに、今日は私の背中を後ろから押してくるほどだ。
「なんなの?今日はやけに機嫌がいいじゃない?」
「……まぁ、機嫌がいいってのはあるかもしれない。君が来てくれたからじゃないか」
「いつもそんな殊勝なこと言わないじゃない、ほんとはなんなのよ。なんかあったの?」
「それは追い追いね?そら、お土産あるんだろう?出しておくれよ」
餌付けでもしている気分になるな。
というよりも餌付けが慢性化しすぎて当たり前のように享受しようとしてくると言った方が語弊がないかもしれない。そう考えれば躾でもしてやりたくなる。
「おらっ」
軽く頭にチョップ。
「ぐへぇ……!」
彼女は大袈裟によろけてみせて、そのまま私に倒れ込んでくる。
「ちょ、ちょっと……」
バランスを失った身体を抱きとめれば、ここ数日風呂も入っていないのか、真夏ということもあってやけに匂う彼女の体臭。思わず鼻を摘みたくなる。
「ふふ、支えてくれてありがとう」
相変わらずミステリアスなやつだとは思うけど、そもそも臭いやつにミステリアスぶられても萎えるというものだ。
「くっさ」
もよ子の両肩をきちんと掴むとぐいっと私の身体から思い切り離す。
「ん?どうかしたかい?」
突然の行動に内心訝しむ彼女だが、こいつは自分の体臭が気にならないんだろうか?私は甚だ疑問だった。
「くさい。風呂に入ってくれ」
簡潔にそう言ってやると、はてさて?と彼女は服の胸のあたりを摘み、鼻に近づけるとスンスンと匂いを嗅いだ。
「くさいかな?私にはわからないけど」
「なんで気づかないんだ。ほら、さっさと入ってこい」
「えー、めんどくさいなぁ。……そうだ、君もさぁ、どうせここまでくるのに汗かいてきただろう?」
「……何が言いたい?」
「いや、だから。一緒に風呂入ろうって言ってるんだよ」
「私に洗わせようってか?」
「そうそう」
悪びれるでもなくそういう彼女。私の中でふつふつと怒りが燃え上がる。
「あのなぁ……!」
「ほら、私たち籍入れてる割にはこういうスキンシップみたいなの?をしてこなかったからさ。たまにはいいじゃない。ダメかな?」
その瞳には悪戯心をたたえていて、とても言うことを聞いてやりたくないが、何はともあれ。言わんとすることはわからないでもないのだ。
明確な形での「経験」がないままお互いにここまで来てしまった。究極的にはそういうことをする必要なんてないはずだし、もしやるにしても儀式的なものに過ぎない。
余計なものが二人の間を挟むはずがないのだから。身体的な接触で快楽を感じるだなんて過去の話だ。今はそういう時代ではない。快楽というものがありもしないなら、もはや残されるのは気持ち悪さでしかなくて、ぜんぶがぜんぶ無駄なことだ。
一組の婚姻関係を結んだ2人がいたとして、もはや裸なんて見せ合う必然性もなくて、ベッドはやっぱり広い方が悠々自適としていて満足だ。
そういう背景があるからこそ逆説的に世のカップルは裸をお互いに見せ合おうとするのだろうか?
私は、ふぅ、と一つため息をつくと。
「分かったよ、垢という垢ぜんぶ落としてやる」
体感、憮然とした表情で彼女のほうを見た。彼女はひどく満足げだった。
風呂に入ればやれ髪を洗えだの身体を洗えだの。一緒にお湯に浸かろうだの色々言ってくる。アンタがお湯に浸かってる間に私は身体を洗うんだよって言ってやれば私が洗ってあげようとか呑気に言ってくる。しかしこいつに洗わせるとひどくなる予感しかなかったから適当にいなしつつ、1から数字を数えながらお湯と格闘しているもよ子に内心いつの時代だよってツッコんでみたりもした。
私がシャワーでザーッと身体を流したりしている間に水音で私と外界はシャットアウト。だからシャワーを切ってからようやくもよ子が数字を数えるのを止めていることに気づいた。もう飽きたかと思いつつ振り返ってみるとグースカ眠っている。風呂の中で寝るなよと思いながら、私は一応汗も流せたことだし出るか、ともよ子を肩で支えながら風呂場を後にした。そもそもコイツの家に化粧水の類はあるのか?ということに関しては期待しないようにする。
「にしても、わけわかんないな」
なんでコイツこんなに肌がきれいなんだよ、ケアもクソもなかろうに。強いて言えばムダ毛が生えてるってこと。ダサい眼鏡だって、掛けてなければ切長の目が覗いて見えて、印象も変わる。
印象というのは案外大事なもので、彼女だってわかっているはずだ。それを彼女自身に言ったところで、という話。結局武器が多いか少ないかの話で、彼女には科学という絶大な武器があるわけで外野がどうこう言う話でもない。
ただ学生時代に身を繕わないのが原因で彼女が侮られていた光景は何度か目にしているからこそそう思うのだろう。惜しい、と。
彼女自身まるで気にしていなかったが。
タオルをターバンよろしく頭に巻いといて扇風機の前にもよ子を置いておく。私も扇風機のご相伴に預かる。
扇風機には隙間にちょっと埃がついていた。
「ていうかコイツいつまで羽根付きの扇風機使ってるんだよ」
もう何十年も前に扇風機のほとんどは羽根がなくなってる。相変わらずムダが好きなんだなと今はよだれを垂らしてる女を見る。
なんとなく私はそのだらしない顔についてる両頬をぎゅっと摘んでむにむにむにとあそんでみる。けれどまるで気付かない。
私は思いついたようにもよ子の頭を撫でてやり、優しくタオルでポンポンと顔を拭き取ると少しだけ私も目を瞑ることにした。
しばらくして瞼を持ち上げると、私の顔を覗き込むもよ子の姿が視界に広がっていた。
「ん?どうしたの」
「眠ってるの珍しいなと思って一頻り寝顔を堪能したというわけさ」
「私はけっこうアンタの寝顔みてるけどな」
「まぁ、私だからね」
「私だからねってどういう意味だよ」
どうやら私は目を瞑ったあとに本格的に眠ってしまっていたらしく、あちゃーやってしまったなという嘆息と、薄々寝てしまうことは分かっていたという得心で感情がないまぜになる。
「もうそろそろ誕生日を祝っておくれよ」
「いいけどさ、まずは部屋の片付けを……って。今日は部屋きれいだな」
「お、そうだろうそうだろう?たまには頑張ってみたんだよ。なんて言ったって私はやればできる子ということで有名だからね」
「やればできる子って呼び名は知らないけど天才科学者とは呼ばれていたな、そう言えば。で、普段は部屋の片付けさえもままならない天才科学者でやればできる子の秋元もよ子さん、今日は一体どうしちゃったの?」
「ふふ、よく聞いてくれたよ。……何でだと思う?」
「知らない」
「淡白な返事だな、まったくもう。……ま、私は君が来てくれただけでも随分うれしいよ」
「もよ子にしては殊勝なことを……」
「なんだいなんだい」
そう言って頬を膨らませるけれど、この人がやったところで可愛げがあるかといえば……。普段から身嗜みを気をつけて、自分の部屋くらいは自分で掃除ができるくらいのことをしてからにしてほしい。せっかくもとは整っているのだから。
私がもよ子を見ながらそんなことを考えていると、もよ子は少しだけ首を傾げる。
「どうしたんだい、そんなに私のことを見つめて」
「ん。えーと、まぁ。損してるなぁと思いましてね」
「損?誰が?私がかい?」
「そう。せっかく顔はいいんだから眉も揃えて髪もストレートにして、メイクとかもすれば引き立つと思うんだけどねぇ」
「そう?たしかに顔自体は自分でも悪くないなと思うよ。でも容姿を誰かに見てほしいわけでもないし。じゃあ何か、セックスアピールかい?こんな世の中で?」
芝居がかったような口調で、腕を大きく広げ、声高々に宣言した。
「ぜんぶ時間の無駄だよ。生きてればいいんだ。功績が残せれば全てだ。そういう社会じゃないか。君だって言ってただろうに、メイクに時間かけるくらいなら原稿の校正でもしてるし取材に行くぞってね」
虚をつかれた。
そうだ。
そういう考えでこれまで生きてきたはずだった。最低限取り繕えばそれで十分。彼女は取り繕わなさすぎだとは思うし、それで損してるのは確かだ。それを惜しいと思うことも何度かあった。
けれど元々の私なら直接言ってやるほどのことではないと納得していたはずだ。私はどうしてこんなことを考えてしまったんだろう。それに、だ。仮にそう思っていたのだとしても自分の意見を押し付ける気なんてなかったはずなのに。
「どうした、調子でも悪い?何かあったのかな?」
ぽんぽんと肩を叩いてくる彼女に愛想笑いで何でもないよ、と言う。
「そうか。悩みがあるなら言ってほしいな。なんて言ったって、一応は家族なんだからさ」
「……そっか、家族か」
籍を入れている、というのは家族であるとも確かに言えるのか。
実際に選択的夫婦別姓だとか同性婚だとか、別居が一般的に珍しいことでなくなったりとか、ここ数十年の間に常識というのが大きく変わったと聞く。その間に家族という言葉の定義さえも揺らいだ。
けれど結婚してればお互いを支え合って生きていくのなんて当たり前のことで、隙間を埋めあって生きていくのが当然なんだろう。
結婚というのが合理性を求めた結果のようになったのだとしても揺らがないものがあってもいい。
「ほら、今日は私の誕生日なんだ。盛大に祝っておくれよ」
彼女はにこりと笑った。
食事は終わってしまって、今はシャンパンを飲みながら、あの記事が評判よかったとか書籍化の話だとか話してるところへインターホンの音がピンポーンの部屋に鳴り響いた。
「ん、来たかな?」
「?」
不思議そうな顔の彼女を後目に、私は玄関に歩いて行った。
「お届けものです」
ケーキ屋に注文しておいた4号サイズのショートケーキが届く。代引きで受け取ると机の上に白いキャリー型のケーキ箱を横に開帳する。
「おお、タガマ屋さんのケーキじゃないか。覚えててくれたんだ」
「まぁね。あそこまでもよ子が拘ることもなかなかないし」
思い出すのは何年か前の彼女の誕生日一ヶ月前。
「やぁやぁ、誕生日はタガマ屋のショートケーキにしてくれ。よろしく頼むよ?」
出会い頭に首を引っ張られ広告を押し付けられた上に、出会って数ヶ月の私に誕生日を強請るその豪胆さには今でも呆れ果てるが、そういう人間でもなければドクター秋元たりえないんだろう。今どき紙の広告が郵便受けに入ってるなんてこと珍しいからか、公式サイトから印刷してわざわざ大学まで持ってくるっていうにも意地汚いというかなんというか。
ていうかどこのケーキ屋もそう変わらないだろ胃に入れば同じだ、とは私の考え。ここまで食にうるさいやつも今日日見かけない。
なんにせよ。
ワクワクしたような顔でケーキを等分し、フォークで口いっぱい頬張る彼女の姿は悪くないと思う。
「どうしたんだい?そんなに私ばかり見て」
月並みな話、彼女の口元には生クリームが付いていた。ちょうどいいやと思ってティッシュを一枚箱から抜き取るとそれで彼女の口元を拭ってやった。
「ん?あー、なるほど……」
そう言うとまたケーキを、今度は思案げに頬張り始めた。
「それで、もよ子。今日は取材していいの?」
「ん?今日は誕生日じゃないか、出直したまえ」
「ここまで来るのって結構面倒なんだよ、できることなら今日のうちにやっちゃいたいんだけど」
「毎度思うけど、君と私の繋がりがあるからと言って他に見渡せば取材できる人なんていっぱいいるだろうに、物好きなことだよ、まったくさ」
「断ればいいのに、毎回記事になりそうな話とか装置とか、そういうのを見せてくれるのが悪いんじゃないの?あくまで主導権はあんたなんだから」
「いやね、他ならぬ君からの取材じゃないか。できることなら何かしてあげたい……っていうのが配偶者ってもんじゃないのかな」
「そんなふうに思ってくれてるのはありがたいけども。あんたの研究に支障を来すなら辞めてもいいとはずっと言ってるだろう?」
「まぁね。でもさ。将来の研究者の卵たちのためになるらしいじゃないか。そういうのがやりがいになっててね」
「嘘。そんな人のいい人間じゃないでしょ」
「私のことをなんだと思っているんだい?」
「場合によっては、悪魔とも」
「なんだいそれは」
カラカラと笑う。
実際、研究のためならなんでもやってやるくらいの恐ろしさをもよ子は持っていて、傍目に見てて怖いなぁと思うこともこれまで何度かあった。
しかしここでふと思い出すことがあった。
「ていうか今思い出したけど、メールで見せたいものがあるって言ってたじゃないか。それって取材関係のじゃないのか?」
「んー?違うよ」
「じゃあ何だったの?」
「えーっと、ね?」
やたらと誤魔化そうとするなと感じた。少しだけ眉間に皺を寄せてみる。
「……見せるだけにしようと思ったんだけどね、それだけじゃ足らないなってなっちゃったから、さ」
「研究としての質をあげたいってこと?」
「平たく言うとそういうことだね、うん。だから君に教えるのは後回しにするよ。でも、君に最初に教えるから安心してくれよ」
元気のよい動きでサムズアップをしてくる。私はふぅんと曖昧に相槌を打った。サムズアップする割には少しだけ申し訳なさが見え隠れする表情だった。もよ子が反省してるように見えるなんてそうそうないことだから私はそれだけでも関心してしまったのだった。
「ま、そんなことはどうでもいいや。誕生日なんだけど前にほしいって言ってた本あったじゃない?それ買ってきたから」
「ん?お、おお!しかも紙の本じゃないか!……高かったんじゃないか?」
飛び上がるように目を輝かせるもよ子。私もその様子になんだか鼻先がむずむずしてしまう。
「ま、社会人だしね。これくらいなら」
「私も君の誕生日には奮発しなきゃなぁ」
「ま、テキトー選んでくれればいいよ」
「欲しいって……言ってみるもんだなぁ」
私は頬杖をつきながら頬の筋肉を弛緩させた。
結局プレゼントを渡した瞬間にもよ子は本の虫になってしまったから私はやることがなくて、彼女が元の世界に戻ってくるまでの間はデバイスからディスプレイを出してニュースサイトを見ていた。さすがに終電を逃す気はないのでタイマーを21:30にセットしておいてソファにダラーと座り込んでいた。
それでも時間は余る。いい加減見るものもないと思い彼女の本棚を漁る。出てくるのは生物系の本だとか、意識に関する哲学書?とか。詳しいことはよくわからない。何せ英語で書かれているから。読めなくはないけど専門的な用語まで入ってくるとさすがに読む気をなくしてしまう。
そういうわけで本棚を漁っていると一冊のアルバムが出てきた。軽くめくろうとした瞬間に後ろから声がかけられる。
「今日は泊まっていくだろう?」
振り返ると相変わらず本を両手に、目も本に向けているが、意識は私に向けているのだろうという空気だった。
「え、帰る予定だったんだけど」
「じゃあ何か、仕事でもあるのかい?」
「月曜からだし、そりゃ休みだけど」
泊まる予定なら他にも持ってくるものがあった。持ってきていないから帰るのだ。そうは言おうものならさらに手を尽くして帰らせまいとしてくることは目に見えていた。結局私には諦める選択肢しかなかった。
「はいはい、わかったよ」
「うんうん、それでいいんだよ」
もよ子は満足そうに笑うのだった。
ま、誕生日だしいいかと、その笑顔に思うことにする。
風呂には入ったし、やることもない。しかしどこで寝りゃいいのかもわからないし、結局またニュースでもするしかないのかとか思ってると未だに本に齧り付いてるもよ子が「その押し入れに布団あるから敷いておいて〜」と本から目は離さないままで手をひらひら揺らす。
「はいはい」
台所にある、まだ洗わないままで置いてある食器類をどうするか考えつつ、まぁ明日起きたら洗えばいいかと自己完結させて、私は押し入れの扉を引いた。
敷布団を2つ、横に並べて枕を北側に置いて毛布を適当に垂らしてしまえばいよいよ私にはやることがなくなってしまった。
「もう寝るからね」
今日はやけに頭の働き方がうまくいかないような気がしていて、実際私は下戸ではないけど酒を呑まないタチだ。もよ子に合わせてアルコールの入ったシャンパンでも飲んでしまったからこんなことになる。大体アルコールなんて百薬だのなんだの言ったところで百害あって一利なしなんだ。
ふぁーと大きなあくびをすれば
「なんだ、もう寝るのかい?」
と、メガネを外しながら眠そうなもよ子。
「アンタも眠そうだけど?」
「眠い……っていうのはそうだろうけどいつもこんなだよ。寝ても起きても退屈なんだ。どっちも退屈で一緒なんだから私が起きてるときも眠そうな顔してて当然でしょ」
「屁理屈?」
「事実」
「じゃあ研究は?退屈なの?」
「そうさ、退屈だ」
「嘘だね、あんなに目をギラギラさせてやってるじゃないか」
「むぅ」
気になったのか目元をぐりぐりと触り始めるもよ子。
「そんな顔してる?……私が」
「してるよ。私がこの目でちゃーんと」
「そりゃ君が嘘をいう謂れもないからな。けど覚えておいてほしいんだけど、目的なく研究なんてできないってことだよ。実験なんてものは結局目的に手を伸ばす行為でしかないんだから」
「ふぅん。けど、もよ子は何をやってて何が目的なのかとか全然教えてくれないじゃないか」
「論文は定期的に出してるじゃないか」
「それは知ってるけど、そうじゃなくて……」
「本命の研究、ってことかな?」
「あぁ、それだよ」
もよ子は手に持っていた本をようやく机に置いて、今度は外したはずの瓶底メガネを手で弄び始めた。
「もうそろそろ言ってもいいんだけどねぇ、でももうちょっと待っててほしいな」
「いつまで?」
「そうだなぁ、うん」
少しだけ考えた後、彼女はさっきまで手で転がしていたメガネを私に掛ける。
「……君が驚くまで?」
その表情はキツい度の入ったメガネのせいで見えなかった。
呆気に取られていた私の手を繋いだ彼女がそのまま布団へと誘ったので、私は彼女と一緒に並べられた布団に寝転んだ。寝転んでもなお手を離そうとしない彼女に対して抗議でもする様に私は腕を軽く振り払うように動かしたけれどびくともしなかった。
「どうしたんだ?」
「風情ってものだよ。手を繋いで寝ようじゃないか」
「寝にくい」
「情緒もひったくれもない人間だな君は」
「今に情緒を語る人間は絶滅するぞ」
「……ふふ。そうだね」
結局私は手を繋がれたままで寝る羽目になった。歯を磨き忘れたことの気がついてちょっと手を離してくれと言っても聞いてくれないのだから、結局私は手を繋ぎながら歯ブラシを動かした。私が磨き終わるともよ子はあーんと口を開けて私に歯磨きをせびる。一発だけデコピンを食らわせてやるとしょうがなしと磨いてやった。
そうやって私たちはようやく眠りにつくことができた。
朝起きてみればいまだに私を掴んだままで涎を垂らしながらぐーぐー眠っているもよ子の姿が横にあった。そうだ食器を洗わなければと立ち上がろうとしても掴まれた手のせいで身動きがとれない。
あんまり気持ちよさそうに眠るので起こすに起こせなくて、私はデバイスを見たり。時折ちらっと寝顔を見たり。そういうことで時間を潰すことになった。
ようやく起きたのは10時ごろ。
「う……ん」
空いた方の手で目を擦すると空いた方の手でメガネをバタバタと探す。
「ほら、これ」
私がメガネを渡すと
「うん、ありがと……」
と言って、メガネをかけていつもの姿になった。
「……あ、そっか。昨日は君が泊まっていったんだったね」
と寝ぼけたことを言っているので、これはなんだと言わんばかりに腕を持ち上げていまだ掴んで離さない彼女の手を見せつけた。
「む、むむ……」
彼女がパッと手を離した。
「……そうだ。昨日は君を掴みながら寝たんだったね。思い出したよ」
「それは何より。じゃあ食器洗ってくるから」
「うん、よろしく頼むよ」
それだけ言うと再び彼女は布団の上に倒れ込んでしまった。手伝わないのかという不満を押し付けるように彼女の頭を雑に撫でてから、私は食器を洗い始めた。
だいぶ時間をとってしまったしもう帰らなければいけない。カバンとか忘れ物がないことを確認してから、私は玄関へ向かい靴を履いた。
「最近さ、暑くなってきてるし。もし調子悪くなったなって感じたら私のところにおいでよ。直してあげるからね?」
後ろ姿にそんな言葉をかけてくる。
「あんた科学者であって医者じゃないでしょ」
そう言いながら振り返った。
「この私に医者の真似事も完璧にできないと?」
「そうは言ってないけども。でも調子悪けりゃ普通は真っ当な医者にかかるよ」
頭でもおかしくなければね、と付け足す。
「君は比較的頭がおかしい部類に入ると思うけどね。何せ私が選んだんだ」
「私が選んだんだとか言われると妙に上から目線に感じるな」
「おや、気でも悪くしたかな?」
「いいや。でも、私がアンタを選んだんだとも捉えられるけど」
「そのあたり君は受動的だったじゃないか。それで君が選んだとか言われてもね」
実際そうだと思う。もよ子が私を選んだんだ。そこは否定のしようもない事実。なぜ私を、という疑問はあったが満足のいく理由を考えつくに至らなかった。
でも実際は私だってもよ子のことを好意的に思っていたはずで……。思っていたはずで?
「うん?どうしたんだい。早速調子が悪そうじゃないか」
「心配しないで、大丈夫だから」
ふらりと前後不覚に陥りかけた思考。振り払うように落ち込んだ頭を上にあげる。
目の前には、そう。得体の知れない顔があった。違和感を覚える。
……なんだその目は。
いつもと変わらない、はず。でも目の向け方が、そう。実験してるときの、あの顔に似ているんだ。いつも横顔でしか見たことのない、モルモットでも見るかのような目つき。これはそれだった。
私は見てはいけないものを見てしまったような錯覚を覚えて
「じゃあ、また一ヶ月後」
と慌てるように扉から出て行った。錆びついた階段をカンカンと音を鳴らしながら降りて、それから私は駅へと急いだ。改札を抜けてちょうどいいタイミングで来ていた電車に乗りようやく一息ついたからデバイスを起動し、カレンダーを起動させてみる。
『5月9日(日)』
車窓からは入道雲は天高くまで聳えていて、電車は雲の方向に向かって間抜けなモーター音、ジョイント音を奏でながら移動していた。
遠くから踏切の音が鳴り始める。徐々に近づきながら、相変わらずの間抜けさで踏切を通り過ぎた。あまりにも呆気なく、注意を告げるその音を無視して電車が踏切を通過していくのを黙って見ていた。
もうすぐ雨が降るのだろうか。
もはや何をする気も起きず、私はただただだらしなく座席に肩を任せるだけだった。
友達にどっちがしゃべってるのかわからんくなったと言われたので追々直していきたい(願望)