サイレンススズカに憑依した話   作:ネマ

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【一発ネタ】サイレンススズカに憑依した話

 

……さぁ。いつの日だったか。

 

あの速さに憧れて。

 

誰も居ない何もないただ真っ直ぐな道を相棒と駆け抜けたあの日。

 

冷たさが、体に張り付き、体温を奪っていったあの寒さですら今はいとおしい。

 

仲間と腕を競い合い、時には一番の好敵手としたあの時。

 

走り終わった後の、あの心地が良いまでの黒い缶コーヒーの味も何もかも。

 

全部を置き去りにして、未来の恐怖すらも、今の絶望すらも越えて何処までも行けたあの時が。

 

……今はもうない。

あの時だけの、私だけの、キボウ。

 

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「姐さん、姐さん!!」

 

「………あ。買ってきてくれたの?」

 

「はい!私は姐さんの下僕ですから!」

 

「……………そう。」

 

黒に似た様な色の髪のある子から、頼んでいたブラックコーヒーを貰う。

眠気覚ましにも、考え事に無駄に回転する脳を一時的に止めることも出来る、万能の飲み物だ。

私のお金から、ついでに買ってきても良いといった手前、買ってきてくれた子は、紅茶を片手に休んでいる。

 

ギュクン…ゴクン

 

………この世界は、私が知る世界とは少し変わっていた。

 

"ウマ娘"。

 

前世の馬に変わって、生息しているのは、"ウマ娘"と言う馬の擬人化の様な存在だった。

それでもおかしな話、"ウマ娘"は女しか生まれないのだ。

 

ウマ娘には、生まれついて尻尾と馬耳のようなものが頭の上に生えている。

だけどその代わりに基礎身体能力が人間とは一線を画す程の能力を秘めている。

 

全力で走れば、おおよそ一般的な車と同等程度の速度を出せるだろうし、アルミサッシ程度なら軽く力を入れただけで簡単に愉快なアートに変えることが出来る。

 

それでも、ウマ娘は殆どが血で血を洗う闘いに不向きな気性で、そのすべての闘争心がレースで競い合う事に向けられる。

……実際、前世でよく聞いた"ダービー"だとか"ナントカ賞"だとかは、馬ではなくウマ娘が競い合う場へと変化していた。

 

小耳に挟む程度だが、ウマ娘には"ウマソウル"だとかいう――直訳すると、"馬の魂"になる――ものを秘めているらしい。

それが私たちの闘争心を煽り、勝ちたいと思わせている原因なのだと言う。

 

前世の記憶がある私としては、それは"名前に紐付けられた力"なのだろうと思う。

実際に、あの馬を見たこともある。

(前世)の趣味上、そういった「速度で競い合うこと」は、切っても切り離せない。

だからこういう馬の名前も、人並みには知っている。

そういった、前世で有名だった馬はこの世界のレースでも、確かに大成している。

 

……じゃあ私も大成するのだろうか?

ただ走ることしか考えない私に。

今では、忌むべき私の。

"サイレンススズカ"は。

 

確かに、声を上げているのだ。

熱を上げているのだ。

"勝て"と、"誰よりも速くあれ"と。

………そして。

"私の前を走ることを許すな"と。

 

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「ちょっと君たち。」

 

夜、未明。

明かりも外の街頭だけになって、この世ならざるものが蠢き始める時間(丑三つ時)

ヒトの歩みは殆ど無く、静寂だけが世界を支配する。

 

そんな闇の中。

少し、涼んで座っていたベンチに無作法の乱入者が現れたのだ。

 

(…姐さん。どうします。警察ですよ。)

 

前世も今も変わらず青い服を着た、典型的な警官が目の前に立っていた。

まあ確かに、今の時間と私たちの風貌を考えれば、どう勘違いしても、ウマ娘の不良としか思えない。

……涼んでいるこのベンチが、いかに大きな公園の中にあったとしても、外からは丸見えである。

………ここで休んだのは悪手だっただろうか。

それでも、警察は一人。

それにただの人間のようだ。

別に逃げられない訳でもない。

 

(一で逃亡。上手く誘うからいつもの場所で合流。)

 

(分かりました。姐さんだからヘマは踏まないと思いますが、御武運を。)

 

こう言う事もあろうかと、私達は黒いフードを被っている。

街頭は逆光になっているだろうし、特に顔がバレる心配はない。

 

(三………二…………一!!)

 

このウマ娘の身体になってから分かった話だが、人間は良くも悪くも、意識に波がある。

呼吸や、筋肉の微妙な動き。その他諸々を簡単に把握できるこの身体だからこそ可能な芸当。人間の意表を突いて動き出すことは、非常に簡単だった。

 

「……ぁ! 待ちなさーい!!」

 

使いをしてくれた娘には警官の視線に沿って全力疾走してもらい、私は挑発的に警官の真横を抜ける。

枯れた老人が使うようなつまらない遊具の上を跳躍して走り出し、三段ジャンプの要領でブランコの上の棒に掴まる。

 

そしてその慣性と身体の動きを出来る限り合わせ、自分が最も前に飛び出せる瞬間を狙い、身体を捻って少し前の茂みに飛び込む。

 

勿論、速度と落下の圧力が体に叩きつけられるが、柔道の受け身を使って衝撃を上手く逃がし、ウォーキング用のトラックを走る。

 

今回の警官は諦めが悪いのか、後ろから風を切る音が聞こえる。自転車だろうか?

少なくとも、十数メートル以上の差は有るが……。

今までは、上手く撒けば大抵途中で諦めるのだ。

……だと言うのに、今回の警官は未だに追跡をやめない。

…………けれど。そこまでするならば私も少しギアを上げよう。

 

自然と。私は笑みを浮かべていた。ああ、私は今、この現状(レース)を楽しんでいる。

 

(ここは……ここは!)

 

誰も居ないこの一本道。

誰に邪魔されることもないこの道は、誰にも邪魔されないこの風圧は、確かに私だけのモノなのだ。

 

さぁ。ヒカリが見えた。

定めた道を雷鳴の如く疾走する。

そして速く。誰よりも速く。

この道を駆け抜けよう。

ヒカリとなって超越(こえ)ろ。

その一瞬すらも私は置き去ろう。

此は誰も届かぬ、知らぬ至高の栄光。

我が渇望こそが原初の荘厳。

 

(ここは私だけのセカイだ……!!)

 

一瞬。この一瞬だけ。

音すらも聞こえない"無"の領域へと至る。

けれど、すぐに"お前にはまだ速い"と言わんばかりに、その領域は消えてしまう。

 

目の前に光が満ちて、その中の一つだけ、本当に一つだけのヒカリを掴むとそこには誰もいないのだ。

……この清々しい気分が私は誰よりも好きだった。

 

 

 

 

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「ようスズカ! 暇か? ラーメン奢ってやろう。」

 

昨日の夜が明けて昼。学校も行かずブラリブラリと歩いていたら、目の前からよく見知った顔のおっさんが現れた。

 

「……? あぁ。沖野さん。」

 

そのおっさんの名前は、沖野さんというのだ。

マダオみたいな風貌をしていながら、実際には、ウマ娘を導く中央トレセン学園でウマ娘を指導している(超エリート)トレーナーだし、さらには数名のウマ娘を同時に見ているトレーナーだった。

 

「ここで良いか?」

 

「……良し悪し分からないから任せる。」

 

じゃあここで良いかと暖簾をくぐっていく沖野さんに続いて私も中に入る。

こってりとした匂いがこびりついているのかと思いきや、意外と匂いが弱い店だった。

 

「ああ。ここは、ウマ娘でも来やすいように匂いには気をつけてるらしいからな。」

 

テーブル席に案内されて腰を下ろすと、沖野さんから説明が入る。

……成る程。確かに、私に付きまとうあのウマ娘達にも、少数ではあるが、ラーメンだとか餃子だとかのキツイ匂いが駄目って子が居た。

 

「……それで。トレセンに来る気は有るのか?」

 

店員がお冷やを持ってきてくれたと同時に沖野さんが醤油ラーメン一つと言ったので、私もそれに乗る形で、同じものを頼んだ時に話は始まった。

 

「……知ってるでしょう?私は…」

 

「ただ。前を走りたいだけ。その為には多少アウトローな事もするか。」

 

そう。私の根元はそこなのだ。

ただ。前を走りたい。

それ以外に興味はない。

ただあの焦がれるヒカリだけが今の私の生きる指針だ。

 

「……昨日ですか?」

 

「まあ。盛大に泣かされて帰って来てな。」

 

曰く、沖野さんら男性トレーナーの中で昨日飲み会があったらしく、その罰ゲームに"青い"服着たトレーナーが買い物に行ったらしいのだ。

 

その最中、時間に見合わない子が帰り道のベンチに(たむろ)して居るのを見て少し声を掛けたら、片方に全力疾走で逃げられた挙げ句、もう片方に煽るように横を抜けられ、後者を追いかけていると、しなやかな体幹とトレセンのウマ娘にも劣らない足運びを見たと言うのだ。

その後、そのウマ娘を自転車で追いかけるが追い付けず、見事な大逃げで逃げられたという笑い話だったのだ。

 

「だがな。そのウマ娘の髪の毛が栗色と聞いてな…。まあ……栗毛で。となるとな。」

 

随分と歯切れが悪いと思ったが、確かに私じゃなかったら少々恥をかくことになるだろう。

 

「……えぇ、私ですよ。まさか警官じゃないなんて……」

 

「ああ。だからか。」

 

成る程、成る程と首を振る沖野さんだが、すぐに目を細めて私にこう言った。

 

「話を戻すが。俺にスカウトされろ。サイレンススズカ。」

 

「………分からない話ですね。何故私に固執するんです?」

 

「お前の速さに魅了されたからだ。……お前のその速く在りたいという、その為には全て捨て去るようなその硬い意思も含めてだ。」

 

「………ふむ。」

 

よく考えれば。

こうやって熱心に私を口説くトレーナーも居なかったなと思う。

……確かに私は一番前でただひたすらに速く走ることが出来れば何でも良かった。

自分の好きなように街を駆けて、自分の思うがままに走り続けて。

いつの間にか、私の下に付くウマ娘も増えて。

次第に、さらなる高みを夢見るようになった。

 

………なあ。サイレンススズカ。

私が……いや。俺が、私たちの物語を始めていいだろうか?

もう燻るのを終わりにして、私たちのサイレンススズカを見せつけよう。

その為の一歩だ。

 

「良いでしょう。沖野トレーナー。宜しくお願いします。」

 

「!!……そうか。じゃあ頼んだぞ。」

 

……こうして。私は中等部三年から編入を始め、沖野トレーナーに師事し、そしていずれ一等星(スピカ)を担う乙女の一員になることはまた先の話。

 

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[沖野トレーナーside]

 

「……上手く行ったか。」

 

俺は、トレーナー寮の部屋で考え事をしていた。

考えていることはやはり、サイレンススズカ。

今日、初めて俺のトレセンへの勧誘を受け入れてくれた異彩を放つウマ娘だ。

 

俺とサイレンススズカの出会いは、少し前に遡る。

あの日。俺は運命に出会ったんだ。

冬のとある日の噺だった。

トレーナーだというのに、ウマ娘の事を正確に悟れなくなってきたようなそんなスランプのある日。

 

ふと公園のベンチで座っていた。

その時だった。

目の前にまさに不良と言わんばかりのウマ娘が集まっていたのだ。

…気性や、ウマ娘の競技での闘争心は高いが、荒事には基本向かない気質だから、珍しい物を見たと思っていた。

……この時までは。

 

その時、駆け抜けた一陣の風。

栗毛を靡かせ、走り去るそのウマ娘は確かに、俺の心に火を灯したのだ。

あまり良いことではないが、少し長居して話を聞いていると、彼女は"サイレンススズカ"というらしい。

実際には姐さんと呼ばれ、不良ウマ娘のトップに立っているウマ娘らしい。

大体、ウマ娘で不良といえど、その偉さは足の速さで決まる辺り、彼女の異様さが目立つ。

 

今から走るというのに、ただ踵で地面を軽く小突く程度で、後はただ何をするわけでもなく前を見ている。

 

…………パァッン!!

 

火薬入りの玩具の銃が火を吹いたその瞬間。

誰よりも速く、栗毛の少女が飛び出した。

 

……速い。その速度はトレセンのウマ娘を優に越えるだろう。

"賞持ち"のウマ娘を喰い殺せる速さを持つ彼女だが、そこにもさらなる異質さを感じ取れた。

 

(……地面に一切の凹みがない…まさか衝撃を逃がしている!?)

 

驚きだった。

本来、ウマ娘がこうやってウマ娘専用の道以外を走ることは出来ない。

正確には、出来るが力に押し負けて道路が陥没する。

実際に今走っているのを見ると、あの娘以外の走っているウマ娘の後には、少なからず跡が残っている。

 

それに対して、あの栗毛の子が走った後には、何も残っていないのだ。

"足跡"も、"陥没"も。

その時点でおかしな話だが、それをするということは、単純に速いだけではない。

最早テクニックとしては、絶技と化している。

その上速い。

つまりそれほどの技をやってのけながらも速いのだ。

………これは正しく天恵と言えよう。

 

……あのウマ娘を俺の手で、否。

俺の手でなくても、輝かせたい。

その一心で近付いて………

 

 

 

 




〔キャラ紹介〕

サイレンススズカ(憑依)

前世では"速さ"に関係する事をやっていたただの青年。
競輪でも、陸上でも、ツーリングでも自由に当てはめてください。

今世ではウマ娘"サイレンススズカ"に転生。
転生と言っても、精神は上手く噛み合っているため、混ざり有って原作"ウマ娘プリティーダービー"のサイレンススズカとはよく似ている。
ただし、速度に関しては、目を焼かれており兼ねてからの目標である"速く走る"に全てを駆けている状態。
それ以外に殆ど興味が薄く、食べることも、手っ取り早く栄養を取れるレーション(味最悪)だけだったりするタイプの狂人。
精神性が似ているウマ娘は"アグネスタキオン"に近い。

自分の足が、限界まで出せる速度に対し、脚の耐久が明らか釣り合っていない事を知っているためか、自分の脚にわざと負担を掛けて、限界の7割弱しか出せないようにセーブしている。
そしてさらには、脚の耐久を削らない為か、一歩づつ着地する度に前世学んだ技術を生かし、上手く脚に掛かる衝撃を軽減させている。
そう言うこともあってか、出せる限界は最終的に5割にも満たない。
それでも、賞持ちウマ娘で有っても逃げきれるだろうとは沖野トレーナーの談。

実際に、トレセン学園に編入するとその速さ以外興味なしの態度にお世話するウマ娘が出てくるだろう。
某でちゅねの悪魔とか、コーヒー好き繋がりで"マンハッタンカフェ"とも仲が良いかもしれない。
基本的に話さなくても居心地が良い"ミホノブルボン"とも仲がいいかも。
沖野トレーナーとは盟友で悪友。

ゲーム版で現そうとすると、原作とステータスはほぼ変わらないだろうが、固有スキルだけが異なる。
彼女の固有スキルは"私だけのセカイ"。
起動条件は、最後の直線に前にウマ娘が居なければ速度が上昇する。とかそんな感じ。

……きっと続かない。
でも魅惑のささやき(感想)くれたら続き書くかも?

それでは。

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