後天少女の異能使い(ストライカー)   作:たこふらい

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11話:一つの決着

 渾身の一撃。

 現状の最大火力だった。

 

 完全な不意打ちだ、確実に命中したという自信はある。

 受け身も取らずに地面をバウンドしながら吹き飛んで行った少女の様子からもそれは明らかだ。

 

 しかし。

 

 

(……()()! 冗談キツイぜ、完璧入るタイミングだったろうが!?)

 

 

 人1人を蹴り抜いたにしては些か軽すぎる手応え。吹き飛んだ少女の姿も、よく見れば不自然だ。勢いが付き過ぎている。

 

 おそらく、命中の直前に自ら後方へ飛ぶことでダメージを最小限に抑えたのだろう。

 そして、恐るべきは不意打ちにも関わらず咄嗟に回避行動へ最速でシフトした彼女の判断力。

 

 

(こっちのタネもすぐバレそうだ、もたもたしてたらこっちが喰われる!)

 

 

 そのまま追撃のために1歩を踏み出そうとして。

 瞬間、オレの頭上へズラリと並べられた十三の刃が炎でまとめてかき消される。

 

 

「貴方の相手はこの私ですわ、テロリスト」

 

 

 ゴウ! と。会場を真っ二つにする勢いで立ち上がった炎の壁が、『司教』とホムラ、少女とオレ。強引に、二つの空間へと切り分ける。

 

 

「それじゃあ」

 

「またあとで」

 

 

 一言だけ交わして戦場へ往く。敵を倒すために。

 

 

 

《どいつもこいつも……ワタクシをコケにするつもりですか》

 

 

 不気味な白と鮮烈な赤に彩られた片方の戦場で、激情に震える男の声が不自然に反響する。

 

 

《「依代」の確保は後回しです。まずはあなたの血と臓物で祭壇を彩りましょう!》

 

「独りよがりな殿方はモテませんわよ。誘うのであればそれにふさわしい文句が必要でしょう」

 

 

 虚空に剣の切っ先を向けて緋色の令嬢は告げる。

 

 

「『Shall we dance?』 ほら、おっしゃってくださいな。リードは殿方の特権ですわよ」

 

 

 

 

 

 

 ダンッと跳ね上がるように飛び起きた少女の瞳がイズナを射抜く。

 その頬には殴打の跡が残っているがやはり、決定打には程遠い。ダメージの大半は受け流されたようだ。

 

 心臓を突き刺すような鋭さを孕んだプレッシャーをはねのけて、睨み返す。

 

 

「上等な挨拶じゃねぇかよオイ、『稲原イズナ』」

 

「……わかんのかよ? 前会ったときは男の時だったが」

 

 

 今でも男のつもりだけどな、と心の中で付け加えると。少女は口の端を歪めて嗤った。

 

 

「そりゃ向こうの司教サマが散々テメェにご執心だったからな。元がモブAでもいやでも覚える。ま、似合ってるんじゃねーの? 今なら言い訳できるもんな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってよ?」

 

「言い訳は必要ねぇ。逃げないし、お前はここで倒す。特に司教とかいうヤツの仲間ってなら尚更だ」

 

「あーそれ? 悪いけどあたしは『リムーバー』じゃない。『フリーランス』。雇われってわけ」

 

「仲間じゃないのか?」

 

「そ。だからまぁ、ぶっちゃければ『リムーバー』の事情なんてあたしには知ったこっちゃないの。つーまーりー」

 

 

 ピッ、と。振られたレイピアの切っ先から蛇の舌のような炎がチラチラと踊る。ゆらりと立ち上った陽炎が視界を歪める。

 

 

「向こうののクソアマを殺そうが、アンタを殺そうが全部あたしの自由ってこと。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 『リムーバー』とやらも一枚岩ではないらしい。

 『フリーランス』というのはその名の通り、要塞都市の防衛組織である『ディフェンサー』などといった一つの大きな組織に属さずに世界各地で活動している異能使い(ストライカー)達の総称だ。契約などを結んで仕事を行う傭兵のようなもの、と言えばイメージしやすいだろうか。

 基本的には個人単位での活動、大きな仕事であれば複数の『フリーランス』がチームを組んで依頼を行うなどといったこともあるらしい。

 

 つまり。わかっていることをまとめれば。

 『リムーバー』と『フリーランス』の一部が結託していること。

 しかし『リムーバー』がそのすべてを統率できているわけではないということ。

 そして言動から察するに、この少女に指示を出した……いや、方向性とも言うべきか。それを与えた人物がいる。司教でも、ましてや『リムーバー』でもない人物が。

 

 そこまで考えて、改めて少女へ向かって構える。

 

 

(理由、背景、後回しだ。そんなもんあとでいくらでも考えればいい)

 

 

 場の空気が張り詰める。

 キリキリと。限界まで引き絞られた弓のように。

 

 仇敵と相対し、緊張と殺気の中で方針を固めた。

 

 

(さっき見せたアレはたぶんもう通じない、でもホムラには時間がない。出来る限り最速、最短で決める!)

 

 

 計ったように二人同時に踏み込んだ。

 僅か数メートルの間合。

 突き出されたレイピアに対し、生み出したのは雷の双剣。大振りのナイフほどのそれ。

 

 ギャリリリリリリ! と。干渉し反発した武装から大量の火花が散った。

 

 突く、というよりは細い刀身のしなりを活かし、反動で切り傷を付けるような独特な動き。

 狡猾に、防御をすり抜けるように放たれる剣戟を、双剣の腹で滑らせるように受け流す。

 一撃を流す度に強烈な熱がチリチリと肌を焼き、確実に体力を奪っていく。

 

 そして、ヤツの武装であるレイピアに近づいて初めて気づいた。

 ()()()()()

 

 目に見える位置と、実際に武装が干渉して火花が散る位置。それが数センチほどズレている。

 

 

(光の屈折……陽炎か!)

 

 

 気づいた瞬間心の中で舌打ちをする。

 

 硬度無視破壊の『オプション』。それを見ればどうしてもレイピアに注目し、警戒せざるを得ない。それを逆手に取った罠。

 気づいたとしても状況が好転するわけではない。むしろ逆。気づいたという事実さえマイナスに働く。ギリギリを狙った最小限の防御では抜けられる可能性ができた以上多少大雑把でも確実な防御を行うしかないからだ。

 防御に意識を割き、余計な動きが混じればそれも疲労という形で後に響いてくる。肉体的にも、精神的にも。

 

 一手のミスが死を招く現状、その枷は重い。

 

 ホムラと違ってオレには炎によるダメージを軽減するほどの『耐性』はない。よしんばあったとしても、ヤツはそれさえも『オプション』で容赦なく噛みちぎる。

 

 しかしそれでも思う。

 勝てる、と。

 

 攻撃の防御。熱による体力減衰。警戒を重ねた故の肉体的、精神的な疲労の蓄積。

 それらを加味しても、<ケラウノス>で強化したスピードがまだ一歩だが先を行く。

 

 

(……いける! このままなら、電池切れの前に押し切れる!)

 

「───とか思ってんじゃねーよな?」

 

 

 ずぶりと。

 確信した思考にゾッとするような言葉のナイフが刺し込まれる。

 

 現在進行形で追い込んでいる。追い込まれているはず、なのに。少女から余裕は崩れない。

 

 

「稲原イズナ、雷系統の異能使い(ストライカー)。カテゴリ6。それがなんでこのあたしとまともに張り合えるのか、ちょいと考えてみたんだよ」

 

 

 火花が更に激しく舞い踊る。

 剣戟の応酬はガトリング砲めいて加速し空気そのものが白熱していく。

 

 

「答えは当然、()()がある。そんじゃー、具体的に何をしてるかってワケだ」

 

 

 ついに、追い抜いた。

 カウンター気味の動きから明確に攻める動きへとギアが切り替わる。しかも向こうはレイピアという武器特性上、守りには向いていない。

 それでも少女の余裕は崩れない。

 

 

「雷、電気。そういや聞いたことあるなー? 人間の筋肉ってのは通常本来の二割程度の力しか発揮できてねーって話だ。脳の方がリミッターを掛けてるんだと。つまるところ、テメ―がやってんのはそれだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから本来のスペックよりも速く、強力に動くことができる」

 

 

 バレている。

 歯嚙みしながらも動きは止まらない。止められない。

 

 ガィィン! と。音を立てて大きくレイピアを上に向かって弾く。

 完全に胴体ががら空きになった。()()の隙もある。だがなんだこの違和感は?

 

 それでも関係ない。ホムラには時間がない。最速で決めるしか道はない!

 

 握った左手に異能を帯びた雷が蓄電される。

 

 タネの二つ目。

 身体の一部に異能を集中・強化し一気に放出する技。

 

 居合い、と例えればいいだろうか。

 攻撃のための動きを、それと正反対の動きで抑え込み、溜めこんでから解放する。

 

 その性質上、使用するには一瞬でも動きを止めねばならないというデメリットがあるが、それを飲み込んで余りある威力がある。

 

 故にいけると思った。思ってしまった。

 

 

阿呆(あほう)

 

 

 頭の中のアイツがため息交じりにそう呟いた時、ようやく気付いた。

 少女の足元から、その背後から、周囲全体から。ぬるりとオレンジ色の光が伸びる。

 

 

「でもリミッターって本来何のためについてんだろーな? それを外してるってことは、それだけ体には想定外の負担がかかってるってこった。そんな状態で更に無茶したら、なんて言わなくてもわかるよなー?」

 

 

 それは檻だった。

 周囲を取り囲むように張られた灼熱の檻。空間に焼き付いた斬撃が生き物のように揺らめく。さながら、獲物を締め上げる蛇のように。

 

 

「バァン☆」

 

 

 少女の声と共に檻が臨界点を迎え、爆ぜる。

 迫る爆炎、強烈な死の予感。体感的に時間が止まる。

 

 地面に伏せる? 否。姿勢を少し変えた程度で避けれるほど甘くはない。

 飛び上がる? 否。攻撃のために踏み込んだ姿勢では高さを稼げない。

 当たる前に少女を倒す? 否。確かに異能使いの意識が失われれば異能による現象も消滅するが明らかに時間が足りない。

 

 否、否、否。

 ならば。

 

 ゴリゴリゴリ!! と。体の中から響く骨が軋む音を食いしばって堪えながら、体勢を捻じ曲げる。

 握った拳はそのままに、その矛先だけを強引に切り替える。

 少女よりもさらに下、すなわち地面。

 

 轟! と。叩きつけた拳から閃光が溢れた。

 

 過剰に蓄電した雷が弾け、ワンテンポ遅れて放たれた轟音と共に地面を叩き割り、陥没させる。

 明らかに過剰な威力。当然、それ相応の代償が訪れる。

 

 殺し切れなかった威力はそのまま反動となり、腕を引き裂きながら体すらも宙に持ち上げた。だがそれが狙いだ。

 

 燃え盛る炎がギリギリのところで体のすぐ下を通り過ぎた。獲物を食らい損ねた猟犬のように僅かに掠めていった灼熱に息をのみ。

 

 

「アハッ」

 

 

 メリッ、と。煉獄から無傷で飛び出した少女のつま先が鳩尾に突き刺さった。

 

 悲鳴を上げることさえできなかった。

 

 およそ人間の膂力とは思えないほどの力で足が振りぬかれる。

 ゴムボールか何かのように何度も地面をバウンドしながら吹き飛ばされる。

 落下した天井の瓦礫にぶち当たり慣性が体を蹂躙する。

 

 感覚が、動く。

 

 

「ご、っぼあ!? はっ、がぶぇ!?」

 

 

 視界が明滅する。内臓が握りつぶされる。赤錆の匂いが広がる。痛い。痛い。気持ちが悪い。

 意識があることを後悔するレベルで猛烈な吐き気が襲い掛かってくる。

 

 

『苦しそうじゃのう?』

 

 

 ぐらぐら揺れる視界の中、クツクツと笑う童女の声だけがはっきりと頭に流れ込む。

 

 

『痛いか? 逃げ出したいか? ならば吾に体を明け渡せ。すぐ楽にしてやろう。おぬしの身体は吾と現世を結ぶ糸、繋ぎ止める楔じゃ、失うには惜しい。その身体を五体満足で保ちたいというのなら協力は惜しまんぞ』

 

 

 ……本当に?

 そんな言葉は口や鼻から零れ落ちる湿った深紅の音にかき消された。

 

 しかし意図だけは伝わったかのように、笑みを浮かべる童女の存在感が頭の隅で身じろぎする。

 

 

『もちろんじゃ。それだけではないぞ? おぬしが望むこともしてやろう。まず手始めに……あの小娘を踏みつぶそうかの。そうしたいじゃろう? どうしても殺さぬというのならそうしてくれよう。級友のおなごも救ってくれよう。悪いことはないじゃろう?』

 

 

 あまりにも魅力的な提案だった。

 砂漠を休みなく歩かされた後に目の前へ差し出されたキンキンに冷えたスポーツドリンクのように。体が押しつぶされるほどの大荷物を一人で抱えている時にかけられた「手伝おうか?」の一言のように。

 

 

『ほれほれ、早う決めぬか。時間がないぞ?』

 

 

 目標達成への最短ルート。一も二もなく飛びつきたいほどの誘惑。

 それを前にして、オレは。

 

 

「いらねぇ」

 

 

 誘惑を押しのける。ふらつきながらもその両足で立ち上がる。

 

 友好的な態度さえ感じるが、根本的にコイツは得体が知れない。体を預ければ何が起こるか───それさえもわかったもんじゃない。

 何よりこれは自分の戦いだ。他人に結末を任せる、なんてことはしたくない。

 

 返答。沈黙。

 

 

『───ク』

 

 

 笑みが深まる気配がした。

 

 

『クク、アハハハハハハ! そうだ、そうこなくては、のう! でなければつまらぬ、ヒトはそうでなくてはな!』

 

「うるせぇ」

 

『ならば吾は手出しはせぬ。せいぜいおぬしの無様な戦いを見守るとしようかの?』

 

「悪ァかったな無様で!」

 

 

 どこかにフェードアウトしていく笑い声に叫び返しながら自己分析を行う。

 全身に軽いやけど。無理やり姿勢を変えたときにいくつか筋繊維が断裂している。

 左腕、ぶん殴った反動でズタボロ。攻撃に使うことはできないだろう。

 腹部、マヒしたように鈍い感覚。呼吸をするたびに痛むことから付近の骨が折れているはず。

 『充電』は残りわずか。

 ……正直このままぶっ倒れていたいが、まだ動ける。

 

 そして向こう。

 確かにヤツの能力は強力無比だ。オプション『爆裂』、斬撃を与えたものを問答無用で破壊する能力。あまりにも強力。強力すぎる。だがわかったぞ。

 

 脳裏に浮かぶのは今までの記憶。少女がその力を振るったシーンのすべて。

 

 

 足音が聞こえた。

 

 顔を上げると、近づいてくる少女の姿が霧に浮かび上がる。

 今受けたダメージを除いてもへとへとなこちらとは正反対に、その立ち振る舞いには未だ余裕がある。先ほどの攻防ですら予定調和と言わんばかりの表情。

 

 

「オイオイ、もうおしまいかよ。もっと頑張れよ負け犬、これで終わっちまったらつまんねーじゃねーか」

 

 

 勝負は決した。逆転の目など残されていない。

 そう断言するかのような口調に、思わず笑いがこみ上げる。

 

 

「つまらない? サプライズがお好みかよ。ならとっておきをくれてやる」

 

 

 怪訝そうな少女が何かを言う前に、天井を指さす。

 

 

「ここはどこだ?」

 

 

 霧に覆われ、高い天井は目視出来ない。しかし、そこにはアレがある。

 

 

「お前は何をした?」

 

 

 未だ理解していない少女に向かって突きつける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「───」

 

 

 ザァ! と。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 密かに、天井の穴をふさぐように展開していた砂鉄から電磁力が失われ、雨と共に降り注ぐ。

 

 

「ここは3つあるうちの1つ、決勝トーナメントの実施会場。見て分かる通り屋内だ、雨なんか入ってくるわけもない、が。わざわざお前は天井をぶっ壊してくれた」

 

 

 手近な水溜まりへと手を伸ばす。パチパチと電気が爆ぜる。

 

 

「水ってのは空気なんかよりもよっぽど電気を通す。つまり」

 

 

 お互いに全身を濡らしたまま、相対する。

 

 

「射程距離、だぜ。この距離ならお前が来るまでに3回はぶち込める。おっと、逃げてもいいぜ? 今なら言い訳が効くもんな。相手のフィールドで負けるのが怖かった、ってな」

 

「───ハッ、テメ―」

 

 

 濡れて顔に張り付いた髪の毛を避けもせず少女は嗤い。

 

 

「殺す」

 

 

 一直線に突撃した。

 

 

(くだらねー挑発だな。乗ってやるよ。テメ―は『爆裂』でなんて殺さねー、このあたしが直々に引き裂いてやる)

 

 

 踏み込むとともに足から吹き上げた炎が爆発的な推進力を生み、双方の距離を一瞬で食いつぶし───視界の外から現れた瓦礫の塊にぶち当たる。ぶち当たってなお少女は笑う。

 

 

(磁力で瓦礫を浮かしやがったな。そして───()()()()()()()()()()

 

 

 確信した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(ベラベラと話していたのはハッタリだ。そんな手段があるならそもそも近距離戦なんて選ばねー、さっきの時点で使ってきたはずだ)

 

 

 次々と瓦礫が飛来する。瓦礫は積み重なりながら一枚の壁になる。

 

 

(テメ―の底は見えてんだよ。今頃は電池切れってとこだろ。あのスピードも威力も、もう出せない。おしまいなんだよお前は!!)

 

 

 一閃。

 ただ瓦礫を積んだだけの壁が耐えられるわけがない。

 

 崩れ落ちた壁の向こうに見えたのはボロ雑巾のような姿。動かない、いや動けないのだろう。スタミナ切れ、オマケにあばらを何本かぶち折って内臓にダメージを与えてやったのだから当然だろう。

 

 勝った。初めから揺らぐことのない確信だった。

 

 

「はいおしまい。安心しろよ、すぐあのクソアマもあの世に送って───、」

 

 

 だからこそ、少女は目の前の光景が理解できなかった。

 

 ヤツの浅い体力はすべて削り飛ばしてやったはずだ。

 肋骨もへし折ってやった。どす黒い血を吐いていることから内臓も傷つけてやったことは間違いない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

 

 

「足りねぇもんは補う、当然だろ」

 

 

 ようやく目を見開いた少女に笑いかける。

 

 左手で引っかけるように収めていたのは長方形の物体。手のひらほどの大きさで薄型。差し込み口が二つあり、押しボタン式のスイッチが一つ。4つの小さなLEDがついている。世間一般でも広く周知されているそれ。

 つまりは。

 

 

()()()()()……!?」

 

 

 モバイルバッテリー。事前に充電しておくことでスマートフォンなどを電源無しで充電することができるというアレ。

 蓄電量を示す4つのLEDは灰色に消灯したまま。

 充電されていた電力がどこへ行ったかなど、言うまでもない。

 

 握った右の拳が雷光を放つ。さらに強く、あるいは今までで最も強く瞬き奔る。

 

 

「───ま、だ、まだだ! 先にテメ―をぶち殺してやれば───!」

 

 

 肉を貫く音。

 苦し紛れに放たれた斬撃。防御はしない。むしろ押し付けるように左手を差し出す。狙いを誤った切っ先が貫通して。

 

 少女の顔色が、決定的に変わった。

 

 

「刺傷じゃ発動できねぇんだろ、お前の『爆裂』」

 

 

 ひっくり返る。

 余裕が焦燥に。勝利の確信から敗北の予感に。

 

 

 思えば最初から奇妙だったのだ。

 路地裏で出会ったときも、今も。コイツは頑なに『突き』をしていない。

 

 レイピアという剣の利点は刺突でこそ強く発揮されるはずなのに、敢えて向いていない斬撃にこだわる理由は?

 刺突用の武器で斬ることを主とする矛盾。そこに秘密が見えてくる。

 『オプション』。基本的には発動条件+効果で武装に付与するもの。しかし強力なものを無理やり付与すれば、必ずどこかにその歪みがでる。

 『武装で傷をつけたもの』という条件が『武装で切り傷をつけたもの』という条件にすり替えられたように。

 

 半ば賭けではあったが、どうやら当たりだったらしい。

 

 まっすぐに貫いた刃を引き抜かれないよう握って固定する。

 

 

「ま、さか。初めからこれを……!?」

 

「んなわけねぇだろ。そうだったらもっとうまくやるさ」

 

 

 すべて想定済み。そんな格好いいことを言えたらよかったが生憎そんなことはない。

 ブラフに引っかかってくれなかったらどうなっていたことか。

 

 たらればに意味はない。

 

 

「それじゃあじっくり味わえよ。敗北ってやつを」

 

 

 ガッゴン!!!! と。およそ人間の体の一部がぶつかる音とは思えないほどの轟音が、目を焼く閃光と稲妻と共に炸裂した。

 

 電磁加速。電気信号操作。リミッター解除。

 限界までため込まれた力が、一撃に込められて。

 人の身で許される限界まで加速した拳が少女の顔面を真正面から穿った。

 

 そしてどこまでも吹き飛んでいく。開幕の焼き直しのようにも見える光景だが、一つ違う点がある。

 

 勝者と敗者が決まっている、という点だ。

 


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